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第八十七話 新婚旅行Ⅳ

今日は三話投稿です

注意してください

 俺たちは次にネメスに向かった。

 ネメスはテルバイというキリシアの植民都市である。


 宗主国とはある程度の距離は置きながらも、臣従する形を採っている。


 テルバイは一部の貴族や有力な平民(豪商や豪農)を集めた元老院という組織を中心になってまつりごとをしている。

 だが戦争などの重要な決定は市民権を持つ市民の住民投票で決定するらしい。


 ネメスも宗主国の政治制度を踏襲している。


 まあ、今回は貿易について話すだけなので住民投票は関係ないが。


 軍隊は海軍と陸軍が半々。

 本国には神聖隊という同性愛者だけで構成された精鋭部隊が居るらしい。常勝無敗だとか。


 アデルニア半島では同性愛者は市民権を得ていない。

 だがキリシアでは別のようである。


 美少年を愛するのはキリシア人の嗜みだとか……

 特にテルバイはその傾向が強い、らしい。


 どうでも良い話だった。


 ネメスはゲヘナ、レザドに封じ込められる形でアデルニア半島の諸国と国境を接していない。

 故に純血のキリシア人が多いのだが……これは交易という面では他の二国に比べてずっと不利である。


 だがネメスは他の二国よりも国力が低いか? と問われればそんなことは無い。

 むしろ軍事力は傭兵頼りのゲヘナよりもよっぽど強い。


 ではネメスはどうやってレザドやゲヘナに対抗する力を得ているのか。

 理由は二つ。


 一つはカルヌ王の国。

 ネメスは西のカルヌ王の国と大規模な交易を行っている。そこで岩塩を得ているのだ。

 二つ目、鉄鉱山。

 ネメスは比較的大きな規模の鉄鉱山を持っていて、良質な鉄を輸出しているのだ。


 俺としてはこの鉄が欲しい。



 ネメスでも俺たちは歓待を受けた。

 接待の内容はレザドとそこまで変わらない。


 変わったところは料理の味か。若干違う。

 ネメスの方が素朴な感じがした。


 ちなみにネメスの守護神は『愛と友情の神』である。ちなみに男神。

 何故か邪な意味を感じ取ってしまうのは俺だけだろうか?






 「鉄の輸出ですが、ご注文を受ければ武器に加工して輸出致します」

 「それは助かる」


 うちの鍛冶師はまだまだ十分とは言えない。

 ドモルガル王の国から得た賠償の鍛冶師の数も少ない。


 その点、ネメスの鉄器は優れているから信用が出来る。

 武器は摩耗するものだし、矢じりは常に消費する。


 それにそろそろ鉄の防具が欲しい。

 せめて常備軍は鉄の防具で固めて、他の軍と一線を画したい。


 「関税ですが……」

 「それはレザドと同条件でどうだろうか? 私は機会とは全ての物に平等に与えられるべきだと考えている」

 というかレザドの独断場に成ると、安く買いだたかれたり逆に高く売られたりと良いことは無い。


 「一つ、お願いがある。東テチス海やポフェニアの情報を我が国に伝えて欲しい」

 俺はネメスにも同じことを頼む。

 こういうのは複数の国に頼んだ方が情報は正確になる。


 「では我が国と貴国の友好を願って」

 俺は笑顔でネメスの議長と握手した。


 こうしてネメスと我が国の間で友好条約が結ばれた。








 ネメスの次はゲヘナだ。

 一応予定ではゲヘナで新婚旅行はお終いである。



 さて、このゲヘナという国だが……少々特殊である。


 ゲヘナはキリシアのアルトという都市国家の植民都市だった(・・・)


 今では実質的に独立を果たしている。


 アルトは直接民主制で国家を運営している、バリバリの民主主義国家である。

 だが貧富の差は大きい。


 そんなアルトの政治制度を受け継いで生まれたゲヘナだが……今から二十年ほど前にゲヘナで政変が起こった。


 アブラアムという政治家が、無産市民や小作人、借金で債務奴隷秒読みの人々を率いてクーデターを起こしたのだ。

 こうしてゲヘナはアブラアムの元に落ちた。


 アルトはゲヘナから追い出された政治家の要請に従い、アブラアムを追撃すべくゲヘナに攻撃を仕掛けた。

 だがアブラアム指揮下の兵士たちの抵抗は激しく、なかなか勝負は付かなかった。

 裏でレザドやテルバイの支援が有ったからでもある。


 その内、アブラアムの外交が功を成してクラリス・テルバイ・レイムの連合軍が手薄のアルトに急襲を仕掛けた。

 当時のキリシアではアルト率いる南部同盟が有力になっていたため、東部・西部・北部連合はアルトを蹴落としたかったのだ。


 こうしてアルト軍はゲヘナから撤退。ゲヘナは完全に独立を果たした。


 現在のゲヘナはアブラアムの独裁化にある。


 さて、このアブラアムには凄い悪い噂と凄い良い噂の二つがある。


 悪い噂は反対派の人間を根こそぎ皆殺し、もしくは国外退去に追い込んだこと。何しろ多数派の貧民は全員アブラアムの味方である。逆らえるわけがない。


 良い噂は富の再分配と産業の育成に努めたこと。

 豪農や豪商もアブラアムに逆らわなければ、ある程度の資産は没収されながらも殺されはしなかった。


 アブラアムは反対派から没収した土地を貧民に分け与えて、自作農の再生を試みた。

 また、無産市民を常備軍とすることで失業者対策を施した。

 それでも吸収できない貧民には小麦の配給を行い、飢えることは無いようにした。


 そして一番の功績は国内にあった金山の開発。

 ゲヘナには小規模だが金山があった。だが技術力と労働力、資金が足りず掘ることは出来なかった。


 そこで鉱山開発では一枚上手を行くペルシスやポフェニアから鉱夫を招き、大規模な開発を行った。資金源は反対派から没収したかねである。


 またルプス族とも交易を行っているらしい。

 もっとも、噂であるため真意は分からない。ルプス族は閉鎖的な民族なので実態は不明である。


 だがゲヘナとルプス族の領域は山脈も無しに直接接している。

 交易が有っても全く可笑しくない。


 同時に戦争が有っても可笑しくないが……その辺どうなってるのかな?






 「貴殿がロサイス王の国の新王ですな? 私はゲヘナの第一人者アブラアムと言います」

 アブラアムは俺に対してそう言った。

 今までのキリシア諸都市の議員たちは下手気味だったが、この人は違うな。


 数十人集まって国家権力となる議員と、一人で国家権力足りえる僭主の違いか。

 王とほとんど同じ存在だ。


 「アブラアム閣下。私もお会いできてうれしい」

 俺とアブラアムは握手を交わす。


 それにしてもこのおっさん、どっかで見たこと有るんだよな……

 凄いデジャブが……


 でも気の所為かな?


 ふと俺は違和感に気付く。おっさんの視線が俺に向かっていないのだ。

 いや、俺はおっさんに見つめられたいわけじゃない。キリシア人じゃないんだから。


 だけど、普通握手してるのに余所見するのか?


 握手が終わった後も、アブラアムの視線は俺より少し外れた方向にある。

 その視線の先を辿ると、テトラが居た。


 どういうわけかテトラもチラチラとおっさんを見ている。

 どういうことだ?


 だが余所見していることに俺が気付いたということに、アブラアムは気付いたらしく照れ笑いを浮かべながら提案した。


 「本来なら観光と言いたいところだが……もうさんざんレザドやネメスで連れまわされただろう。そろそろ飽きてきた頃合いではありませんかな? 私としては早速外交交渉に移りたい。明日の朝、早くから始めよう」


 展開が早いな。

 でもさんざんキリシアの技術力は見てきた。


 「了承した」


 こうして早朝に話し合いが行われることになった。








 「ねえ、テトラ。なんであのおじさんと見つめ合ってたの? 恋しちゃった?」

 ユリアが面白半分にテトラに聞いた。

 流石にそれは無い……と信じたい。


 俺は美青年というわけでは無いが、結構いい線行ってる方だ。

 体も鍛えているし、甲斐性もある。


 アデルニア人平均から考えると高身長だ。


 それなのにいくらダンディーだからと言って、パッと見五十歳のおっさんに負けるなど……

 悲しい以前に悔しくなる。


 「ふざけないで。私はあんなおっさんに恋したりしない」

 そう言ってテトラはユリアの頭を杖でポカリと叩く。ちょっと怒ってる顔だ。


 そりゃ目の前に俺が居るのにそんな質問したらな……


 「私はあなたが好きだから」

 テトラはそう言って俺に抱き付いてくる。

 俺はテトラを抱え上げてキスした。テトラは小柄なアデルニア人の中でも一回り小柄なので、とても軽い。


 よし、リフレッシュだ。


 「それで見つめ合ってた理由は?」

 「……なんかどこかで見たことがあるような顔をしていた。凄い身近な気がする」

 「それは俺も感じた」


 あのおっさん、どこか見たこと有るんだよな。

 どこでか分からないけど。


 「アルムスも運命を感じちゃってるの?」

 「違う。俺に男色の癖は無い」


 有ってもあんなおっさんは選ばない。男の娘を選ぶ。


 頭が若干砂漠化が進んでるおっさんだぞ?

 万が一にもあり得ない。



 「なあ、見たことないか?」

 「うーん、私は分からないな……私、鈍いのかな?」


 それはあるな。ユリアはいろいろと感覚が鈍い。

 呪術師的な第六感に頼ってる所為で、こいつは視覚とか聴覚とかの観察力が低い。


 いつも物探してるからな。散らかった部屋で。


 まあ、第六感は凄いんだけどね。目隠ししても俺の位置が分かっちゃうから。

 目隠しプレイが成立しない。



 逆にテトラの観察力はとても高い。

 その代わり足元がお留守になるので、しょっちゅう躓く。


 遊びに関してはテトラの反応の方が楽しい。


 「分からない物は分からない。仕方が無いな。どうやらアブラハム閣下もテトラのことが気になってるらしいし。機会があったら聞いてみるよ」


 こうして会談を迎えた。





 「貴国が我が国に求めている物は分かる。キリシア語の読み書きや計算が出来る人材。そして道路や治水整備、鉱山の開発を指揮する現場指揮官。ですな?」

 「話が早くて助かりますね」

 「すぐに募集を掛けよう。貴国で一旗上げたい者はたくさんいるはずだ。何しろゲヘナは狭い。だが貴国は日の出の勢いだ」


 一部の野心深い若者は国を出たがる傾向がある。

 イスメアのように。


 自国での出世は熟年の職人たちが上に居るため、若者たち自身も年を取るまで待たなくてはならない。

 それはそれで決められたレールであるため、安心して歩く若者は多いが、中にはせっかちな者もいる。


 ロサイス王の国には熟年の職人など居ないので、最初から高い地位に付ける。


 それにうちの国の国力が急速に増大しているのも大きい。

 新王も若くて積極的……となれば勝ち馬だと思う人間も多いのだ。


 「関税はゼロにしますよ」

 「それはありがたい」


 話しが早いな。

 ゴネたりしないから、スムーズに進む。


 少しも悩まないし。

 もしかしたら俺が他の国と結んだ条約をあらかじめ入手していたのかも。


 「海外の情報を頼めますかな?」

 「ああ。情報は大切だ。キリシアの諺で『知は金よりも重い』と言いますからな」


 二つ返事で引き受けてくれた。

 非常にやり易い。


 「ところでゲヘナはルプス族の領域と接しているが……交易をしたりしているんですか?」

 「交易? はは、あんな連中と交易が出来るわけがない」


 アブラアムの話だと、むしろ略奪されて酷い目に合っているらしい。

 交易で儲ける額よりも略奪の被害が大きいため、国境線には防衛線を築いて国内に侵入しないようにしているとか。


 交渉は無理だな。まあ、俺の即位の時も人一人送って来なかったような連中だし。

 そんなものかもしれない。



 「ところで一つ聞いて良いだろうか?」

 「何でしょうか?」

 「あなたの妻の一人はキリシア人のハーフだと聞いている。……彼女の母君の名を教えて欲しい」


 テトラの母親の名前?

 何だっけ? 覚えてないな。


 テトラ自身もそこまで記憶に無いらしいし、当然俺は会ったこともないわけである。

 テトラは家族の話を滅多にしないので、分からない。


 「申し訳無い。テトラの母親は彼女は幼いころに殺されていて……あまり話題にすることが無い。彼女を呼んで来ましょうか?」


 いつだか話していたのは覚えている。

 テトラに尋ねれば分かるだろう。


 「死んでいるのですか……お願いします。ぜひ名前を確かめたい」


次回、感動?の出会い

爺の性格は僭主であることからある程度察し

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