27.魔導具店『銀の枝』
魔導具店『銀の枝』に来たのは、一年と数ヶ月ぶりだった。
生活関係の魔導具はもちろん、貴族らしい魔導具もおいてある三階建ての店である。店の幅よりも奥に長く、意外に広い。
店のドアには細工物らしい、きらきらと光る銀色の枝が飾られていた。
「いらっしゃいませ。ようこそ、『銀の枝』へ」
白襟付きの紺色のスーツを着た女性店員が、にこやかに挨拶してきた。父と数回来たことがあるが、この店員に会ったのは初めてだ。
「もし、お探しのものがございましたら、ご案内致します」
「探しているものは特にないので、一通り回らせて頂いても?」
「もちろんです。ご自由にご覧ください。何かございましたらお呼びください。お嬢様も、どうぞお気軽にお呼びくださいませ」
ヴォルフに対しても、ダリヤに対しても、まったく同じ笑顔で彼女は言った。
ダリヤはつい感心してしまう。
ここに来るときの女性達の、自分とヴォルフを比較するような態度が、どうやら少しばかりこたえていたらしい。
「ありがとうございます。なにかありましたらご相談させてください」
ダリヤが答えると、了承の返事とともに、再び気持ちのいい笑顔が返ってきた。
自分も営業用スマイルの練習をするべきか、本気で考えてしまう。
入ったところから右回りに回っていくことにし、並べてある棚に目を向けた。
最初の棚は生活関連の魔導具、前世の感覚で言うなら家電である。
ダリヤが最も好きで得意とする分野だ。
この世界、魔法で便利な部分もそれなりにあるが、前世と比べると、かなり不便である。
前世で自分がいた日本は「生活の便利さの為ならば、どんな苦労もいとわない」という物作り姿勢の国だった。
この国と比較するのは、状況や歴史を入れても無理なのは十分承知している。
しかし、人間、一度知った便利さを手放すのは、なかなかできないものなのだ。
小さい頃、お風呂や洗面台の水とお湯の温度は一定で出てきてほしい。いちいち桶や樽で水と火の魔石を使いわけたくない。そう父にねだったら、試行錯誤の上、給湯器の魔導具を作ってくれた。
翌年に商業ギルドに登録され、今ではごく当たり前にあちこちにある魔導具だ。
風の魔石で髪を乾かすと時間がかかる。ドライヤーがほしくて、風と火の魔石でドライヤーを父と共に作った。もっともダリヤが作った最初のドライヤーは、火炎放射器だったが。
父が雨の中を
父用のレインコートを作りたいが、防水布がない。そうしてできたのがスライムを利用した防水布だ。
先月登録した小型魔導コンロにいたっては、父とテーブルで冬に鍋がしたいがために小型化した。残念ながら、父とのテーブルには間に合わなかったが、旅人や野営ですでに使われ始めているそうだ。
いつか店のテーブルで、小型魔導コンロの上の鍋をつつく人々を見るのがダリヤの夢である。
案外、ダリヤ自身が、「生活の便利さの為ならば、どんな苦労もいとわない」から、魔導具師をやっているのかもしれない。
店に並ぶ商品は、一年前とはだいぶ変わっていた。小型化されたものや、機能が増えたものがとても多い。
それでも、最初の棚に父の作った初期型に近い給湯器をみつけ、ついうれしくなった。
ドライヤー、アイロンなどもあれば、羊皮紙の本がカビないように乾かす、
時期的に売り出しが多いのは、保冷鍋、冷蔵庫の二つらしい。
保冷鍋は、保温鍋の逆で、水や氷の魔石で長時間冷やしておける。料理はもちろん、食材を少しだけ冷やしておきたいときなどに便利だ。
本来であれば冷蔵庫がいいのだろうが、なかなか高い。
前世で家の台所にあった少し大きめの冷蔵庫がこちらでは金貨4枚、感覚的には三倍だ。しかも容量は三分の二くらいと、あまり入らない。何より、氷の魔石の消費が激しい。氷の魔石は水より高い。維持費を考えてもまだお手軽にはなっていない。
塔にも小さめの冷蔵庫がひとつあるが、そのうちに違う仕様で挑戦してみるのも面白いかもしれない。
「兵舎でもこの大きさのものがいくつかあれば、冷えて助かるのですが」
気がつけば、ヴォルフが一番大きな冷蔵庫に熱い視線を向けている。
「今、お使いの冷蔵庫は小さいのですか?」
「ええ」
「入りきらないと困りますね」
これからの時期、食材が入りきらないのは本当に困るだろう。尋ねたダリヤに、ヴォルフは少し距離をつめた。
「酒しか入っていないけど……」
耳元で低くささやかれた声に、笑いを堪えるのが必死だった。
棚の次、場所を大きくとった魔導具が並んでいる。
洗濯機に似たものと、掃除機だ。
この世界、洗濯機は発達しづらいのかもしれない。
浄化魔法、水魔法があるので、洗濯機を買うより、洗濯屋を頼む方が安くて手軽なのだ。
ダリヤは小さい洗濯機のみを持っている。小物と下着を洗いたい為である。
掃除機は、風の魔石をセットして、ハタキのかわりに上から埃を落とすもの、
ちょっと高いが、浄化魔法を込めた魔石と風の魔石をセットし、風を部屋に流して綺麗にするというものがあった。塔の大掃除などでいつか使ってみたいところだ。
ここにないもので、あれば便利だと思うのは電子レンジだ。
しかし、今のところ雷の魔石というものはない。父にも聞いてみたが、見たことがないときっぱり言われた。
この世界にも雷自体はあるので、いつか電気の謎を紐解いてくれる科学者が出てくることを祈っているところである。
一階を堪能し、二階に上がった。
こちらは貴族関連の魔導具が多く、家電というより、ファンタジーと言いたくなる眺めだ。
以前、ヴォルフの持っていた盗聴防止の魔導具もこちらである。
最初に目についた棚には、音声増幅器。前世で言えばスピーカーのようなものだ。声や音楽を大きくして広く届ける。広い屋敷で用件や緊急を知らせるのにも使われるそうだ。
その横に当たり前にある盗聴防止の魔導具。それほど中身のある話をしていなくても、外での食事の時には当たり前につけるらしい。これは貴族と庶民の感覚の差だろう。
次にずらりと並んだのが灯り関係である。
通常のルームランプ、デスクランプ、ベッドランプ、シャンデリアまで、魔石を使った物はかなり明るく、光の色も幅広い。
最近は、肌がより美しく見えるランプや、眼の疲れづらいデスクランプなども出てきたようだ。説明書きを見つつ、前世と同じように改良されるのだなと感心してしまった。
一番奥に、妖精結晶を組み込んだランプがあった。
手前から見ると、ランプのカバーが薄白く光っているだけなのに、反対側に回り込むとクリアに、透き通って部屋の向こう側が見える。
妖精結晶は、妖精の住処やいたと思われる場所でとれる、虹色の魔力結晶体だ。
妖精が作っている・死ぬときに残すという二つの説がある。妖精が隠れるために使われる魔力らしく、認識阻害効果がある。
ただし、妖精結晶自体が高く、この加工がかなり難しいらしい。
数年前、父が、ダリヤの部屋の窓にやってみようと言い出し、きつく止めたにもかかわらず自分の留守中に挑戦、金貨3枚を一日で散らせた。魔導具師として腕がいいはずの父でも無理なのかと、少々驚いた。
粉々になった妖精結晶に文句を言いつつ掃除し、その夜は父に酒を飲ませなかった記憶がある。
浮かんだ思い出を振り払って奥へ進むと、まばゆいアクセサリー群がガラスケースの内側に並んでいた。
装飾品としてではなく、魔導具としてのアクセサリーだ。
各種護身用のアクセサリー、主に氷だが、中には相手を丸焼きにせんばかりの火力のものもある。護身用の腕輪である
解毒・貧血防止・石化防止・混乱防止などの指輪やピアス、一時結界の腕輪なども、多種多様にある。
こちらは、魔導具師というより錬金術師の制作品が多いのかもしれない。
重ねがけで、石化と混乱防止が一緒になった腕輪もあった。一体どんなふうに魔法付与をしているのか思いきり気になる。
「すみません、夢中になっていました」
「いいえ、楽しそうで何よりです」
二階にきてから一言も喋らず、ヴォルフの存在を忘れて見入ってしまっていた。だが、そんな自分を彼は楽しげにみつめている。
「何か気に入ったものはありましたか?」
「どれも興味深かったです」
店内では当たり障りのない会話しかできないのが残念である。外に出てからゆっくり話したいものだ。
「こちらの指輪をお願いします」
ヴォルフは来た通路を少しだけ戻ると、解毒効果入りの金の指輪を買っていた。
魔物は毒持ちも多い。討伐でやはり必要なのだろう。
購入後、丁寧に礼を告げる店員に見送られながら、店を後にした。