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第八十五話 新婚旅行Ⅱ

今日は三話更新です

 二日目。

 二日目は観光……というよりも視察だ。


 まず最初に向かったのは港だ。


 「我がレザドは主にアデルニア半島の塩や、レザドの農地で収穫で来た小麦・オリーブなどをキリシア本国に運ぶための基地です。ここの物産はすべてクラリスに集まり、その三分の二がペルシス帝国へ輸出されます。最近は塩以外にも紙で儲けさせていただいて居ますが」


 議員がニコニコと微笑みながら説明してくれる。 

 要所要所で俺のご機嫌を伺っているのが分かる。


 ふと思ったが、王制国家って王の機嫌一つで外交方針がガラッと変わるから、なかなか気を使うな。

 逆に煽てて居れば良好な関係を築けると。



 「この港に停泊する船はクラリスの船だけか?」

 「……いえ、クラリスと同盟関係にある西部連合に加盟している都市国家の船はよくこの港を使います。アルトやテルバイの船も偶に立ち寄りますね。補給か難破が原因だったりしますが。あと稀にですが、ペルシス船やポフェニア船も立ち寄ります」


 ふむ、通商破壊したりするほど仲が悪いわけでは無いんだな。

 ペルシス帝国にもかなりの塩や農産物を輸出しているみたいだし。


 経済的な結びつきは相当強いようだ。



 ふと、俺の目に裸の男たちの集団が映る。

 全員、足枷を付けている。奴隷だ。


 「あれはどこから仕入れた奴隷だ?」

 「あれは……多分ガリアですね。ガリアにも植民都市はありますから」


 見回してみると、所々に奴隷が居る。

 ロサイス王の国にも少なくない数の奴隷は居るが、ここまで比率は多くない。うちの国は自作農が主だからな。


 レザドには鉱山は無かったはずだから、おそらく農場で働かせたり船を漕がせたりするのだろう。


 人種的には白人が非常に多い。

 奴隷というと黒人のイメージが強いが、黒人奴隷は見当たらないな。商人は居たけど。


 「ところで何隻か船を購入したいんだが」

 「船ですか? 失礼ながら……ロサイス王の国には海はありませんよね?」


 無いぞ。でも海以外でも使うところはある。


 「川で使いたいのだ。我が国は川が多いからな。海で使う船と川で使う船は勝手が違うのは分かるが……無いか? 流石のレザドにも」


 俺が少し挑発的に言うと、議員は少しムキに成った口調で良い返してきた。


 「ありますよ。本国でも水運は使いますからね。何隻御求めで?」

 「そうだな……取り敢えず五十ほど。試験運用してみよう。ところで船大工も雇いたい。修理が必要に成った時のために」


 俺がそう言うと、議員は募集しておくと約束してくれた。

 取り敢えず人材確保、人材確保。



 「次は農場をご覧に成りたいとのことでしたっけ?」

 「ああ。よろしく頼むよ」






 エインズはこの付き合いの長い新王を観察していた。

 議員の説明を興味深そうに聞いている。


 エインズはこのアルムスという若者に好意的な感情を抱いている。

 何しろ借金も返してくれた。しかも二十五年分の利子込みで。


 ビックリ仰天である。


 エインズは最初、アルムスはキリシア文化に興味を抱いているのかと思った。

 多くのアデルニアの有力者たちはキリシア文化を好む。


 質実剛健、悪く言えば貧乏くさいアデルニア文化の中で育った者たちからすると、キリシアの豪華絢爛で繊細な文化は非常に魅力的に移るのだ。


 だからエインズは彫刻や絵画、宝石細工などを用意して待っていたのだ。


 ところがどっこい、この若者はそんな物には目もくれず船やら農地やら道やらを興味深そうに見るのだ。

 これには驚いた。


 エインズは農業はあまり好きではない。

 これは西方のどこの国でも言えることだが、レザドやクラリスには交易を重視する海岸党と農業を重視する平野党の二つがある。

 当然エインズは海岸党だ。


 海岸党のエインズからすれば何故そこまでアルムスが農業について学びたがっているのか分からない。


 しかも必ずその道のキリシア人を雇いたいと言ってくるのだ。

 まあ、レザドは人の移動に関しては禁じていないので職人が勝手にロサイス王の国へ行く分は問題ない。

 鉄器のように重要な軍事機密で、売買が出来るならまだしも道や農地は売れない。



 「これは風呂にあった泡立つ実じゃないか」

 アルムスは興奮したような声を出した。

 エインズはアルムスに駆け寄る。


 「これはサルポの実ですね」

 「サルポ?」


 アルムスはエインズに聞き返した。


 「体を洗ったりするのに使うんですよ。髪や肌がツルツルになるとキリシアでも評判でして。お気に召しましたか?」

 「ああ。ぜひ欲しい。というか木と専門の経営者、丸ごと欲しいな」


 アルムスは食いつくようにエインズに詰め寄った。

 エインズは少し困惑する。そんなに欲しいかと。


 「えっと……交渉しては如何でしょうか? 何人かのサルポ専門の農場を築いている者は居ますから。そう言った者たちへ土地などを対価に移住を頼めば……」

 「ぜひ、紹介してくれ」


 アルムスはエインズの手を固く握りしめた。


 「そう、ついでにあのスポンジをくれないか?」

 「スポンジですか? 分かりました。お土産にご用意しますよ」


 高価な物だが、一国の王の機嫌が買えるなら安い物だ。





 「素晴らしい本の数だな」

 「お褒め頂き、ありがとうございます。このレザドには三万巻の本が有ります。アデルニア半島では最大級かと」


 俺は図書館を見回す。

 主に本はパピルスで出来ているようだ。うちの紙は見当たらない。まあ写すのは手間出しな。


 「ところで世界最大の図書館はどこにあるんだ?」

 「……確かペルシスのジャムシードにある帝立図書館の蔵書数二十五万巻が最大だったかと。キリシアで最大は十万巻のクラリス国立図書館です」


 確かアレクサンドリア図書館が約七十万巻だったよな。

 それを考えるとかなりの規模だな。ペルシスの図書館は。


 「我が国にもこんな図書館が欲しいな。ところで……写本をするとしたら一冊いくら掛かる?」

 「それは人件費という話ですか?」


 話を聞く限り、やはり著作権的な概念は存在しないようだった。

 本は自分の考えを広めるために書くのだから、むしろ写本大歓迎と。


 費用は紙と写本の人件費。まあこれが凄く高いんだけどね。


 「そうだな。国が落ち着いたら頼みたい。良いかな?」

 「はい。いつでも良いですよ」


 議員が笑顔で答える。


 「さて、次は神殿に向かうか。おい、テトラ。行くぞ?」

 「ん……先に行ってて。私は後で合流するから」


 テトラは本に釘づけになっていた。仕方が無いな。


 「じゃああいつは放っておいて次に行こうか」

 「宜しいので?」

 「待ってたら日が暮れるぞ?」


 俺は冗談交じりに言った。






 ユリアは熱心に神殿を鑑賞し、神官長と熱く語り合っている。

 生憎俺はそこまで宗教には興味がない。


 よって手持無沙汰で暇である。


 「キリシアでは宗教はどんな風にまとめている?」

 「我が国は宗教は組織化しています。政治とはできる限り切り離していますね。クラリスの主神は商売と黄金の神なので、神官たちも金儲けに勤しんでますよ。まあ、寄付という名の商売ですけどね」


 へえ……クラリスの連中からすると寄付は商売なのか。

 汚職とか大丈夫なのか?

 むしろ開き直っている感はあるな。


 多神教は往々にしてゆるゆるな物だが、話を聞く限りクラリスはゆるゆる以上にドロドロのようだ。



 エインズと話していると、ユリアが帰って来た。

 後ろには数人の神官が金色の像を抱えている。


 「ねえ、アルムス。金貨十枚寄付すれば分霊してくれるって」

 「その金ピカが神様か? まあ金貨十枚なら良いけどさ」


 金色の像で金周りが良くなるとは思えんが、まあ気の持ちようだろう。

 聖武天皇の造った馬鹿でかい大仏に比べれば非常に良心的な値段だし。


 それにしても分霊って安いな。でもこんな物か。宗教だし。

 いざとなれば、木でそれっぽいのを作れば良い。


 偶像崇拝万歳だ。


 「何その変な金色」

 テトラがぼそりと呟く。

 というかいつから居たんだよ。


 「さっき帰って来た。これ、くれるって」

 手にはパピルス紙の束を何枚も持っている。

 駄々を捏ねたのか、てこでも動かないテトラに見兼ねてくれたのか……





 「離れないで下さいよ?」

 「大丈夫だ、子供じゃないんだし」


 俺はエインズに言うと、エインズはため息をつく。

 市場を視察したいという名目でもショッピングは複数の議員の監視と護衛の元で許可された。


 身分は隠したいという俺の意向を組んでくれている。



 「それにしても道が広いな」

 「まあ、これくらい広くないと馬車も通れませんしね」


 道は車道と歩道で分かれていて、俺が歩いているのは歩道だ。

 車道には何台もの馬車が通る。


 歩道には排水口もあった。

 雨水が溜まらないような構造になっているみたいだな。よし、道路関係者も引き抜こう。



 「それにしてもいろんな物があるな……これは?」

 俺は見覚えのある緑色の球体を発見する。

 こいつは……


 「メロンですか?」

 「メロンもあるのか。うちの国でも育てよう」


 俺、甘いメロン好きなんだよね。


 「メロンは甘くないですよ? まあ胡瓜よりは仄かに甘いですけど」

 そうなのか?

 でも確かメロンとスイカは野菜らしいしな。


 同じウリ科だから、原始的な種は同じような味でも可笑しくないか。

 でも品種改良すればマスクメロンになるわけだからな。


 俺が死ぬまでにはマスクメロンを完成させたい。無理かな?



 途中で貴金属店を見つける。

 しっかりとした店で、中には戦闘奴隷と思しき奴隷が武器を携えて立っていた。

 顔が怖い。筋肉も凄い。

 居るだけで防犯対策に成るな。


 「折角だし、二人とも何か欲しい物はあるかな?」

 二人の薬指には金色の指輪が嵌めてある。

 これは婚約指輪と言うよりも、人妻である証・大人の女性である証という意味合いが強い。


 それにこの指輪は判子になる。

 要するに家族に成った証? とでもいうべきか。


 ちなみに俺の薬指には二つ、指輪がある。一目でクソ野郎だって分かるな。


 それはともかく、二人のは日本でいう婚約指輪、結婚指輪相当の物を買っていなかった。

 別に求められてなかったし、アデルニア半島にはそう言う風習も無かった。


 でも折角の機会だし。俺も今なら指輪の百や二百、買える身分だ。



 「じゃあ私はこれで」

 テトラはルビーが嵌めてある髪飾りを手に取った。

 「ふーん、髪飾りか……目立つし良いね。じゃあ私はこっちで」

 ユリアが手に取ったのはエメラルドが嵌められている髪飾りだ。


 「そうか。じゃあこの二つと……ついでにこれも買おう」

 俺は真珠のイヤリングを二つ手に取り、髪飾りと一緒に店員に渡した。


 俺は護衛としてついてきているロンとグラムに尋ねた。

 「お前らは買わなくて良いのか? ソヨンとルルに」


 そう聞くと、二人は首を振った。

 「結婚式用に注文してありますから。オーダーメイドです」

 「それにロズワードが怒りそうです」

 確かに一人で留守番しているロズワード抜きで買い物は可哀想な気がしなくもない。


 あれ? そう言えばこいつら結婚式いつだ?


 「落ち着いてきたのでそろそろしようと思ってます」

 ロンが答えた。

 「そうか。ちゃんと俺も呼べよ?」


 結婚祝いに何かやらないとな。

 内緒で俺も注文しておくか。オーダーメイドで。






 夕食が終わり、風呂も入り終わる。

 その日も終わりに近づいて来た頃。


 俺とユリアとテトラ、イアルとバルトロ、ロンとグラムが部屋に集合した。


 「さて、明日の外交交渉のためにまとめておくか。方針を」

今までは二日に一回の更新でしたが、少し更新の仕方を変えてみます

三~五日に二、三話を投稿する方向性を試してみます

その方がテンポが速く感じるかなと


実験しているだけなので、元に戻る可能性はあります

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