第九十六話 政変
今日はなんと三話です
ご注意を
六月。停戦協定が切れて、まさにロサイス王の国に攻め込もうという時であった。
それは起こった。
「っぐがあああ」
「王様、王よ!!」
ドモルガル王が心臓を押さえて、倒れたのである。
すぐに宮殿中の呪術師が集まり、治療が始まった。
だが懸命の治療も虚しく、ドモルガル王は息絶えた。
次の国王を指名しないまま……
ドモルガル王の国の首都。アルド・ドモルガルの屋敷。
そこに十五歳ほどの少年と、二十歳前後の女が居た。
少年は着ている豪華な服から、かなり高い身分の人間であることが分かる。それは当然。
この部屋の主であるアルド・ドモルガルその人だからだ。
一方女は非常に粗末な服を着ていた。美しい金髪からゲルマニス人であることが分かる。
そして胸部に中々の脂肪を蓄えていた。
アルムスが見たら「これは重巡洋艦……いや、戦艦クラスか。ドレッドノート級ではないが……三笠といったところか……」という判断を下したことだろう。
だがそれらを台無しにしているのが顔だ。
決して醜いというわけでは無い。むしろ容姿は非常に整っていると言っても良い。
だからこそ痣が目立つ。
そして何より痛々しいのが足枷と首に取り付けられた首輪。
首輪から伸びた鎖はアルドの手に収まっていた。
アルドは叫ぶ。
「ああ!! 父上が死んだ!! なんと喜ば……じゃなかった。嘆かわしいことか!! さて、これからどうするか」
「……私に聞かれても分かりません」
「黙れ!! 蜘蛛の癖に生意気だぞ!!」
アルドは奴隷を蹴り飛ばした。
何度も何度も腹を蹴り、馬乗りに成って顔を殴る。
殴られながら奴隷は……アリスは思った。
(こりゃ、五分くらいは我慢しなきゃダメかな)
丁度五分ほど経つと、殴りつかれたのかアルドはアリスから離れた。
「おい、アリス。パックスを殺して来い」
「それはまた……斬新ですね」
いきなり重要人物の暗殺を命じるアルドもアルドだが、その命令を拒否しないアリスもアリスである。
まるで暗殺を気軽にピクニックに行くかの如き良い様だ。
「……ですが怪しまれませんか? この状況下でパックス王子を殺したらどう考えてもあなたが犯人でしょ」
「この状況下では次の王はパックスだ。一番揉めないのが年功序列だし、今回行われるはずだったロサイス攻めの総司令官は他でもない奴だからな。そして俺は王に成りたい。内乱を何日もやってパックスを殺すよりは今殺してしまった方が国のためだろう」
流石にその発言にはアリスも目を丸くした。
ニヤリと笑うアルド。
「その後は?」
「今王都にいる敵対勢力を全員殺す。俺の私兵を使ってな。奇襲に成功すれば出来るさ。私兵を多く持っている豪族はお前が暗殺しろ。頭を失えば指揮系統は麻痺する」
「……そうですか」
アリスはため息をつく。
結局危険なことの矢面に立つのは自分である。
「ところでカルロ王子は良いんですか?」
「あいつはここからずっと離れた山の中に篭ってるからな。パックスと同時には殺せない。別で兵士を送って殺す。いくら俺でも不可能なことは命じない。俺は良い主人だからな」
そもそも良い主人は奴隷をタコ殴りにしない。
大体、いつも不可能に近いことばかり頼んできたじゃないかとアリスは思ったが、口には出さなかった。
殴られるのは慣れているが、殴られないに越したことは無い。
「残留するパックス派とカルロ派はどうするんですか? 素直に従うとは思えませんが」
「従うなら許す。従わないなら処刑だ。ほとんどの豪族は本領安堵さえ保障すれば従う」
少なくとも話だけ聞いていれば上手く行きそうではある。
作戦のカギはアリスがパックスと多くの私兵を持つ有力豪族を暗殺することにあるが……アリスにはやり通す自信はある。
真夜中ならば確実に出来る。
だがその後はどうするのだろうか? アルドには大義名分が無く、悪名しか残らない。
暗殺は成功だけを考えれば難しくない。
問題はその人間が死んで得をしたのは誰かを考えれば容易に犯人が予測できてしまうことだ。
正々堂々戦で打ち破るならまだ外聞は良いが、卑怯な手段での解決など醜聞にしかならない。
将来的に大きな傷となる。
故に暗殺という手段はそれ以外の方法が採れないときの、最後の手段なのである。
ドモルガル王には子供はカルロとパックスとアルドしか居なかったが、血縁の者ならば他にもたくさんいる。
兄殺しのアルドではなく、別の王族を担ごうとする可能性だって十分にある。
アルド自身も言っているが、豪族が王に求めているのは本領安堵である。
兄を殺した男の刃が自分にも伸びないなどとお気楽に考える豪族が果たしてどれほどいるか。
担ぐ神輿は軽くてパーが良い。
アルドは下手に知恵が働くし、担ぐには重すぎる。
(まあ、私には関係ないか……)
どうせアルドは話を聞かない。
自分の祖父母の忠言にも耳を貸さないのだから、アリスの忠言に耳を貸すわけがないのだ。
蜘蛛女が調子に乗るなと言われて、殴られるのが落ちである。
「分かったか? 決行は一週間後だ。それまで準備をしておけ。俺も準備を済ませておく」
「……はい」
アリスは静かに頷いた。
一週間後の深夜。
アリスはパックス王子の屋敷の近くにある家の屋根の上に居た。
約二十メートルほど先にパックス王子の屋敷が見える。
「さて、行きますか……」
アリスは腕を前に出し、パックス王子の屋敷の屋根に狙いを澄ませる。
ビュシュー
そんな間抜けな音を立てながらアリスの指から噴出した
糸の太さは一センチほど。
アリスは指先の糸を自分の足元に擦り付けて、糸を固定する。
これで約一センチの橋が完成する。
アリスは平然とその上に飛び乗った。
器用にバランスを取りながら糸の上を歩く。
あっという間に屋根の上に降り立った。
「さて……パックス王子の部屋は二階の右から三番目の部屋だったよね……」
パックス王子の屋敷は三階建てなので、一階降りなければならない。
アリスは屋根に手を置く。手のひらから粘着性のある糸を作りだし、ゆっくりと下に下っていく。
あっという間にバルコニーにたどり着いた。
当然のことながら、扉には鍵が掛かっている。アリスのような不届き者に対応するためだ。
鍵穴は存在しない。バルコニーに出ることは想定しても、バルコニーから入ることは想定していなからである。
鍵師ならば開けることも可能なので、取り付けられていない。
鉄壁の守りだ。アリス以外には。
「面倒だなあ」
アリスは指の周りに糸を巻きつかせる。鋼のように丈夫な糸が集合することで、錐のような物を作りだす。
「とりゃ」
ブスッ
少し大きな音を立てて、アリスの指は木製のドアを貫通した。
結構大きな音だったので、寝ていたパックス王子が起きだす。
「ん? 何? いったい……ッグガ!!!」
アリスの指先から伸びた糸がパックスの首に掛かる。
アリスは糸を手繰り寄せて、パックスの首を締め上げた。
暫くの間パックスは首を掻きむしりながら藻掻いていたが、すぐに動かなくなった。
「さて、そろそろ戻らないと。見つかっちゃうと大変だから。……まあ見つかったところで捕まる気は無いけど」
帰ったら殴られてしまう。
痛いのは嫌だ。
アリスの実力ならアルドを殺して逃亡するなど容易いことだが、アリスはアルドに逆らうことが出来ないように刷り込まれている。
ふとアリスの耳に喧騒が聞こえた。聞こえてくる方を見ると、火の手が上がっている。
アルドが行動を起こしたようだ。
早く加勢しなければサボっていたと言われ、殴られる。
アリスは大急ぎで喧騒の方へと向かった。
カルロは前回の戦争で反省しているアピールのために、首都から少し離れた山の中で謹慎していた。
もっとも、その生活は快適そのものである。
何しろ謹慎先はカルロ派豪族の保有する別荘なのだから。
とても快適だ。
カルロはそこで読書したり女奴隷といちゃついたり、狩りをしたり女奴隷といちゃついたり、詩を読んだり女奴隷といちゃついたりしていた。
ちなみにカルロには婚約者が居る。
関係は良好だ。
その日、カルロはふもとの街にいた。
街と言っても村に毛が生えた程度である。
女奴隷たちに偶には外で遊びたいと強請られたからである。
カルロも一面緑には飽きてきていたので、身分を隠して街で遊び、その夜は街の宿で寝ていたのだった。
遊び疲れて夢の世界に旅立っていたカルロを叩き起こしたのは、こっそり心配で後を付けて来た兵士だった。
「大変です! カルロ様。王都で政変が起こりました! アルド王子がパックス王子を殺害したのです。すでに山の別荘もパックス王子の兵士に襲撃を受けています! 今は兵士たちが戦っていて、カルロ様がここにいらっしゃることは知りませんが……急いでお逃げ下さい! 馬車は容易してあります!!」
「ええ!! 何で……いや、詳細は後で聞こう。すぐに逃げるぞ!!」
カルロは女奴隷を大急ぎで叩き起こし、街をたった。
こうして偶然にもカルロはアルドの手から逃れたのである。
アルドは雨戸をしっかり閉めて、何度も確認するけど、ガスの元栓は閉め忘れるタイプです
ドモルガル王「あいつは頭と発想は悪くないんだけど、爪が甘いというか根本的なところでミスるんだよな……」in三途の川
ちなみにアリスちゃんですが、元ネタはスパイダーマンです。ただし私はスパイダーマンは名前しか知りません。映画とか、一度も見たこと無いです。wikiは読みましたけど。
まあスペックはスパイダーマンとほとんど変わらんと思ってくれれば構いません。
ついでに加護持ち……というわけではありませんが、加護は関係してます。
純粋な腕力勝負ならばアルムスが勝ちますが、室内等の立体空間ならばアリスはほぼ無敵でしょうね。
アルドにとっては飛車に値する駒です。(なお、角や金・銀は居ない)。