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第九十九話 快進撃Ⅲ

今日は二話更新です

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 周囲には美しかった(・・・)麦畑が広がっている。

 今は全て刈り取られ、畑は万の兵士たちに踏み固められている。



 ロサイス・エクウス・カルロ連合軍とアルド軍はそれぞれ二キロほど離れて陣を敷いていた。


 まず最初に動いたのはアルドだ。

 アルドは兵士たちに最低限の休息を取らせた後、早速出陣して連合軍に迫る。


 連合軍もアルドを迎え撃つべく、出陣した。


 両者は太鼓を打ち鳴らし、少しづつ陣形を整えていく。

 どちらも万を超す大軍なので、陣形が整うまで少し時間が掛かる。




 「何だこの陣形は?」

 アルドは呪術師から渡された敵の陣形の絵を見て首を傾げた。


 重装歩兵の持つ盾は左隣の兵士の体を半分覆うようになっている。 

 盾で互いを守り合うため、重装歩兵は陣形が崩れていない間は無敵の強さを誇る。


 だがそんな重装歩兵団にはジークフリートの背中のような弱点が存在する。

 それが右側面だ。


 当たり前の話だが、一番右側の兵士の右隣りには守ってくれる盾は存在しない。

 故に右側面には精鋭を配置して、崩されないようにするのが常識である。


 アルドもそう習った。


 だが敵は真逆の陣形を敷いたのだ。

 敵は左側に過剰と言っても良いほどの戦力を配置しているのだ。虎の子の騎兵も全て左側だ。



 「……こちらの右側を崩して、側面攻撃に持ち込むためか」


 アルドの兵も重装歩兵。互いに弱点は右側だ。

 その弱点を突くために敢えて左側に戦力を集中させる……という作戦は容易に想像できる。


 「だがその分的の右側面は脆弱……」

 つまりどちらが先に右側を崩すか、そういう戦いになる。


 「どうしますか? 王よ」

 「このまま行く。もうこちらの陣形はほとんど完成しているだろ? 今更変えられん。……お前たちは鷹を常に飛ばして上空から陣形の動きを監視しろ。敵の呪術師から挑発を受けても乗るな。それと左翼に配した騎兵に連絡。……この戦争は諸君らの健闘に掛かっている」


 今まさにドモルガル王の地位を巡る決戦が起ころうとしていた。








 アデルニア半島での戦争は始めに軽歩兵と騎兵の攻撃から始まる。

 始めに動いたのが連合軍の左翼の騎兵だ。


 連合軍の騎兵は六百でアルド軍の騎兵は二百。

 しかも連合軍六百のうち四百は生まれながらの騎兵であるエクウス騎兵。


 あっという間に連合軍の六百はアルド軍二百を押し込んでいく。


 だがアルドには余裕があった。


 「こちらの右翼騎兵が敵左翼騎兵を受け止めている間に、こちらの左翼騎兵が敵右翼に回り込む。敵は右に騎兵を配していない。我々の側面攻撃が決まる方が早い」


 




 「トニーノ将軍! 敵騎兵が近づいてきました!!」

 「思ったよりも時間が掛かったな。やはり右翼が全体よりも遅れているのが功を奏したか。この騎兵を受け止められるかどうかにこの戦いは掛かっている……軽歩兵に連絡。投槍開始!!」


 バルトロが号令を掛けると、すぐさま太鼓の音が戦場に響き渡る。

 それと同時に爆音が響いた。




 「何だ? 何が起こった!!」

 「クソ! 馬が暴れて……うわあ!」


 突然の爆発音と炎と煙に驚き、馬が暴れはじめる。


 アルド騎兵は完全に動きを止めてしまった。

 馬の中には主人を振り落として逃げ出す者、主人を引きずりながら全速力で逃げる者もいる。


 騎兵が強力である所以はその機動力と突撃力にある。

 止まった騎兵など恐れるに足らない。


 「ぶっ殺せ!!」


 軽歩兵とトニーノ率いる重装歩兵が騎兵隊に襲い掛かった。

 数人掛かりで取り囲み、騎兵を一体一体仕留めていく。


 「全く、素晴らしいな。この爆槍という兵器は……一本失敬出来ないものかね」


 トニーノはロサイス王の国の軽歩兵を見てため息をついた。





 丁度トニーノがアルド騎兵を撃退したころ、連合軍の騎兵もアルド騎兵を撃破した。

 連合軍の騎兵はアルド騎兵を打ち破った勢いのまま、アルド軍右翼の側面に突撃した。


 それとほぼ同時期に連合軍の重装歩兵がアルド軍右翼と正面からぶつかる。


 アルド軍右翼は連合軍騎兵と重装歩兵に挟まれる形に成った。

 当然右翼には精鋭を配置してある。だが如何に精鋭と言えども、前と右から挟まれれば一溜りも無い。



 アルド軍右翼は総崩れとなった。


 挿絵(By みてみん)


 ※青 連合軍

  赤 アルド軍

 四角 歩兵

 三角 騎兵

 菱形 軽歩兵(爆槍)


 「おい! 逃げるな!! 最後まで戦え!!」


 アルドは声を張り上げる。

 だが側面に回り込まれ、陣形が崩れてしまった重装歩兵の逃走は止まらない。


 「アルド様!! お逃げ下さい。すでにこちらの陣形は崩れてしまっています!! 我々が食い止めているうちに御早く!!」

 「く、……分かった。くそ!!!」


 アルドは馬の腹を蹴り、戦場を離脱しようとする。

 すでにアルド軍は総崩れとなっている。陣形も指揮も何も無い。


 これがある程度経験のある司令官であるならば迅速な撤退が可能だが……それを若いアルドに求めるのは酷というものだ。

 彼が出来るのはただただ生き残ることだけ。



 「アルド王子だな? その命、頂戴しよう」

 「な! 何故こんなところに騎兵が!!」


 アルドは周囲を見渡す。

 いつの間にか北へ逃げていたはずの兵士が南へ逃走を開始している。


 導き出される結論は一つ。騎兵に回り込まれ、挟み撃ちにされた。


 つまりアルド軍は前と右を重装歩兵に、背後を騎兵に挟まれたということになる。


挿絵(By みてみん)



 「クソ、クソ、クソ!! どうして、どうしてだ!!」


 アルドは必死に馬の腹を蹴り、何とか逃げようとする。

 そんなアルドに槍や石、矢が襲い掛かる。


 「全く……仕方が無いですね」


 次の瞬間、投擲物が全て白い網に絡めとられ、地面に墜落した。

 アリスだ。


 「アルド様。一先ず東に逃げてください。そちらはまだ安全ですから。早くしないと東へ敵重装歩兵に回り込まれて、完全に包囲されます」

 「ア、アリス……よくやった!! 帰ったら餌の量を増やしてやる!!」


 アルドは全速力で東に向かう。

 連合軍の騎兵はアルドを追おうとするが、次の瞬間馬が盛大に転んでしまう。


 アリスの糸に引っかかったのだ。


 アリスを殺さなければアルドを追えない。

 そう判断した連合軍の騎兵はアリスを囲む。


 いつの間にかその場にはアリスと連合軍騎兵しか残っていなかった。



 「随分と忠義溢れる奴隷じゃないか。可愛がって貰ってたのか?」

 「まさか。アルド王子は私のような汚い蜘蛛を抱きませんよ。そうですね……何で助けたんでしょうか?」


 答えは簡単だ。アルドが怖い。

 これは理屈の問題ではない。精神的な問題だ。


 アルドが生きている限り、アリスの首に首輪が取り付けられている限りアリスはアルドを守らなくてはならない。

 そうしないと殴られる。殴られないためにはアルドの言うことを聞かなくては。


 そういう強い強迫観念に駆られているのだ。



 「まあ、良いさ。邪魔だ。死ね!!」


 騎兵たちは一斉にアリスに襲い掛かる。槍が、剣が、矢が、アリスを襲う。

 だがしかし、金属音を響かせて全ての攻撃をアリスは防ぎきる。


 アリスの両手には細いナイフが握られている。


 「クソ! 中々やるじゃねえか!!」


 騎兵たちはアリス目掛けて一斉に槍を放つ。

 だが槍はアリスの体では無く、地面に深々と突き刺さった。


 「上か!!」


 アリスは槍が刺さる瞬間、空高く跳躍したのだ。

 しかしこれは悪手だ。上に逃げれば一時的には助かるが、すぐに重力に囚われて落下してしまう。

 落下地点で待ち構えられ、槍で突き殺されて終わりだ。


 そう……普通なら。


 アリスは自分の落下地点で待ち構えている兵士たちに向けて、ナイフを投擲した。

 流石の騎兵たちも猛スピードで飛来するナイフには反応できず、バタバタと馬から落ちていく。


 アリスは地面に降り立つと、すぐさま主人を失った馬に飛び乗る。


 そして東に馬の首を強引に向けさせてから、強く馬の腹を蹴る。

 アリスには乗馬の経験などない。見様見真似、馬任せだ。


 「もう十分時間を稼いだでしょ。これで死んでたら……仕方が無いかな」


 アリスは馬にしがみ付きながらそう呟いた。






 この戦争でのアルド軍の捕虜は七千。

 死者は七千以上に及んだ。うち、味方に踏みつぶされて死んだと思われる兵士の数は二千。


 僅かに残った兵士たちも散り散りになって逃亡し、アルドの手元に残った兵は僅か百だった。



 連合軍の死者は五十三人。負傷者は八十人。



 まさに大勝利と言って良い戦果だ。

 こうして内戦の風向きは一気にカルロに傾いた。


バルトロ無双

そろそろ斜線陣以外も考えねばと思う今日この頃

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