ハイスヒッツェの反省会
第416~417話 ディッター勝負 前・後編をもとに、領地対抗戦後のダンケルフェルガーの反省会をハイスヒッツェ視点で。
私はハイスヒッツェ。ダンケルフェルガーの騎士だ。
今日は領地対抗戦のために貴族院へ来ていて、なんとフェルディナンド様とディッター勝負を行うことができた。……負けたが。
今は寮の食堂で宴会、もとい、反省会の真っ最中である。
「ローゼマイン様の半球状の盾は一体何だ? 盾といえば四角だろう?」
「あれは神殿育ちのローゼマイン様でなければ作れないシュツェーリアの盾です。風の女神の盾を作り出せるのですよ。さすが聖女だと思いませんか? 大きさが自在に変えられ、強襲があっても自寮の学生を全て守りきる女神の盾。わたくし、感動いたしました!」
文官見習いのクラリッサがヴィゼも飲んでいないのに、酔っ払いの騎士達と同じ調子でローゼマイン様を称えている。表彰式の強襲では大きな半球状の盾が非常に目立っていた。
強襲の時の話で盛り上がる者を背に、私はフェルディナンド様とのディッター勝負の反省である。
「前半はかなり押していた……もう一歩というところまでフェルディナンド様を追いつめたと思ったのだが、どうだった?」
私が問えば、勝負を見ていた騎士仲間達が賛同してくれた。第三者の目にもフェルディナンド様を追いつめたように見えたようだ。
「やはりあそこで距離を取られたのが失敗だったな」
「うむ、接近戦ならばハイスヒッツェが優勢だったが、あのマントでひっくり返されたのが痛かったな」
ヴィゼをぐっと飲みながら騎士達が、勝負の分かれ目となった一瞬を思い出して唸る。
「あのマントを躊躇いなく切り捨てることができれば勝機はあったが……勝ったところで戦利品を自分の手で引き裂いているのは、なぁ?」
一人の騎士がそう言って気の毒そうに私を見た。
私は杯をクイッとあおって、一つ頷く。フェルディナンド様が持っている私のマントは、妻が貴族院時代に守りの魔法陣を刺繍してくれた物である。切り捨てて勝ったところで、手に入るのが自分の手で切り裂いてしまったマントではとても妻に顔向けできない。
「フェルディナンド様は相変わらず何とも回避しにくい嫌な手を使ってくるな」
「あの、ほんの一瞬で完全に勝負をひっくり返してくる手腕は見習いたいものだ」
「見事な隠し玉まで準備されていたからな」
溜息を隠せない。フェルディナンド様は魔術具の数々だけではなく、新しい武器まで隠していた。アウブが勝負を持ちかけたのは突然で、寮に戻ることもなく勝負に挑んだのだ。全く勝負の準備をする時間はなかった。それなのに、隠し玉があったのだ。
……見たこともないような武器が出てくるとは予想外だった。
片手で簡単に複数の矢を打ち出すことができる、見たことがない不思議な武器を思い出し、私は首を傾げる。
「何とかディッポーと聞こえたが、はっきりとはわからなかったな」
フェルディナンド様がシュタープを変形させるための呪文を唱えていたのはわかったが、よく聞き取れなかった。
「そうだ。あの武器! あれは一体何だ? あれを出されてから、ハイスヒッツェは全く近付けなくなったではないか」
「ハンネローレ様が何やら言っていたな。ローゼマイン様の作り出した玩具を改造したものだと。……ハンネローレ様ならば、わかるのか?」
騎士の声に私はハンネローレ様がいる一角へと視線を向ける。そこでは今日の主役ハンネローレ様が声高らかに歌う騎士達に取り囲まれているのが見えた。
「戦いに赴くハンネローレ様! 決して屈さぬダンケルフェルガーの誇り! おぉ、ハンネローレ様!」
「お願いですから、そのような歌は止めてくださいませ!」
ハンネローレ様が恥ずかしそうに頬を染めて、歌っている騎士達を止めようとしているが、ヴィゼに酔って気分が高揚している騎士達は全く聞いていない。フェルディナンド様の攻撃を何度か受け、私が倒れ、勝機がない中で鋭い眼光に睨まれようとも要求を呑まなかったのだ。ディッターに出場したハンネローレ様は自室に下がることもできず、騎士達の質問攻めと称賛攻めにあっている。
……「ダンケルフェルガーの領主候補生たる者、勝負が決する前に絶対に屈するな」とアウブに厳命されていたとはいえ、よく頑張ったと思いますよ、ハンネローレ様。
ちなみに、そのアウブは今現在奥方に呼び出されて不在である。アウブは別室で奥方と二人だけの反省会が行われているはずだ。反省会に交じりたそうな顔をしていたアウブを思い出し、私は小さく笑いながら、ハンネローレ様に声をかけた。
「ハンネローレ様! フェルディナンド様の新しい武器について詳しく教えてください!」
「すぐに行きます」
歌う騎士達から逃れられたことにホッとしたような顔でハンネローレ様がこちらへとやってくる。そして、ローゼマイン様が新しく作られた玩具について説明してくれた。講義で作ったのが最初のようで、玩具を手にローゼマイン様が何故こんなものができたのかわからない、というような顔をしていたらしい。武器に変形させる講義だったので、「武器ですか?」とハンネローレ様が声をかけたのだそうだ。
「ダンケルフェルガーで見たことがない物だったので、珍しく思ってわたくしが声をかけたせいでルーフェン先生が新しい武器だと勘違いしてしまいました。半ば無理やりローゼマイン様に試し打ちをさせたのです。結果は本当にローゼマイン様がおっしゃったように水が少し飛び出すだけの玩具でした」
ルーフェン先生がガッカリした顔を隠さなかったことで、ハンネローレ様はローゼマイン様にひどい恥をかかせてしまったと思ったそうだ。
「そのような玩具を複数の矢に分裂しながら飛ぶような武器に改造なさるとは、皆様からお話を聞いていた以上に、フェルディナンド様は危険な方ですね」
ハンネローレ様の言葉に私は深く頷いた。
「フェルディナンド様は本当に危険なことを色々とするのです。私の初めての宝盗りディッターではエーレンフェストなど敵ではないと思っていました。宝盗りディッターは寮が総出で、しかも、複数の領地を相手に行うものですから、たった一人の最優秀がいたところで何ができるのか? そう思っていたのです」
本当に前年まで下から数えた方が早いようなエーレンフェストを敵だとは思っていなかった。だが、ダンケルフェルガーは負けた。たった一人の最優秀にめちゃくちゃに翻弄されてしまったのである。
「フェルディナンド様は魔獣を弱らせようと攻撃中に、魔獣もろとも我々を殺すような威力の魔術具を投げつけてこられました」
あの時は確か、盾を使っても瀕死にしてやる、と言っていたような気がする。
私がそう言うと、ハンネローレ様が驚きに赤い瞳を軽く見張った。
「それは、防いだのでしょうか? 皆様、無事でした?」
「もちろんです。危険な魔術具だと察して全員が盾を使って防ぎました。ですが、その時にはすでに魔力の網に捕らわれていたのです」
「え?」
魔術具と同時に魔力による網を投下していたのだ。盾で防ぐ一瞬に六人が捕えられた。魔物を宝として狩るところから始まる宝盗りディッターだが、それで宝を狩るチームの大半が捕らわれて使えなくなったのである。
「フェルディナンド様の魔力の網は、当然フェルディナンド様の魔力を超える者でなければ破れません。私の領地対抗戦の初戦は宝を狩る前に網にかかって終わりました」
ダンケルフェルガーの宝盗り部隊が網にかかっているのを本陣に知らせるまでに時間がかかり、新しく宝を狩ってくるまでには更に時間がかかった。その間にもフェルディナンド様は暗躍し、他の強豪寮を次々と翻弄し、強い者同士で戦わせ、潰していった。宝が陣にやってくるまでの間は他寮へ攻撃に出られず、防戦しかできなかったダンケルフェルガーは大量の敵を送り付けられていて、宝を陣に運ぶのも大変な苦労をしたと反省会で聞いた。
「そ、それは、大変でしたね」
その次の年はフェルディナンド様の魔術具と投げ網を警戒するために、宝を狩る方に人数を割きながら宝を狩っていたら、本陣がひどい攻撃を受けていた。フェルディナンド様は一発魔術具を叩きこんだだけだったが、それでダンケルフェルガーの隙を作ったのだ。その隙を狙って猛攻撃を仕掛けてきたのは、例年の強敵達である。私が宝を狩って戻った時には本陣が複数の強豪達によって叩き潰されて、大惨事となっていた。
「ローゼマイン様はフェルディナンド様の弟子と伺っています。ハンネローレ様、細心の注意を払ってください」
「ハイスヒッツェ、せっかくの忠告ですけれど、ローゼマイン様もわたくしも騎士コースではなく、領主候補生ですし、今は宝盗りディッターではありません」
「いついかなる時も油断は大敵です」
「ハイスヒッツェまでお兄様のようなことを言うのですね。わかりました。気を付けます。ご忠告、ありがとう存じます」
私の言葉にハンネローレ様はクスクスと笑いながら、そっと席を立ち、静かに食堂を出て行く。それを何となく見送りながら、私はヴィゼを杯に注いだ。
「あれから十年はたっているのか……」
ハンネローレ様に思い出話をしたことで、私は自分の貴族院時代のことを次々と思い出す。あの頃はフェルディナンド様に負けっぱなしだった。
「フェルディナンド様が神殿に十年も籠っていて、やっと同程度か。貴族院時代には全く勝てなかったわけだ」
……この十年で差を詰めることができたのだ。今度こそは勝ってみせる。
そう思う心の片隅で口惜しく思う。フェルディナンド様のような才能がエーレンフェストのような片田舎の神殿に押し込められて、潰されていくのは惜しい。
「いつか表舞台に出てこられぬものかな」
……そして、またディッターをしたいものだ。
儘ならぬ現実に溜息を吐いて、私は杯のヴィゼを一気に飲んだ。
3巻発売記念SSです。