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79.ハーピー討伐

 馬車で移動して一日、馬と歩くこと一日。

 魔物討伐部隊の三十人と魔導師の五人が、王都から北東の山際へと赴いていた。


 山にある洞窟と、それを隠すような緑の木々の間、ハーピーの巣が見つかった。

 ハーピーが山に棲んでいるだけであれば問題なかったが、そのふもとの村は、羊を多く飼うことで生計を立てていた。

 最初は群れをはぐれた子羊が、次に羊が拐われ、味をしめて常に狙われるようになった。

 困り果てた村が、ハーピー討伐を国に願ったことで、部隊が派遣された。


「ハーピーは確認できたか?」

「はい、小規模の群れだと思われます。数は十三です」


 黒のローブをはおった魔導師が、目の前のガラス板に魔法陣を重ねて確認している。

 この魔導具は望遠レンズと違い歪みが少ない。だが、魔法を流している本人以外、横にいてもまったく見えないというのが少し残念な品だ。


「通常のハーピーで、変異種ではありません」


 巣の前で羽ばたくハーピーは、顔から胸までは人間の若い女性のようであり、胸から下、手の代わりの緑の翼は、わしのようだ。

 緑の髪に象牙色の肌。むきだしの胸は、少々なまめかしくもあるのだが、それに喜ぶ隊員はいない。戦ってみれば、爪と牙の怖い魔物である。


「しかし、『羽根あり』だからな。もしものために、竜騎士を借りて来られればよかったのだが」

「隣国のように二桁にならないと同行は厳しいでしょう」


 王国には小型ワイバーンに乗る竜騎士が三人いるが、すべて近衛隊だ。戦闘員というより、非常時の連絡要員に近い。よほどのことがない限り、魔物討伐部隊への同行はない。

 ただ、討伐で行方不明者があったときなどは協力してくれるので、助かる存在ではあった。


「今回は殲滅ではなく、巣を排除すればいいそうだ。ヴォルフ、どう思う?」

「魔導師全員と弓兵で、分けて狙ってはどうでしょうか? 落ちたハーピーは隊員が仕留め、その後に巣を駆除すればいいかと思います。あと、巣を作らないように、土魔法である程度埋めてしまえば、より確実かと思います」

「なるほど。では、今回はそれでいこう」


 馬車にいた間、戦いのシミュレーションをしてきた。それがすんなり通ったことにほっとする。


 討伐は最短でも五日。王都は遠く、手紙も届けられない。

 先月までは気にならなかった王都との距離が、今のヴォルフにはひどく遠く思えてならなかった。


 その後、隊員はそれぞれ、気がつかれない距離で林に潜む。

 半時間ほどで、群れの大半のハーピーが戻ってきた。

 羊が常食となっているせいか、どのハーピーも肉付きがよく、羽根には艶があった。


 その爪に捕まえているのは、やはり羊だ。

 村人が守ろうとしても、羊の方が数が多いので目は行き届かない。すべての羊を屋内に入れるわけにもいかない。


「やっぱりハーピーだよな」

「他に何に見えると?」


 人間の顔と似てはいるが、表情が違うのか、どこか不自然に感じられる。

 口を開くと人よりはるかに大きく開き、真っ赤な口内、長く白い牙が見えた。


「もう少しこう、かわいい系であれば……」

「ドリノは討伐相手に何を求めてるんだよ?」

「……間もなくだぞ」


 ささやきにすらならない声、口の動きで話をし、今回の指揮をとる先輩の合図を待つ。


 ごうと鳴った風の独特な音に続き、氷や風、土の魔法が一斉に放たれた。

 一瞬遅れ、複数の弓がハーピーの体を貫く。

 甲高い鳴き声と共に、仕留めきれなかった何匹かが、地面に向けて落ちてくる。

 待機していた騎士達は、それに向かって全力で走った。


「なんでそっちに落ちるんだよ!」

「鍛錬の時より跳びやがって!」


 落ちきらないうち、宙でハーピーを斬り裂いたヴォルフに、一部苦情がわいた。

 そうしながらも、ハーピーは数分で騎士達にすべて討たれた。


 そのまま、巣の駆除のため、中に敷かれた草を焼きはじめる。

 白い煙がようやく外にたなびくとき、隊員は地面の影に気がついた。


「あれ!」


 別行動をとっていたのか、一羽だけのハーピーが巣の上へ飛んできた。

 だが、隊員達が驚いたのはそれではない。

 ハーピーの爪がつかんでいるのは、まだ幼い子供だった。

 気絶しているのか、死んでいるのか、だらりと手足は伸ばされている。


「誰か、魔法を!」

「無理です、子供にも当たります!」

「弓は?!」

「ああ動いては無理です!」


 ハーピーは巣にいる騎士達を見渡すと、逃げるべく方向を変える。

 そのとき、ちょうど子供が気づいたらしい。

 いきなり泣いて暴れ出した子供に、ハーピーが空中で大きく体勢を崩した。片方のかぎ爪は外れ、子供はぶらりと宙にゆれる。


「ランドルフ、盾を!」

「応!」


 ランドルフが膝を落とし、両手で大盾を斜めに構えた。

 ヴォルフは全力で駆けると、大盾を足場にし、蹴り上げて空へ跳ぶ。


「あの馬鹿!」

「行け、ヴォルフ!」


 今までにも何度か、ランドルフの持つ大盾を足場に、空へ跳んだことはある。大型の魔物に飛びつくのに便利だからだ。

 天狼スコルの腕輪を手にしてからも、鍛錬場の練習で軽く試したことはある。

 しかし、ここまで長い距離は一度もない。


 全力で飛んではみたものの、子供のところには、あと数メートル足りなかった。


「とどけっ!」


 ヴォルフの叫びに風が応えたか、まるで空に足場があるがごとく、さらに前へと体が進む。

 ハーピーに体当たりし、子供を抱き止めた瞬間、重力が勝った。

 一匹と二人は、もつれあって林へ落ちた。


「おい、ヴォルフ! 無事か?」

「大丈夫です。ハーピーにとどめお願いします」


 警戒で林の中にいた騎士が、動かないハーピーに剣を刺す。すでに事切れていたのか、叫びも上がらなかった。


「ヴォルフ、本当に怪我ないか?」

「ああ、一回木にひっかかったし、ハーピーが下敷きだったから。この子、爪で肩に怪我してる。治癒魔法をかけた方がいいかもしれない」

「先輩を呼んでくる。いや、俺がその子持ってく方が早いな。お前も一回、鎧脱いでチェックしとけよ」


 ドリノは子供を受けとると、早足に去って行った。

 戦闘の後は気持ちが昂ぶっていて、怪我に気づかないことも多い。まして、空からの落下である。

 いくら天狼スコルの腕輪があるとはいえ、注意しておく方がいいだろう。

 そう思って鎧を外していると、黒髪の魔導師がやってきた。ヴォルフより一回り上の年代だ。


「ヴォルフレード、ちょっといいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

「あなたは、風魔法が使えましたか?」

「いえ、使えません。外部魔力はゼロですので」

「では、『後発魔力』という可能性はありませんか?」

「ありません。測定魔石を出してもらってもかまいません」


 『後発魔力』は、成長後、突然に魔力が強くなり、魔法が使えるようになるものだ。ただし、発動はかなりまれである。

 ヴォルフ自身、もしやを期待して測り直したことが何回もある。結果はいつもゼロだったが。


「そうですか。あまりに見事な跳躍だったので、つい『後発魔力』かと期待してしまいました」


 話している相手は魔導具好きの魔導師であり、今回の魔導師を率いてきた者でもある。

 うっかり跳んでしまったが、下手に隠して、つつかれる方がまずいかもしれない。

 幸い、腕輪は王城への持込許可をとってある。とりあえず、遠回しに説明することにした。


「許可を得た、動きの補助魔導具は使用しています。家の都合がありますので、できれば内密にして頂きたいのですが」

「わかりました、他言はしません。見せて頂いても?」

「はい。外せないので、このままで失礼します」


 手袋を外し、少し袖をまくる。

 そこにある白銀の腕輪を十秒ほど見つめると、目の前の男は薄く笑った。


「仕組みはわかりませんが、魔力展開に無駄がない。よい魔導具だと思います」

「ありがとうございます」


 まるで自分が褒められたように、ヴォルフが笑う。

 その背後、ばたばたと騎士が駆けて来た。


「おい、治癒魔法使える奴、もう一人、ランドルフの方に行ってやってくれ!」

「え、ランドルフ?!」


 聞こえた声に、ヴォルフは慌てて振り向く。


「ランドルフが両手首やったらしい。盾が離せないままだ!」

「ごめん! それ、俺が原因! すみません、ちょっと謝りに行ってきます!」


 跳ぶ時に大盾を足場にしたが、ランドルフに大きな負担がいってしまったらしい。ヴォルフは慌てて友人の元へ向かう。


「良い魔導具を手に入れても『魔力なし』では……使いこなすのも大変ですね」


 その高い背を見送りつつ、残された魔導師は低くつぶやいた。



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