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アナスタージウスの頭が痛い報告時間

貴族院三年生の始まりから第470話 奉納舞(三年)までのローゼマインについてエグランティーヌから報告を受けるアナスタージウス視点です。

「では、こちらをどうぞ」


 盗聴防止の魔術具を私に手渡したオスヴィンはその後魔術具で明かりを灯し、寝台の横の台にそっと置く。私の要望通りの仕事を静かにこなし、天幕を丁寧に閉めて出て行った。


 ほんのりとした明かりしかない薄暗い寝台の上が私とエグランティーヌの報告の場所になる。二人きりの寝台の上で盗聴防止の魔術を使って、やっとエーレンフェストやローゼマインに関する話ができる。他に漏れてはならない事が多すぎるのだ。


 すでに寝るための準備を終えたエグランティーヌからほんのりとリンシャンの香りが漂って来た。眠りやすいように簡単にまとめられた金髪から垂れているリボンを引いて、早く解いてしまいたい衝動を抑えながら、私はエグランティーヌに盗聴防止の魔術具を渡す。

 そして、王である父上の決定を伝えた。「エーレンフェストの動向を探るため、領主候補生コースの教師として貴族院へ行ってほしい」と。


「このような役目を負わせて済まぬ、エグランティーヌ」

「ローゼマイン様にかけられている疑いを晴らすのだと考えれば、嫌なお役目でもございません、アナスタージウス様」


 私の言葉に愛しい妻はニコリと微笑んでそう言った。昔から美しかったが、今は更に美しさに磨きがかかっている。


「わたくしはローゼマイン様の動向を見張るのではなく、見守るのです。ローゼマイン様は神殿育ちで貴族の考え方と少し異なるところがございます。わたくしにはそこも魅力に映るのですけれど、危うげに見えるのは事実ですから」


 エーレンフェストのフェルディナンドはローゼマインを聖女に仕立て上げ、王位を狙う危険人物だ、と騎士団長ラオブルートが主張したのだ。貴族院に出入りするのが自然である学生のローゼマインを使ってグルトリスハイトを探しているに違いない、と。


「ラオブルートはずいぶんと自信を持っているようですけれど、わたくしには不思議に思えて仕方がございません」

「私も正直なところ、馬鹿馬鹿しいと思っている。亡くなられた先の第二王子と共に紛失したグルトリスハイトは父上を始め、中央がずっと探しているのだ。それでも見つからないというのに、王宮に出入りできるわけでもないエーレンフェストのような中領地に一体何ができるというのか」


 エグランティーヌは私の言葉に頷いた。

 父上も兄上も同じようにラオブルートに言ったけれど、ラオブルートはここ数年のエーレンフェストの飛躍はフェルディナンドがアダルジーザの実であるからだ、と答えたのである。


「ある離宮で生まれた者をアダルジーザの実と呼ぶのです」


 私はラオブルートの話の中で初めてアダルジーザの存在を知った。政変で処刑された王族の姫君はアダルジーザの住人で、私が貴族院へ入学するより前に離宮は閉鎖されていたため、知る機会がなかったのだ。


 数代に一度献上されて来るランツェナーヴェの姫君はそろそろ来る頃合いだが、父上は「二度とアダルジーザの離宮を開くことはないし、哀れな身の上の姫君を置くつもりはない」と言っていた。私は正直なところそれに安堵している。


 まさか中央にそのような離宮があり、そのような身の上の姫がいるとは思わなかったし、フェルディナンドが本来ならば、洗礼前に処分されているはずのアダルジーザの実だとは思わなかった。


 けれど、そのような事情をエグランティーヌに話すつもりはない。あのような歴史があるだけでもおぞましい。エグランティーヌはアダルジーザのことなど知る必要はないのだ。


 先代の王やその周囲がはるか高みに上がって行った今、フェルディナンドがアダルジーザの実であることを知る者はほとんどいないらしい。ラオブルートは離宮の警備をしていた関係でフェルディナンドのことを知っていたようだ。


 先代のアウブ・エーレンフェストに引き取られ、処分を免れた唯一の実で、フェルディナンドはグルトリスハイトを得て王族に返り咲こうと企んでいるに違いない、ということにラオブルートの頭の中ではなっているらしい。


「……本当に馬鹿馬鹿しい。異母兄からアウブの座を奪うこともせず、神殿に押し込められる状況に甘んじ、粛々と王命に従ったことを考えれば、フェルディナンドがローゼマインを使ってグルトリスハイトを探し、王位に就こうと考えるような男だとは思えぬ」

「えぇ、本当に」

「ラオブルートが何をどのように疑おうとも本当にフェルディナンドがグルトリスハイトを狙っているのでなければ、もう何も問題は起こらぬはずだ。すでに次期領主となるディートリンデの婚約者としてアーレンスバッハに向かったようだからな」


 領地対抗戦で軽く会話しただけだが、フェルディナンドに問題はないと思う。問題があるとすれば、どのように動くのか全く予想がつかないローゼマインの方だ。王族である私が図書館まで出向き、声をかけたにもかかわらず、非常に嫌そうで面倒くさそうな顔で見上げてきたことは強烈に記憶に残っている。


「私の一番の心配はローゼマインだ。図書館と本に執着するあまり、ラオブルートから余計な疑惑を引き出してくるのではないかと思うと……」

「そのようなことにならないようにわたくしが貴族院へ行くのですよ、アナスタージウス様」


 貴族院とこの離宮は扉一つで繋がっているのでエグランティーヌには毎日会えるわけだが、自分がずっと付いていられるわけではないので心配で仕方がない。


「くれぐれも気を付けてほしい。去年の出来事を考えても、貴族院が安全とは言えない」




「アナスタージウス様、ローゼマイン様はすんなりと図書館の主の座をオルタンシアに譲られました」


 講義が始まった初日の夜、やはり寝台の上でエグランティーヌから報告を受けた。

 図書館の魔術具の主の座を譲れ、と突然言われれば、王族やその側近の前でも反抗的な態度を取るのではないか、と少しばかり危惧していたが、心配はいらなかったようだ。私は胸を撫で下ろした。


「ただ、気になったこともございます。ローゼマイン様は大人の拳ほどもある大きな魔石に魔力を込めて、ソランジュ先生に貸し出していたようなのです。図書館の魔術具を動かすにはそれだけの魔力が必要ということなのでしょう。オルタンシア一人の魔力で足りるでしょうか?」


 本来、上級司書が三人以上で図書館の魔術具に魔力を注いでいたらしい。魔術具を動かすためにローゼマインを始めとした学生達が図書委員として協力していたようだが、それも三人。子供とはいえ、王族であるヒルデブラントと優秀な領主候補生が二人である。


「だが、これ以上は中央から人員は出せぬ。図書館の魔術具よりも重要な魔術具はたくさんあるのだ。オルタンシアの魔力で足りない場合はラオブルートがまだ何か考えるであろう」


 妻を上級司書として出したとしてもエーレンフェストの野望を阻止すると息巻いていたラオブルートのことだ。オルタンシアの魔力で足りなければ、彼が自分の知り合いから三人の上級司書を出すことになるかもしれない。エーレンフェストに全く問題ないとわかって諦めるかもしれない。どちらに転んでも貴族院のためになるので良いだろう。


「そうですね。……それから、わたくしが不安に思ったのはヒルデブラント王子のことです」


 異母弟のため、私はヒルデブラントと数回しか顔を合わせたことがない。おとなしくておっとりした王子で、ダンケルフェルガーの血を引いているようには見えぬ、と思ったことは覚えているが、どうにも印象は薄い。


「ヒルデブラントがどうかしたのか?」

「ローゼマイン様に親しみを感じているようで、ずいぶんと甘えているように見えました。あの調子でローゼマイン様に無理をおっしゃっているならば、ヒルデブラント王子の言動こそがラオブルートにエーレンフェストが疑われる一因になっているような気がいたします」


 エグランティーヌはそっと溜息を吐いて、図書館でのヒルデブラントの言動を教えてくれる。無邪気なお願いだが、ろくに社交ができないほどの虚弱なローゼマインには受け入れるのも大変だろう。


「ヒルデブラント王子は王族としての振る舞いがまだ身についていないように見受けられました。王族である彼が口に出してしまえば、ローゼマイン様は要望を受け入れなければなりません。本来はローゼマイン様のお立場を考慮するものですが、どうにも王族としての意識が薄いように思えます」

「臣下となることが最初から決まっていて、お披露目の場でアーレンスバッハへ婿入りすることが決まったのだ。王族教育ではなく、領主教育に重点が置かれることになるであろうし、王族としての意識を育てるのは難しいかもしれぬ」


 ひとまず、私は魔術具の管理者の移譲は特に問題なく行われたこととヒルデブラントの教育について父上に報告しておくことにした。




「……やはりわたくし達の成人式で祝福を贈ってくださったのはローゼマイン様で間違いないようです」


 図書館の魔術具に関するやり取りがすんなりと終わったことに油断していた次の日、エグランティーヌが頬に手を当てて、困ったように微笑みながらそんな報告をしてきた。

 エグランティーヌの髪のリボンを解こうと伸ばしていた手を仕方なく引っ込めて、私は溜息を吐く。


「何をしたのだ、ローゼマインは?」

「今日、音楽の先生方が教えてくださったのですけれど、午後の実技でローゼマイン様はフェシュピールを奏でながら、一曲分の祝福を行っていたようです」

「な、何だと?」


 ……フェシュピールを奏でながら祝福? 全く想像ができぬ。


「フェシュピールを爪弾くたびに指輪から風の貴色である黄色の祝福の光が溢れる様子は芸術の女神キュントズィールのご加護を感じるほどで、それは美しい光景だったようです」


 そして、ちょうど同じ頃にエーレンフェストの学生に祝福の光が降り注ぎ、あちらこちらの講義の場で大騒ぎになっていたらしい。成人式の場で突然祝福が降り注いだ時の騒動を思い出し、私は頭を抱えたくなった。


「ローゼマインは何故そのような目立つ真似をしたのだ!? ただでさえ中央から妙な疑惑を持たれている時に何をしている!? 誰の指示だ!?」

「昨日の午後に行われた神々のご加護を得る儀式から祝福が溢れやすくなった、とご自身がおっしゃったそうですよ。魔力の制御が難しくなっているのではないでしょうか?」

「シュタープがあるのに制御が難しいだと?」


 私は少し考え込んだ。シュタープは魔力の制御を簡単にするために得られる自分だけの魔術具である。自分に合わせた「神の意志」を得るのだ。制御が難しくなるなど聞いたことがない。


「……神々のご加護が多すぎて一年生の時に得たシュタープでは容量を超えたのかもしれません」

「そのようなことがあるのか?」

「音楽の祝福についてヒルシュール先生にお話を伺った時に、そのようなことを言っていました。それから、こちらはグンドルフ先生が教えてくださったのですけれど、エーレンフェストの学生だけ妙に神々のご加護を得た数が多いようなのです」


 エーレンフェストの学生だけが神々のご加護をたくさん得たことについてはまだ調査中らしい。


「どうするつもりだ、エーレンフェストは?」


 どんどんと順位を上げているエーレンフェストは周囲に妬まれている。だからこそ、少しでも印象を下げてやろうと考える領地も少なくない。アウブ・エーレンフェストに関する良くない噂も広まっていて、フェルディナンド関連で中央騎士団長であるラオブルートの周囲には警戒されて睨まれているのだ。


 そんな中で、エーレンフェストだけが神々のご加護をたくさん得て、ローゼマインが目立つ真似を次々としでかせば、周囲からの印象がどうなるのか想像したくない。これでも私はエグランティーヌを射止めるために助言をくれたローゼマインに感謝しているのだ。だが、ローゼマインは私が庇える範囲を簡単に飛び越えてくれる。


「エグランティーヌ、神々のご加護を得る方法がわかったならば、領地対抗戦である程度公開するように、とヒルシュールに伝えろ。エーレンフェストが周囲と上手く付き合っているならば秘匿しようが構わぬが、今の状況では周囲との関係が更に悪化するだろう。外交の武器として上手く使うように助言してやれ」


 政変前はずっと下位の下位をうろうろしていたエーレンフェストは、政変中ずっと中立ということで周囲の領地に比べて被害が少なかったために順位が浮上してきただけの領地だ。ここ数年は成績も上げ、流行も発信し、一気に順位を上げているが、外交の仕方が下位領地のままで今の順位と見合っていない。


 まさかエグランティーヌがローゼマインに接触できる領主候補生の講義が始まるより早く、これだけの問題を起こしてくれるとは思わなかった。


「シュタープで制御できぬほどのご加護を得て、フェシュピールを奏でながら祝福を行ったローゼマインの言動を私が父上やラオブルートに報告するのか?」

「ローゼマイン様は何も悪いことはしていないのです。不利なお立場に立たされることがないように報告してくださいませ」


 可愛い妻に「頼りにしています」とねだられれば、何とかするかしない。何とかするしかないのだが、少しくらいは文句を言いたくなっても仕方がないだろう。


 ……きちんとローゼマインの手綱を握っておけ、エーレンフェスト!




 そう心の中で絶叫した週明けはエグランティーヌが初めてローゼマインに教える講義の日だった。午後には奉納舞のお稽古もあり、エグランティーヌはお手本を見せるために先生方に招かれていると言っていた。


 ……一日中ローゼマインと共にいて、何も起こらないはずがなかったのだ!


 エグランティーヌはうっとりと陶酔した表情で貴族院から戻って来た。柔らかな頬を上気させ、潤んだ瞳で何かを思い出すように少し遠いところを見つめながら、ほぉ、と溜息を吐く様子はひどく色っぽく麗しい。だが、自分以外のものがエグランティーヌにこのような表情をさせているのだと考えると少しばかり苛立たしくも思える。


 寝台に上がったエグランティーヌに私が一番に尋ねたのはローゼマインの動向ではなく、エグランティーヌにそのような顔をさせたものについてだった。


「ずいぶんとうっとりすることがあったようだが、何があったのだ?」

「ローゼマイン様の奉納舞が素晴らしかったのです」


 ……またしても其方か、ローゼマイン!


 腹立たしいことにローゼマインが私の目の前でエグランティーヌの心を奪ったことは何度もある。洗礼式直後のような見た目の女でなければすぐさま排除していただろう。そのくらい、ローゼマインは的確にエグランティーヌの心を射抜くのだ。


「どのような舞であった?」


 舞が好きで、皆に称賛されている舞を舞うエグランティーヌがうっとりとしながら他人の舞を褒めることは珍しい。私が興味を示すと、エグランティーヌは嬉しそうにローゼマインの舞について語り始めた。


「ローゼマイン様がどのように奉納舞に向き合っているのかよくわかる舞でした。金の瞳がこの上なく真剣で、周囲のことなど全く目に入っていないくらいに集中しているようで、指先にまで緊張感が溢れていました」


 一点の軸をしっかりと保って高速で回転しているからこそ安定していて、一見静止しているようにも見えるクライゼルのような舞だったそうだ。


「美しい舞の本質をこの目で見ました。舞そのものも美しかったのですが、途中からローゼマイン様が光を帯び始めたのです」

「すまぬ、エグランティーヌ。意味がよくわからないのだが……」


「音楽と同じように祝福を行う予定だったのでしょう。ローゼマイン様が身につけていらっしゃるお守りの魔石がだんだんと光を帯び始め、それぞれの属性の貴色で揺らめくように輝き始めたのです」


 指輪は青く光り、ローゼマインが指を動かすたびに柔らかな青い光の軌跡を描く。手首に下げられたお守りは色とりどりで、腕を上げ下げすれば、黒を基調とした衣装の袖口から光を零していたらしい。


「大きな魔石が連なるネックレスが胸元で、そして、虹色魔石の髪飾りが揺れる夜空の髪と共に複雑な色に輝き、星のようなきらめきを見せていました。くるりとローゼマイン様が回るたびにいくつもの光の帯が周囲を飾るのです。まるで神々からの祝福をその身にまとっているような舞でした。この寝台の中のように暗い中で見ることができれば、更に美しかったでしょう」


 エグランティーヌがローゼマインを褒めちぎる。

 そんな舞を見せたローゼマインは舞に没頭しすぎたのか、終わった直後に体勢を崩し、エーレンフェストの領主候補生によって小広間から連れ出されたらしい。


「シャルロッテ様のお言葉によると、ローゼマイン様は奉納舞でも祝福を送ろうとしていたようです」


 ……倒れる寸前まで祝福を贈ろうとするなど、愚かなことを。


 いくら神殿育ちで神々が身近とはいえ、祝福を行う自分の体調や、祝福が周囲からどのように見えるのかをよく考えるべきだ。


 ……一度注意した方が良いかもしれぬ。これ以上聖女として目立つようなことをするな、と。


 私はゆっくりと頭を振ると、気を取り直してエグランティーヌと向かい合う。


「ローゼマインの奉納舞が素晴らしかったことはよくわかったからもう良い。それよりも、講義はどうだったのだ?」


 私の言葉にエグランティーヌはハッとしたように目を瞬き、表情を引き締めた。


「ローゼマイン様は驚くほど速く講義内容を進めていらっしゃいました。模型がないのですから、領主候補生の講義に関しては予習できるようなものではないでしょう? けれど、まるで慣れているような印象を受けたほどです。二年連続で最優秀を取っていらっしゃいましたけれど、きっと今年もローゼマイン様が最優秀でしょうね」


 エグランティーヌはそう言って微笑むと、ローゼマインの講義について詳しく報告してくれた。模型の礎をあっという間に染め、みるみるうちに領地を魔力で満たし、それから先の講義に必要な金粉をどんどん生産していたらしい。


「三年生の講義は魔力量があれば楽にこなせるとはいえ、いくら何でも速すぎるな」

「回復薬に手を伸ばしている様子も見られませんでした。王族に欲しいと思うほどの魔力量です」


 エグランティーヌの言葉に私は思わず目を見張った。


「王族に欲しい? すでに父上が婚約を承認しているのに、それをわざわざ取り消して、神殿育ちで常識が足りない中領地の領主候補生を兄上の第三夫人にするということか? いくら何でも無茶が過ぎる」

「無茶が過ぎるのは承知の上ですし、実行できるとはわたくしも考えていません。ただ、圧倒的に魔力が不足している王族にとって必要な人材ではないか、と感じただけでございます」


 エグランティーヌの言葉に、今の王族の魔力不足になっている現状を思い、ローゼマインを王族に入れることを考えてみる。


 ……駄目だ。危険すぎる。


「ここで、次期王の妻まで出すことになれば、エーレンフェストへの視線は更に厳しいものになる」


 魔力的には楽になるかもしれないが、ローゼマインの立場は非常に危ういものになるし、エーレンフェストへの影響は大変なことになる。私が軽く頭を振って却下すると、エグランティーヌは自分の口元にそっと指を当て、少し考え込んだ。


「……ジギスヴァルト王子ではなく、アナスタージウス様の第二夫人ではいかがです? 王位から遠のいている王族ですから、少しはローゼマイン様も……」

「エグランティーヌ」


 私はエグランティーヌに呼びかけて言葉を遮りながら、右手を伸ばし、するりと髪をまとめているリボンを引っ張った。簡単に解けて豪奢な金髪がふわりと落ちてくる。目を丸くして、落ちてくる髪に手をやるエグランティーヌから盗聴防止の魔術具を取り上げた。


「あの、アナスタージウス様……」


 エグランティーヌの手首をつかんだまま盗聴防止の魔術具を寝台の横にある台の上に置き、魔術具の明かりを消せば、天蓋の中は真っ暗になった。つかんだままのエグランティーヌの手首がまるで抵抗するように少し動くのがわかる。その手首を引き寄せ、抱き締めるようにしながらエグランティーヌを寝台に押し倒した。


「例え冗談でも他の女を娶れ、と其方が言うな」


四巻発売記念SSです。

お楽しみいただけると光栄です。


※本編で一度だけ触れたことはあるのですが、クライゼルは独楽こまのことです。

主人公視点と違ってアナスタージウス視点では注釈が入れにくかったので、ここで入れておきます。

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