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私の同僚は変人だ

第386話 ローデリヒの願いの頃のコルネリウス視点です。

 私はコルネリウス。貴族院の最上級生に在学し、今はアウブ・エーレンフェストの養女となった妹ローゼマインの護衛騎士見習いを務めている。


 目下の悩みは如何にローゼマインのからかいを回避するかということだ。母上とは血が繋がっていないはずなのに、恋愛関係の話が好きで、事あるごとに絡んでくるところは恐ろしく似ていて、他人の恋愛を本にして売るところは二人とも重症だと思う。母上は恋愛話を好きすぎるところが、ローゼマインは本を好きすぎるところが。


「それで、まだローゼマイン様に報告していないのか。からかわれるのも、本の題材になるのも時間の問題だと思うぞ」


 ハルトムートが呆れたように肩を竦めた。ハルトムートは同じくローゼマインの側近で、優秀な文官見習いである。こんなふうにはなりたくないと思うくらい色々な点でぶっ飛んでいるが、優秀は優秀だ。

 同学年だし、貴族院における男の側近は二人だけなので、必然的にハルトムートと接する時間は多くなる。エスコート相手に関する話はダームエルにはしにくいので、相談相手は専らハルトムートだ。


「時間の問題でもできるだけ先送りにしたい。知られたら貴族院の寮どころか、エーレンフェスト、下手したら、ユルゲンシュミット全域の晒し者になる。ローゼマインは母上にあまりにも危険な仕事を与えてしまったのだ」

「エルヴィーラ様の本をローゼマイン様が楽しんで読んでいるのだから、諦めろ」


 ローゼマインを聖女と崇めているハルトムートは軽く手を振ってそう言った。まだ相手が決まっていないからこその余裕な態度だが、そんなことを言っていられるのも今のうちだ。


「ハルトムートこそ相手は決まったのか?」


 他領の文官見習いや側仕え見習いと仲良くして色々な情報を得ているが、明確な相手は決まっていなかったはずだ。ハルトムートが腕を組みながら、うーん、と考え込む。


「いや、まだ完全には決まっていない。時間の問題だと思うけどね。……ところで、どうしてコルネリウスはレオノーレだったのだ? ブリュンヒルデもマリアンネも、それから、アンゲリカもいただろう?」


 私もハルトムートもエーレンフェスト内で相手を探そうと思うと、上級貴族であるため相手が限られるので候補者自体がものすごく少なくなる。ローゼマインに仕えることを考えると、むやみに他領の者を結婚相手に考えるわけにもいかない。ランプレヒト兄上の結婚に関わるいざこざを見て、そう思った。


「まず、レオノーレはローゼマインに傾倒しすぎていない」

「うん? 私の第一条件はローゼマイン様に傾倒しているというものだぞ?」

「ハルトムートと一緒にしないでくれ」


 洗礼式及びお披露目の祝福でローゼマインを聖女認定し、貴族院でもエーレンフェストの聖女について触れ回ったハルトムートのせいで、私が「聖女の兄なのか」と笑われていたのは記憶に新しい。私がじろりとハルトムートを睨むが、ハルトムートは全く頓着しない。


「ハルトムートのようにローゼマインの歓心を買うためならば自分達の馴れ初めを母上に売りそうな相手はごめんだ」

「なるほど。他には?」

「知的な女性がよかった」


 私は「アンゲリカの成績を上げ隊」として貴族院でずっとアンゲリカに関わってきた。アンゲリカに教えるために先取りで勉強するおかげで、成績は上がったけれど、それ以上に何度説明してもわからないアンゲリカにうんざりさせられたことも多々ある。

 その点、レオノーレはいい。一度言ったら大体は覚えているし、向上心があり、何を教えてもついてくる。「コルネリウスはすごいですね」という一言が全く違って聞こえるのだ。


 ちなみにアンゲリカの時は「わたくしの代わりによろしくお願いします」という言葉が隠れているので、褒められたと思って喜んではならない。アンゲリカとの結婚話が持ち上がった時に、私の代わりにエスコートを引き受けてくれたエックハルト兄上こそ、私の英雄である。


「ローゼマイン様に報告すれば、一緒の任務に付けられたり、食事の時も隣にされたり、事あるごとにからかわれるのだ」

「いつ知られても同じだと思うけれど?」


 ハルトムートの言葉を私はきっぱりと否定する。


「いや、同じではない。ローゼマインは女の子に甘い。レオノーレ一人だけならば、からかわれることは少なくなる。からかわれてレオノーレが悲しそうな顔をすれば、必死にフォローに回るはずだ。私が相手の場合は兄妹の気安さもあって容赦ないのだ」

「それはローゼマイン様といかに仲が良いかという自慢か?」

「は? そんな話の流れではなかっただろう?」


 ハルトムートと話をすると、妙な脱線をするのはいつもの通りだ。


「とりあえず、コルネリウスばかりがローゼマイン様とじゃれているのは面白くないから、レオノーレとのことを隠しておきたいならば協力するよ」

「ものすごく微妙な気分だが、助かる」


 協力者がいるといないでは成功率がずいぶんと変わってくる。こんなハルトムートだが、本当に優秀なのだ。協力すると約束した後は側近達にも手を回して完全に隠しきってくれた。


 ……これでローゼマインを聖女と崇める変人でさえなかったら。


 思わず溜息が漏れた。




「コルネリウス、今日のローゼマイン様はフェルディナンド様の本を読んでいるから、一日出かけても問題ないと思うよ。素材採集は午前中にほとんど終わるだろう?」


 貴族院で最初の土の日、素材採集の狩りに向かう準備をしていると、リヒャルダに本を渡し終えたハルトムートが出かける準備をして階下に降りてきた。昼食は包んでもらって持参し、午後からも少し狩りをすることになっている。それほど遅くはならない予定だけれど、一日出かけても良いと言われれば困惑する。


「どうする、レオノーレ?」

「それは、その、二人で出かけられるならば嬉しいですけれど……ローゼマイン様に知られると、ハルトムートが不興を被りますよ?」


 レオノーレが心配そうにハルトムートを見た。ハルトムートは聖女愛が暴走してローゼマインに引かれている部分がある。でも、ハルトムートは全く気にしていないようだった。


「ローゼマイン様のご機嫌を損ねるのは困るが、何とかするための当てはあるから大丈夫だ。こちらの心配はいらない」


 ハルトムートは軽く手を振ってそう言った後、「私は他領の文官見習いと約束があるから」と出かけていく。エーレンフェストにとって重要な情報の収集の場だとわかるので、私はそのままハルトムートを見送った。


 そうこうしているうちに騎士見習い達が集まってくる。今日は領主候補生の側に最低限の護衛だけを残して、講義に必要な素材を狩りに行かなければならないのだ。

 他領と協力し合い、狩りをする。予定より早く午前だけで終わったので、レオノーレと一緒に先生方の薬草園の近くにある花畑の近くでお昼にした。


「もう少ししたら、毎日図書館通いだな。あの情熱を他に向けてほしいものだが……無理なのだろうか」

「ローゼマイン様のあの情熱がなければ、植物紙もリンシャンも生まれなかったとエルヴィーラ様に伺いました。ローゼマイン様は自分の欲しい物を得るために全力を尽くして、その結果がエーレンフェストのためになっているのですから、あのままで良いのではありませんか?」


 レオノーレがふわりと笑う。

 ローゼマインは私の可愛い妹だ。外見だけならば文句の付けどころがない。困ったところがあるのは確かだし、他に向いて身内である私が色々と言うことは構わないが、他人から否定されたり貶されたりするのは腹が立つ。

 ローゼマインの本への情熱は桁外れだが、それを笑顔で肯定してくれるのは、嬉しくて、何とも言えない安心感があった。


 ……だから。


「私はレオノーレを選んでよかったと思っているよ」

「と、突然何を言い出すのですか!?」


 普段の冷静な姿は全くなく、レオノーレが赤面して目を見開いた。珍しいレオノーレの姿をまじまじと見ていると、「あまり見ないでくださいませ」と怒られる。それがまた面白くて、もう少しからかおうかと思っていると、白いオルドナンツが一直線に飛んでくるのが見えた。


「オルドナンツ?」


 腕を差し出すと、オルドナンツは私の腕に降りてきた。そして、マティアスの声で話し始める。


「マティアスです。裏から寮に戻ったところ、ローゼマイン様が中央棟に繋がる玄関扉の前で、どなたかの帰りを待っていらっしゃいます。我々と離れて別行動をしたことをローゼマイン様に知られたくなければ、早急に戻った方が良いかもしれません。一応外に半分ほどの騎士見習い達と共に待機しています」


 マティアスに「助かった。すぐに戻る」と返事をしてオルドナンツを飛ばすと、私とレオノーレはすぐさま騎獣を出して寮へと戻った。


「待たせた。すまない」

「いいえ、エルヴィーラ様の本が怖いのはコルネリウス様だけではございませんから」


 苦笑する騎士見習い達と合流し、採集場所に向かう裏の方から寮に入って、玄関ホールへと向かって歩く。


 マティアスの言葉から想像していたのは、玄関ホールで本でも読みながら扉を気にするローゼマインの姿だった。だが、実際には肩幅に足を開き、手を腰に当てて扉が動くのを険しい顔で待ち構えていた。待っていたことを知っていても驚くような状態だ。


「ローゼマイン様、何かございましたか?」


 おずおずとした様子でレオノーレが声をかけても、ローゼマインは玄関扉から目を離さない。


「ハルトムートが内緒で出かけたのです。これはお相手の方と逢瀬かもしれないと思って、どなたなのか聞き出すためにここで待ち構えているのです」


 ……ものすごくどうでも良いな。


 別に「ハルトムートの相手はまだ決定していません」と教えてあげても構わないのだが、余計なことをローゼマインに言えば、こちらにも質問が回ってくることは経験済みだ。間違いなく、「では、コルネリウス兄様はどうなのですか?」と聞かれるに違いない。


「そんなことのために寒い玄関ホールで立っていると体調を崩しますよ。せめて、多目的ホールに入ればいかがです?」


 私が呆れ半分、体調に対する心配半分にそう言って、多目的ホールを示したが、ローゼマインはふるふると首を振って、再度玄関扉を睨んだ。


「ハルトムートを驚かすためにもわたくしはここで待ちます」

「……そうですか。では、私は着替えて参ります」


 やれやれ、と私は溜息を吐きながら階段を上がっていく。途中で一度階段下を見下ろした。ローゼマインは全く動く気がないようだ。早目にハルトムートを戻らせなければ、ローゼマインが体調を崩すだろう。レオノーレも心配そうに玄関ホールを振り返った。


「あのようなところに長時間立たれていて、ローゼマイン様は大丈夫でしょうか?」

「私からハルトムートに連絡するよ」


 マティアスから連絡をもらったことで窮地を凌いだ私はハルトムートにも同じように「ローゼマインが中央棟に続く玄関ホールで待ち構えている」とオルドナンツを飛ばした。ローゼマインが体を冷やして、体調を崩すかもしれない、とも付け加えておく。これでハルトムートはすぐに戻ってくるだろう。


 急いで着替えて玄関ホールの様子を見に行くと、案の定、ハルトムートがすぐに戻ってきた。玄関で待ち構えているローゼマインを見て、目を瞬き、わざとらしく首を傾げる。


「ローゼマイン様、こんなところでどうしました? フェルディナンド様の本を読み終わったのですか?」

「わたくしに本を与えて、こっそりと逢瀬ですか? どなたと会っていたのです? わたくしには紹介できないような方ですか?」


 一度目を丸くした後、クックッと実に嬉しそうにハルトムートが笑う。


「まるで悋気を起こした恋人のようなセリフですね」


 ……そういえば、ローゼマインに構ってほしいと言っていたな。こんな状況で、そんなセリフが出てくるほど嬉しいのか。ハルトムートは本当に変人だな。


 更にローゼマインの怒りを買う結果になるのではないか、と思っていたが、ハルトムートがさっと紙の束を取り出した瞬間、ローゼマインがぴきっと固まって、その後、挙動不審になった。頭がゆらゆらと揺れ、体がそれに合わせて動き始める。


 ……なんだ?


 ハルトムートが紙束を右に動かせば右に、左に動かせば左に視線ばかりか体まで動いていく。ローゼマインの動きが紙束を目で追って、取ろうとしている動きであることに気付いた瞬間、私はガックリと体中の力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった。


 ……いくらなんでも間抜けすぎるだろう、ローゼマイン! そんな簡単に釣られるな!


 ハルトムートがフィリーネに紙の束を渡すと、ローゼマインはフィリーネやユーディットを引き連れ、騎獣で階段を上がってくる。ローゼマインの騎獣の足取りは跳ねるように軽く、乗り込んでいるローゼマインの喜色満面の笑顔は先程まで玄関扉を睨みつけていた顔とは全く違った。

 本当に機嫌が直っていることに私が驚いていると、ローゼマインは私に気付き、ニコニコと笑いながらフィリーネが抱えている紙束を指さした。


「わたくし、今からお部屋で騎士物語を読みます」


 あまりにも簡単に釣られるローゼマインに呆れ半分、しっかりとローゼマインの気を逸らすための物を準備しているハルトムートの優秀さに対する感嘆半分の溜息を吐きながら、温かくして読むように、と注意をした。素直な返事と共に跳ねるような足取りでレッサーバスが階段を駆け上がっていく。


「ハルトムート」


 呼びかけると、ハルトムートが顔を上げた。「ありがとう、コルネリウス。実に可愛らしいローゼマイン様のお姿が堪能できた」と言いながらハルトムートがオルドナンツの黄色い魔石を投げてくる。


 ……この変人をローゼマインの側近にしていて良いのだろうか。



 そんな不安を抱いた私はまだ知らなかった。ハルトムートが選んだ結婚相手が、同じくらい変な女だったということを。


6万ポイント越えの感謝SSです。

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