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第九十五話 出産

今日は三話更新です

 とある満月の夜のこと。


 二人が同時に産気づいた。








 「ああ、何で二人同時なんですか!!」

 「そんなこと俺に言われても……」

 「王よ、邪魔なので出ていってください」


 心配で二人の間をウロウロしていたら呪術師や産婆たちに追い出された。

 失礼な奴らだ。確かに俺に出来ることは何一つないけどさあ……


 「俺はどうすれば良い!!」

 「落ち着いてください、王よ。あなたが混乱しても子供は産まれません」


 五月蠅い、ライモンド。そんなことは分かってるんだよ。


 「まあ、まあ。落ち着いて下さいって。取り敢えず酒でも飲んで」

 「お、おう。ありがとう……ていうかお前何でここに居るんだよ。バルトロ」


 お前はドモルガル王の国との国境に封じたはずだぞ?


 「お二人の子がもう少しでお産まれるに成ると聞いたので、スタンバイしていたのです。やはり豪族の中で一番最初に顔を見たいですね」

 「そうかい……お前、娘が産まれる時どうした?」


 俺の問いに酒を煽りながら、バルトロは困った顔で答えた。


 「どうしたもこうしたも……男に出来ることなどありませんって。出産は辛いというのは伝聞と我々の想像でしかないわけですし。代わってやれることではないでしょう? 俺は酒飲んでましたね」

 「ああ、そうか……」


 そうだよね……俺に出来ることなんて無いんだよなあ……

 一応産褥熱対策の熱湯消毒とアルコール消毒。そして痛み軽減のラマーズ法は教えたけど……

 肝心の子供に障害がある可能性だってある。

 ああ、何で俺は日本で医学部に進まなかったんだ。


 産婦人科医にでもなってれば出来ることも多少はあったかもしれないというのに。

 いや、そんなこと悔やんでも仕方が無いのだけど。


 「バルトロ……キツイ酒をくれ」

 「そう来なくっちゃ」


 俺はバルトロに継いでもらった酒を煽る。

 ……味がしねえな。


 「やけ酒飲んでも仕方が無いな」

 俺は酒を飲むのを止めた。

 全く気がまぎれない。バルトロ式は参考に成らんな。


 「おい、何か気がまぎれる話をしろ。もしくは振れ。王命だ」

 「変わった王命ですねえ」


 ライモンドとバルトロは呆れ顔で俺を見る。

 うるせえ、早く何か話せ。


 「じゃあ聞きますけど。どうやったら二人同時に見事に出産するんですか? 二人一遍にヤッタんすか?」

 「……三回に一回は二人一緒だったな……」

 「よく許してくれますねえ」


 ライモンドが驚きの声を上げる。

 いやね、俺も流石に無理だろうな……と思いながらチラッと言ってみたわけ。


 そうしたら意外に二人ともノリが良かったというか……



 「俺の妻なんて他の女の話するだけでキレるってのに。羨ましい限りですよ」

 「そいつは大変だな」


 俺は恵まれてるなあ。

 ユリア様、テトラ様。様様だな。


 そんな阿呆な話をしていたら、泣き声が聞こえた。

 子供の……赤ん坊の泣き声だ。


 これはつまり……


 「王よ!! お産まれに成りました!! テトラ様です!!」

 考えるよりも先に体が動いた。

 テトラが居る部屋に直行する。



 「アルムス……」

 テトラは笑っていた。

 顔は汗まみれで、髪の毛が頬にへばり付いていたが。


 そして両手には綺麗な布に包まれた赤子を抱いていた。


 「元気な男の子。抱いて」

 「……ああ」


 俺は赤子を……自分の子供を抱き上げた。

 結構重いな……命の重みを実感する。


 「髪の毛は俺似か。顔はお前に似ているな。生意気そうなところが特に」

 「失礼な」


 赤子の小さな手に指を伸ばすと、ギュッと握ってきた。

 ああ……可愛いなあ……食べてしまいたい。


 「名前……付けて」

 「ああ……こいつの名前はアンクスだ。アンクス・アス」

 「そう。良い名前。アンクス……私とアルムスの愛の結晶……」


 ニヤニヤと笑うテトラ。

 取り敢えずこいつは大丈夫そうだな。



 一先ず安心していると、隣の部屋から泣き声が聞こえた。

 これはつまり……


 「行ってあげて」

 「ああ、分かってる」


 俺はアンクスをテトラに手渡してから、大急ぎでユリアのところに向かった。

 大丈夫か……




 「ユリア!!」

 「あ、アルムス……」


 ユリアは俺に向かって微笑んで見せた。

 こいつはテトラほど難産では無かったらしく、そこまで疲れ切っている印象は無い。

 だがその表情には少しだけ不安の色が見える。喜びと不安……それが入り混じったような……


 「どうぞ。元気な……女の子です」

 ユリアはそう言って俺に赤子を手渡してきた。その手が少し震えている。

 全く……


 俺はユリアの唇にキスをした。


 「よくやった。ありがとう。俺は嬉しいよ」

 俺がそう言って微笑みかけると、ほんの少し不安が晴れたようで表情が明るくなった。


 「名前はどうしようか……俺が付けていいのかな?」

 「良いよ。それは父であるあなたの権利だから」


 そうか。じゃあ……


 「フィオナ。フィオナ・ロサイスだ。この娘の名前は」

 「フィオナか……うん、良いと思う」


 ユリアは嬉しそうに笑う。

 俺は視線をフィオナに移した。


 髪の毛は紫紅(ラベンダー)色。顔立ちもユリアに似ている。

 成長したら美人に成りそうだ。

 嬉しいな。俺の要素があまり見当たらないのが少し悲しいが。


 ああ、可愛いなあ。

 どうしよう、あなたの娘さんを下さいとか言われたら。困っちゃうよ。


 「絶対嫁にはやらん」

 「……まだ産まれたばかりなのに何言ってるの」


 ユリアは声を出して笑った。

 元気になって良かったよ……ユリア。






 一段落して、ユリアとテトラが眠りに着いた頃。

 俺は一人宮殿のバルコニーで月を見ていた。綺麗な満月だ。


 酒を一人で煽る。


 「リーダー……」

 「ロンか。少し遅かったな」

 「少し忙しかったんです。それで遅れてしまいました。一先ずおめでとうございます」


 ロンは静かに俺の隣にやってきた。


 「すまんな。コップは一つしか無くて」

 「いえ、構いません。それと……少し難しそうな表情をしていますね」

 「分かるか?」

 「ええ……ユリアさんのことですね?」


 お見通しか。

 まあ、みんな頭に過ぎることだから当たり前かもしれないけど。


 次の王に成るのはユリアの息子。

 それは暗黙の了解というものだ。この国の者は全員それを弁えている。


 当然のことながら、俺がテトラの子に王位を譲ろうとしたら国が真っ二つに割れる。

 特にロサイス家。彼らが話が違うと真向から反対してくるのは目に見えている。


 俺もそれを分かっているから、アンクスには『ロサイス』の家族名はやらなかった。

 あの子には王位継承権は無い。そう示すために。


 ユリアが女の子を産んだ。そしてテトラが男の子を産む。

 少し、面倒な状況にある。


 まあ、この程度のことではユリアの地位は揺るがない。

 だがこれが何度も続けば問題になる。


 つまり、ユリアが女の子だけを産み続けて男の子を授からないパターンだ。


 ユリアが男の子を産むまでテトラとはしない……という選択肢も無くはないが、それは出来ない。

 テトラにそこまで我慢させたくないし、それにアブラハム……あのクソ爺が文句を言ってくるはずだ。


 そのクソ爺さえいなければここまで面倒な事態にはならなかった


 確か女の子と男の子を決めるのは精子だと聞いたことある。つまり悪いのは俺に成るのか。

 ああ、でも女性の体質も絡むらしいからな。

 どっちも悪い……いや、悪いという表現は良くないな。原因があると言うべきか。


 「まあ、俺は素直に嬉しいけどね。女の子、男の子、両方欲しかったしさ。大体確率は二分の一だろ。そう何度も女の子が続くわけないさ」

 「うん、俺もそう思います。ユリアさんもテトラも……大事だから。二人が争う姿なんて見たくない」

 「ああ、俺がさせないよ。絶対にね」


 俺は満月を睨んだ。

 満月は俺を無視するように、明るく輝き続けていた。







 平穏な日々は過ぎ去り、六月になる。

 俺は情報にあったドモルガル王の国の侵攻とそれに伴うであろう包囲網に警戒を強めた。


 そして予想通り、平和は終わってしまった。

 一つ予想通りで無かったのは……

 平和を破ったのがドモルガル軍の侵攻では無く、ドモルガル王の国の内紛であったことだ。


___________


九十五・五話 顔見せ



 「可愛いなあ……お爺ちゃんですよ!!」

 「……」


 フィオナがお義父さんの顔を不思議そうに見る。

 まだ産まれて間もないフィオナは視力がほとんど無い。とはいえお義父さんには自分を見つめているように見えるらしく、大喜びだ。


 「うん、ユリアにそっくりだ。ユリアもこれくらいの頃はこんなに小さかったんだよなあ……それが子を産むようになるとは……」


 突然泣き出すお義父さん。変なスイッチが入ってしまったらしい。


 「ところでテトラ・アスは?」

 「テトラですか? 彼女は向こうの部屋でアンクスと一緒にいますよ」


 自分が居るのは邪魔だろう……

 テトラはそう言ってあっちに行ってしまった。


 別にユリアも俺も気にしないが、テトラ自身が気まずいらしい。まあ無理に来させる理由も特にない。


 「それは良くないな。呼んで来なさい」


 お義父さんはそう言うと、奴隷を呼び出してテトラを連れてくるように言った。

 テトラはすぐにやってきた。その顔には緊張の色が見える。

 手の中のアンクスはすやすやと寝ている。


 俺は手招きして、テトラを自分の横に座らせる。いつでも庇えるように……


 お義父さんはにこやかに笑って言った。

 「その子を抱かせてくれ」

 「え!?」


 テトラが少し驚いた表情を浮かべた。多分俺も同じような顔をしているだろう。

 当然のことだが、テトラとお義父さんには血の繋がりは無い。


 てっきり忠告の一つや二つ、言うのかと思ったんだがな。


 「ユリアの婿は私の息子だ。その息子の嫁は私の娘だ。その娘の子は孫だろ?」


 お義父さんはニヤッと笑う。

 テトラは戸惑った表情を浮かべたが、すぐに立ち上がってお義父さんにアンクスを持っていく。


 「どうぞ……」

 「うむ」


 お義父さんは壊れ物を扱うようにアンクスを抱き上げた。

 そしてその顔を見ながらテトラに言う。


 「うん、良い子だ。君の息子だ。さぞや知恵者になるだろうな」

 「……ありがとうございます」


 テトラは少し紅潮した顔で礼を言った。


 お義父さんはテトラにアンクスを返した後、二人を退出させた。

 そして俺と二人きりになる。


 暫くの間、沈黙がその場を支配する。

 最初に口を開いたのはお義父さんだ。


 「良いか? 本人たちに意思が有ろうと無かろうと、争いは起きる。勝手に担ぎ上げようとする者は出てくるのだ」

 「心得ています」


 何があっても二人とその子は守る。夫として、父親として、王として。


 「孫は見れた。だが王太子の顔を見るまで安心して逝けない」

 「……努力します」


 次の王はユリアの男の子。これは絶対だ。そうでないと国が割れる。

 俺の本来の存在意義はロサイス家の血を引く男の子を作ることなのだから。


 「最悪、アンクスとフィオナを結婚させる羽目になる。出来れば避けたい」

 「分かっています。はあ……」


 最悪、近親相姦になる。

 嘆けば良いのか、最後の手段があることを喜べば良いのか分からんな。


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