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元気に成長中

第四部のグレッシェルから戻った直後のルッツ視点です。

 オレはルッツ。プランタン商会のダプラ見習いだ。

 ついさっきグレッシェルから戻ったばかりで、マインの騎獣から次々と荷物を下ろしているところである。早く荷物を下ろさないと騎獣が片付けられず、マインがいつまでたっても中に入れないので、皆で大急ぎで荷物を下ろしていた。


「ローゼマイン様、荷物の運び出しが終了しました!」

「では、騎獣を片付けますね」


 マインは騎獣を片付け、皆に挨拶をして神殿へと入っていく。ちょっと疲れている顔に見えたけど、フランも気付いているみたいなので、休ませてくれるだろう。

 マインの姿が見えなくなったら、運び出して積み上げただけの荷物をそれぞれ分け始めた。


「ルッツ、インク工房の荷物も一緒に乗せるぞ!」

「自分で持てない重さの荷物だけにしてくれ!」


 プランタン商会に向かう馬車にグーテンベルクの荷物も積み込んだり、工房に置く荷物を灰色神官達に運んでもらったり、大声で指示を出すには貴族階級がいると面倒なのだ。


「これが工房、これはザックの、それはプランタン商会。……なるほど、後が楽だな」


 インゴが次々と荷物を分けながら、感心したように呟いた。荷物の詰まった木箱には、誰の荷物で、中に何が入っているか、どこに運ぶのかが詳しく書かれた紙が必ず貼られているので、運び先を間違えることはない。この荷物の管理もマインが徹底させたものだ。


 プランタン商会でも内容を示す荷札くらいは付けているが、それよりもずっと詳しく細かく書かされる。初めてイルクナーに向かった時にマインが書くように言ったのだ。その時は面倒だな、と思ったけれど、行き先が変わり、人数が増えて、荷物が増えても荷物の紛失や運び間違いがほとんどなくなったので、プランタン商会でも最近は記入項目を増やすようになってきた。


「よし、こんなもんか」

「じゃあ、帰るな。また報告会で」

「インク工房の荷物は後で職人に取りに行かせるからね! お先に」


 ほとんど片付いたら、グーテンベルク達は自分が持てる荷物だけを持って解散だ。後日、プランタン商会でグーテンベルクの報告会が行われる予定になっている。今日のところは早く帰って久し振りに家族の顔を見るのだ、とグーテンベルク達は足早に去っていく。

 ダミアンが馬車の御者の隣に乗り込み、荷物をプランタン商会へ運ぶように指示を出しているのを横目で見つつ、オレは工房に運び込む荷物に手を伸ばす。


「ルッツは馬車で戻らなくてよかったのか?」

「あの馬車のどこに乗るんだよ? この荷物を工房に運んでから歩いて帰るさ」


 ギルが軽く笑いながら、「チビ達にお土産も渡さなきゃいけねぇもんな」と木箱の一つを抱えた。その中にはマインにも渡したグレッシェルの職人達から聞いた話が印刷された試作品の本が入っている。印刷機の試運転をして、職人達に使い方を教えるために作った薄い本だ。

 納本制度とやらを作って印刷された本を全て集めると張り切っているマインは大喜びで薄っぺらな本を抱きしめていた。隠し部屋で会うことがなくなって、衣装も言葉遣いも立ち居振る舞いからもマインらしさを見つけられなくなったけれど、本を前にした時の表情だけは変わらない。


 工房に荷物を置いた後は灰色神官達も解散だ。夕食までに身を清めると言っていた。オレとギルは運び込んだ荷物の中から、試作品の本を全部取り出す。マインに渡し、同行したグーテンベルク達に配った今、手元に残っているのは9冊だ。


「これが工房用で、こっちがギルの分だ」


 この本は印刷機の試運転のために作られたので、売り物にはしない。いつか他のお話と合わせて本にすることになった時のために工房に一冊置いておくことになっている。それ以外は献本で配って回る。


「じゃあ、配りに行くか」

「ディルクとコンラートも喜んでくれるだろうな」


 オレは残り7冊の本を抱えて、ギルと一緒に孤児院へと向かう。


「あぁ、ギル。そろそろ言葉遣いを直さなければ、孤児院では叱られるのではありませんか?」


 グレッシェルの下町で半年ほど過ごせば、言葉遣いは完全に下町の言葉になってしまっている。孤児院が見えてきて、オレがそう指摘すると、ギルは面倒くさそうに溜息を吐いた。


「……臭くて汚かったけど、下町は楽だったな」

「オレはこれからその下町に帰るけどな」


 ギルに睨まれたが、肩を竦め、顔を見合わせて笑った後は二人ともきっちりと態度を切り替える。グーテンベルクは貴族と付き合うこともあれば、下町に放り出されることもある。どこに放り出されても馴染めるように切り替えは大事だ。


「ただいまグレッシェルから戻りました。ディルクとコンラートにお土産があります」

「まぁ、二人とも喜びます。ディルク、コンラート。ギルとルッツからお土産ですって」


 ヴィルマの声を聞いたディルクとコンラートがデリアを引っ張るようにして駆け寄ってくる。半年ほど見ないうちに二人とも成長しているように見えた。特に孤児院に来たばかりの頃は満足に食べられてなかったのか、ガリガリだったコンラートが子供らしくふっくらとした顔になっている。表情もずいぶんと明るくなっていた。


「おかえりなさい、ギル。お土産は何ですか、ルッツ?」

「この本は売り物ではないので、数が少ないです。丁寧に扱ってください」


 目を輝かせて待機している二人にそれぞれ本を渡すと、本を抱えたディルクが嬉しそうにギルを見上げる。


「ギルが帰ってきたから、私達も森へ行けますね」

「残念ですが、私は工房の仕事がございます」


 冬の社交界が始まる前にグレッシェルで行ったことの詳しい報告をしなければならないし、工房での仕事がどこまで進んでいるか把握して冬の手仕事の手配をするなど、ギルは結構忙しい。子供を連れて森へ行ける余裕は多分ない。


「……ギル、何とかならないかしら?」


 しょんぼりとしたディルクとコンラートを見たデリアが困ったようにそう言った。冬の社交界に合わせて印刷をするため、今は工房が非常に忙しく、グレッシェルと冬支度にも人手を取られていることで、今年はなかなか森へ行く機会がなかったらしい。

 今の孤児院には見習い未満で動き回れる年頃の子供がディルクとコンラートしかいないので、二人は基本的に孤児院に放置されているそうだ。


 ……ずっと外に出られないのも息苦しいもんな。


「ギルは難しいでしょうから、私が連れていきます。明日は森へ行きましょう」

「え? いいのですか、ルッツ?」


 デリアが目を丸くしている。けれど、神殿と違って、長期出張が終わったオレは数日間休みが取れるはずなのだ。そして、実家に帰ったら冬支度を手伝えと言われるに決まっている。子供達を森へ連れて行くから、と逃げ出してしまった方がきっと楽だ。


「ウチの冬支度のついでです。二人にも手伝ってもらいますよ」

「やったぁ! 頑張ります!」

「ありがとうございます、ルッツ!」


 大喜びのディルクとコンラートに何度も森に行く約束を念押しされながら、オレは孤児院を出た。


「今日は旦那様への報告もあるので、これで失礼します。明日は森へ行く準備を忘れないように」

「ルッツも忘れてはダメですよ。では、また明日」


 下町に続く門までギルが一緒に歩いて来る。門のところで一度足を止めたギルがそっと息を吐いた。


「ルッツ、せっかくの休みなのに悪いな」

「別にいいさ。家でこき使われるより、森の方が楽だから」


 そう言ってオレは門から下町へと踏み出した。汚物に塗れたグレッシェルと違って、綺麗に整えられたエーレンフェストの下町が目の前に広がっている。懐かしい街並みに「帰ってきたんだな」という呟きが漏れ、肩の力が抜けていくのがわかった。


 ギルド長の家でもあるオトマール商会の前を通り過ぎ、少し行って曲がったところにプランタン商会がある。5冊になった本を抱えたまま、オレは裏から店に入った。


「ただいま戻りました、マルクさん。旦那様はいらっしゃいますか?」

「おかえりなさい、ルッツ。旦那様は先に戻ったダミアンからの報告を受けていました。ルッツからの報告も待ちわびていますよ」


 そう言って振り返ったマルクさんは見知らぬ女性と話をしていた。赤茶の髪を結い上げているので、すでに成人しているようだが、まだ若い。驚いたことに、彼女はプランタン商会のダルアの服を着ていた。オレがグレッシェルに言っている間に入ったようだ。


「新しくダルアが入ったのですか?」

「えぇ、紹介しておきましょう。彼女はカーリン。クラッセンブルクから来た商人の娘です。少々わけがあって、こちらで次の夏までお預かりすることになっています。カーリン、こちらはダプラ見習いのルッツ。長期出張から戻ってきたところです」


 お互いに、初めましてと挨拶をする。一体どんなわけがあってクラッセンブルクの商人がプランタン商会に滞在することになったのだろうか。首を傾げつつ、オレはカーリンを見る。

 第一印象は美人だけど、気が強そうだった。気が弱いおどおどした女性がクラッセンブルクからエーレンフェストまでやってくることはあり得ないので、多分、男勝りの性格ではないかと思う。大領地の商人らしく、立ち居振る舞いは躾されているが、その青い瞳が興味と好奇心に輝いている。

 獲物を見つけた猫のようなカーリンの視線がオレの抱えている本へ向けられた。それに気付いたらしいマルクさんがニコリと微笑んで、一歩動き、オレとカーリンの間に立つ。


「ルッツ、旦那様に報告を。急いでください」

「かしこまりました」


 マルクさんの言葉に頷き、オレはすぐにその場を離れて旦那様の執務室へと向かった。執務室にはすでにダミアンの姿はなく、旦那様は顔を上げて、赤褐色の目に笑みを浮かべる。


「おぅ、ルッツ。戻ったか。無事に終わったようだな?」

「そうですね。イルクナーやハルデンツェルと違って、貴族と全く意思疎通ができなくてどうしようかと思いましたが、ローゼマイン様のおかげで無事に終わりました」


 下町の職人に全く見向きもしない担当文官とギーベには驚かされたが、領主の養女としての立場でマインが間を取り持ってくれたので、悪い結果にはならないだろう。きっちりと守ってくれる後ろ盾があるのが、とてもありがたい。領主の養女としての役割をしっかりこなしている時は、オレが知っているマインの顔ではなく、多くの責任を抱える貴族の顔になっているのだ。


「これから三日間は休みだ。久し振りに家族に顔を見せてやれ」

「ありがとうございます。それから、これを旦那様に。グレッシェルの印刷機の試運転のために作った本です」


 オレが手渡すと、旦那様がパラパラとページをめくって目を通していく。


「これからギルベルタ商会のレナーテにも持って行こうと思うのですが、よろしいでしょうか?」

「あぁ、喜ぶだろう。せっかくだから俺も行くか」


 手早く書類を片付けた旦那様が立ち上がる。そして、一緒にギルベルタ商会へ移動することになった。妻や娘に甘いオットー様に代わって、旦那様はちょくちょくとギルベルタ商会に顔を出してはレナーテと話をしながら跡継ぎとしての教育をしているのだ。


「ルッツ、カーリンのことだが……」


 道中で新しく入ったカーリンについて旦那様が話をしてくれた。親と一緒にクラッセンブルクからエーレンフェストへ商売に来たカーリンを、一年間というか、次の夏に迎えに来るまで預かることになったらしい。


「商売の勉強をするように、と旦那様に預けたのですか?」

「……ずいぶんと嬉しそうだな、ルッツ」

「旦那様がクラッセンブルクの商人に認められたということですから、嬉しいです」


 娘を勉強させる環境として、大領地の商人がプランタン商会を選んだのだから、嬉しいに決まっている。でも、旦那様はひどく複雑な表情でガシガシと頭を掻いた。


「ウチの情報を得るにはダルア契約させるのが一番だからな。カーリンにどれだけの情報が持っていかれるのか、わからんぞ」

「それがわかっていて、旦那様は引き受けたのでは?」

「のっぴきならない事情があったんだ」


 旦那様は深い溜息を吐く。けれど、一体どんな事情があったのかは話してくれなかった。どうやらカーリンは旦那様にとってなかなか厄介な存在らしい。




「ベンノ伯父さん、ルッツ!」


 ギルベルタ商会の二階に向かうと、来客の対応に出てきた下働きの女性を押し退けるようにしてレナーテが顔を出してきた。ハーフアップにした髪の色は旦那様の髪によく似た色で、顔立ちはコリンナ様によく似ている。


「レナーテ、大きくなったな」


 旦那様が抱き上げると、レナーテは「きゃー!」とはしゃいだ声を上げた。レナーテは旦那様にも何となく似ているので、旦那様がレナーテを抱き上げていると親子に見える。


 ……そういえば、マインは歩くのが遅すぎて、よく旦那様にこうして抱き上げられていたっけ。


 レナーテはちょうどあの頃のマインと同じくらいの体格だ。お喋りが大好きな子で、オレが顔を出した時はずっと何かしら喋っている印象がある。レナーテは同じ年頃のディルクやカミルに比べても喋り出すのが早かったし、ビックリするくらい滑舌が良くて、かなりしっかりしている。そういえば、「レナーテが静かなのは、寝ている時と食べている時くらいだ」と旦那様が言っていた。


「それで、最近はどんなことを覚えたんだ?」

「あのね……」


 レナーテは旦那様の膝に座って、最近覚えたことを喋り始めた。旦那様は更に詳しく教えたり、本当に覚えているのか質問したりしながらその話を聞いている。会話のほとんどが商売に関することで、オレの洗礼前と違って、幼い頃から跡継ぎとして商売に関することを教えられているのがよくわかった。


 今日はコリンナ様に布の良し悪しを見分ける方法を教えてもらったらしい。レナーテは一歳になった弟に両親を取られがちで、母親であるコリンナ様を独占できるお勉強の時間が一番楽しみなのだそうだ。


「お母様もお父様もクヌートばかり可愛がってね、わたしのことはいつも後回しなの。お話も聞いてくれないのよ」

「一番上はそんなものだ。俺もそうだった」

「ベンノ伯父さんも一番上はイヤって思った?」

「その時々だな」


 レナーテのお喋りが報告から弟への愚痴ばかりになってきたのを見計らったように、旦那様がオレに視線を向けてきて、手招きした。本を手渡して話題を変えろ、と指示されているのがわかって、オレはレナーテに本を一冊差し出す。


「ほら、レナーテ。新しい本だ。今日まで行っていたグレッシェルの話が入ってる」

「ありがとう、ルッツ。……今日のはずいぶんと薄いのね」


 今までに持ってきた本に比べると、試験的に作った本なので薄い。だが、貴族向けの複雑な言い回しやわけがわからない詩はないので、とても読みやすいと思う。


「グレッシェルの下町の人達に聞いたお話ばかりが載っているから、レナーテにも楽しめると思う。……絵はないけど」

「そう。ルッツが持ってくるお話は面白いから楽しみだわ。お母様に読んでもらうの」


 レナーテがそう言って嬉しそうに本を抱きしめると、子守りがコリンナ様の二人目の子供である男の子、クヌートを連れてやってきた。お昼寝を終えて、元気いっぱいのようだ。最近歩き始めたので、目が離せないという子守りが笑いながら、クヌートを追いかける。危なっかしくよちよちと歩こうとしては失敗して尻餅をついているのを見ていると、突然ドアが開いて、トゥーリが入ってきた。


「コリンナ様から突然帰るようにって言われたと思ったら、ルッツが来てたのね」

「今日、グレッシェルから帰ってきたんだ。これはお土産。印刷機の試運転で作った本だから、十数冊しかない。希少品だぜ」

「ありがとう。後でゆっくり読むね」


 トゥーリに渡したので、手元に残った本は2冊になっている。後はカミルと俺の分だ。


「この後、カミルにも渡しに行くつもりだけど、トゥーリも一緒に帰るか?」

「うーん、今日は止めておくわ。明日も仕事があるし、ローゼマイン様の注文に応えようと思うと、ものすごく忙しんだもの」


 首を振ってそう言った後、トゥーリは染色コンペで、エーファおばさんが染めた布をマインが選んだこと、それに合わせた髪飾りを作ったことを教えてくれた。声が弾んで得意そうなので、とても嬉しかったことはわかったけれど、「ものすごく忙しい」というのがよく理解できない。冬の準備ならば、もう終わっていなければ遅いはずだ。


「冬の社交界ってもうすぐだろ? ものすごく忙しいって、まだ終わってないのか?」

「冬の分は終わってるよ。でもね、去年の冬に王族からの依頼を持ってきたローゼマイン様が今年は何もしないわけがないでしょ? 繰り上げて春の髪飾りを終わらせておかなきゃ、対応できなくなっちゃうじゃない。去年はホントに大変だったんだから」

「あ~、確かに」


 ……マインなら絶対に何かやる。


 何をするのか見当もつかないけど、何かやるだろう。それだけは間違いない。急な仕事が来ても対応できるように準備しておかなければならないのだ。


「これでも思いつく限りのことはしてるのよ。春の髪飾りは今作っている途中だし、貴族の学校でお友達に配るって言っていた腕章は、お友達が増えても大丈夫なように3つは予備を作ってあるし、また王族から髪飾りの注文が来ても大丈夫なように、いくつか髪飾りのデザインは考えたの」


 トゥーリが指折り自分にできることを挙げていく。さすがマインの姉。マインがやらかしそうな予想と対策がすごい。


「わかった。頑張れ」

「ルッツは長期間振り回された後だもんね? 今日くらいはゆっくり休んだら?」

「そうする」

「わたしはせっかくの自由時間だから、髪飾りの続きを作るよ」


 トゥーリがそう言って軽く手を振ると自室へ入っていく。トゥーリとのやり取りを見ていた旦那様が肩を竦めた。


「ルッツ、もう帰っていいぞ。俺はもう少しレナーテと過ごすから」

「ありがとうございます。失礼します」

「またね、ルッツ」


 レナーテが手を振って見送ってくれる。手を振り返しながら、オレは一度プランタン商会に戻り、自分の本を部屋に置いて、実家に帰るための服に着替えた。


「……こっちの服もそろそろ買い替えが必要だな」


 マインの指示であっちこっちに行かされることが多くて、あまり実家に帰る機会がないので、継ぎ接ぎだらけの服を着る回数も減っている。たまに着たら、自分の身長に服が全く合っていない。丈が足りないばかりか、肩や肘の辺りもきつい気がする。


 カミルへ渡す本を持って、オレは部屋を出ると、実家に向かって歩き始めた。中央広場を東に曲がって、露店で実家用のお土産も買っておく。食料があれば大丈夫だ。オレと同じように成長期でいつも腹を空かせているラルフは本のお土産より、大きめの腸詰がいくつかあった方が喜ぶはずだ。


 そして、いつも通り自分の家に帰る前にマインの家へ先に向かう。ノックして名乗ると、カミルが歓声を上げながらドアを開けてくれた。カミルは顔立ちがギュンターおじさんに似ているから、少し雰囲気が違うけれど、髪の色も瞳の色もマインとよく似ている。


「ルッツ、おかえり。グレッシェル、面白かった?」

「ほら、お土産の本だ。グレッシェルの職人から聞いた話が入ってる」

「やった!」


 マインが作った子供向けの本や玩具を与えられ、それで遊びながら育っているカミルはマインの思惑通りに本が好きな子供になっている。カミルに本を渡していると、料理の手を止めたエーファおばさんが振り返った。


「いつもありがとう、ルッツ」

「エーファおばさん、染色コンペでローゼマイン様の専属になったんだって? さっきギルベルタ商会でトゥーリに聞いたんだ」


 エーファおばさんは嬉しいような寂しいような笑みを浮かべて首を振った。


「まだよ。ローゼマイン様は専属を決められなかったの。冬の衣装はわたしの布で作ることになったけど、本当に専属となったわけではないのよ」


 領主夫人も領主令嬢もルネッサンスの称号を与える職人を決めたけれど、マインは決められなかったらしい。そして、まだ専属が決まっていないマインの専属を目指して、染色職人達がしのぎを削っているそうだ。


「次の春や夏の衣装の布に選ばれなきゃダメなの」


 エーファおばさんはそう言っているけれど、その目はやる気に満ちている。


「カミルが森に行けるようになってきたから、わたしももっと染織を頑張るつもりよ」

「そっか。もうカミルも森に行ける年だもんな」

「夏からずっと行ってるよ。今日も行って、いっぱい採ってきたんだ」


 カミルがそう言って得意そうに戦利品をテーブルに並べ始めた。一緒に森へ行っていた頃のマインと違って、毒きのこも採っていないし、しっかり籠を背負っているようで持ち帰っている量も多い。


 ……マインって、本当にダメダメだったんだな。


「すごい?」

「あぁ。オレも明日は森へ行くんだ。カミルに負けないようにしないとな」


 得意そうに笑いながらオレを見上げるカミルの頭をぐりぐりと撫でながら褒めてやると、カミルが嬉しそうに目を輝かせた。


「ホントに!? ルッツと一緒に行くの、初めてだ」

「いや、オレはディルクとコンラートって孤児院の子を連れて行くことになってるんだ。カミルが嫌じゃなかったら一緒に行ってもいいけどさ」


 孤児院の子供達が森へ行くようになって5年くらいだ。森で出会う子供達の間での偏見の目は多少弱まっているけれど、大人の目はそう簡単には変わらない。一緒に行動するグーテンベルクから変わっていけば良いとマインは肩を竦めて言っていた。偏見の視線は外から変えようと思っても変わるものではない。一緒に過ごして、孤児達が自分達と変わらないこと、もっとすごいところがあることを実感して内から変わらなければ意味がないのだ、と。


「ディルクとコンラートはローゼマイン様の孤児院の子だ。カミルと同じように、ローゼマイン様の作った本や玩具で遊んでるから、多分話も合うぜ」


 マインが作った玩具はこの辺りの子供が遊んでいるものではない。聖典絵本が読めるようになったカミルと字なんて全く必要なく過ごせるこの辺りの子供とは話が合わないこともあるとトゥーリが言っていた。


「……その子達も全部の絵本を持ってるってこと?」

「あぁ」

「ローゼマイン様にもらった玩具の話をしても怒られない?」


 カミルは近所の人達にマインの話をしないことを家族で約束している。ギュンターおじさんと男の約束をしたと言っていた。マインの話はもちろん、そこに繋がりそうな玩具の話をしてはならないのだ。


「あいつらもローゼマイン様が大好きだからな。多分、カルタなんてカミルより強いぞ」

「じゃあ、行く!」


 カミルが目を輝かせてバッと高く手を挙げた。


久し振りに下町の様子を書きました。

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