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89.小型魔導コンロの改良

 朝早くから作業場に素材と部品を並べ、ダリヤはメモを取り続けていた。

 目の前にある小型魔導コンロは、台所の物よりかなり小さい。

 しかし、ヴォルフ達、魔物討伐部隊が遠征に持っていくのには、やはり大きく重いだろう。


 荷物として考えれば、腐敗防止の付与をつけた革袋にワインか水を入れた物と同じか、それ以下の重さにしたい。一回の酒を我慢すれば持てる重さだ。

 だが、そうなると、単純計算でも、今の半分に削らなければいけない。

 小型魔導コンロにするのにもかなり削ったつもりだが、それとはまた別の方法が必要だろう。


 素材、形状、材質など、思いついた改良点をすべて文字にし、頭がカラになるまで書き尽くす。

 カラになったと思えたら、机の小型魔導コンロをひっくり返し、素材と部品に触れる。そうしてまた、思いついたことをメモに綴る。

 それを幾度か繰り返すと、指がインクで黒く汚れ、メモが厚い束になった。


 父やトビアスと作業場にいた頃は、午前と午後にお茶を淹れよう、長く作業が続いたから休憩しよう、と自分が言っていた。

 だが、ここで一人で集中すると、時間も感覚も飛ぶ。区切りがつくまでとついつい動かないことも多い。作業自体は、はかどるようになった気はするが、あまり体にはよくないかもしれない。


 メモを取り終えて伸びをしていると、門のベルが鳴った。

 対応に出てみると、ヴォルフからの使いだった。手紙と共に、薄い空色の小箱を渡される。

 手紙の方は、買い物や入り用の物があったら使いに頼んでほしいとあった。


 特に何もなかったので、『今日は一日家で小型魔導コンロの改良をしています。演習、がんばってください』と書いた手紙だけを言付けた。


 もうちょっと気の利いたことが書ければいいのだが、思い浮かぶのはそれしかない。今度、本屋に行ったときに、手紙の本でも買ってこようと考えつつ、使者を見送った。



 薄い空色の小箱には、色とりどりの金平糖が入っていた。ヴォルフは、酒器の店でこれをおいしく食べていた自分を覚えていてくれたらしい。

 白とピンクの二粒を口に入れ、甘さを楽しみつつ、作業に戻った。


 作業台の上、それまでに考えたメモを、内容別に分ける。

 できそうなもの、効果がありそうなものは上へ、できないもの、うまくいかないと思えるものは下にして、クリップで留めた。あとは上から作業ごとに試せる限り試すだけである。


 最初に、材料と材質の選択をする。

 金属板の候補の重さを量り、意外に重量があることに眉を寄せる。薄くしてもいいのだが、小型魔導コンロで熱をかけることを考えると、限界がある。


 アルミやチタンがほしいところだが、残念ながらこの世界にはない。

 値段を考慮しなければ、魔物の殻や稀少金属なども使えるのだが、ちょっとお高い。部隊でそれなりの数を使ってもらいたいので、やはり一般の金属の方がいいだろう。

 鉄と銅の混合板を少し薄くして使い、コンロとして仕上がってから、軽量化の付与をすることにした。


 次に形の制作に移る。

 フェルモから小物設計の軽量化の本を借りたので、それを参考にし、金属板の形を変えていく。

 まず、小型魔導コンロの高さを、小型魔石がぎりぎり入るぐらいに下げた。その後に、四角だった形を円に近くし、転がらないよう、一辺の途中だけに直線をつける。

 下辺を少し切り取られたような円になったが、これでだいぶ重さは削れた。


 暗闇で手を当てても切れないよう、ぐるぐると回しながら丸みをつける。時折、魔力を使いながら、丸みとフチを整えた。

 確認のため、自分の指先が傷だらけになるのはいつものことである。ちょっとちくちくする指で確認を終えると、裏に小型魔石を入れる部分と、スライドできる蓋を作った。


 遠征用の小型コンロに関しては、熱の調整を、弱い・強い・停止の三つだけにした。

 そして、ダイヤルは停止の位置で、ロックがかかるようにする。持ち運びや、落下でも勝手にスイッチが入らないようにするためだ。

 本当は魔石を抜いてもらうのが一番安全だが、それも手間になるため、こちらの方法を選んだ。


 一通りの機構を作り、軽量化の魔法をかけ、小型魔石をセットする。そして、一度すべての動作と熱量を確認した。

 ここまではほぼ予定通り、少しばかりドキドキしつつ、重さを量った。


「……やっぱり、ちょっと重い……」


 目標に対し、一割多い。

 この上に鍋を載せなくてはいけないのだ。鍋の大きさと重さを考えると、やはり荷物になってしまう気もする。かといって、鍋なしでは汁物が食べられない。

 遠征で、お湯を沸かしたり、スープを温めるためにも、やはり鍋は欲しい。


「鍋に軽量化を付与しても、限界があるわよね……」


 行き詰まって、うなっていると、かたりと音がした。

 びくりとして振り返ると、試作した『魔王の配下の短剣』の入った魔封箱の辺りである。よく見れば、上に載せた金属板が少しずれていた。


 一瞬、大変怖い考えがよぎったが、ぶんぶんと首を横に振る。

 こういうのは迷うほど怖くなるものだ。立ち上がって、さっさと蓋を開けた。

 短剣に変化がなく、問題がないことを確認すると、魔封箱の蓋をきっちり閉め、また上から金属板をしっかり重ねておく。


「……あ!」


 魔封箱を見て思いついた。

 小型魔導コンロと鍋と別々に考えていたが、鍋をコンロの蓋、つまりはカバーにしてしまえばいい。移動中はカバー、使うときにひっくり返せば鍋であれば、ばらばらになることもない。

 あとは、裏に魔石入れを作らなくても、上からはめ込んで固定し、その上に鍋を載せればいい。もちろん、魔石に直に当たらないような工夫と、補強があちこちに必要になるが、かなり重量は削れる。


「うふふ……いけるかも……」


 これはという思いつきを形にするのは、たまらなく楽しい。

 新しい板を二枚準備し、コンロと鍋の両方を作っていく。

 誰も見ていないので、遠慮なく笑いながら作業をした。こういうとき、一人作業はじつにいい。


 形を整えたところでメモをめくると、取っ手についての記述が出てきた。

 すっかり忘れていたが、鍋は取っ手がないと熱くて持てない。が、移動時には邪魔になる。

 鍋の取っ手は取り外せるようにし、小型魔導コンロの横、円を切った部分に二つ折りでつけることにした。これならば、取っ手だけをなくすことはない。


「いい感じ……」


 わくわくしながら二つめの試作の重さを量る。

 ワインの革袋一個と一割の重さ。しかし、鍋込みの重さである。

 大きさにいたっては、ダリヤの両手で作った丸を一回り大きくしたくらい、厚さはほぼ五センチ。市販の小鍋程度だ。


 さて、この後に耐久性チェック、そして、もう一度分解して減らせないかの確認と、部品と安全チェックをしなければ。

 その後に図面を起こし、ヴォルフとイヴァーノ、フェルモの意見を聞いてみよう。

 そう思ったとき、ぐうと大きくお腹が鳴った。


「え?」


 窓の外を見れば、すでに日が傾いている。昼食も午後のお茶もすっかり忘れていた。

 ひどい喉の渇きと、少しばかりくらりと揺れる視界に、ちょっと慌てる。


 前世のように徹夜をしたり、食事を適当にして仕事を続ければ、体に無理がかかる。一度や二度の無理はともかく、重なれば、若くても倒れるか、死ぬこともありえる。

 深く反省し、次からは砂時計を置くか、魔導具のタイマーをかけることにした。



 作業場を簡単に片付け、二階に上がる。

 台所からクルミパンとミルク、ストックのおかずを並べ、食事を摂ることにした。

 昨日、にぎやかな商店街を歩き、午後からずっとヴォルフといたせいか、部屋がとても静かに思える。


 緑の塔は、自分一人で住むには、ちょっと広すぎるかもしれない。

 結婚してここを出ていれば、荷物の整理をしてから、倉庫として使うか、人に貸すはずだった。

 しかし、広すぎるとはいえ、弟子をとるのは、半人前の自分にはまだまだ早い。


「部屋を貸すっていうのも難しいし……」


 台所やお風呂は共有になってしまうし、一階の作業場の横を通っての出入りである。信用できる相手で、よほど気が合わないと無理だろう。


 クルミパンを二つに割ろうとして、手が止まる。

 ふと、ヴォルフが塔にいたときのことを思い出した。

 話しているときも、食事のときも、作業のときも、何の気負いもなく、一緒にいれば楽しいだけだった。シェアメイトには向いているのかもしれない。


「でも、王城からは遠いわよね……」


 乗合馬車があるとはいえ、時間は限られている。

 西区の壁際は、王都では人が少ない区域である。送り馬車も中央から来ることはあるが、送り馬車に乗るには、西区の中央よりの区画まで、かなり歩かなければいけない。


 王城の区域にある兵舎に住むヴォルフが、ここまで来るのは送り馬車だが、帰りはほぼ歩きだ。

 本人は平気だと言うが、飲んでからの深夜、兵舎まで歩かせているのは、申し訳なくもある。


「……馬って、いくらするのかしら?」


 馬自体の値段もそうだが、維持費もかなりかかりそうである。

 ダリヤに馬の世話などわからないから、世話をする人も別に必要になる。

 商会が大きくなれば馬と馬車を買い、御者を雇う予定だとイヴァーノが言っていたが、どのぐらい先になるだろうか。

 そこまで考えて、ダリヤは首を傾げた。


 おかしい。

 なぜ、自分は、ヴォルフをシェアメイトとして仮定し、考えているのか。

 そもそも彼は兵舎住まいである。わざわざ緑の塔に住む意味がないではないか。

 それ以前に、ヴォルフは男性である。一人暮らし、一応、女性である自分のところに住むなど、できるわけがない。


「……お腹が減って疲れてるときって、おかしなことを考えるのよね。今はご飯ご飯!」


 思いきり大きくクルミパンをかじり、ダリヤは食事を再開した。

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