13.隊長への報告
「ヴォルフレード、無事で何よりだ」
「グラート隊長、大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
医務室からようやく解放されたヴォルフは、魔物討伐部隊の隊長室に来ていた。
岩のようにがっしりとした体躯の男が、執務机の向こうから、赤い目でこちらをみつめている。
魔物討伐部隊長であるグラート・バルトローネ侯爵。
すでに50歳近いが、隊長職だけではなく討伐にも参加する、現役の騎士である。
「先に医務室に連れていかれたそうだが、怪我は?」
「問題ありません。魔物の血による目の軽い炎症だけです」
あれからヴォルフはすぐ医務室にひきずられて行った。
診断は軽度の疲労と貧血。目については、軽い炎症とのことで、すぐ洗浄をしてもらい、目薬を渡された。
たいしたことはないと言ったのに、仲間がついてきて騒いだ為に医者が怒り、ヴォルフ以外は全員廊下にたたき出されていた。
「そちらに座れ。経緯報告を受ける」
部屋の来客用スペースを
艶やかな黒のテーブルをはさんで、ソファーに向かい合わせに座った。広い部屋にいるのは二人だけだ。
「ご報告します。ワイバーンに捕獲された後、空中でワイバーンを剣で刺し、森に落下。ワイバーンの死亡を確認しました。その後、二日間、王都方向へ走り、街道にて市民に助けられ、ポーションと食料を援助され、王都まで馬車で移動。西門より王城へ連絡後、帰城しました」
「運が強くて何よりだ。ワイバーンは確実に仕留めたな?」
「はい、二度、死亡確認を行いました」
ヴォルフの言葉に、グラートはよし、とうなずいた。
「ワイバーンは龍種だ。捕まって運ばれたとはいえ、一人で落としたのだから、お前は名誉ある
「いえ、先に部隊で手負いにし、弱っていたから落ちただけです。ワイバーンに捕獲されるという失態、二日間に渡る隊での捜索の責、いかなる処分もお受けします」
ダリには反省文と言っておいたが、あのままワイバーンが人里に向かいでもしたら、まちがいなく大惨事である。処分を受ける可能性は高いと、ヴォルフは考えていた。
だが、目の前の隊長は首を横に振る。
「きっちり仕留めたんだ、問題ない。むしろ、せっかく
「ご遠慮致します」
「近衛の推薦から逃げるのはお前ぐらいだぞ」
「……推薦されたら退団を考えます」
「本人が望まぬのならば仕方ないな」
ヴォルフの顔から表情がなくなるのを見て、グラートは苦笑する。
以前に大物を仕留めたときにもすすめてみたが、この男は同じ一言で断った。
騎士の憧れであるはずの近衛隊が、この男には逃げ出したいだけの場所らしい。
「さて、ワイバーンが戦闘中にお前を持っていった点だ。人間を『盾』にする気はあったと思うか?」
「わかりません。しかし、人を盾にしていれば、魔導師が魔法を撃てませんし、騎士の強化弓も使えませんから、効果的な方法だとは思います」
「隊の討伐では初めてのケースだな。トカゲどもが面倒な知恵をつけないといいんだが……」
濃灰の薄くなった髪を手でかき、グラートは渋い顔をした。
「もし次に私が捕まったら、遠慮なく打つように言っておきます」
「馬鹿者。私が捕まっても撃たれるだろう、許さんぞ。それより、誰が捕まってもワイバーンぐらいは、落とせるように訓練しておけばいいだけだ」
「申し訳ありません」
グラートは内でため息をついた。
目の前の整いすぎた顔の男――ヴォルフレード・スカルファロット。
17歳で入隊し、すぐ危険な『
今日まで、危険な場面には何度も遭遇しているが、大怪我をしたことは一度もない。
最初の数年は無謀者と陰口を叩かれていたが、今では、隊の内外から『有能で勇気ある騎士』として高く評価されている。
ヴォルフレードには、貴族であれば持つことの多い攻撃魔法も治癒魔法も一切ない。
ただ、魔法による身体強化のみである。
それだけで、平然と魔物に向かい、駆け、斬り、避けるをただ繰り返す。
そして、討伐に有効、あるいは隊の為とみると、平然と捨て身の行動に走る。勇気があるというより無謀、あるいは死に急いで見えるほどに。
最初はよほど武勲がほしいのか、自己犠牲に酔うタイプかと考えたが、共に戦っていて、そうではないとわかった。
この男は気負いがない。恐怖がない。功績を求めることもない。
ただ、役目上で「こうあるべき」と思ったら、無心でそれをまっとうしようとするだけなのだ。
魔物討伐部隊だから、強い魔物と当たり前に戦う。
彼にとってそれは役目であり、それ以上でもそれ以下でもない。
ヴォルフがここまで自分自身に重きをおかないことが、グラートには心配だった。
「目が完全に治るまで休暇をとれ。とりあえず明日から6日休み、医師の診断を受けてから復帰しろ。治らないようなら神殿へ行け。かかる分はこちらで出す」
「わかりました。ありがとうございます」
ヴォルフは軽く咳をし、一度姿勢を正した。
「グラート隊長、ひとつお願いがあるのですが」
「なんだ、
「その話ではありません」
ヴォルフが唯一、自分の話にのってくるのが、魔剣の話である。
グラートは、
入ったばかりの年は、『
魔剣関連の話をしていれば、ヴォルフと一晩、酒が飲めそうではある。
もっとも、今日はそれとは違う願いがあるらしい。
「森で助けて頂いた方が商人らしいので、商業ギルドへの紹介状をお願いしたいのです。ポーションの支払いもまだなので」
「店の名を聞き忘れたか?」
「いえ、本人は支払いはいらないと。魔物討伐で世話になってるから、一庶民の応援とでも思ってくれと言われました。続けて話そうとしたときに、後続の馬車が来てしまい……」
「逃げられたか。その者は訳ありだったのではないか?」
グラートの言葉に、ヴォルフがわずかに眉をよせた。
「訳ありとは、どんなことが考えられますか?」
「不法採取や他国の間者……西の森にいる意味があまりないな」
「そんな人ではないとは思います」
「あと……ありえそうなのは、家や店に来られて、奥方や妹をお前と会わせたくないとか?」
「ないと……思います」
残念ながら、ヴォルフの一度止まった声は、完全に肯定になっていた。
案外、半分冗談で言った言葉が当たってしまったかもしれない。
この男の容貌はとにかく目をひく。
高めの身長と、黒髪に黄金の目という珍しい組み合わせ。
『嫌みなほどに整いすぎ、むしろそこまではいらない』と隊員達にからかわれるほどの顔。
本人が望まずとも、とにかく女達の視線を奪うことに
隊員から聞いた話では、親族女性や友人からヴォルフを紹介しろと言われたときの、断り方マニュアルなるものがあるそうだ。
正直、自分に娘がいたら、できれば会わせたくない男ではある。
「……やはりお願いします。できるなら、お礼はしておきたいので」
「わかった、今すぐ書くからこのまま待て」
微妙に暗い気配を漂わせはじめた青年にわずかばかり同情しつつ、グラートは机に戻ってペンを走らせる。
羊皮紙のインクは、ドライヤーを使ってすぐ乾かした。
「恩人がみつかることを祈っておく」
差し出された紹介状を受け取り、ヴォルフは頭を深く下げた。
そして、来たときよりも少し遅い歩みで、隊長室を後にする。
「……ダリさんに恋人がいたら、どこかの食堂か酒場で会えば、大丈夫だよね……」
黒髪の青年のつぶやきは、廊下だけが聞いていた。
お読み頂いて、ありがとうございます。
次話が説明回、その次から3話トビアスが出る回となります。
(トビアス回は飛ばしたい・騎士との再会から読みたいというご意見がありましたのでこちらに記載しております)