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46.友人と夕食を

 夕暮れが色をなくし始める頃、緑の塔にイルマとマルチェラが訪れた。

 三人の予定がようやく合ったので、ダリヤが塔に招く形で飲むことになった。


「ダリヤ! すごくきれいになって驚いたわ! 似合ってる!」


 塔へ入ってくるなり、赤いワンピース姿のイルマが抱きついてきた。

 化粧の技術は偉大である。わずかに線を書いたり色をつけたりするだけで、素材より一、二段よく見えるのだからすごいものだ。


「ありがとう。お化粧で化けてるだけなんだけどね。イルマもきれいよ、そのワンピース、とても似合っている」

「うふふ、ありがとう。マルチェラが買ってくれたの」


 イルマの後ろ、名を呼ばれた男はただ鳶色の目でダリヤを見ていた。


「マルチェラ、固まっていないでなんとか言いなさいよ」

「悪い……驚いた。正直、化粧って怖えと思った。でも、いつもの顔もかわいいけど、それもすごくきれいで似合ってる」


 真顔で言われ、ダリヤは固まった。

 しかし、これはすべて化粧の効果であり、イルマがマルチェラをつついたから出た台詞である。

 なんと答えていいかわからず、ダリヤは友人に助けを求めた。


「ちょっとイルマ、マルチェラさんが無理してるから、止めてあげて!」

「マルチェラ、妬かないから、きれいなダリヤをがんがん褒めていいわよ」

「おう! 俺は今夜、美女二人と飲める幸せ者だぜ!」


 イルマの言葉にいつものペースに戻ると、三人で笑いながら塔の階段を上った。




「マルチェラさん、イルマ、婚約破棄から商会の保証人のことまで、お世話になって本当にありがとう」


 三人がテーブルにつくと、ダリヤは深く頭を下げた。


 ここのところ慌ただしく過ぎてしまったが、婚約破棄からそれほどの期間は経っていない。

 イルマには愚痴を聞いてもらい、マルチェラには引っ越しに商会の保証人にと、この夫婦二人に世話になりっぱなしである。


「ダリヤ、やめてよ! あたしは何もしてないもの」

「そうそう、ダリヤちゃんの商会保証人なんて、公表したら皆やりたがったさ。礼なんていいって」

「でも、本当に助かったし、お世話になったんだもの。だから、今日は遠慮なく食べて飲んでね」

「わかったわ」

「遠慮無くご馳走になる」


 マルチェラに黒エールと、自分とイルマに白エールを準備し、最初に乾杯する。

 乾杯の言葉は、マルチェラに任せた。


「ロセッティ商会の設立と、イルマの美容室の繁盛と、三人の明日の幸運を願って、乾杯!」

「乾杯!」


 マルチェラはそのまま一気に飲み干した。イルマも半分はすぐにカラにしている。

 二人ともダリヤと同じ程度にはいけるクチだ。

 昼が暑かったせいで、余計にエールの冷たさが喉にしみる。


「うまい……やっぱり冷えてるのはいいな……」

「こういうのを飲むと、やっぱり大きい冷蔵庫が欲しくなるわよね……」


 二人ともが同じ表情かおで言った。


 大きめの冷蔵庫は庶民にとっては、まだまだ高いものだ。

 中型冷蔵庫でも、肉や魚などの生鮮食品を入れておくので限界で、飲み物を気軽に冷やすのはなかなか難しい。水で冷やすか、木箱に氷の魔石を入れて冷やすことがほとんどだ。


 いつか、冷蔵庫も氷の魔石も、もっと手軽な値段になればいいのだが――そう思いつつ、ダリヤは立ち上がった。


「じゃ、食事にしましょう」


 ダリヤは台所から小型魔導コンロ2台と鍋、いくつかの大皿を運んできた。


「これって、小型魔導コンロよね?」

「テーブルの上に鍋って、ここで、これを揚げるのか?」

「ええ、串揚げの揚げたてを食べようと思って。こっちの鍋は野菜で、こっちはそれ以外を揚げてね。味付けは、塩とレモンと、コショウと、あとマヨネーズがあるから、好みで選んで」


 エールと合いそうなものと考えて、メインは串揚げにした。

 用意したのは、牛肉と豚肉の角切り、エビ、ホタテ、クラーケン、小魚、ピーマン、椎茸、すでにある程度火を通した小タマネギ、人参、子芋などだ。


 串揚げが食卓で気軽にできるのはありがたい。

 魔石によるコンロは、前世のコンロと違い、カセットボンベへの熱を気にする必要はない。

 ただし、揚げ物での油の処理と後の掃除がそれなりに大変なのは一緒である。


「鍋にグラスは近づけないようにしてね、水が入ると油がはねちゃうから」

「わかった。ちょっとやってみるわ」

「イルマ、一回でたくさん入れたらダメよ、油の温度が下がるから」

「あ、そうよね。うっかり鶏のフライ感覚でいたわ……これなら、揚げてすぐ食べられるんだものね」


 言いながら、串のエビとホタテを油に沈めていく。

 小さな泡がたつ音というのは、なんとも食欲をそそるものだ。


 隣では、とても慎重にピーマンの串を沈め、固まったように手を離さないマルチェラがいた。


「マルチェラさん、手は離して大丈夫よ」

「なんか、これ揚げるの緊張しないか?」

「食卓で火を使うってあまりないものね。小さい子供とかがいると危ないから、大人だけか、大人がちゃんと見ていられるときじゃないと使えないわ……あ、これも説明書に書いておかなきゃ」

「ダリヤー、メモしなさい、メモー。で、忘れなさい。串揚げとエールに失礼よ」

「わかったわ」


 すでに何本目かの串を鍋に入れているイルマに止められ、ダリヤはポケットのメモ帳に簡単に書く。そして、自分も串揚げ作業に加わった。


「でーきーたー」


 イルマはからりと揚がったエビ串に丁寧に塩をふっていたが、いきなりばくりと一口でいった。


「熱っ!」

「大丈夫?! イルマ」

「平気! ここにエールを流せば!」


 それは本当に大丈夫なのだろうか。少しばかり心配したが、とてもいい笑顔で飲んでいるので、そっとしておくことにした。

 その隣では、もくもくと野菜ばかり食べているマルチェラがいる。肉も魚も好きなはずなのに、遠慮しているのではないかと気になった。


「マルチェラさん、お肉もお魚もまだあるから、遠慮なく食べてね」

「ああ、まったく遠慮はしてない。まず全種類制覇しないと」


 真剣な顔で答えられたので、こちらもそっとしておくことにした。


 自分も食べ始めようとして、どれにするか迷う。

 とりあえず、手前のホタテ串を揚げ、塩で食べてみたが、見た目小さい割に、噛んだときのジューシーさに驚いた。

 エビは少しかりっとするまで揚げてみたが、スナックのようになって楽しい味になった。


 牛肉の串もなかなかおいしかったが、一番驚いたのは小タマネギだ。ここまで甘くなるとは思わず、2つめは何もつけず、甘さだけを味わって食べきった。


 子芋の串に塩と黒コショウを振ったものを食べながら、ふと、ヴォルフと最初に飲んだ時のことを思い出した。

 あのときのポテトの黒コショウ揚げは、この子芋よりおいしかった気がする。

 次は、子芋ではなく、もう少し大きめの芋をじっくり揚げてみるのもいいかもしれない。


「ダリヤちゃん……これ、やばいな」


 少し低く響いた声に、ダリヤは慌てて視線をあげた。

 左手に黒エール、右手に椎茸の串を持った男が額に皺をよせている。


「マルチェラさん、もしかして火傷した?」

「いや、これ食べるだろ、エール飲むだろ、またこれ食べるだろ、そうするとエールがうまいって、どこまで続くんだよ……」

「そこは遠慮しないで。材料もまだあるし、黒エールもダースであるから」

「ありがてぇ。飲み過ぎたら遠慮無く言ってくれ。甘めの赤ワインで払う」


 酒の対価は酒らしい。飲む者同士、わかりやすい支払い内容だった。


「ダリヤ、私もこれは危険だと思うわ。特にこのあたりに対して」


 赤のワンピースのお腹部分をつかみ、イルマが微妙な顔をしている。

 確かに来たときより丸みがいくぶん、けっこう、いや、きっと気のせいだ。


「忘れなさい、イルマ。おいしいエールと串揚げの前では些細な事よ」

「……ええ、そうよね。明日からまたがんばって働けばいいのよね」


 その声を聞きつつも、少しばかり自分のウエストも気になり始めたダリヤだった。

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