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図書館のお茶会準備

第393話 魔石採集から図書館のお茶会が始まるまでのダンケルフェルガー寮の様子をハンネローレ視点で。

 わたくしはハンネローレ。貴族院の二年生に、ダンケルフェルガーの領主候補生として在籍しています。


 わたくし、ローゼマイン様から図書館でのお茶会に招かれました。図書館から離れることができないソランジュ先生とお茶をするため、利用する学生達が増える前に執務室でお茶会を開くというのです。


 ……ローゼマイン様からトショイインにお誘いいただいて、お茶会にも招待されるなんて、去年のすれ違いは一体何だったのでしょう? わたくし、時の女神 ドレッファングーアに嫌われていたわけではないのですね。


 先生方のお茶会に招待されるのは、よく学んでいる上級生が多く、よほど先生方に気に入られた生徒でなければ招待されません。ですから、わたくしはまだ先生方からのお茶会のお誘いをこれまで受けたことがございません。ダンケルフェルガーの領主候補生ですから、お兄様が卒業した後は、いくつかお誘いをいただくでしょうが、今年はまだないと思っていました。


 ですから、先生を交えた図書館という場所で行われる特別なお茶会に参加できることがとても嬉しかったのです。今年は時の女神 ドレッファングーアの御加護があるかもしれません。


「図書館でお茶会ですって、コルドゥラ」


 フフッと笑うと、コルドゥラも嬉しそうに微笑みました。


「エーレンフェストからの招待ですから、そのお茶会を参考にこちらのお茶会に出すお菓子を考えられますね」


 図書館のお茶会の後には、本の貸し借りをしたり、楽師が曲を覚えたりするために、ダンケルフェルガーが主催でお茶会を開くことになっています。側仕えのコルドゥラは去年カトルカールという新しいお菓子を出してきたエーレンフェストに何をお出しすればよいのか、とても悩んでいたのです。こちらが主催するお茶会の内容を決めるためにも、図書館のお茶会はとても有効です。




「コルドゥラ、ローゼマイン様の側近からお茶会の予定日について打診を受けました」


 ある日のこと、夕食後に多目的ホールで寛いでいると、文官見習いのクラリッサがコルドゥラに報告にやってきました。お茶会の細やかな打ち合わせは側仕え同士で行うのが常ですけれど、打診の段階では騎士見習いや文官見習いからお話が来ることも珍しくありません。


 ……座学はほとんど終わっていますから、午前中ならばいつでも大丈夫です。


 去年は13位だったエーレンフェストが貴族院の成績を上げて、順位を10位に引き上げたため、大領地の領主候補生として恥ずかしくない成績を取るために勉強にも力を入れました。実技はともかく、今年の座学は好調に試験を終えています。


 ……わたくしも頑張ったのです。


 わたくしの予定を取りまとめているコルドゥラは、クラリッサに言われた日付を聞いて、軽く息を吐きました。


「ハンネローレ様、打診されたお茶会の予定日に社会学の講義がございます」

「……え? どうしましょう? 最初にお誘いいただいた時に、十日ほどたった後の午前中ならば時間が取れると思います、と答えたのはわたくしなのですけれど……あの時は終わっている予定だったのです」


 社会学は昔の講義内容を取り入れたことで、エーレンフェスト以外全員が参加する座学になっています。わたくし、座学は頑張って勉強したのですけれど、勉強の範囲が変わってしまうとどうしようもございません。


「この日以外ならば予定を空けてあったので、少し間が悪かったですね」


 コルドゥラの言う通り、よりによって唯一午前の予定がある日です。エーレンフェストは全員が合格しているので、二年生の座学の予定を把握していないのかもしれません。


「ただの打診ですから、都合が悪ければ、一日ずらしてもらえば良いだけです。ソランジュ先生もハンネローレ様の予定に合わせるようにおっしゃった、とローゼマイン様の側近から伺っていますから、ハンネローレ様が落ち込むような事ではございません」


 クラリッサが軽く肩を竦めながらそう言って、「次の日にお願いすれば良いですか?」と首を傾げた。コルドゥラが頷き、クラリッサは「オルドナンツで返事をしてきます」と退出していきました。コルドゥラはわたくしの側近を集めて、お茶会について話し合いを始めます。


 そして、こちらが申し出た通り、お茶会の日時が決まり、エーレンフェストから招待状が届きました。

 了承の返事を出して二日後のことです。調合の実技を終えたわたくしが寮に戻りますと、顔色を変えたクラリッサが背中の三つ編みを揺らしながら近付いてきました。


「大変です、ハンネローレ様」

「どうしたのです、クラリッサ?」

「先程、エーレンフェストより緊急のオルドナンツが来たのですが、図書館のお茶会にヒルデブラント王子が参加されるそうです」


 ……え?


 クラリッサの言葉がすぐには理解できなくて、わたくしは首を傾げました。


「聞き間違いかしら? 入学前のため、お部屋に籠っているはずのヒルデブラント王子が図書館のお茶会に参加すると聞こえたのですけれど」

「聞き間違いではございません。そう申し上げました。ヒルデブラント王子は図書館の大きなシュミルを気に入っているご様子で、図書館にほぼ日参されているそうです」


 ……何をしているのですか、ヒルデブラント王子は!?


 頭がくらりとして、先生とのお茶会に浮かれていた気分が一気に沈んで、血の気が引いていきます。それでも、狼狽えた姿を見せないようにクラリッサに「わかりました」と了承しつつ、自分の部屋へと急ぎ足で戻りました。


「コルドゥラ、どうしましょう!? 王族とお茶会だなんて、わたくし、わたくし……あぁ、何故ローゼマイン様はヒルデブラント王子をお誘いしたのでしょう!?」


 王族とのお茶会は想定外です。宮廷作法の実技でなかなか合格できなかったため、わたくしは王族とのお茶会に全く自信がありません。


「コルドゥラ、すぐに欠席のお返事を……」

「もう了承していますから、欠席のお返事は出せませんよ、姫様」

「では、今から何か理由を作って、当日は欠席を……」

「お身体が弱いと評判のローゼマイン様ならばともかく、丈夫で健康になるまで鍛えられ続けるダンケルフェルガーの領主候補生が病欠を理由にするのは難しいですよ。ルーフェン先生が大騒ぎし、アウブにも連絡が入るでしょう」

「……そして、王族とのお茶会を欠席したかっただけという仮病が見破られ、お母様に叱られるのですね。お茶会とお母様、どちらが怖いでしょうか?」


 わたくしが真剣に考えていると、コルドゥラが深い溜息を吐きました。


「少し落ち着いてくださいませ、姫様。図書館にほぼ日参する王子がお茶会への参加を希望したのではございませんか? 王族からの申し出ではエーレンフェストがお断りなどできませんもの。ローゼマイン様のせいではございませんわ。巡り合わせが悪かったのですよ」

「……ローゼマイン様も間が悪かったのですね。それとも、わたくしの間の悪さがうつってしまったのでしょうか?」

「姫様の間の悪さは誰かにうつるようなものではございません。少々巻き込まれるだけです」


 ……全く慰めになっていません、コルドゥラ!


 でも、コルドゥラとのやり取りで少し落ち着きました。王族を招待しなければならなくなったローゼマイン様のことを考えられる余裕ができました。招待を受けるわたくしよりも、王族を招待することになったローゼマイン様の方が大変なのです。


「姫様、去年の宮廷作法の講義を思い出して、お茶会に臨めば大丈夫です。余裕を失わず、胸を張っていれば良いのです」

「それが簡単にできれば苦労しないのですよ、コルドゥラ」

「お茶会には宮廷作法でも初日合格を果たした最優秀のローゼマイン様がいらっしゃいます。お手本にすれば良いのです」

「そ、そうですね。困った時にはローゼマイン様を真似てみます」


 わたくしは気持ちを立て直しました。優秀なお手本があるのですから、わたくしも真似れば、大領地らしい取り繕いくらいはできるでしょう。




 それから数日たった夕食後、多目的ホールに学生が全員集められ、ターニスベファレンという魔獣が出たことがルーフェン先生から報告されました。魔力を奪うタイプの魔獣なので、攻撃は厳禁で、すぐに寮監に連絡し、中央の騎士団の到着を待つように、とのことでした。


「神殿や神官の仕事について、詳しい者はいるか?」


 ルーフェン先生が皆に聞いていましたが、普通の貴族は神殿に近付くことがないので、挙手する者はいません。


「神殿のことならば、エーレンフェストの聖女とやらに尋ねれば良い。あれは生粋の神殿育ちではないか」


 レスティラウトお兄様の言葉に、ルーフェン先生が首を振りました。


「ローゼマイン様に伺ったことがどの神殿にも共通することなのかどうかを知りたかったのです」

「普通の貴族は神殿に用などない。神殿のことなど知るはずがない。それほど知りたければ、中央神殿に招集をかければ良かろう。王にお伺いを立てておけばどうだ?」

「気は進みませんが、一考してみます」


 がっかりしたように肩を落として、ルーフェン先生が多目的ホールから出ていきました。今の王は神殿と上手くいっていないので、中央神殿に招集をかけてもらうのは難しいかもしれません。


 ……次代の承認がすんなりとはいかないようですし。


 アナスタージウス王子は王位から離れることを明言しましたが、アナスタージウス王子とクラッセンブルクのエグランティーヌ様の卒業式で神の祝福があったことで、中央神殿はアナスタージウス王子を王位に、正確にはエグランティーヌ様を王位に就けることを強く望んでいるのだそうです。


 ……アナスタージウス王子とのご結婚で王族に戻られるとはいえ、一度王族から離れた方ですから、エグランティーヌ様が即位するのは難しいでしょうね。だからこそ、アナスタージウス王子が推されているのでしょうけれど。




 ターニスベファレンの騒ぎがあった次の日の夕方、またしてもクラリッサが多目的ホールに駆けこんできました。


「ローゼマイン様に帰還命令が出たようで、図書館のお茶会の時に、お借りしていた本をお返しし、新しい本もお持ちします、とのことです。お約束していた曲を教えるため、楽師もお連れください、と言っていました」

「ローゼマイン様に帰還命令ですか? エーレンフェストに一体何が起こったのでしょう?」


 帰還命令が出るということにわたくしは驚きました。奉納式のために途中で貴族院から戻ることが決定しているローゼマイン様に帰還命令が出るのが不思議で仕方がなかったのです。


「エーレンフェスト全体ではなく、ローゼマイン様だけに出たようなので、健康上の問題か、神殿関係の問題が起こったのだと思います」


 クラリッサは「今も倒れて意識が戻っていないようですから」と小さく付け加えました。コルドゥラが感心したように溜息を吐きます。


「それほどにお身体が弱い上に、今は王族を招くお茶会の準備で手一杯でしょうに、こちらへの本の貸し借りや楽師へのお心配りをいただけたのですね。ハンネローレ姫様、お礼を忘れないようにしてくださいませ」

「えぇ、ローゼマイン様は本当に細やかなお心配りができるのですね。わたくしも見習わなくては」


 実際にお茶会の準備をするのは側近達ですが、その側近達は主が指示を出さなければ動きません。ローゼマイン様はお身体の具合が悪い時にも細やかな気配りを忘れず、側近達に指示を出すことができるのでしょう。


「ところで、わたくし、お茶会で本の貸し借りなどしたことがないのですけれど、どのようにすれば良いのかしら?」


 本は貴重な物なので、厳重に管理されています。本来は上級文官の立ち合いの元、鍵が外され、貸出しの手続きが行われるものなのです。ローゼマイン様は当然のようなお顔で貸してくださいましたし、前回はお父様が勝手に領主会議に持って行き、領主間でやり取りしたので、わたくしは関わっていません。お茶会での本の貸し借りをどのように行うのか、わたくしは知らないのです。コルドゥラに視線を向けると、コルドゥラも困ったように首を傾げました。


「ローゼマイン様がなさることをよく見れば大丈夫でしょう。すぐにアウブに連絡をしてローゼマイン様にお貸しするための本を準備してもらわなければなりません。それに、本を運ぶための文官を数人、お茶会に連れて行かなければ。誰か予定の合う者がいるでしょうか?」


 二年生だけではなく、ほとんどの学年で座学を終えているエーレンフェストと違って、ダンケルフェルガーではまだ講義の終わっていない学生の方が多く、わたくしの側近以外から予定の空いている者を募って、連れて行かなければ人数が足りません。


「……ねぇ、コルドゥラ。図書館のお茶会にクラリッサを同行するのはどうかしら? クラリッサはローゼマイン様の熱烈な信奉者ですから、喜ぶでしょうし、ローゼマイン様に詳しくて、エーレンフェストと橋渡しをしてくれる者がいるのは心強いと思うのですけれど」

「そうですね。……悪くはないと思いますよ。クラリッサは武よりの文官ですから、扱いやすいですし、エーレンフェストの情報も多いですから」


 武よりの文官というのは、騎士になりたかった文官のことです。武よりの側仕えもいます。ダンケルフェルガーは武を尊ぶ土地柄ですから、幼い時分は特に騎士を希望する者が男女共にとても多く、他のコースより格段に人気があるのです。けれど、希望者全員を騎士にしていては文官の数が足りなくなり、領地経営にも影響するため、人数制限が必要になります。ダンケルフェルガーでは貴族院に入学する前に上級何名、中級何名、下級何名というふうに騎士コースを受けるための選抜試験が行われるのです。


 合格すれば騎士見習いですが、不合格ならば文官か側仕えのどちらかを選ぶことになります。当時のクラリッサは体格が不利で、選抜試験時にあと少しというところで落ちてしまったそうです。


 今、クラリッサは文官見習いをしながら、騎士の訓練も同時に受けています。ダンケルフェルガーにはこのような文官や側仕えが多いので、他領からは全員が武力を持っているように思われがちです。……よく考えてみると、あながち間違いでもありませんでした。


 体格が不利で騎士になり損ねたクラリッサは、貴族院の中で最も小さく、かつ、すぐに倒れるくらいに虚弱なローゼマイン様がダンケルフェルガーにディッターで勝利した話を聞いて、熱烈な支持者になりました。ついでに、ローゼマイン様の師匠らしいエーレンフェストの策略家にも興味を持っているようです。


「クラリッサ、予定が空いているならば、図書館のお茶会に同行しませんか?」

「何があっても参ります!」


 わたくしがクラリッサを呼び出して尋ねると、クラリッサは目を潤ませて喜びました。クラリッサは五年生ですから、ローゼマイン様と実際にお会いする機会はまずありません。クラリッサが大喜びしている姿に羨ましそうな視線を向けていた騎士見習いがわたくしの前に進み出て、跪きました。


「ハンネローレ様、私もお連れください!」

「私もお願いします!」


 次々と増える護衛希望者にローゼマイン様がどれほどダンケルフェルガーの騎士見習いに刺激を与えているのかよくわかります。


「護衛騎士は間に合っています。お茶会に必要なのは、文官と側仕えなのです」


 ……ディッターの再戦などと言い出して、ローゼマイン様を困らせないようにわたくしが気を配らなければなりませんもの。




 ダンケルフェルガーからローゼマイン様にお貸しするための本が届き、楽師も二人連れて行くことに決め、図書館のお茶会に向かう準備は整いました。


 ……わたくし、この時は夢にも思わなかったのです。楽しみにしていた図書館のお茶会があのようなことになるなんて!


400話記念SSです。

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