86.予想外の妨害
アクセル全開!!
「……それは本当か?」
「えぇそうです、戦争を起こします」
翌日の早朝、学校が休みなのもあってエレンさんのところへと出向き、予定の変更を告げます。
「なんでまた?」
「……聞きたいんですか?」
「……いや、いい」
「そうですか」
疑問の表情を浮かべて質問してくるエレンさんに聞き返すと、こちらを怯えた目で震えながら拒否されました……私ってそんなに怖い顔してますかね? 自分で言うのもアレですが、母に似て割と整っているとは思うのですが……。
「……少しだけ自信が無くなりそうですね」
「なにがだ?」
「いいえ別に……まぁ、というわけで皇帝を呼んでも、というより誰を呼んでもいいですよ?」
「……居なくなっても一番影響が少ない奴は誰だっけ?」
……おかしいですね? わざわざご自由にどうぞってお任せにしたのに頭を抱えてなにやら思案し始めます……アレですかね? よく聞く『今日の夕飯なにがいい?』に対して『なんでもいい』と答えるのは困るとかいう……。
「なんでもいいというのが困るのなら、なるべく地位の高い方でお願いします」
「悪化しやがった……」
……おや? これも違ったようですね? さらに頭を抱えて部下の方に胃薬と頭痛薬を取りに行かせてますね。
「いったい何が不満──」
「──敵襲ー!!」
「何事だ?!」
なにやら騒がしいですね……それに敵襲? まだ帝国とは連絡は取れていないはずですが……他に領主館を襲うほどの勢力は……今はちょっと思い付きませんね。中央政府は今混乱の極みでしょうし、軍を集めるのも動かすのも時間がかかりますから数日でここを襲うのは無理でしょう……辺境派遣軍も壊滅させたばかりですし。
「報告! 敵の正体は渡り人! 全容は未だ不明、どれぐらいの規模かはまだ把握できておりません!」
「渡り人だと?!」
おや? プレイヤーの皆さんがここを襲っているのですか……彼らの大半は秩序か中立であり、最近増えた混沌勢力もまだそんなに育ち切ってはいないと伺いましたが? ここを襲う秩序的な理由でもあるんですかね?
「彼らは声明を発表しております! ……王国を混乱に陥れ、いと麗しきエルマーニュ王国第一王女を不当に攫った貴殿らを許しはしない……ここに秩序の鉄槌を下す……とのことです!」
「……だそうだが?」
「……ふふ」
あぁ、なるほど……ユウさんとマリアさんの二人の差し金ですね? どうりで城では妨害がなく、その後も三日間は音沙汰がないと思っておりました。
「ふふふふ……あっはっははははは!!!」
「……ついに壊れたか?」
なるほど、なるほど……? ユウさんにこんな大胆なことができるとは思えませんし、マリアさん……あなたの手配ですね? ユウさんも色々と協力や助力はしているでしょうがあの方はヘタレですから、いるのかわかりませんが攻略組トップたちと交渉なんてできないでしょう。
「……中々に楽しませてくれるじゃありませんか?」
「……壊れてるのは元からか」
勝利条件と敗北条件を明確にしましょう……こちらの敗北条件は王女の奪還、ないしせっかく作った傀儡領主であるエレンさんを排除されること……既に『遊び』の計画に遅れが出ていますがそれは構いません。次に勝利条件ですがこれは単純です。彼らを全滅もしくは戦意喪失させるまで殺し続けること……初動を取られた時点でこちらが圧倒的に不利ですね。
「さて、全軍私の指揮下に入りなさい」
「……軍の指揮までできんのかよ……どこぞの王族でも無理だぞ?」
涙目でボヤキながら軍の緊急招集と指揮系統の指示を出しに奔走するエレンさんを尻目に防衛計画の段取りを頭の中で構築します。
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「……ねぇ、本当に私が演説するの?」
「いやだって、マリアが呼び掛けたんだからそうでしょ……」
いやだって、確かに私が掲示板とか駆使してプレイヤーたちに呼び掛けたよ? 一種のプレイヤーイベントだー、とか煽ったよ? 一条さんを最高に楽しませるために頑張ったよ? ……でもね?
「私も陰の者なんだよなぁ……」
「レーナさんと仲良くなるなら関係ないから……」
「……実感篭ってるね?」
あの織田が……自分の趣味のことになると途端にそれまでの優しさと配慮が無くなって空気が読めなくなる織田が……オタクを隠しているつもりでも好きなことになるとついつい声が大きく早口になっちゃう織田が……すごく、遠い目で声を震わせてる……私、震え声っていうのを生で初めて聞いたよ……。
「まぁ声はいつものアレで遠くまで届かせるから、任せてよ」
「……『宴会魔術』と『DQN魔術』だっけ?」
「それに最近『公共魔術』で《放送》てのも習得したから」
「……君のスキル本当に謎」
いやぁ〜織田くん、君って奴は本当に飽きさせないねぇ? いつも一緒にゲームするとイロモノ枠使いたがるから予測できないわ……。
「すぅ〜、はぁ〜……じゃあ、行ってくるね?」
「うん」
深呼吸して台の上へと登る、途端に一斉にこちらを向く大勢のプレイヤーの視線……これだけで何故か自分が責められているかのような気持ちになり既に辛い……けど、一条さんを精一杯楽しませるために、私は一条さんに勝つ!
「皆さん、この度はお集まりいただきましてありがとうございます」
「嬢ちゃん堅いよ〜!」
「もっと気楽に〜!」
煩いよ! こっちは慣れないことしてるんだから少しは大目に見てよ! くぅ〜……プレイヤーの戯れ言は放っておこう、無視だ無視。
「皆さんにお集まりいただきましたのは他でもない……あのジェノサイダーを討つためです」
「本当にそんなことできんのか〜?」
「まぁ、楽しむだけ楽しめばよくね?」
「勝てなくても別にいいしな」
当然そんなことを言ったって、一条さんの実績は大きく、わかりやすく、一条さんは倒せないとプレイヤー達の半ば常識となりつつあるため皆どこか気楽な雰囲気がある……だから──
「──私は本気です」
「『……』」
強い意志を込めて、腹から絞り出すように……けれども静かに一言発する。私の強い意志を感じ取ったのかプレイヤーたちが静かに、お気楽な雰囲気からこちらを値踏みするような舐める視線が身体を這いずり回る。
「もう一度言います……私は本気です」
「『……』」
「皆さんジェノサイダーには勝てないと思っているんでしょう?」
「『……』」
「……いえ、違いましたか……
「……なんだと?」
「煽ってんのか?」
ここに来たらもうヤケクソで、今の自分にできる精一杯の言葉を尽くそう……人を動かすのなら本気を魅せるのは基本だからね。
「それも仕方がないことです。始めてすぐの初心者にベータ版からの攻略組も為す術もなく殺られ経験値になりました」
「『……』」
あの『始まりのジェノサイド』と呼ばれる惨劇は一条さんを……というよりこのゲームを語るうえでまず語られる創世神話だから、知らないプレイヤーは確実にモグリだろう。
「NPCと、特に当時の攻略組トップよりも遥かに強かったアレクセイ騎士団長と共闘しておきながら……三桁に上る数で攻めておきながら……無様に敗北しましたね」
「『……』」
『始まりの街クーデター事件』も有名すぎてもはや常識、語るまでもなく皆さん知っているでしょう……というよりほとんどのプレイヤーがあの時参加もしくは観戦していたでしょうからね。
「腰抜けの敗北者になるのは仕方がないことですから、痛くも痒くもありませんよね……」
「……舐めてんのか」
「俺らを馬鹿にするために集めたのか?」
ここまで煽ってようやくプレイヤーの中に怒りを顕にする者、そのまま立ち去る者たちが現れます……そんな人たちは元から願い下げなので構いません。
「第一回公式イベントでも散々に殺られましたね……その汚名を返上したのはハンネスさんたちのパーティーだけなのが悲しいです」
「……だってよ」
「じゃあどうしろって……」
そうです、あなたたちと同じ条件で一条さんに食らいついた人たちは既にいるのです……今さら逃がしませんよ?
「もう一度言います、私は本気です」
「『……』」
「……汚名を返上したくありませんか? 数が多いだけの秩序と言われても平気ですか? 攻略組トップという自信を取り戻したくないですか? 自分に言い訳することを止めたくありませんか?」
彼らのコンプレックスに……心の柔らかいところに土足で踏み込んでいく……彼らも攻略組トップと言われるぐらいあってゲーマーです。そこまで言われて、そこまで煽られて黙ってはいないでしょう。
「じゃあどうしろってんだよ」
「勝てる秘策はあるんだよな?」
「保証はできません──」
「なんだよ、やっぱり無理じゃねぇか」
「どうせまた負けるんじゃ……」
「──だが私に付いてこい」
「『……』」
ここからは
「ジェノサイダーは攻めるのは得意でも守るのは苦手でしょう……少なくとも見たことありません、ないから可能性がある」
「『……』」
「こちらの勝利条件はなんです? 王女様を救う……それが無理でも傀儡領主を倒せばそれで勝ちです」
「『……』」
そう、そうなのだ……この領主の館という閉ざされた、それでありながら広い地形は入り込まれた時点で守るのは難しい……一条さん一人では確実に手が回らないでしょう、彼らもそれは理解できるはずです。
「数だけの秩序? ……いいえ、数の秩序です! 我々はこのゲームに於ける圧倒的多数派! 圧倒的民意! 圧倒的与党!」
数だけの秩序? そうです数は多いですがそれがなにか? 数とはそれだけで力です、強いのです!
「持たざる者たちの嫉妬に塗れた嘲りなど、文字通り一蹴してしまいなさい!」
「『……』」
「今ここにジェノサイダーを討つための宣言をします! 勝っても負けても本気であるならば、我々はゲーマーとしての誇りを取り戻せる!」
あぁ、ダメだ……陰の者である私にはやはりキツイ、気持ち悪い、吐きそう……こんなに大勢の視線に晒されて演説しなきゃいけないなんて、私は前世でとんでもない悪事を働いたに違いない。
「今こそこの世界に秩序示す時!」
──オォォオォオオォオオオオオ!!!!!!!
つ、疲れたぁ〜! 演説が終わったら直ぐに台から降りて、織田のもとに駆け寄る。
「……吐きそう、しばらく防波堤になって」
「はいはい」
私は織田の背中に隠れてプレイヤーたちの視線から逃げながら、彼らが領主の館に突撃していくのを見て、一条さんが楽しめることを確信して安堵するのだった。
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マリアちゃんの事、ただのストーカー陰キャ女オタクだと思ってた人……怒らないから手を挙げなさい。