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第九十三話 謀略戦Ⅰ

今日は二話更新です

 呪術師ほど謀略に特化した存在は無い。


 毒殺、催眠、記憶操作、呪い、魂乗せによる情報の伝達速度……

 一流の呪術師は何に於いても最高のユニットである。



 催眠や記憶操作は敵の心に隙が無い限り出来ない。

 拘束して、捕えて、薬を飲ませ、拷問すれば人為的に隙を作ることは可能である。


 だが重要人物を攫って、そのようなことをするのは現実的では無い。だったら最初からナイフを握り締めて、突撃した方がよほど効率的である。


 ただし、逆を言えば心に隙があれば出来るということだ。

 と言っても自由自在に操る……などという高度なことはどんな呪術師にも不可能だ。


 呪術師に出来るのは、元々やりたがっていたこと……反乱を起こそうという気持ちを後押ししたり、軽い催眠を掛けて情報を聞きだす程度だ。


 それでも危険はある。重要人物には呪術師の護衛が付いているからだ。 

 基本的に呪術というのものは呪いよりも解呪や結界、隠密よりも索敵の方が上手く行く。


 実力が六の呪術師が守っているターゲットを落とすには、実力が十の呪術師を使わなくてはいけない。


 よって基本的に狙われるのは、大した呪術師の護衛を持てない豪族や、何の護衛も無い百人隊長。

 彼らから情報を聞きだしたりするのが仕事になる。

 それでも確実に情報が得られるので、メリットは大きい。


 だがこの呪術師による諜報活動には最大の欠点がある。

 それは一流呪術師の一人当たりの単価が非常に高いことだ。

 呪術師の養育費用、時間を考えるといつ死んでもおかしくないスパイには適さない。


 逆に死んでも大した痛手に成らない二流呪術師は大して期待できないばかりか、敵の防諜活動に従事している一流呪術師に索敵されてしまうだけである。


 普通の小国は自国の防諜のための呪術師の確保だけで精一杯である。


 だがそれは小国……アデルニア半島やキリシア半島にある、人口が十万規模の小さな国限定の話である。


 人口が三百万を超す大国ロゼル王国や、人口は二千万を超す超大国のペルシス帝国には関係ない話。

 こういった大国はその国力に物を言わせて、国中から資質のある女児を集めて徹底的に訓練させて、同時に裏切らないように思想教育を施す。


 そうすることで呪術師の質と量と忠を確保する。


 そして世界中の国々に間諜として潜入させ、他の小国家を相手に圧倒的に有利な立場を築くのである。





 「レドゥス様、あなたなら出来ますよ。我が国が応援いたします」

 ニコニコと麻里はレドゥスに話しかけた。

 麻里が一の妃の食客として招かれて数か月が経過している。


 ここまでスムーズにことが運んだのは一の妃の雇っている呪術師の一人が麻里の弟子の一人だからだ。

 呪術師の大部分は王が囲ってしまう。だから家臣たちが呪術師を確保するのは非常に難しい。

 例え外国人でも、優れた呪術師が職を求めて来たら思わず雇ってしまいがちなのだ。


 レドゥスが良い鴨だと教えてくれたのも、その呪術師である。


 「だが本当に出来るだろうか……相手は我々の数倍の戦力だ」

 「出来ますよ。良いですか……」


 淡々と勝てそうな戦略を語る。そして言葉に少量の呪力を込める。

 耳障りの良い言葉や、重要な話は簡単に耳に入る。


 その言葉に乗せられた呪いも同様だ。

 毒は砂糖で包むに限る。


 当然、麻里やロゼル王国の間諜以外の呪術師もエクウス族には居るが、彼らはレドゥスが少しづつ催眠を掛けられていることに気付いていない。

 むしろ前向きになってくれたと喜んでいるくらいだ。


 (呪い)は少量づつ、時間を掛けて服用させる。呪術の鉄則である。



 「レドゥス様、お食事の時間です」

 召使がユルトのカーテンを開けて、レドゥスにそう告げた。

 レドゥスは立ち上がる。


 「マーリン殿。あなたもご一緒にどうだ?」

 「いえ……少し用事が有りまして。私は席を外させて頂きます」


 麻里は申し訳なさそうな顔をして、その場から離れた。









 「ああ……エクウス族の馬乳酒には全然慣れないね。不味過ぎ。何とかならないのかなぁ」

 「お気持ちは分かります。ですが何度も私のユルトに来ないでください。怪しまれます」


 お茶を飲む麻里に呪術師……ロゼル王国の間諜……リディアが苦言を呈する。

 だが麻里は笑顔で返す。


 「大丈夫だって。あなたはアデルニア人だし。一の妃に随分と可愛がられてるんでしょう? 問題ないわ。個人的に親しくなった設定で良いじゃない」


 間諜は深いため息をつく。

 この上司には何を言っても通用しない。


 「それにしてもあなた、随分と溶け込んでるじゃない。子供の治療を無償でやっているとか。私、感心しちゃった」

 「エクウス族の呪術師はレベルが低いですからね……」


 少し照れたようにリディアは頬を掻く。

 麻里はお茶を飲みながら答える。


 「エクウス族は遊牧民だからね。最近は定住して農業もしているみたいだけど。農耕民族は天候しだいで生きるか死ぬかが決まる。だから日頃から神や精霊に祈る。故に質の高い呪術師が生まれやすい。逆に遊牧民は農耕民族ほど天候には左右されないし、最悪稔の多い地に移動したり土地を奪ったりできる。だから農耕民族ほど日頃から祈らない。神や精霊に頼らず、自力で何とかしようとする……性質の問題だね」


 同様にロゼル王国の呪術師もガリア人よりもアデルニア人の方が優秀である傾向が強い。

 ガリア人は半農、半牧、半狩の民族だからだ。


 「十五の時に免許皆伝を貰い、エクウス族に埋伏すること五年……ようやく私が役に立つ時が来ました」

 「これからだよ。あなたはレドゥス王子の呪術師筆頭に成るんだから。ロゼルがドモルガルを下して、本格的にロサイス王の国に流れ込む際には……頼んだよ?」


 麻里が笑みを浮かべる。

 リディアも悪そうな笑みを浮かべた。


 




 一方ロサイス王の国。


 「ああ、もう……上手く行かないよ……」

 アナベラは悩んでいた。

 アナベラの任務は現地に埋伏していた呪術師と協力してロサイス王の国の内側に敵を作るということだ。


 アナベラの狙いは豪族などの国家の重要人物だ。


 一般兵士や召使に呪術を掛ける程度なら並みの一流呪術師、または腕の良い二流呪術師でも出来る。

 だが護衛が付いていて、防呪訓練を受けたことが有るような重要人物に術を掛けるには超一流呪術師でなくては出来ない。



 元ディベル派の一部にはロサイス王に不満を抱いている層がいてもおかしくない。彼らに反旗を促すことは出来なくても、情報の横流しくらいは期待できる。


 出来ればレドゥス王子のように入念に催眠術を掛ければ良い。

 アナベラは見た目やスタイルが良い方だ。


 「お願いです! 仕事が欲しいんです。何でもしますから……私の体を使ってくれても構いません!」


 みたいなことを言って迫り、ベッドの中で呪術を掛ける。

 そういう手は今まで何度もやったことが有る。男なんてチョロイ。


 ところがだ。

 これが全く進まないでいた。理由は簡単。


 元ディベル派が現王に全く不満を抱いていないのである。

 さらに悪いことに、埋伏していた呪術師の一人が殺された。


 ロサイス王の国には呪術師を管理する、呪術免許の制度がある。

 この制度の所為で怪しい動きをすればすぐに知られてしまう。


 監視によって焦れた呪術師の一人が失敗して、ロサイス王の国の呪術師によって索敵されて処刑されたのだ。

 ロゼル王国の呪術師は秘密を話そうとすると心臓が破裂する呪いが掛かっていたため、こちらの正体は捕まれなかったが……



 「ロサイス王の国の呪術師は思っていた以上に質が高い……はあ、どうにかしないと」

 せめて一人くらいには呪術を掛けたい。

 師匠(マーリン)の期待に応えたいという思いが有った。


 コンコンコン


 ドアをノックする音がした。

 いったい誰だと思いながらアナベラはドアを開く。


 「こんにちは。国家呪術師のルルと申します。実はあなたに無免許での呪術の使用の容疑が掛かっています。免許状の開示を」

 アナベラの全身の毛穴から冷や汗が吹き出た。

 何を隠そう、アナベラは無免許呪術師である。


 免許を得るためには宮殿に出向いて、数人の呪術師による試験や面接を受ける必要がある。

 当然そんなことをしたら自分が間諜であることがバレてしまう可能性が高まる。


 アナベラは現地の埋伏してある呪術師を指揮し、輔佐するために臨時で派遣されてきた呪術師。

 いつかはガリアに戻らなくてはいけない身分なので、免許は足枷にしかならない。


 とはいえアナベラは人前では呪術を使わないようにしていた。

 つまり免許がどうのこうのというのは建前。


 (こいつら、私が他国の間諜だと気付いてるのか!)


 思い返すと自分も功を焦って少々無理な行動をしていたかもしれない。


 「免許証の開示を」

 「ああ、分かりました。今すぐ出しますね」


 アナベラはポケットから煙玉を取りだして、地面に叩きつけた。

 煙が周囲を包み込む。


 「っ!!」

 「そう簡単に捕まるものですか」


 アナベラは素早く家の奥に駆けこむ。

 さらに煙玉を取りだして、投げつける。


 家の中は煙で充満して、視界が真っ白になる。


 「家を取り囲んで!! 窓から逃げ出さないように!! あなたたちは私に付いて来て!!」

 ルルに家を包囲させて、一部の精鋭と共に家の中に侵入する。

 抜け穴が有った場合、逃げられてしまうからだ。


 そしてその選択は正解だ、この家には抜け穴がある。


 だがアナベラは弩を取りだして、ルルたちに向けて引き金を引いた。

 ルルの耳元を矢が掠める。


 「弩よ。言っておくけど、私は呪術を使ってあなたたちの居場所は完全に把握している! 死にたくなかったら動かないことね」


 そう言われればルルは動くことが出来ない。

 ルルたちが身動きが取れないで居る内にアナベラは地下へ掘った抜け穴から逃げ出した。



 「ああ、もう! 無理無理!! 防諜意識が高すぎるのよ!」

 困ったアナベラはエクウス族のところで転勤中の麻里に一筆、手紙を書いた。


______


 マーリンさまへ


 お元気ですか? 私は全然元気ではありません。どういうわけか元ディベル派は現王に不満を抱いていないようです。恐怖や畏怖の念は抱いているようですが、逆らおうという気はさっぱりないようです。

 普通なら最初から王の派閥だった連中が調子に乗って、敵対派閥だった者を攻撃します。


 ですが現王は裁判で公平に裁き、調子に乗った方を諌めているようです。

 では最初から王の派閥だった者たちは? と思ったのですが、彼らの多くは加増などの恩恵を受けているのでこれもさっぱり。


 心に隙が無いようで、どうしようもありません。


 しかも敵の防諜能力が思ったより高く、埋伏していた呪術師の一人が捕まりました。

 私も危うく捕まるところでした。


 どうしたら良いですか?


 アナベラより


_______


 アナベラへ


 お元気ですか? 私はとっても元気です。ただ、馬乳酒には飽き飽きしています。レドゥスは完全に催眠に掛かり、やる気十分です。

 さて、アドバイスですが……


 退却しなさい。

 心に隙が無いようではどうしようもありません。私の一番弟子であるあなたが出来そうもないというならば、私にも出来ないでしょう。

 今回は我々の負けです。

 ロサイス王は中々バランス感覚に優れているようですね。


 拷問したり、強力な薬を飲ませれば不可能ではないと思います。

 ただ現実的とは言えません。非常に危険です。やめた方が良い。


 下手に動いて我々の動きが相手にバレるよりはマシです。


 それに私の可愛い一番弟子が死んでしまうのは悲しい。

 私は自分が死ぬ以上に、自分の親しい人が死ぬ方が辛いのです。


 取り敢えず召使かそのあたりに軽く催眠を掛けて、ロゼル王国で待機していなさい。

 私もそろそろ帰る予定です。豚肉が食べたい。


 追伸

 それにしてもどうして手紙だと敬語になってしまうんでしょうか?

 不思議です。




 偉大で美人で永遠の処女である魔女

 マーリン様より


元ディベル派はアルムスに気に入られようと、そして嫌われないように凄い頑張っています


ちなみに麻里は突かれても瞬時に膜が再生するので、永久に処女です。フーリーです。

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