32.武器屋が見た二人
「他から見た二人はどんな感じか見たい」とのリクエストを頂いたのでさくりと。短いです。
客足がちょうど途切れた。そろそろ午後の休憩を入れるか、フロレスがその白い髭をひっぱりながら考えていると、カランとドアベルが鳴った。
ドアがいつもよりゆっくりと開き、そのまま止まる。
すると、武器屋にはあきらかに不似合いと思える女が入ってきた。その後ろ、ドアを押さえていた背の高い黒髪の男も続いてきた。
古い
「いらっしゃい」
内心は別として、フロレスは店主として、とりあえず型どおりの挨拶をした。
二人の客からも丁寧な挨拶が返ってきた。
意外にも、男の方は以前にも来たことのある、女からすると見本のような美丈夫だった。黒髪に金の目は、南の草原にいるという黒豹を想像させる。
もっとも、自分からすると、それだけの背丈があるのなら、長剣ではなく、大剣に切り換えるために、もうちょっと肉をつけろと言いたいところだ。
女の方は男についてきただけだろう。
見事なほどの赤毛だが、顔も化粧もそれなりで、水色の上着に紺色のスカートは涼しげに見える。
なかなか目をひく、悪くないスタイルだ。フロレスの好みから言うと、特に後ろ姿のラインがいい。
二人は店内を確認するように回っていく。
女が緑の目を楽しげに動かして進む度、男は足下と周囲の安全を瞬時に確認している。
かすり傷ひとつ負わせまいというのが透けるほどの過保護さに、腹の内で笑った。
まさに姫を守る騎士様の仕事である。
そのうち、二人が自分のところに寄って来たので、てっきり男の買い物だろうと思った。
が、軽く会釈して話しかけてきたのは、赤髪の女の方だった。
「お忙しいところすみません。魔法付与のできる短剣を探しています。分解できる作りで、お手頃なものを見せて頂けないでしょうか?」
「お、おう。今、持ってくる」
丁寧な言葉と態度に、つい声がうわずった。
この武器屋に最も多く来るのは冒険者である。男女とも言葉が荒く、態度も自由な者が多い。
この女のようなタイプは、あまり見ない。
短剣を三種類テーブルに並べると、女は緑の目を明るく輝かせ、少しばかり前のめりになって見つめている。
何故か、家で飼っている猫へ、最初におもちゃを与えたときのことを思い出した。
「鞘から出して確かめてくれ」
自分がそう言うと、女は触ろうと手を伸ばし、いったん止めた。
そっと横を見るので、どうしたのかと思えば、背の高い男がひどく心配そうに女を見ている。
子供でもあるまいに、鞘付きの短剣でそうそう手は切らないだろうにとおかしくなった。貴族令嬢のお忍びかお遊びか、やはり相当過保護にされているのだろう。
それでもそろそろと手を伸ばし、女はゆっくりと一本ずつ確認していく。
安物の短剣だというのに、まるで宝物のように触れていくのを、どこか不思議な気分で眺めていた。
「こちら、使っている鉄の産地はわかりますか?」
いきなり、女から意外なことを尋ねられた。
武器に関するやりとりは、武器屋としてそれなりに面白い。が、この女の材質や分解について細かく尋ねてくるそれは、どう聞いても普通のご令嬢のものではなかった。
よく見れば手の爪は短く、荒れはそれなりにある。
『魔法付与』の言葉を思い出し、女に尋ねた。
「もしかして、あんた、魔導師か? それとも錬金術師か?」
「いえ、魔導具師です」
女は笑顔で答えた。何故か後ろの男まで少しばかり笑っている。
魔導師や錬金術師より一段下と言われる魔導具師だが、この二人には胸をはれるものらしい。悪くない笑顔だった。
「これで、同じものを二つお願いします。
「ああ、できる」
時間をかけて女が選んだ短剣は、柄が赤の一番短い短剣だった。
女は安い短剣ばかり、銘もないものを選ぶ。
男の方はもっと高いものを使うようにと勧めているが、女の方が頑として聞かない。
「魔法付与のできる短剣で、柄をネジで留めるタイプもあるが?」
自分が言うと、そちらも見たいというので、三本ほど奥から持ってきた。
また女の質問がはじまったので、材質やネジの説明をして答えていく。
すべてに答えると、女は満足したように明るい笑顔を向けてきた。
「こちらを二本追加で、ネジ、
高い買い物ではなかったが、妙にこちらも満足する。
そこでふと気がついた。
この女は、質問している間中、いや、今も、まるで自分を尊敬する恩師か師匠のような目で見ている。意識してしまうと、それがなんともこそばゆい。
支払いは男がしたが、ひどくうれしそうな顔をしていた。
女が選んだ武器に金を払うのに、ここまで幸せそうな顔の男は初めて見た気がする。
一体何を付与して、誰がどう使うのか。次に機会があれば、少し女の方に聞いてみたいところではある。
「毎度あり」
「また来ます」
定型のような挨拶をかわし、二人は外へ出て行く。
来たときと同じように男がドアを開き止め、女をエスコートするのが、なぜか今度は微笑ましく見えた。
二人の関係はわからないが、店主のフロレスにはひとつだけ、妙な確信があった。
あの美丈夫はいつか、あの女の尻にしかれるに違いない。