空を飛んだカエル
それは、長い雨がやんで百日目の夜のことでした。
草木の生い茂った小道の向こうから、ふたつの影が近付いてきました。ふたつの影の正体はカエルとコオロギでした。
カエルの名まえは、バリエ・ケランドフ。
コオロギの名まえは、ブラック。
カエルはどんなカエルでも、長くてカッコいい名まえを子どもにつけるのが大好きです。それなのに、子どもがたくさん生まれるので時間がかかります。名まえをつけ終わるころに、新しい子どもがまた生まれてくるので、カエルのお父さんはいつも子どもの名まえを考えているのです。
反対にコオロギはあまり名まえを考えるのが得意ではありません。だから、知らないうちに同じ名まえの子どもが何人もいることがあります。
そんな違いがあってもふたりは仲良しでした。
急に、ビューっと強い風がふいてきました。コオロギの細いあしに力が入ります。必死にかぶっていたぼうしを抑え強い風をがまんしました。
風がやむと、コオロギはカエルに言いました。
『今日は風が強いね』
『う、うん』
カエルはぶるぶる震えながら返事しました。でも、寒くてふるえていたのではありません。
今日の夜はカエルが空をとぶ日なのです。とぶと言っても、カエルがとべるはずありません。鳥の背中に乗って森を一周するのです。それはカエルが大人になるために、みんながやらなきゃいけないことなのです。でも、風にとばされて鳥の背中から落ちてしまうカエルはたくさんいます。バリエのお兄さんはそれで死んでしまいました。
無事帰ってくることができたら、立派に大人の仲間に入れてもらえるのです。それにそのカエルは森のヒーローだと言われるようになります。
バリエはぶるぶる震えながらも、森の真ん中の広場にたどり着くことができました。
そこでは、森の友だちが集まっていて、バリエをはげましてくれました。でもブラックだけはなにも言わず、心配そうにバリエを見ているだけでした。
バリエを連れていってくれるのはタカのおじさんでした。
『それじゃ行くぞ!』
おじさんはそう言って、宙にうきました。バリエはあわてて急いで叫びました。
『ぜったい戻ってくるよ!』
その時、バリエにはブラックが少しだけうなずいたように見えました。
『どうだ、月がきれいだろう?』
バリエは落ちないようにつかまっているのがやっとで、空を見る気にはなれませんでした。でも、ふっと見ると、空に丸くて黄色いものが光っています。
『わぁ……』
バリエがそんな声をだしたその時です。風がふき、バリエは思い切りとばされてしまいました。
『きゃあああー……』
バリエはタカのおじさんから落ちてしまいました。
けれど、運良く木の葉っぱに引っ掛かりました。そのあと何回も風にとばされて木の高い所から低い所へちょっとずつ落とされて……最後には川の中に落ちてしまいました。
──ポチャン!
泳ぎながら、バリエはコオロギのブラックのことばかり考えました。タカのおじさんの背中に誰も乗っていないのがわかったら、どんな顔をするだろう。飛ぶ前、心配そうな顔をしたブラックが何回も頭の中に出てきました。
バリエはブラックのもとへ帰りたい一心で一晩泳ぎ続けたのでした。
帰ったら、きっとみんなはぼくを英雄扱いするかもしれない、バリエは思いました。
けれど、それよりも大切なのは、ブラックと泳いだり、歌をうたったり、月を見に丘をのぼったり。それが大切なんだ。そう思いました。