なかよしのイス
ある丘のてっぺんは、村のみんなにとって特別な場所でした。
天気の良い日はみんなでピクニックをしに行きました。満月の夜は丘に集まって一緒に空を眺めて、お祭りをしたりしました。
そんな場所でした。
でも、ある日とつぜん、ふしぎな話が村に流れてきました。
丘のてっぺんに行けば、願いことをかなえてもらえる。
そんな話です。本当なのでしょうか。
リィはある日、おつかいで丘の近くに来ていました。
リィの家ではミルクを作っていて、丘のふもとのおじいさんの家に運びに来たのです。仕事が無くても、おじいさんの家にはよく遊びに行きます。仲良しのセラが住んでいるからです。
でも、この日、ふたりは会いませんでした。三日前にケンカしたばっかりだったのです。
ケンカした理由なんてちょっとしたこと。どっちがわるいなんてもう、気にならないくらいです。もしかしたら、ふたりとも仲直りしたい、と思っているのかもしれません。
けれど、変に意地を張って、お互い、あの子があやまってくれたら仲直りしようと思っていました。
リィはおじいさんの家にミルクを届けると、荷台を丘の下において、丘のてっぺんへ歩きはじめました。
どうしたんだろう。
リィは思いました。丘の上に見慣れないものがあったのです。それは小さなイスでした。木で出来ていて、形は背の部分が丸く、なんだかぶかっこうでした。子供が作ったイスみたいに見えました。
リィはおそるおそる、そのイスに座ってみました。別におかしな所はありません。普通のイスです。しばらくすると、疲れていたのかリィはそのイスに座ったまま眠ってしまいました。
いつの間にかリィは夢のなかにいました。
セラが夢の中に出てきました。一緒に遊んでいる夢でした。夢の中でふたりはとても楽しそうに笑っています。
こんなころもあったんだよね。
リィはそんなことを思いました。
目が覚めてしまうと、リィは涙がとまりませんでした。セラとの楽しかった思い出ばかりがぐるぐると回って、それが、まるで遠い昔のことみたいで、とても戻りたくなりました。
セラに会いたくなりました。ぼくはセラとずっと友達でいたい。
リィはそのことに気付きました。そのあとは丘をすべるようにおりて、おじさんの――セラの家に向かいました。
家の前にたどり着くと、リィはゆっくり落ち着いて扉を叩きました。でも、懐かしい友達の顔を見たとたん、気持ちがいっぱいになってしまいました。
僕はセラと友達でいたい。
リィは大好きな友達を前に、たったそれだけしか言えませんでした。
でも、一番大切な言葉です。
セラはケンカしていた友達から急にそんなことを言われて、びっくりしてしまいました。けれど、すぐに笑って言いました。
僕も、ずっと、友達でいたいよ。
その話はまたたく間に、村の子供たちに広がってゆきました。
リィが願いことをきいてもらったんだって。
丘で眠ると夢に神様が出て来るんだよ。
あのイスに座らなきゃ、ダメなんだ。
色々なことをみんなは話しました。なかには信じない子もいました。けれど、それは村の子供たちの中で数えるくらいしかいませんでした。
みんなは願いことをきいてもらおう、と丘のてっぺんまで毎日行きました。一日に何十人の子たちがかわりばんこにイスに座って、願いことをかなえてもらえるのを待ちました。
かなえてもらえる願いことはちょっとしたこと。けれど、友達とうまくいってない時は、とても効果がありました。
けれど、ある日。
イスはこわれてしまいました。
もともと、しっかり作っていなかったので、たくさんの人が乗ってこわれてしまったのです。
みんなは困ってしまいました。
――これからどうしたらいいんだろう。
――もう、仲直りできないよ。
そんなことを、イスの回りに集まったみんなが口々に言い始めると、なかには泣いてしまう子まで現れました。
そんな時です。
リィは言いました。
――みんなでがんばればいいんだよ。仲直りだって、夢に友達がでてきて、仲直りしなくちゃって気持ちになっただけだよ。本当に言葉をだして、友達でいたい、って言ったのは自分だもの。
――うん、そうだね。
リィの言葉に、みんなはうなずきました。
このイスはそのことを教えてくれたんだね。
みんなはその夜、イスにさようならを言いました。
ありがとう、って思いながら。
壊れたイスは戻らない。
なくなって、消えちゃったけど、これからはみんなで頑張るんだ。きっと、もっと仲良くなるね。
その後、イスを目当てに丘におしよせる子供たちはいなくなりました。
(なかよしのイス/了)