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59.会議における素材への情熱

「さて、今度はこちらですね」


 冒険者ギルドの副ギルド長であるアウグストが、目を細くしただけの笑顔をむけてきた。

 ダリヤもまた、男に向かって視線を切り替える。


「ロセッティ商会長、靴の中敷きにグリーンスライムを使用するとのことですが、実際のところ、一匹で何足分程度になりますか?」

「小型一匹で、約五足、十枚です」

「1000セットで200匹ですか……結構な数が必要そうですね。ジャン、どう思うね?」

「今後を考えると、討伐では絶対に足りませんので、養殖を進めさせてください」


 名を呼ばれた冒険者ギルドの素材管理部長が、ダリヤにかば色の視線を向ける。

 一応笑顔のはずなのだが、絶対ににらまれていると判断できる眼光だ。

 自分は、この男に恨まれるようなことをしただろうか。


 必死に記憶をたどっていると、ジャンが口角をいい感じに吊り上げた。 


「ロセッティ家にはたいへんお世話になっております。カルロ様のときは、給湯器のパッキン用としてクラーケンを、ドライヤーの耐熱部品で砂蜥蜴サンドリザードを獲りに行かせて頂きました。大変なつかしい思い出です」


 ジャン自身が獲りに行ったという言葉に、ダリヤは営業用の笑顔を凍り付かせた。

 確かに体格のいい男ではあるが、冒険者ではなく、ギルド職員のはずだ。

 そのジャンが獲りに行かねばならないなど、よほどのことだったのだろう。


「ロセッティ商会長には、防水布のブルースライムのときに大変お世話になりました。あのときは、ギルドのあらゆるところがいろいろ青くなって、こちらもじつに思い出に残っています」


 淡々と言われているのだが、こちらは先ほど以上グサグサと心に刺さる。

 どういった状態であったのかは想像がつかないが、親子二人ともかなりの負担をかけたのはよくわかった。


「申し訳ありません。その節は、親子とも、大変ご迷惑をおかけしました……」

「いえ、仕事ですから。しかし、混乱を防ぐためにも、グリーンスライムは先にお知らせ頂いて本当に本当によかった。ぜひ、先に養殖することにしましょう」

「ありがとうございます……」


 申し訳なさに深く頭を下げていると、アウグストが提案を始めてくれた。


 グリーンスライムは素材として人気がないので、今ある在庫は優先して回す、同時に、グリーンスライム討伐を中級以上の冒険者に依頼、内密にそれなりの数を確保してくれるとのことだ。

 粉末にする加工も、冒険者ギルドの方で行えるとのことで、初期稼働は問題なくなった。


 グリーンスライムの養殖についても、養殖をしている業者がすでに試してはいたそうで、そちらでスライムを増やしてもらうことになった。

 まずは一安心である。


「ここでですが、冒険者ギルドとしての希望があります。討伐と養殖、粉末化など、こちらでできるかぎり在庫責任を持ちますので、騎士団の次に、冒険者ギルドへ一定数の優先販売を行ってもらえないでしょうか?」


 商業ギルドに続き、またも、ギルドへの優先販売の話である。

 やはり魔物討伐部隊と同じ理由だろうかと思いながら尋ねた。


「冒険者の方へお売りになるのですか?」

「はい。冒険者は期間中、あまり靴を脱ぐことはありません。汗の問題も、戦闘の問題も、水虫も、すべて抱えています。五本指靴下が難しいなら、せめて中敷きだけでも早めに回してやりたいのです」

「中敷きの方が制作時間がかかりませんので、できるかぎり量産し、ロセッティ商会とギルドで話し合いの上、回せる数をお送りするという形でもよろしいでしょうか?」

「ええ、助かります」


 イヴァーノがさらりとまとめてくれている。流石、契約関連担当で、トラブル仲裁にも慣れた商業ギルド員だと思う。

 ダリヤはもちろん、ガブリエラも口をはさまなかった。


「冒険者ギルドは、素材関連のお仕事も多いのですね」


 ヴォルフの感心した声に、アウグストはにこやかに答えた。


「ええ。冒険者が現役でいられる期間は意外に短いものです。引退してからの活躍の場として、素材関連や教育などの仕事を増やしているところです」


 一段落したことに落ち着いたのか、ジャンも少しばかり愛想のいい表情になった。


「ロセッティ商会長、今、お使いになっているスライムで多いものはなんですか?」

「やはりブルースライムが一番多いです。これからはグリーンスライムも増えると思いますが」

「他のスライムで開発予定はおありですか?」

「それはわかりませんが、イエロースライムとレッドスライムは、いずれ試したいとは思います。あ……思い出しました、ブラックスライムも少しだけ使用しています」

「……ブラックスライム」


 せっかく戻った顔、その眉間にしわが寄った。

 かば色の目が、疑いを込めてダリヤを凝視している。


「ブラックスライムは養殖ができません……あれは第一種討伐対象ですし、が溶けるので」

「そうなのですか。例えば、魔封箱用の銀で櫓を覆うのはどうでしょうか?」

「それならできるかもしれませんが、一体いくらかかるか……」

「数匹単位の小さい櫓で、内側だけにしたら無理でしょうか?」

「なるほど、それならいけないことも……」

「ダリヤ嬢、ブラックスライムに関しては、とりあえずまた今度考えましょう」


 考え込むジャンにせっせと提案していると、ヴォルフに営業用の笑顔で止められた。

 確かに、これはブラックスライムが必要になってから言うべきことだろう。そう思って、話を打ち切ることにする。


「では、両方ともなるべく早い量産体制を作るよう全力を尽くします。こちらにある改良点も同時に試させて頂きますので、より強い糸の方も探してみることにしますので」

「とはいえ、五本指靴下は、やっぱり時間がそれなりにかかるものね……」


 ガブリエラのため息に似た声に、ふと、思いついたことがあった。


「あ……いっそ『布』で靴下を作るのもありかもしれません」

「布?」

「ええ、ルチア、伸縮率のいい生地……たとえば一角獣ユニコーンとか二角獣バイコーン入りの生地で、縫い合わせを工夫すればいけないかしら?」

「それなら縫い合わせだけでいけるかも。ダリヤ、いい案ね!……あ、すみません」


 ルチアがつい素を出してしまい、空色の目を泳がせて謝罪した。


一角獣ユニコーン二角獣バイコーン……どちらも在庫数はほぼない、そもそも遭遇さえ少ないというのに……」


 うつむいたジャンがふるふると肩をふるわせている。


「ロセッティ商会長、いや、ロセッティ殿、今、欲しい素材、開発に考えているものに使いそうな素材を一覧にして……いや、今、ここで全部吐け!」

「ジャン、落ち着きなさい!」


 ジャンの『吐け!』の部分を、より大きい声で打ち消し、アウグストが注意した。

 注意しながら、結構な音がする勢いでジャンの背中を数度叩く。


「……部下がたいへん失礼しました。ちょっと素材への情熱がほとばしったようです。布の件については、後でファーノ副工房長と私の方でもお話してみますので」

「……本当に申し訳ありませんでした」


 アウグストの言葉がフォローになったのか、頭を下げてから目を伏せたままのジャンが引き金になったのか、皆、無言となった。

 が、その後の皆の生温かい視線は、ジャンでもルチアでもなく、ダリヤに向いた。


「すみません、ジャンさん、会議後、できるかぎり一覧にしてお渡しします……」

「……ぜひにお願い致します……」


 会議終了後、ダリヤは必死で一覧を作ることとなった。


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