18.ロセッティ商会
「ダリヤさん、どうでした?」
商業ギルドに戻ると、イヴァーノが心配そうに駆けよってきた。
「今日中にオルランドさんが来ると思いますので解約手続きをお願いします。その後に再登録させてください。お手数ですが、その際に公証人をお願いします」
「わかりました」
「あと、今後、オルランド商会は私と取引はしないと言われてきましたので、仕入れの為に、どこか経由できる商会をご紹介願えませんか?」
「は? それ、トビアスさんが言ったんですか?」
イヴァーノの口が開いたままになった。
「はい、オルランドさんから言われましたので、確定です」
「すみません、ちょっと副ギルド長に確認してきますので、お時間頂けないでしょうか?」
「こちらこそすみません、重ねてお手数をおかけします……」
イヴァーノが階段を駆け上っていくのを見送り、ダリヤは吐息をつく。
どうやらまだしばらくは家に帰れそうにない。
「おう、ダリヤちゃん、こんにちは」
後ろからの声に振り返れば、マルチェラだった。
「やっぱり、ダリヤちゃんは赤い髪の方が似合ってるな。こっちはちょうど配達で、今日の分が終わったところだ」
「ありがとう、イルマの腕がいいおかげよ。ねえ、運送ギルドの幌って、マルチェラさんが口を利いてくれた?」
「いいや、ちょうど在庫がないって言われたんで、登録者宛てにするのだけすすめた」
「ありがとう。頑張っていいものを届けられるようにするわ」
「そうしてもらえるとこっちも助かる。荷物が濡れるのは本当に厄介だからな」
マルチェラはふと辺りを見渡した。
「これから打ち合わせか?」
「ええ、仕入れの為に、新しくお付き合いできる商会を探しているの。オルランド商会とはこれからは難しそうだから」
商業ギルドでは、個人でも仕事は受けられるが、一回の取引金額の上限が低くなる。
また、信用問題があり、商会でないと魔導具の素材の仕入れ先が限られてしまう。その為に、ダリヤは新しい商会を探すつもりだった。
「馬鹿と顔合わせるのも面倒だしな」
最早、マルチェラに名前を呼ばれないトビアスだが、ついさっき顔を合わせたばかりというのは、伏せておくことにする。
「ダリヤちゃん、もう、『ロセッティ商会』作れよ。そうすれば、仕入れ放題じゃないか」
「商会を? 保証金はともかく、保証人4人は無理よ」
ダリヤは苦笑しつつ、マルチェラに言い返す。
新しく商会を作るには一人でも可能だが、保証金に金貨15枚と、保証人4人以上がいる。
保証人は成人であること、それぞれ金貨4枚以上の預け金を行うこと、商業ギルドに登録している商会長・または副会長を3年以上やっているか、商業ギルド、または、運送、服飾などの関連ギルドに3年以上勤めているギルド員、もしくは子爵以上の貴族である必要がある。
この保証人の責任が重く、新商会が違法行為をしたときは、たとえ知らなくても、保証責任として高額な罰金をくらう。
預け金は2年後に収益に応じて利息がついて返ってくるが、2年以内につぶれたときには、保証人も負債を埋めなければいけないなどのペナルティもある。
そうそう気軽になれるものではない。
「『ロセッティ商会』はいいわね。私も賛成よ」
どこから聞いていたのか、廊下を歩いてきたガブリエラがいい笑顔で言った。
その後ろから、イヴァーノと公証人のドミニクが続いている。
「ダリヤさん、この際だから、『ロセッティ商会』立てない?」
「立てるんなら、俺が保証人の一人になるぜ」
「ちょっと、マルチェラさん! 何を言っているの、イルマに相談もしないで」
「イルマなら、なんでその場で決めてこないって怒るぞ、間違いなく。あと、言っとくけど、俺もそれくらいの貯金は軽くあるからな」
「僕も保証人になれるのであれば、ぜひお願いしたいです。あ、名乗ってませんでしたが、メッツェナ・グリーヴと言います」
マルチェラと一緒に荷物を運んでくれた、栗色の髪の男が言った。
「私なんかに、どうしてですか?」
「純粋に投資としてですよ。運送業は雨との戦いでしたからね。防水布の幌もレインコートも本当に助かってます。ああいったものが増えるかもしれないなら、仕事が楽になるんで、喜んで出しますよ。あと、できれば門の自動開閉も期待しています」
メッツェナの笑顔に続き、イヴァーノが手を上げる。
「私も保証人になりたいです。別にダリヤさんに気を使っているわけじゃないですよ。私も純粋に収益狙いですので、ぜひ、2年後に儲けさせてください」
「これで3人ですか。私も立候補させて頂きたいところですが、公証人は保証人になれないので、家に帰ったら、息子と孫達にすすめてみましょう。ギルド関係者に息子は1人、孫は3人おりますから、きっとそろいますよ」
ドミニクが楽しげに言うが、ダリヤはここまでの皆の早さに、頭がついていかない。
こんなうますぎる話はおかしい、皆で自分をかついでいるのではないかとつい考えてしまったほどだ。
「ドミニクさん、その必要はないわ。あと1人は私がすぐ出すわ。夫の名前だけど」
副ギルド長であるガブリエラの夫は、ギルド長であるジェッダ子爵である。ダリヤは思わず、息を飲んだ。
「ギルド長が保証人ですか、それはいい。ただ、ジェッダ子爵は今、隣国に出ているとお伺いしましたが……委任状はお時間がかかるのでは?」
「大丈夫よ。委任状はいつも私の机に入れてあるの」
副ギルド長、なぜに旦那さんの委任状をいつもお持ちなのですか、それはいろいろといいのですか。
皆が共通した疑問を頭に思い浮かべたが、ガブリエラの完璧な笑みに、誰も口に出せなかった。
「じゃあ、会議室でさっくりとつめましょうか」
「そうですね。公証人は私でよろしいですよね、ダリヤさん」
「待ってください、皆さん、本当にいいんですか? 急なことで私はなんの準備もしていませんし、駆け出しの魔導具師で、2年で思うように利益が上がるとは……」
「何言ってやがる、防水布作った時点で十分一人前だろ。研究資金が欲しいなら、保証人をもっと増やすか? 運送ギルドで『防水布の開発者が商会を立ち上げるので保証人にならねえか!』って、声はりあげてくれば、かなり増えると思うぜ」
「なんでしたら、今、商業ギルド員に聞き回れば簡単に増えると思いますけど、行ってきます?」
「お願いですからやめてください!」
これ以上は話が早すぎてついていけない上に、自分の胃も絶対についていかない。
「商業ギルドでの預かり金をそのまま保証金扱いにして、運用で足りなければ、保証人の預け金が使えるわ。仕事場は緑の塔で登録、書類は8枚、わからないことは私を含めて職員に聞き放題、あとはダリヤさんのやる気だけね」
言い終えたガブリエラが、ちらりとマルチェラとイヴァーノに視線を送った。
「ほら、ダリヤちゃん、いつか使ってみたいって言っていた物が、仕入れで手に入るかもしれないだろ?
「隣国ですが、先日、
聞かされている素材は、そう簡単に入手できるものではないことも、かなり高額であることもわかっている。
だがしかし、魔導具師ならばやはり夢見るはずだ。
まだ見たことのない素材には、さらに胸が高鳴ってしまう。
「……じゃ、商会の契約に会議室に行きましょう」
「はい」
ダリヤはあっさり陥落した。