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第九十八話 快進撃Ⅱ

今日は二話更新です

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 決議から十日後、バルトロ率いるロサイス軍・エクウス族連合軍はドモルガル王の国に到着した。


 ロサイス王の国とドモルガル王の国との領境にあるのがブラウス領だ。

 もっとも、今はその領地を大きく削られてしまっているのだが……それでもその領地は非常に広い。


 バルトロは到着してすぐにレティスに尋ねた。

 「戦況は?」

 「昨日お伝えした状況と大差はありません。我々の保有する戦力は八千。敵戦力は約二万二千ほど。我々の最大戦力を率いているのはトニーノ将軍で、六千。敵の最大戦力を率いているのはアルド王子で一万五千です。その他は各地に少数で分散しています」

 「なるほど……」


 アルド王子の一万五千をトニーノ将軍が六千で受け止めている形になる。

 問題は……


 「トニーノ将軍はどれくらい持ちそうですか?」

 「トニーノ将軍は地形を利用し、伏兵と焦土戦術を採りながら少しづつ戦線を下げています。おそらく一週間が限度かと」


 トニーノが採っている戦術は所謂ゲリラ戦術と呼ばれるモノに近い。

 少数の兵を森や岩陰に伏し、散発的に攻撃をする。敵の進軍ルートの村を焼き払い、井戸に毒や汚物を投げ込む。


 戦争に不慣れなアルド王子はかなり手間取っている。



 「じゃあ早速トニーノ将軍の救援に向かいましょうか」

 「ええ!? でも東の方にアルド派の豪族の領地が有りますよ! 宜しいんですか? まずは背後の憂いを……」

 「問題ありません」


 レティスの言葉をバルトロが遮った。そして笑みを浮かべて説明する。


 「そっちは元パックス派です。戦況次第でこちらに寝返りますよ」

 「そう……ですか?」

 「ええ。取り敢えず今ブラウス家が持つ戦力を東へ向けてください。あなたが足止めをしている内に我々がトニーノ将軍を救出します。……我々は連携が取れているとは言えませんしね」


 暗に足手まといだから引っ込んでいろと通告するバルトロ。

 レティスは複雑な表情を浮かべる。


 自分の兵力が減らないのは結構なことだが、全く武功を上げられないというのはそれはそれで不満である。

 だがロサイス軍の援助が無ければカルロ派の敗北は目に見えている。


 「分かりました。……私の弟のルネを連れていってください。あいつは地理を記憶しているので」


 ルネ・ブラウスは街を無血開城させてしまった罪で辺境の地で謹慎されていた。

 だが謹慎を命じたドモルガル王も死んでしまったので、戻ってきたのである。というか今は静かに謹慎している場合ではない。


 「ありがとうございます。何しろ俺はこの国の地理には疎い。助かります」

 バルトロは礼を言った。

 地の利を得ることは戦争で非常に重要なことだ。


 進軍速度にも大きな影響が出る。


 「では善は急げと言います。早速行ってきますよ」


 バルトロは早々にその場を立ち去った。

 八千八百の兵と共に……









 「トニーノ!! 喜べ。援軍が来るぞ。八千八百の兵だ。明日の朝には到着するみたいだ!!」

 「……まあ朗報と言えば朗報ですね。はあ……我が国はロサイス王の国の属国か……」


 トニーノは肩を落とした。

 その肩をカルロが叩く。


 「まあまあ、死ぬよりはマシであろう?」

 「あなたはもう少し落ち込んだ方が宜しいかと」


 トニーノ&カルロ軍は天領との領境から約十キロほど離れた地点に軍を置いていた。

 二人が直接指揮している兵は三千ほど。


 残りの三千は各地に分散させ、散発的な攻撃を繰り返させている。

 戦力の分散はあまり褒められた戦略ではないが……敵の一万五千からすれば六千も三千もそこまで変わらない。


 戦力を分散させた方が良いときもあるのだ。


 「アルドの奴は大分怒っているだろうなあ。奴は癇癪持ちだ」

 「はは、想像するに容易いですねえ。家臣に八つ当たりしているんじゃないですか?」


 二人は楽しそうに笑った。

 援軍が来るという事実が二人の心を軽くしているのだ。


 「第三部隊より報告!! 奇襲に成功し、敵の輜重部隊に損害を与えることに成功!! 荷馬三台を破壊しました!! こちらの損害は七十! 軽微です!!!」

 「ご苦労様。それと全部隊に報告してくれ。援軍が来る。よって長い長い持久戦は終わりだ。合流せよ」


 トニーノからの言葉を受け取った早馬は再び馬に跨り、駆けていく。

 トニーノはその後ろ姿を最後まで見送った。







 「ああ!! ふざけるな!! 何なんだよ!!」

 「取り敢えず何に怒っているのか教えてくださらないと答えようが有りません。あと痛いです」


 暫くアリスの顔を殴ることで落ち着いたのか、アルドはアリスの体から離れた。

 そして椅子に座り、目を吊り上げながら怒鳴る。


 「あいつらめ!! ちょこまか、ちょこまかと!! 輜重部隊ばかり狙いやがって!!」

 「じゃあ輜重部隊を守るように進軍すれば良いのではないのですか?」


 アリスは兵法なんて分からない。というか文字も読めないのに分かるわけがない。

 だが輜重部隊が狙われているならば、それを守るように進軍するのが普通なのではないだろうか?


 「そんなことをすれば、ただでさえ遅い進軍速度が余計に遅くなるだろ!! 良いか? 兵は早ければ早いほど良いのだよ」

 「はあ……勉強に成ります」


 一応アリスは相槌を打っておく。

 アルドが言っていることの正否などアリスには全く分からない。



 「全く卑怯者どもめ……」

 「……」


 お前が言うか? それを。


 アリスは思わず漏れそうになった言葉を両手で抑えこむ。

 これを言ったら殴られるだけでは済まない。


 まあ実行犯はアリスなのだから、アリスも人のことを言える立場でもないのだが。


 「アルド様!! ロサイス王の国が兵を上げた模様です!! 明日の朝には敵軍と合流する模様!!」

 「何だと!! あの野郎……内戦に他国の軍を入れるだなんて何を考えてるんだ!! ああ!! お前らがグズグズ進軍をしているから!!」

 「す、すみません!!」


 何の罪もない伝令が怒られる。

 当然のことながら伝令の仕事は情報をアルドの耳に入れることで、別に兵を指揮することではない。


 進軍が遅れているのはアルドの指揮が下手くそだからである。

 九割悪いのがアルドで、一割悪いのがアルドに全く逆らえない豪族だ。




 「良いでは無いですか。敵と合流するのでしょう? 厄介ですが、その上で打ち破ればあなたの勝ちです。この膠着した戦況も一気に変わりますよ」


 伝令が可哀想なので、アリスは助け舟を出す。

 ピンチはチャンス理論だ。


 「俺は合流する前に勝負を決めたかったんだよ!!」


 アルドの蹴りがアリスに飛んでくる。

 アリスはそれを正面から受けた。


 アルドには分からないように受け身を取り、ダメージを逃がす。

 あからさまに受け身を取るとアルドは怒るのだ。


 まともに喰らったように見せかけて、実際はそこまでのダメージではない……

 アリスの特技の一つだったりする。


 「おい!」

 「は、はい!!」


 伝令がビクリと体を震わせる。

 アルドはアリスの顔を踏みつけながら、伝令に問う。


 「ロサイス軍の数は?」

 「……九千から七千ほどだそうです」

 「我が軍と同数になるか……」


 現在敵将のトニーノ将軍の率いている数は六千ほどだ。

 これにロサイス軍が合流すれば、自分たちとほとんど変わらない戦力に成る。


 同数同士の戦いになれば、純粋に兵の強さと指揮官の実力の勝負になる。


 「よし、勝ったな」

 「……」


 逆じゃないか?


 アリスは口から飛び出そうになった本音を慌てて両手で塞ぎ、飲み込んだ。


 流石に殺されてしまう。







 「バルトロ殿!! よく来てくださった!!」

 「我が国の友人であるドモルガル王様の危機ですから。当然です。共に敵を打ち破りましょう!」


 バルトロはドモルガル王(カルロ)に挨拶をする。

 カルロもバルトロを丁重に迎え入れた。バルトロがもしへそを曲げて帰ってしまえば、カルロの首が飛んでしまう。


 バルトロはカルロの右側に佇んでいたトニーノに向かいあう。


 「お久しぶりです。トニーノ将軍。一年振りですね」

 「ああ……お久しぶり。……あなたと初めて会った時はこんなことに成るとは少しも思いませんでした……」


 トニーノは苦笑いをしながらバルトロの手を握り締める。

 お互い、熱く握手を交わす。


 「さて、早速軍議に入りましょう。敵は今どこに?」

 「ここから約三時間のところに陣を引いています。数は約一万五千。我々とほぼ同数」

 「同数か……なら野戦で決戦ですね」


 バルトロとトニーノはニヤリと笑う。

 二人とも名将と言われるだけの実力がある。十五歳の若造に同数同士の戦いで負けるということは考えられなかった。


 よって、どうやって勝つかではなく、どれだけ犠牲を減らして勝つかという話に移る。


 「アルド王子は俺の嫌がらせでかなりイライラしているかと。彼の性格ならば確実に野戦を挑んできます」

 「それは楽でいい。カタツムリを誘いだすのは骨が折れるからな」


 これがカルロのような臆病者だったりしたら、陣に引きこもって出てこなかっただろう。

 そうなれば手の付けようがない。


 攻撃三倍の法則。殻に閉じこもっている方が有利なのだ。


 「(建前上の)総司令官はカルロ王で良いとして……指揮系統はどうする? そちらで統一するか?」

 「私はバルトロ殿に従いましょう。そちらの方が兵数も多い」


 すんなりと話が進む。

 助けてあげている側のロサイス軍の方が有利なのは当然だ。




 バルトロを主導に軍議が勧められる。

 カルロは蚊帳の外だ。寂しくなったのか、小石を足で弄って遊んでいる。



 「これは変わった陣形だな。運用できるのか?」

 「万同士では試したことは無い。というか我が国は万同士の戦をするのはこれが初めてだしな……だが小規模ながら効果は試してある。協力してくれ」


 気付けば両者の間に敬語が無くなっている。楽しそうに軍議を進める。

 カルロは蚊帳(以下略)。



 「問題はアルド王子の持つ騎兵四百。おそらく教科書通りに両脇に配置するが……あんたは左に騎兵六百(※四百がエクウス族。もう二百がカルロ軍)を置くつもりなんだろ? 右側の守りはどうすんだ」

 「右側にはあんたが行って直接指揮してくれ。ドモルガル兵もそちらに集中させよう。我が軍とは兵の命令系統も少し違うから、下手に混ぜるよりも別々にさせた方が良い。爆槍を持った軽歩兵は全てそっちに回す」


 爆槍は対騎兵兵器としては最高のものだ。

 当たらなくても、その爆音に馬は驚く。


 騎兵が強いのは助走で速度を付けた上での突撃だ。

 爆槍ならばその突撃を一度止められる。動きが止まった騎兵など敵ではない。


 ……爆槍は自軍の騎兵にも影響を及ぼすため、騎兵を全く配備しない右側でなければ使えないという事情もある。


 「爆槍だけ渡してくれれば結構だぜ?」

 「いや、あれは使い方が難しい。我々が専用の兵を回すから心配ご無用だ」


 下手に盗まれて、コピーされれば大変だ。

 もっとも、黒色火薬の生産は勿論、着火装置であるテトラの魔術式を解読するのは不可能に近いが。


 「では明日の戦、必ず勝利しよう」

 「ああ。終わったら、飲み明かそうぜ」


 バルトロとトニーノは熱い握手を交わし、抱擁し合った。

 カルロ(以下略)。


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