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第九十四話 謀略戦Ⅱ

今日は二話同時更新です

一度『前話』を読んでいない方は戻ってください


 ドモルガル王の国。

 現在この国には大きな火種がある。


 第二王子パックス・ドモルガルと第三王子アルド・ドモルガルの対立である。

 第一王子であり、王位継承者筆頭であったカルロ王子が失脚したためその争いが激化し始めたのだ。


 まだドモルガル王は若いため、表面化はしていないが……


 さて、この戦いの中で最大の被害者なのがカルロ王子派の者たちだ。

 彼らは大きくその影響力を落とした。原因はドモルガル王の国の中で最大規模の権勢を誇ったブラウス家の没落と名将と言われていたトニーノ将軍の失脚である。


 二派閥の豪族たちはチャンスと言わんばかりにカルロ王子派を攻撃した。

 小競り合いで領土を奪われたり、宮殿での地位を追い落とされたり……踏んだり蹴ったりである。


 彼らはドモルガル王の国に大きな不満を抱いていた。

 豪族が国に所属するのは自分自身の領地や地位を守るためである。


 逆を言えば守って貰えなければ意味が無い。

 ドモルガル王は女に溺れ、両派閥は自分たちの権勢を広げるのに夢中。


 彼らに庇護を求めるには無理がある。


 そんな感情を利用しようとする男が居た。

 アルムス・アス・ロサイスである。







 「バルトロ殿。その提案は誠に嬉しいが……断らせて貰いたい」

 そうバルトロに答えたのはレティス・ブラウス。

 現ブラウス家当主である。


 アルムスはドモルガル王の国との国境線に配置されたバルトロを通じて、ブラウス家を中心とした元カルロ派の切り崩しを始めたのだ。


 休戦協定が切れた途端、ドモルガル王の国がロサイス王の国に攻め込んでくるのは目に見えている。

 そして前回の呪いの件で関係が悪化したエビル、ベルベディル両国も間違いなく攻め込んでくる。

 

 となれば対策は打っておくべきである。

 それがこの工作だ。

 

 カルロ派は非常に数が多かった。現在でもドモルガル王の国の四分の一以上がカルロ派である。

 彼らが蜂起すれば、ドモルガル王の国も撤退せざるを得ない。


 という計画なのだが……交渉は暗礁に乗り上げていた。



 「我々もドモルガル王には不満を抱いている。だが……我らが蜂起すればカルロ王子が処刑されてしまう」


 想定外だったのがカルロ王子には王太子の地位の剥奪程度しか罰が下されなかったということと、カルロ王子が意外と人気が高かったことである。


 カルロ王子が処刑されたり、牢にでも入れられれば違ったかもしれない。

 だがカルロ王子は生きているし、まだ王位継承権を保持している。

 

 そして相変わらずドモルガル王はカルロ王子の母親を寵愛している。


 もしかしたら……がある可能性があるのだ。 

 故にカルロ派は裏切りを拒否しているのだ。


 「では我々ロサイス王の国がご支援しましょうか? カルロ王子の王位継承を」

 バルトロがそう言うとレティスは首を振った。

 「それには及びません。我らだけの力で十分です」


 不用意に他国の軍を入れるような馬鹿ではない。

 そう言っているのだ。

 バルトロは内心で深いため息をついた。


 「そうですか。ではもし考えが変わったらご連絡を」

 「ええ、バルトロ殿。ありがたいお話し、ありがとうございました」


 この日の密会は終わった。





 「あなた、どうでした?」

 「どうもこうもねえよ。無理無理。全然ダメ。カルロが死んでたらイケたかもしれないけどさあ……」


 バルトロの妻が注いだ酒を飲みながら、バルトロは一人愚痴る。 

 

 「あーあ、大体俺に交渉なんて出来るわけねえじゃん。人選ミスよ」

 「あなたくらいしか任せられる人が居なかったんでしょう? イアルさんはゾルディアス王の国に行ってますし」


 ロサイス王の国は質という意味では人材は豊富だが、量という意味では劣る。

 それにアルムスは王になって間もない。

 あまり豪族の性格など、分かっていない部分が多いため結局一番信用できそうなバルトロに頼むしか無かったのだ。


 「それだけあなたが信用されているということです。良かったですね」

 「はあ……まあ良いんだけどさ……」


 バルトロはため息をついた。

 実際、バルトロは豪族の中で一番厚遇されていると言っても良い。


 転封で増えた領地も豪族の中では最大だ。

 


 「にしても王位継承権ってのは王制国家に付きものとはいえ……何とかならんかね。我が国も最近乗り切ったばかりだけど……数十年後にまた起こるだろうし。嫌だね」

 「そうですか? まだまだ決めつけるには早いでしょう。ユリア様もテトラ様も仲良しですし。子供に関しては教育次第じゃない?」

 「はあ……仲良しね。今はだろ。母親ってのは子供が一番可愛いものさ。どうなるか分かったもんじゃない。幸運なのは我らの王が尻に轢かれていないことだ。女の機嫌で国政が動いちゃ笑えない」


 バルトロは肩を竦める。

 王位継承で起こる内乱ほど下らないものは無い。前回の内乱のように短期間で、且つ敵対勢力を一掃出来るなら文句は無いのだが。


 「それで敵は攻めてきますかね?」

 「十中八九な。うちが潜り込ませている呪術師が催眠呪術で聞きだした情報だと、六月にはことを起こすつもりのようだぞ。総指揮官はパックスだとよ。まあ無難に次男に功績でも作らせて継承ってのが狙いだろ」


 バルトロは酒を煽る。

 例え敵が誰であろうとも、ロサイス王家の敵は討つ。それがバルトロの職である。

 

 「俺としては攻められる前に攻めちまえと思うんだけどな。王は消極的みたいだ」

 「当たり前です。前回は勝てましたが、それでも我が国とドモルガル王の国の間には国力差があるんですよ」


 ロサイス王の国の人口は約二十五万ほどである。

 現在のドモルガル王の国の人口は分からないが、約三十万前後ではないかと言われている。


 さらにエビル王の国とベルベディル王の国が包囲網に加わる。

 この状況で強気に行けというのは無理がある。


 「まあ、俺が指揮すれば間違いなく勝つけどね」

 「あなたは……そんなこと言って……」


 




 


 「おかえり、アナベラ。ロサイス王の国はどうだった?」

 まるで観光に行っていた家族に「おかえり」とでも言うような口調で麻里はアナベラを迎えた。

 アナベラは口を尖らせる。


 「最悪です。呪術師に家を見つかり、抜け穴を泥だらけになりながら逃げる羽目に成りましたよ。その後は兵士に追いかけられ、鷹に追いかけられ、犬に追いかけられ、そして肥溜めに落ちたんですよ。肥溜めですよ? 嫁入り前の、二十代の娘が肥溜め!! 最悪です」

 

 実はそのおかげで犬の追跡から逃れることが出来たのだが、アナベラは知る由もない。


 「まあまあ、逃げられたから良いじゃない」

 「そうなんですけど……すみません。一人も篭絡出来ませんでした……」


 アナベラは麻里に深々と頭を下げる。

 酷く落ち込んでいるようだ。


 麻里は優しく声を掛ける。

 「まあまあ。私だって何度も失敗してきたから今があるんだし。レドゥス王子だって上手く行ってるけど、あれは軟弱者が失恋でけちょんけちょんだからこそ出来たのよ。私だって不満を抱いていない人間を寝返らせるなんて出来ないわ」


 麻里は期待しているとアナベラの肩を叩く。

 アナベラは泣きながら麻里に抱き付いた。若干臭い。


 「ところでそろそろ作戦の概要を教えて貰えませんか?」

 「良いよ。教えてあげる。といっても大したものじゃないんだけどね」


 麻里はニコリと笑って答える。


 まず、ドモルガル王の国がロサイス王の国に攻め込む。

 これは諜報で調べが付いているので特にテコ入れする必要は無い。


 次にレドゥスを動かす。

 レドゥスにはロサイス王の国との同盟を破棄して貰い、落ち着き次第攻め込ませる。


 そうすればエビル、ベルベディルの両国は間違いなくロサイス王の国に攻め込む。

 前回の呪い(冤罪)で両国はロサイス王の国に不信感を抱いているからだ。


 これで包囲網が完成する。

 流石に四か国から包囲を受ければどうしようもない。


 後はロサイス王の国が弱ったところを見計らい、提案する。

 

 「領土をくれるなら助けてあげるよってね」

 「助けちゃうんですか?」

 「うん。だってロサイス王の国が亡んだらドモルガル王の国の国力が増加しちゃうじゃない。背後から我が国がドモルガル王の国を攻めて滅ぼす。そして助けた見返りとしてロサイス王の国の領土をごっそり頂く。そういう寸法」


 後は時間を掛けてロサイス王の国を屈服させる。

 麻里はアルムスという男を殺すつもりは全くなかった。アルムスの知識、特に爆弾の知識は麻里に無いもの。

 麻里としては是非とも手中に収めたいのだ。


 「でもその作戦だとマーリン様はレドゥス王子の陥落と、呪いでの不信感稼ぎしかしてないことに成りますね?」

 「まあね。というかそれくらいしか出来ないでしょ。国境で接してないんだからさ。私があと三人居れば出来そうだけど。質量のある残像なんて呪術じゃ作れないし」


 麻里は仕方が無いとでも言うように肩を竦めた。

 

 「まあ、私の代わりになるのはあなたくらい。あとギリギリなのが三人ほど。というか五百年積み上げてきた私の技術を才能だけで追いつかれちゃ堪ったもんじゃないよ」


 あははと笑う麻里。

 少なくとも才能で言えばアナベラの方が麻里よりずっと上である。


 「取り敢えずやるべきことは済んだよ。後は経過を見守るだけだね。あ、お茶飲む?」

 「はい、頂きます」

 

 優雅なティー(緑茶)パーティーが始まった。






 「ドモルガル王様。カルロ様の王太子の地位の剥奪が決まりましたが……どういたしますか?」

 「……次の戦争の総司令官にまたカルロを就ける……というのはダメか?」

 「それは難しいかと」


 ドモルガル王は深いため息をついた。

 ドモルガル王は現在四十五歳。政治家としてはこれからである。


 とはいえいつまでも次のドモルガル王が定まらなくては国政が安定しない。

 ドモルガル王は肥大化した腹を揺すりながら、口を開く。


 「カルロが厳しいとなると……パックスだろうか? 奴は第二王子だし、産んだ女の身分も悪くない」

 「私としてはアルド様が宜しいかと。あの方は利発ですし、発想力が豊かです。……少々詰めが甘いところが欠点ですが、優秀な補佐官が就けば無難に治められるのでは?」


 現在、ドモルガル王の国は窮地に立たされている。

 南には野心に満ち溢れる若い王が指揮するロサイス王の国。

 北には大国ロゼル。


 どちらも厄介な相手である。

 今、この国に必要なのは快速の選手ではなく、次の時代にしっかりとバトンを渡せる王だ。


 そういった意味ではカルロは最適であったのだが……彼は南進に失敗してしまった。

 王太子の地位剥奪だけで済ませ、王位継承権を取り上げなかったのは未だに期待しているからだ。


 「いっそのこと我が国もロサイス王の国のように、婿を取るか?」

 「グリフォンの息子がもう一人居ればいいんですけどね」


 側近は苦笑した。

 都合の良い存在はそう滅多に居ない。


 「三人ともパッとしなっぐぅ」


 ドモルガル王は胸の辺りを押さえた。

 腹の辺りから徐々に競り上がっていくような痛みを覚える。


 ドモルガル王の体から冷や汗が噴き出た。


 「大丈夫ですか!?」

 「……大丈夫だ。収まった。最近よくあるのだ」


 ドモルガル王は背中を玉座に預け、天井を見つめる。


 「最近疲れやすくなった。階段を歩くだけでも息切れがする。肩こりも激しい。年の所為かもな」

 「そのお腹の所為ではありませんか? 食事と酒の量を減らしてください。それと少しは運動を為さっては?」


 側近はドモルガル王の大きく突き出たお腹を指さす。

 今はこれだが、大昔は馬に跨り、鹿を槍の一撃で殺せるほどの武人だったのだ。


 「運動などしたら心臓が破裂してしまう。年だ。致し方が無い」

 

 ドモルガル王は愉快そうに笑った。

 



 ……数か月後、ドモルガル王の国の情勢は急変する。

 ドモルガル王も、ロサイス王も、ロゼル王も、麻里さえも予想していない展開となるのである。

皆さん、『肩こり』『息切れ』等の症状が有った場合はすぐに病院に駆け込むことをお勧めします

特に太っている『あなた』

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戦争は明日か明後日の予定です

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