100・敷島先生と言うよりは八重桜
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
100・敷島先生と言うよりは八重桜
敷島先生と言うよりは八重桜。
図書室の主にして文芸部顧問で人権推進部部長で組合の文会長。教科は国語、わたしも一年で現国、三年の今は古文を習っている。
年齢不詳だけど女の勘で五十代の半ばだと見ている。幾つに見える? 二度ほど聞かれたけど、先生への礼儀として五歳くらい若い年齢を言っておく。生徒会役員を二年も務めれば、それくらいの気は回せる。
八重桜というニックネームは彼女の出っ歯に由来している。
花(鼻)よりも前に葉(歯)が出る。という意味で、彼女が新任で来た時からのニックネーム。当時の生徒会長が付けたらしい。
嘘か真か、ご本人はニックネームの意味を知らない。生徒会長が命名した時に彼女は中庭の八重桜の下に居た。ハラハラと散る花びらが彼女の肩やら頭やらに降り注ぐので、生徒会長は、こう申し上げた。
「これからは、八重桜の君と呼ばせていただきます」
彼女は、授業で源氏物語を教えていたところだったので、イケメン生徒会長が雅やかにも源氏物語のノリで言ってくれたのだと合点した。だから『八重桜』と呼ばれても悪い気はしない。
今年の大河ドラマは『光る君へ』なので密かに――自分の年が来た!――と験を担いでいるようなフシがある。常々NHKの解体民営化を標榜している女史だけど、今年は口にすることはないだろう。
どっちかというと苦手な先生なので、必要が無ければわたしから話しかけることは無い。
バサ
その八重桜女史が四階への階段を上りきったところで紙束を落としてしまった。
紙束は階段の上昇気流に一瞬舞い上げられ、フワフワと舞い落ちた。
三百枚はあろう紙が一階までの階段を花びらのように散り下った。
生徒会室から職員室へ向かっていた私は、他の役員と一緒に舞い散った紙を拾い集めた。
最初の一枚を拾って、それがK党の選挙ビラであることが分かった。正確にはK党が全力で推している、ついこないだまではR党だった無所属候補のR女史のだが。
街で渡されたら速攻ゴミ箱かポケットにしまい込まれるしろもの。
直観的に学校でまき散らして良いものではないと思った。
だから、みんなでせっせと拾って四階から下りてきた女史に手渡した。
「窓から飛んでったのもありますけど、一階まではこれだけだと思います」
「どうもありがとう、あ、そういや明日は投票日だったわね。あなたたち三年生でしょ?」
「自分は期日前投票をすませてきました」
会長が言うと、女子は露骨にわたしを見た。いっしょの会計は二年生で選挙権が無い。
「明日は投票日、お天気悪そうだけど、きちんと投票にいきましょうね!」
そう言うと、もう一度チラシを広げてから立ち去った。
「あれ、偶然を装った選挙運動やな」
会長はニヤニヤして顎を撫でた。
「ほんとに期日前投票したの?」
「ああ言うとかんと、八重桜に選挙違反させるからなあ」
そう言いながら、姑息な八重桜女史を面白がっている。
もともと左翼は大嫌いなんだけど、学校の廊下で話題にするのはもっとイヤダ。
職員室へ向かうと、出てきたばかりの八重桜とすれ違う。
今度は、なにやらざら紙の冊子を持っている。
「八重桜さん、演劇部の演出かって出たらしいで」
不快な感じがした。
基本的に天敵の演劇部だけど、女史が演出かなんだか演劇部に働きかけるのはイヤダ。
演劇部の三年は松井須磨だけだけど、立場を利用して明日の選挙の話とかは許されないと思う。
「なんや、留学生二人をメインに据えて、気合入ってるみたいやで」
「あ、そ」
「なあ、いっかい見に行けへんか、国際交流と文化部の視察。意義深いで」
この会長が「面白い」という意義以外で行動することなどありえないんだけど、他の役員も乗り気になったので付き合うことにした。
で、わたしは八重桜への認識を大きく修正することになった。
☆彡 主な登場人物とあれこれ
小山内啓介 演劇部部長
沢村千歳 車いすの一年生 留美という姉がいる
ミリー 交換留学生 渡辺家に下宿
松井須磨 停学6年目の留年生
瀬戸内美春 生徒会副会長
ミッキー・ドナルド サンフランシスコの高校生
シンディ― サンフランシスコの高校生
生徒たち セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
先生たち 姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
惣堀商店街 ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)