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42.焼肉昼食

 片付け終えて窓を見れば、太陽が空の中央に上っていた。


「お昼、どうします? これだけ食品があるなら、作った方がいいかとも思ったんですが、その……私の腕ではヴォルフの口に合わない可能性があるかと思うので」

「前回のチーズフォンデュは本当においしかったから、ダリヤの腕に関しては信用している。あと、肉を焼くとかなら、俺でも一応なんとかなるかと」

「え? ヴォルフ、料理できるんですか?」


 チーズフォンデュで料理の腕を信用されても困るのだが、それよりもヴォルフが料理をするということに驚いた。

 前回は皿洗いもしてくれたし、魔物討伐部隊の遠征には、貴族も平民もないというのは本当らしい。


「捌くのと焼くぐらいしかできないけど。遠征中は動物や魔物を狩ったら食べていいことになってるから、料理人に聞いて最低限は覚えた。流石に、熟成なしの肉なのに下処理なしで焼いたり、炭肉を食べるというのはきつい。あれ、後でかなり胃にくるから……」


 魔物討伐という命がけの任務に行って、炭となった肉を食べるのはあまりに哀れではないだろうか。そもそもそれで体調を崩したら意味がない。


「魔導コンロの上で焼き肉をすればいいんじゃないですか?」

「ああ、それなら焦がさなくてすむか」

「お昼、小型魔導コンロで焼き肉を試してみませんか?」

「ぜひお願いしたい」


 焼き肉であれば、料理の腕が問われることはないだろう。少し安心した。


 二人で台所に立つ形になり、ヴォルフは肉のスライスを、ダリヤは野菜のカットと簡単なサラダを作ることにする。


「牛肉、豚肉、クラーケンの浅塩漬……とりあえずこれ適当に切るよ」


 なんだか妙なほど艶々した立派な塊肉が見えるが、気のせいだろうか。

 あと、クラーケンの浅塩漬がどう見てもタコっぽいが、とりあえず切って焼けば問題ないだろう。


 野菜を洗いながらふと目を向けると、ヴォルフが2センチ超えの厚さで豚肉をスライスしていた。


「ヴォルフ、それでは厚すぎるのではないかと……」

「たき火と違うから、もっと薄くないとダメか」

「その四分の一くらいでもいいのではないかと」

「それは薄すぎない?」


 結局、何パターンか、肉の厚さを変えて準備することになった。

 葉物を二種類むしって洗い、チーズとパンを皿に盛る。

 なんとも簡単だが、持ち込まれた材料の質がいい為、そのままでもおいしそうである。


 テーブルに斜め向かいで魔導コンロを二台置き、鉄板代わりに浅底の鍋とフライパンを置いた。少し見栄えは悪いが勘弁してほしい。

 午後の短剣への魔法付与を考え、昼は二人ともフルーツジュースにした。


 鍋に油を軽くつけてから、肉を焼いていく。ヴォルフもこちらを見ながら、同じようにしている。


「塩とコショウとレモンと、あと、こっちはタレです。魚醤にニンニクとかゴマとか、リンゴのすり下ろしが入っています。食べるときにかけてみてください」


 最初に牛肉が焼けたので、塩を振って食べる。

 いつも食べている肉と違い、舌の上でほどけ、口に残る脂が甘い。いいお肉は違うものだとしみじみ噛んで飲み込んだ。


 豚肉の方は火をきっちりと通してから、塩とコショウを振る。こちらはそれなりの歯ごたえがあるが、やはり脂が甘く感じる。牛とは違ってクセのない甘さだ。

 これは他の料理でもおいしそうだとつい考えてしまった。


 食べるのに夢中になっていたが、テーブルの向こうでは、完全に咀嚼回数をオーバーしているヴォルフがいた。

 口角がきれいに上がり、目まで閉じている。

 声をかけるのもためらわれる雰囲気なので、しばらく野菜を焼いて食べることにした。


「本当においしい……自分の好みで焼けて、熱いのが食べられるのがいい」

「よかったです」


 ようやくこちらに帰ってきた青年だが、その熱い視線はまだ焼ける肉にある。


「……ダリヤの魔導コンロって、罪だよね」

「は?!」


 いきなり言われたことが理解できず、固まった。


「今までの遠征でこれがあったら、まだ仲間でいられた奴は多いと思う……」


 いきなり重そうな話になった。

 生死に関わる商品開発はしていないつもりだが、どこでどうつながっているのかが理解できない。まさか、すでに炭肉でお亡くなりになった方があるのだろうか。


「あの、何かまずいことが?」

「いや、違うんだ。食事に我慢できなくて討伐部隊を離れた人もいるし、お腹を壊しやすくて辞めた人もいるから、これがあったら、もっと人員が揃ってたんじゃないかと思えたら、つい……」


 食事は生活の土台である。仕事だからまずいもので我慢というのも限界があるだろう。

 騎士団予算で遠征の魔導コンロを買ってもらえないだろうか。もうこの際、自分の利益なしでもかまわない。


 少し重くなった空気を流すために、ダリヤはクラーケンの浅塩漬を焼いてみた。

 フライパンの上に置くと、ちちちっと鳴き声のような音を立て、どんどん小さくなる。


「まさか半分になるなんて。なんだか、もの悲しさを感じるよね……」


 鍋を黄金の目でじっとみつめながら、哀愁を漂わせないでほしい。

 あと、そういった視線はバラの花か恋文あたりにむけるべきであって、塩の効いたクラーケンの切り身にむけるものではない。


「タコもイカも火を通せばそういうものなので。次はもう少し大きく切りましょう」


 クラーケンの浅塩漬は、少し塩がきつめだが、なかなかおいしかった。

 このままご飯と食べるのも合いそうだ。

 王都に入ってくる米はやや細長いものしかないが、今度、これと合わせてみるのもいいかもしれない。


「あれ? ヴォルフ、ピーマン、一個も食べてませんよね?」

「……実は俺、ピーマンに嫌われているんだ」


 気がついて指摘してみたが、視線をそらして答えられた。

 その理屈は、前世の親戚の子と完全に同じだった。


「きちんと食べないと大きくなれないと言いたいところですが、それ以上背が伸びたら逆に困りますね」

「騎士団で俺よりかなり高い人がいるけど、ドアにぶつかって困るって言っていた。よってこれ以上伸びたくはないので避けようと思う」

「ええ、そうですね。ピーマンが嫌いなお子様って多いですよね」


 つい軽く言ってしまったが、ヴォルフの険しい顔を見て後悔した。

 彼はじっとピーマンを見つめ、無言で鍋の底に並べはじめる。


「ヴォルフ、言ってしまってからあれなんですが、人には好みがありますから、無理して食べなくてもいいんですよ……」

「いや、ここは、越えなければいけない壁なのではないかと」


 鍋への視線がたいへんに怖いが、ピーマンは壁でも魔物でも敵でもない。

 こちらの心臓のために早めにやめてほしい。


「……よく火を通して、お肉と一緒にタレをつけて食べるのがおすすめです」


 一応のアドバイスをしてみたが、微妙な緊張感が漂っている。

 ヴォルフはきっちり焼いたピーマンと肉を口に運び、目を閉じて口に入れた。


「あれ?……いける」

「味覚は大人になると結構変わるそうなので、子供の頃に苦手だったものもおいしくなることがありますよ」

「普通においしい……これは、今まで損していたかもしれない」


 青椒肉絲チンジャオロースでも作ったら、逆にはまるのではないだろうか。いずれ作ってみたいものだ。


 その後も追加で肉を切ったりしつつ、ようやく焼肉昼食が終わった。


 窓を開けてはいるのだが、部屋中に焼き肉後の独特の匂いが充満している。


「このコンロ、遠征に私物扱いでもいいから持って行きたいけど、一人で食べていたら、絶対に殲滅される……」

「焼き肉の匂いって、人を呼びますからね……」

「ダリヤ、いっそ魔物討伐部隊うちに使い方を教えに来ない?」

「あー、いいですね。遠征の食生活向上のお手伝いができれば」


 なかなかに凝った冗談だ。ダリヤはくすりと笑う。

 王城に入れる商会は一握りである。推薦状から保証人まで、とてつもなくハードルが高い。

 王城はそもそも一般人がすぐ入れる場所ではない。

 そこはヴォルフとの感覚の差なのだろう。


「さて、片付けて短剣の付与にうつりましょう」

「わかった。こちらは任せて」


 皿やら魔導コンロやらを一度で持とうとするヴォルフをきつく止め、ようやく片付けをはじめた。

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