51.大蛙討伐とレポート作成
※カエルと大きい蛇が出ます。苦手な方はご注意ください。
今回の
沼地を跳ぶと言うより、もはや飛ぶ大蛙、推定550匹。昨年より一割ほど多い。
毎年は中型犬くらいの大きさのはずが、今年の暑さ故か、餌のよさか、去年よりふくよかに大きく育っていた。
これが移動して王都周辺の村や畑に向かえば甚大な被害が出る。即時、全力討伐が決定した。
今回の攻撃力の
森や王都内では、延焼の恐れがあるため、なかなか火魔法が使えない。
今回は活躍の機会とばかり、広い沼地に炎の魔法を遠慮なくたたき込んだ。
当然、
岸に上がってきた大蛙を魔物討伐部隊が叩き斬り、大穴に入れる。ある程度たまると、疫病を防ぐ為、待機していた炎担当の魔導師が焼き、土担当の魔導師が土をかぶせる。
ゲコーッ!と悲鳴に似た叫びを上げ、青空に飛び交う大量の深緑や真緑の
たまに、陸地の騎士や魔導師の上に大蛙が落ち、つぶれたカエルのような人の声も上がっていた。
ご婦人達が卒倒しそうな光景の中、ある程度数を減らすと、今度は焼けた大蛙を泥まみれになりながら集める。
最終的には、沼地の横に大きな塚がいくつもできあがった。
最後の塚が埋められたときには日は傾き、誰も冗談を言えないほどに疲れていた。
内容を知っていても、それなりにいい香りが漂っていると感じてしまうのは、全員が昼食抜きで作業を続ける羽目になったからである。
疲れをひきずりながらようやく移動した野営地で、ようやく全員がワインで喉をうるおした。
グループでたき火のまわりに座り、ささやかな夕食の準備をはじめる。
「来年はもっと早く討伐に来るべきですね……」
「まったくだ。去年より増えている上に一回り大きいとは……調査班の報告では昨年同様とあったのだが」
「いっそ、春の早い内に殲滅したいのですが」
「そうなると今度は沼地で虫が増えすぎると言われてな……」
少しばかり青い顔をした副隊長のグリゼルダは、深くため息をついた。
正直、カエルの飛びついたこの生臭い鎧を、一刻も早く脱ぎたいというのが本音だ。
たき火の前、黒パンと干し肉をかじろうとしたとき、銅鑼の音が高く鳴った。それに数秒遅れ、『魔物が来た!』と見張りが声を張り上げる。
全員が即座に武器を持って立ち上がった。
目の前の森から、バキバキと枝を折る音を登場曲として、望まぬ客がやってきた。
見上げるほどの巨体は深い緑色、腹側だけが薄い緑だ。
鎌首をもたげると、それだけで、森の木の高さと同じだった。
匂いに惹かれて沼地の方へ向かうところか、それとも、隊員達の話し声につられてきたか。
沢山の獲物に喜んでいるらしく、ちるりちるりと暗い緑の舌を出してこちらを見つめている。
「まったく、昨日あたりに沼地に行って、好きなだけ
「出てくるのが遅い。少しは我らの仕事を減らしてくれればいいものを……」
「今頃遅いんだよ! もうカエルは苦労して集めて埋めたんだよ!」
遭遇確率は
しかし、ここにいる者達にとっては、これからようやく食事というときに現れた邪魔者でしかない。
恐れをまったくみせない獲物に、森大蛇は威嚇行為として、尻尾を地面に叩きつける。
隊員達は器用に避けたが、たき火にはもちろん、すでに出していた黒パンや干し肉に、見事に土がはねた。
「あれ、ちょっと、こがしてきます」
「みじん切りにしてくる」
「なあ、森大蛇って食えたっけ?」
「毒はなかったと思いますが、この際、挑戦してみましょうか」
冷えた笑顔の者、怒りを隠さぬ者、興味深そうな者、無表情に言う者。
とりあえず全員が戦闘態勢をとっているのは一緒だ。
魔導師と隊員達がじりじりと近づく中、森大蛇の方が生命の危険を感じたらしい。
威嚇をやめて反転すると、いつの間にかそこにいた、無表情な男と目が合った。
「なぜ野営地に来たのですか……私は蛙が大嫌いなんですが、蛇はもっと大嫌いなんです……
グリゼルダが全力全開で放った槍が、森大蛇の体を深く貫き、地に縫い付ける。
絶対多数対たった一匹の、先の見えきった戦いが始まった。
「何があった?」
「
「そうか、問題はないな」
「ヴォルフ、ちょ、お前、それもう二枚目?」
「うん、しっかりまとめておかないと……」
膝の上の木板に紙をおき、そこでがりがりと文字を綴っている青年。
その横では、干し肉をもくもくとかじりながら書いているランドルフの姿もある。
「ヴォルフレード、私にも二枚目の紙をよこせ」
向かいから隊長に声をかけられ、ヴォルフが手渡す。
「すみません、あまり紙が多くありません。十枚しか持ってきてないので、七人で書くと……」
「ドリノ、記録係から予備の羊皮紙を全部もらってこい」
「了解しました。行ってきます」
現在、このテントには、五本指靴下と乾燥中敷きを使用した七人がそろっている。
各自、時折うなったり脱いだ靴や足を見たりしながら、ひたすらにレポートを書いていた。
最初は、ヴォルフが使用感の聞き取りをする予定だったが、すぐに無理だと悟った。
「両者の乾燥機能が大変にいい! むれない、くっつかない、かゆくない」
「かつてないほどに水虫が疼かなかった。
「さらさらだった、汗に悩まなくていい、水虫対策に最高だ!」
「五本指靴下がすばらしい、沼地を横断しても、魔物に向かって踏み込んでもずれがない」
「丈の長いのがあるといいな、できれば膝まで」
「すぐ大量生産するべきだ」
六人が一斉に話し始め、それぞれ主張が別なので、書く速度がまったく追いつかない。
各自でレポートを書いてもらえるように話し、現在の状態になっている。
「ヴォルフは何と書いている?」
「使用感はすごくいいが一枚目。二枚目からは希望。もう少し
「強度魔法をつけたら、乾燥魔法の付与はつけられないのではないか?」
「ああ。だからそこを二本糸にするか、もう少し全体を強い糸で織ってもらえたらいいかもと思ってる」
ランドルフと会話をしながらも、ヴォルフは手を休めない。
向かいでは隊長と先輩騎士がワインを飲みつつ、紙に目を向けている。
「俺には少しだけきつめだったから、それぞれの隊員向けに、サイズを増やす必要があるな……」
「靴下を脱いでみましたが、乾燥中敷きだけでもかなり効きそうです。靴下は着用感の好みもありますから、セットではなく、希望により別支給する方がいいかと思います」
「そうだな。あとは隊でどのぐらいの数が必要になるかだが……」
話が使用の感想、着用感からすでに他へ外れているが、誰も指摘しなかった。
「そうですね……数量希望はこのくらい、購入順としてはこうで……あとは相手方との価格と納期相談でどうでしょうか?」
一番年上の隊員が、羊皮紙にさらさらと正規書類の書式で書いていく。
題名が『魔物討伐部隊における、五本指靴下、および乾燥中敷きの導入計画書』となっているが、隊長は大きくうなずいただけだった。
「ヴォルフ、これ、お前の友達が作ったって言ってたけど、商人?」
「魔導具師。あと商会長もやっている」
「そりゃすごい。よかったな、大きい取引になると思うぞ」
「ああ、お世話になっているから、ちょっとでも返せたら嬉しいんだけど」
ヴォルフの脳裏に浮かぶ、赤毛で緑の目を持つ女。
五本指靴下と乾燥中敷きが大きな取引となり、利益が上がれば彼女はそれなりには喜ぶだろう。
だが、一番うれしがるのは、きっとそこではない。
汗だらけで移動も辛い靴から解放された、戦闘の踏み込みが安全になった、履いていて気持ちがいい――そうやって、自分の魔導具で快適になった者、笑顔になった者がいること。
ダリヤが喜ぶのは、きっとこちらだ。
だから自分は、それを彼女に丁寧に届けたいと思う。
「なあヴォルフ、それ五枚目だろ。読む方も大変じゃないか……?」
心配する友の言葉は、彼の耳には届かなかった。