68.ちょっと怖い話
※一部、怪我による痛い話があります。苦手な方はご注意ください。
ヴォルフが水虫への対策を、ダリヤがドライヤーから靴乾燥機への変更点を、それぞれリスト化して確認した後、再び二階に戻る。
靴乾燥機に関しては、イヴァーノの許可があるまで、ヴォルフが王城に持ち込まないと言うので、少し残念だった。
「ダリヤ、隊の合同訓練で、この腕輪を着けてもいいかな? 上に手袋はするつもりだけど」
問いかける青年の左手首には、
「ヴォルフのものですからかまいませんが、派手に跳ぶと、他の人にすぐ気がつかれるかと……」
「ああ、ほどほどにして気を付ける。さっきはごめん。笑われるかもしれないんだけど……俺は今まで外部魔力ってほとんど使えたことがなかったから、ものすごく楽しかったんだよ」
塔の外、無邪気な子供のように跳んでいた理由が、ようやくわかった。
ヴォルフは、今まで解毒や貧血防止の腕輪、盗聴防止の魔導具は使っていたが、それとこの腕輪はまるで違う。
それに、身体強化自体は、魔力をあまり感じないとマルチェラに聞いたことがある。
ヴォルフは、魔力があっても、今まで身体強化のみだったのだ。
風魔法をまとって跳ぶのは感覚が違うのだろう。
それなら、生まれて初めて魔法が使えた子供と一緒だ。わくわくしないわけがない。
心置きなく跳ばせてあげたいところだが、さすがに塔の高さを越えると衛兵を呼ばれそうだ。王城の訓練である程度楽しんでもらう方がいいかもしれない。
だが、それでも少しばかり気がかりなことはある。
「その腕輪、制御が厳しくないですか?」
「上に跳ぶだけなら平気。大体の制御はできたし、必要なときだけ起動させればいいわけだし」
魔力が微量でも出てしまう者には制御できそうにないが、ヴォルフにとってはまったく問題ないらしい。
「治癒魔法の使える魔導師さんや神官さんは、訓練のときもいるんですか?」
「ああ、合同訓練なら必ず複数いるね。後ろの方で待機しててもらうけど。どうして?」
「慣れていない腕輪で、怪我とかしたら嫌じゃないですか……」
「大丈夫だよ。骨折なんかはすぐ治してもらえるし」
「骨折なんて重傷じゃないですか……」
言いよどむ自分に、青年は少しばかり困ったように笑った。
「心配してくれてありがとう。でも、ダリヤにとってはちょっと怖い話かもしれないけど、俺達は骨折なんか日常茶飯事なんだ。慣れてるから感覚が違うんだと思う。遠征で魔物にやられても、魔導師や神官が腕も足も生やしてくれるくらいだし」
ヴォルフはあっさりと言いきったが、それこそ、ちょっとどころではない怖い話である。
人形のパーツ交換ではないのだ、気軽にさらっと言わないでほしい。
「神殿に行くんじゃなく、その場で治すんですか?」
「ああ、治癒魔法をかける人と怪我の状態にもよるけど、遠征中は、ほぼその場だね」
「腕も足もって、短時間で生やせるものなんですか?」
「ダリヤ、詳しく説明していい?」
「ええ、お願いします」
姿勢を正したヴォルフにとても真面目な顔で尋ねられたので、心して聞くことにした。
「魔物とぶつかったり、
「聞いているだけで痛い!」
早口の痛い説明に、ダリヤは悲鳴に似た声を出してしまった。
「だから、ダリヤにはちょっと怖い話かなって思って、詳しく説明していいか聞いたのに……」
絶対に思っていない、その無駄にさわやかな笑顔で言うな。
いろいろリアルに想像し、つい、ふるふると首を横に振ってしまった。
間違いなくこうなることを予想していただろう笑顔のヴォルフに、少しばかり腹が立つ。
「ダリヤのちょっと怖い話とか、思い出ってある? あ、ブラックスライムで手が溶けたのは除外で」
「……スライム干しですかね」
必死に考えてみたが、思い浮かぶ刺激が強い話は、すべて魔導具作りのことばかりだった。しかもスライム率が異様に高い。
「ダリヤって、本当にスライムに縁があるよね……」
「否定しようと思いましたが、まったくできないのが本当のところです……」
「スライム干しって、業者に頼まないのかい?」
「学院の頃のことですから。今でこそ粉で売られているのもありますけど、あの頃はなかなかなくて。依頼するにも高かったので、自分で干しました。ブルースライムとかレッドスライムとかグリーンスライムとか……塔の屋上から塔の窓、庭にいたるまで、あちこちにいろんなスライムを干しましたよ」
学院の頃、防水布のため、集められる限りのスライムを並べたものだ。
父とトビアスには呆れ笑いをされ、遊びに来たイルマには悲鳴を上げられたが。
「きっとカラフルな光景だろうな。あれ、スライムって、干してたら逃げない? 倒すと分離するよね?」
「獲るときに、中の核だけをうまく突き壊して、穴が空いたところにクラーケンテープを貼るんです。そうすると崩れずそのまま丸ごと持って帰れます。あとは平たくして、日当たりと風通しのいいところに置いておくと乾きますよ。雨の日が続くと腐っちゃいますが」
「俺、それ初めて知ったよ……」
過去、何度スライムを倒したかわからないヴォルフだが、そんな採取方法は初めて聞いた。
とりあえず、次のスライム討伐があったら、クラーケンテープを持って行くことにする。
「それで、塔で干していたスライムは、よく鳥に狙われました」
「え、鳥ってスライム食べるの?」
「ええ、核がなければいい餌ですから。種類によっては食べますね。グリーンスライムが一番人気でしたよ」
「鳥がグリーンスライム……葉物と一緒の感覚なんだろうか?」
ヴォルフは、皿の上、肉に添えられたグリーンスライムを想像してみたが、どうやっても食欲はわきそうになかった。
「鳥にとっては、いい緑なんでしょうね。おかげで、つつかれて台無しになったグリーンスライムが結構ありました。次からは網でもかけるかと思っていたら、屋上に干したブラックスライムが生きてまして」
「またしてもお前か、ブラックスライム……」
敵の名を聞いたかのように、ヴォルフが顔を歪める。ダリヤはそれを見つつ苦笑した。
「ええ。ブラックスライムは一個しかなかったんですが、核が無事だったみたいで、食べに来た鳥を補食してました。鳥が半分溶けていたので、父に泣きつき、一緒に屋上に行ったら、鳥だけじゃなく、干しグリーンスライムも食べていたという……なかなか怖い光景でした」
「ブラックスライムって、第一種討伐対象なんだけど。それ、どうしたの? 衛兵を呼んだ?」
「父がドライヤーで焼いて倒しました」
ヴォルフが口元に当てかけていたグラスを、飲まないままテーブルに戻した。
グラスの底がテーブルにあたり、カツンと硬質な音を響かせる。
「待って。ブラックスライムって、火に耐性あるんだけど?」
「……その魔法耐久度を上回れば焼けるんですよ、きれいに、粉に、さらさらに」
目をそらしつつ、ダリヤは答えた。
初回作ったドライヤーが火炎放射器だったのは、確かに自分が悪いかもしれない。
しかし、ブラックスライムを倒すような魔改造をしたドライヤーは、父の作である。
自分は『父さん、私が最初に作ったドライヤーを超える火力って出せる?』と、純粋な興味と好奇心で尋ねただけで、『試作して』とは一言も言っていない。
よって、自分の責任ではない。きっと。
「ひとつ聞きたいんだけど、それ、俺が知っているドライヤー? それとも名前が一緒の新型武器?」
「あくまでドライヤーですよ。出力最大値を上げたもので、中級魔導師並の火炎放射ができる一品です。少し大きいブラックスライムも安心安全に焼けるという、石造りの塔ならではの方法でした」
「それ絶対ドライヤーじゃないから! ブラックスライムより、そのドライヤーの方が怖いじゃないか!」
ヴォルフの渾身のつっこみにふき出す。
思い知るがいい、いつもやられているのはこちらである。
ダリヤはにっこりと笑って、グラスのブランデーを空けた。
なお、この後、ヴォルフに出力を上げたドライヤーの安全性について、えんえんと尋ねられた。
ダリヤが現在改造中のドライヤーについても話さざるをえなくなったので、結果として痛み分けとなった。