<< 前へ次へ >>  更新
33/373

32.武器屋が見た二人

「他から見た二人はどんな感じか見たい」とのリクエストを頂いたのでさくりと。短いです。

 客足がちょうど途切れた。そろそろ午後の休憩を入れるか、フロレスがその白い髭をひっぱりながら考えていると、カランとドアベルが鳴った。


 ドアがいつもよりゆっくりと開き、そのまま止まる。

 すると、武器屋にはあきらかに不似合いと思える女が入ってきた。その後ろ、ドアを押さえていた背の高い黒髪の男も続いてきた。


 古いかしのドアをわざわざ開け止め、女を先に通す、そんな丁寧なエスコートをする者などそうそうない。どちらかが『お貴族様』なのだろう。

 武器屋うちを興味本位でお前らのデートコースにするなと、声を大にして言いたい。


「いらっしゃい」


 内心は別として、フロレスは店主として、とりあえず型どおりの挨拶をした。

 二人の客からも丁寧な挨拶が返ってきた。


 意外にも、男の方は以前にも来たことのある、女からすると見本のような美丈夫だった。黒髪に金の目は、南の草原にいるという黒豹を想像させる。

 もっとも、自分からすると、それだけの背丈があるのなら、長剣ではなく、大剣に切り換えるために、もうちょっと肉をつけろと言いたいところだ。


 女の方は男についてきただけだろう。

 見事なほどの赤毛だが、顔も化粧もそれなりで、水色の上着に紺色のスカートは涼しげに見える。

 なかなか目をひく、悪くないスタイルだ。フロレスの好みから言うと、特に後ろ姿のラインがいい。


 二人は店内を確認するように回っていく。

 女が緑の目を楽しげに動かして進む度、男は足下と周囲の安全を瞬時に確認している。

 かすり傷ひとつ負わせまいというのが透けるほどの過保護さに、腹の内で笑った。

 まさに姫を守る騎士様の仕事である。


 そのうち、二人が自分のところに寄って来たので、てっきり男の買い物だろうと思った。

 が、軽く会釈して話しかけてきたのは、赤髪の女の方だった。


「お忙しいところすみません。魔法付与のできる短剣を探しています。分解できる作りで、お手頃なものを見せて頂けないでしょうか?」

「お、おう。今、持ってくる」


 丁寧な言葉と態度に、つい声がうわずった。


 この武器屋に最も多く来るのは冒険者である。男女とも言葉が荒く、態度も自由な者が多い。

 この女のようなタイプは、あまり見ない。


 短剣を三種類テーブルに並べると、女は緑の目を明るく輝かせ、少しばかり前のめりになって見つめている。

 何故か、家で飼っている猫へ、最初におもちゃを与えたときのことを思い出した。


「鞘から出して確かめてくれ」


 自分がそう言うと、女は触ろうと手を伸ばし、いったん止めた。

 そっと横を見るので、どうしたのかと思えば、背の高い男がひどく心配そうに女を見ている。


 子供でもあるまいに、鞘付きの短剣でそうそう手は切らないだろうにとおかしくなった。貴族令嬢のお忍びかお遊びか、やはり相当過保護にされているのだろう。


 それでもそろそろと手を伸ばし、女はゆっくりと一本ずつ確認していく。

 安物の短剣だというのに、まるで宝物のように触れていくのを、どこか不思議な気分で眺めていた。


「こちら、使っている鉄の産地はわかりますか?」


 いきなり、女から意外なことを尋ねられた。

 武器に関するやりとりは、武器屋としてそれなりに面白い。が、この女の材質や分解について細かく尋ねてくるそれは、どう聞いても普通のご令嬢のものではなかった。

 よく見れば手の爪は短く、荒れはそれなりにある。

 『魔法付与』の言葉を思い出し、女に尋ねた。


「もしかして、あんた、魔導師か? それとも錬金術師か?」

「いえ、魔導具師です」


 女は笑顔で答えた。何故か後ろの男まで少しばかり笑っている。

 魔導師や錬金術師より一段下と言われる魔導具師だが、この二人には胸をはれるものらしい。悪くない笑顔だった。


「これで、同じものを二つお願いします。つか(つば)さやだけ、それぞれ追加できますか?」

「ああ、できる」


 時間をかけて女が選んだ短剣は、柄が赤の一番短い短剣だった。

 女は安い短剣ばかり、銘もないものを選ぶ。

 男の方はもっと高いものを使うようにと勧めているが、女の方が頑として聞かない。


「魔法付与のできる短剣で、柄をネジで留めるタイプもあるが?」 


 自分が言うと、そちらも見たいというので、三本ほど奥から持ってきた。

 また女の質問がはじまったので、材質やネジの説明をして答えていく。

 すべてに答えると、女は満足したように明るい笑顔を向けてきた。


「こちらを二本追加で、ネジ、つか(つば)さやは各二つずつでお願いします」


 高い買い物ではなかったが、妙にこちらも満足する。

 そこでふと気がついた。

 この女は、質問している間中、いや、今も、まるで自分を尊敬する恩師か師匠のような目で見ている。意識してしまうと、それがなんともこそばゆい。


 支払いは男がしたが、ひどくうれしそうな顔をしていた。

 女が選んだ武器に金を払うのに、ここまで幸せそうな顔の男は初めて見た気がする。


 一体何を付与して、誰がどう使うのか。次に機会があれば、少し女の方に聞いてみたいところではある。


「毎度あり」

「また来ます」


 定型のような挨拶をかわし、二人は外へ出て行く。

 来たときと同じように男がドアを開き止め、女をエスコートするのが、なぜか今度は微笑ましく見えた。


 二人の関係はわからないが、店主のフロレスにはひとつだけ、妙な確信があった。


 あの美丈夫はいつか、あの女の尻にしかれるに違いない。

<< 前へ次へ >>目次  更新