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28.魔導具店『女神の右目』

「『銀の枝』はどうだった?」

「とても楽しかったです」


 日差しが灰色の石畳に反射する中、話しながら、次の店に歩みを進める。


「父と来たのは1年ちょっと前なのですが、そのときより給湯器やドライヤーなどの生活魔導具は小型化していました。効率が良くなったのに感心しました。庶民向けの魔導具店だと、前の型で、もう少し大きめなんです」

「そんなに大きさが変わったのか。でも、小さすぎると逆に不便にはならない?」


「数センチですが、感覚的にはかなり違いますね。あとは使い分けだと思います。成人男性にはちょうどよくても、子供の手は小さいじゃないですか。たとえば、自分でドライヤーをかけられる時期が早くなるかもしれませんし、高齢の方なら自分一人で使える期間が長くなります」 

「なるほど、そういうところがあるのか」


 ヴォルフはまたフード付きマントを身につけていた。ダリヤは気にしないと言ったのだが、日差しがまぶしいと言い訳をした上でのことだ。


「冷蔵庫は大型化してほしいですよね」

「夏は冷やした酒が飲みたいからね。魔導部隊の連中も一緒だと、氷は出し放題なんだけど、エールに入れると薄くなるから……」

「夏はやっぱりエールが飲みたくなりますからね」


 この国では16歳が成人、酒もその年齢からになる。

 ダリヤも成人の誕生日から、父と時々飲むようになっていた。

 父はそれなりに酒に強く、王蛇キングスネーク系だった。酒に関しては、自分もそれなりに影響は受けたと思う。


「バケツに氷水を入れて、エールの瓶を浸けたりはしないんですか?」

王蛇キングスネーク大海蛇シーサーペントだらけで、エールの減りが早すぎて追いつかない」

「ああ、やっぱりそうなると冷蔵庫ですよね」

「騎士団の予算をぜひそこに使ってもらいたいと思っているよ」


 やはり、騎士団はとんでもない酒豪がごろごろいるようだ。

 そして、予算問題はどの世界でも共通の悩みらしい。


「貴族向けの魔導具はどうだった?」

「すごいですね。盗聴防止の魔導具にあんなに種類があるとは思いませんでした。アクセサリー関係も驚きました。かなり火力もありそうですし、重ねがけでどう付与されているのかわからないですけれど、あれだけ小さな物に二重に入れる技術はすばらしいです」

「気に入ったものはある?」

「妖精結晶を組み込んだランプ、あの仕組みが面白かったです」

「魔導具師から見るとそうなんだ。俺は見た目で芸術的価値を上げるためかと思っていた」

「妖精結晶には認識阻害効果があるので、手前で見ると普通のきれいなランプでも、回り込むと透けて見えたり、幻影として違うものをみせられます。相手に知られずに観察するとかも簡単にできますね」

「ダリヤ、君、本当に諜報とつながりないよね?」


 以前も聞かれたが、そんなにおかしいことなのだろうか。

 そもそもあのランプがすでにあるのだ。マジックミラー的な使い方は、技術者なら簡単に考えつくのではないかと思う。


「つながっていません。というか、技術としてはもうあれだけあるので、王城にはとっくに入っているんじゃないでしょうか? 中にいる人が気づかないだけで」

「なんだか怖くなってきたから、聞くのをこのへんでやめておくよ」


 少しばかり、笑いが苦くなっているヴォルフだった。




 話をしているうちに、もう一店の魔導具店『女神の右目』の前に来た。

 磨き上げられた白い大理石の店構え、美しい女神と花々の彫られた柱、金色のつたの装飾で飾られた純白のドア。

 見るからに敷居が高い。一人だったら絶対に入ろうとしないだろう。


「ここが『女神の右目』。店主さんも魔導具師だから。あと男爵位もある」

「そうなんですか。店主さんのお名前って、わかりますか?」

「オズヴァルド・ゾーラさんだったと思う」

「それなら冷風送機の開発者の方ですね」

「冷風送機って、オズヴァルドさんだったんだ、知らなかったよ」


 冷風送機は、水の魔石と風の魔石を利用した、夏用の涼しい風が出る扇風機だ。

 ダリヤが子供の頃からあったので、長く魔導具師をやっている人なのだろう。


 ちなみに、冷風送機の開発者を教えてくれたのは父である。

 夏になると毎年、冷風送機の前で「オズヴァルド・ゾーラに感謝~~」と声を震わせながらエールを飲んでいた。その飲み方はどうなのかと今も思う。


「ようこそおいでくださいました、ヴォルフレード様。今日は美しいお嬢様をお連れですね」


 ドアを通っていくと、黒服に白い手袋をした壮年の男性が会釈してきた。

 少し濃い灰色の髪をすべて後ろになでつけ、銀色の細い目、銀縁の眼鏡をかけている。

 上品な銀狐シルバーフォックスを思わせる風貌だった。


「お久しぶりです。こちらはダリヤ・ロセッティ嬢。私がお世話になっている魔導具師です」

「ご紹介をありがとうございます。ロセッティ様、私は店主のオズヴァルド・ゾーラと申します。どうぞオズヴァルドとお呼びください」

「ダリヤ・ロセッティと申します。新人でございますので、ご教授頂ければと思います。私もダリヤとお呼びください」


 細い銀色の目をさらに細くし、オズヴァルドはじっとダリヤをみつめた。


「失礼ながら、ダリヤ様のお父様はカルロ・ロセッティ様では?」

「はい、そうです。父をご存じですか?」

「高等学院でご一緒させて頂きました。男爵会でもお会いしておりましたが……たいへん残念なことでした。どうかお力を落とされませんように」

「お気遣いありがとうございます」


 オズヴァルドの方も父のことは知っていたらしい。高等学院で一緒というのは初めて知った。


「さあ、どうぞ中へ。ご自由にご覧ください。ダリヤ嬢にはぜひ、魔導具師としてのご意見を承りたいですね」

「いえ、まだ私は駆け出しですので」


 オズヴァルドがダリヤに向けて目をさらに細めて笑う。答えながら、店の奥へヴォルフと共に進んだ。


 店は広いが、先ほどの店よりも魔導具ごとのスペースを空けた展示になっている。

 生活魔導具からアクセサリー系まで、厳選されたいい品が並んでいる感じがする。説明書きの羊皮紙は添えられているが、値札が一切ないのが少し怖いところだ。


「こちらは新しい盗聴防止の魔導具ですね」

「はい、カフスボタン型です。机に手をおけば自然に発動します。服に合わせて宝石や金属の色もお選び頂けます」


「こちらは、壁掛けタイプの冷風送機でしょうか?」

「はい、そうです。通路の関係上、壁を利用されることも多いので制作致しました」


 最新の魔導具を見るのは、とにかく楽しかった。

 ヴォルフかダリヤが足を止めると、オズヴァルドはその場にすっと近づき、聞けばその都度に説明をしてくれる。その間合いがなんともうまい。


 この店はアクセサリー関係も充実していた。二重付与どころか、三重付与が普通に並んでいる。

 デザインも『銀の枝』より凝ったもの、宝石の入ったものが多かった。


「一つの指輪に解毒・石化防止・混乱防止の三重付与ですか……すさまじいですね」

「騎士や冒険者の方になりますと、戦闘時に『軽さ』を求められる方が多いので。こちらは錬金術師が作っています」


 どうやって作るのかはわからないが、見ただけで魔力量がないと絶対作れないなというのは感じる。

 別々で三本にすれば安くなるが、軽さを求めるのはもちろん、剣や弓を持つのにも、指輪は数をつけたくない。指輪がひとつ増えても、グリップの感覚に大きな影響が出るのだそうだ。

 ヴォルフもこれに同意していた。


 ちなみに腕輪でも同じで、二重付与、三重付与にして本数を減らしたいという一定の希望があるという。

 戦闘は命がけなのだから、やはり大切なことなのだろう。


 あちらこちらを見てから、店の一番奥まで進むと、大きな白い筐体があった。そこから、ひんやりとした風が流れてくるのがわかる。


「こちらは私が開発した新型の冷風送機で、氷タイプです。部屋の空気を風で循環させ、氷の魔石で空気を冷やして戻しています。今年の夏から出回る予定です」

「……素晴らしいです!」


 思わずダリヤの声が大きくなった。

 新型の冷風送機から出てくる涼しく爽やかな風に、ものすごく感動した。ほとんど前世のエアコンである。

 水の魔石と風の魔石を使った冷風送機は、どうしても湿度が上がる。書類仕事などには向いていない。それをこちらは完全にクリアしている。王城や役所の書類制作関連の部屋には必須になるだろう。


「動力は氷と風、2種の魔石でしょうか?」

「はい。こちらから入れる形になっています」


 オズヴァルドは白い筐体の前部を開け、中身をみせてくれた。


「管の加工が見事ですね。この折り返しのカーブは特に大変だったのでは?」

「ええ、加工素材が決まるまで、200本ほどは折りましたね……」


 魔導具師として加工しているからわかるが、縦につぶしたようなきつい八の字カーブを規則的にここまで組み合わせていくのは、果てしなく難しい。素材を決めるまで、加工が決まるまで、かなりの研究をしたのだろう。

 この加工も、父にはおそらくできただろうが、今のダリヤにはまず無理である。


「本当にすごいです……この冷風送機は水分が困る場所に最適ですね。書類仕事の方や、書斎などにも安心して使えそうです」

「ありがとうございます。よく開発意図を察してくださいましたね……」


 そこまでで、オズヴァルドは姿勢を正し、一度、咳をした。


「……ヴォルフレード様、大変失礼しました。ダリヤ嬢とのお話に夢中になってしまい、申し訳ありません」


 自分たちの背後、一歩下がって、観察するように見ていた青年がいた。


「す、すみません!」

「いえ、気にせずにお話しください」


 そう言って笑顔を作っているが、黄金の目はどこか笑っていない気がする。

 武器屋ならともかく、魔導具のお店である。流石にそろそろ飽きたのかもしれない。


「ヴォルフレード様、よろしければ先に、ご注文頂いていたサポートアクセサリーをご覧になりますか?」

「そうですね、お願いします」


 ヴォルフが相談していたのは、討伐戦闘向けのサポートアクセサリーであり、チェーンタイプの足輪アンクレットだと言う。解毒・貧血防止と、石化・混乱防止の、二重付与の二本だそうだ。

 なぜ、足輪アンクレットなのだろうと思ったが、戦闘では、手より足の方が失いづらいということを遠回しに言われ、苦く納得した。


 オズヴァルドが呼ぶと、男性店員がやってきた。こちらも黒服に白手袋である。

 いくつか説明すると、店員とヴォルフは、サイズ調整の為に別室に行くことになった。


「ダリヤ嬢、すぐ戻ります」


 ヴォルフはそう言うと、二階に上がっていった。

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