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第八十二話 呪術師

 偽呪術師とは、呪術師ではないのに呪術師を名乗り、金品を要求するような人間を言う。


 例えば、病気の子供が居たとする。

 その子供に治療を施すと言って、呪術師でも何でもない人間が「ちんからほい!」と呪文を唱える。


 そして偶々病気が治る。


 偽呪術師の誕生だ。


 後は口から出まかせを言って、散々治療費や祈祷費を要求して、騙されたと気付かれたらすぐに逃げる。


 とはいえ、この程度はまだ可愛らしい。


 酷い偽呪術師だと、普通の放っておけば治るような擦り傷や切り傷に謎の薬を塗りこんで破傷風にしたりする。


 何しろ本物の呪術師が居る世界なので、コロッと騙されてしまうのである。

 ちょっとした呪術師ならありふれているが、ある程度の術が出来る呪術師はそんなにいない。


 だから本物の呪術師も騙される奴はいる。

 中には偽呪術師に師事する本物呪術師(当然、素人に毛が生えた程度だが)まで居る始末。


 「どうして御国に仕えないんですか?」と聞かれたら「私はそう言う世俗には興味無いんだよ」とでも答えて置けばそれっぽい。

 「師匠! 魂乗せを教えてください!!」と言われれば「良いかい? 呪術ってのは人に見せびらかすものじゃないんだよ」とか適当にそれっぽく諭して誤魔化す。


 まあ一言で言えば詐欺師である。








 「どうですか? お義父さん」

 「良いんじゃないか? やった方が良いと思うぞ」


 俺は隠居生活を決め込む元ロサイス王以下お義父さんに許可を得る。

 今の俺はロサイス王で、この人にお伺いを立てなくてはいけない立場ではないが隠居したとはいえ元王である。


 やはり意向を無視するわけにはいかない。


 治水工事をしたりするのには特に許可は要らないが、流石に法律の追加や変更には許可を求めた方が無難だ。


 これは『元王とロサイス家を蔑ろにしたりしませんよ』アピールである。



 「それにしてもユリア。こんなことを考えていたのか。どうして俺に提案してくれなかったのか……」

 「お義父さんが御病気だからでしょう」


 病人に余計な仕事を増やしたくないというユリアの気遣いだ。

 もしくは最近思いついたのか。


 どちらにせよ、新しく法律を作るというのは非常に手間であるため病気のお義父さんには難しい。

 その点俺は若いからな。


 二徹くらいは出来るし。


 「それでどういう内容だ? 具体的に教えてくれ」

 「ええ、分かりました」


 俺はお義父さんにユリアの提案を説明する。


 まず第一に、呪術師を免許制にする。

 要するに医師免許のようなものだ。


 そして三階級に分ける。上級、中級、下級の三つだ。


 上級の条件は魂乗せを含む高度な呪術を扱えること。

 中級の条件は呪い、結界術などの基礎と言われる呪術がしっかりと出来ていて、それに加えて応用が出来ること。

 下級の条件は基礎の呪術が使えること。


 それ以外は呪術師とは認められない。


 上級には金のプレートを、中級には銀のプレートを、下級には銅のプレートを証明証とする。


 そして呪術師免許を持たない人間による呪術及び呪術を名乗る行為は犯罪として、鞭打ち十とする。

 また呪術に必要な麻薬類は栽培禁止(但し大麻は除く)。

 国が厳重な監視体制の元で栽培をして、呪術師免許を持つ者にのみ販売する。


 また新たな麻薬や薬、呪術を発見・発明した者はそれを国に報告する義務がある。

 報告者には国が然るべき報酬を支払う。


 こうすることで呪術が一人の呪術師に秘匿されるのを防ぐ。




 次に国家呪術師の制度。

 簡単に言えば国お抱えの呪術師だ。


 国家呪術師に成れるのは中級以上の呪術師。

 国家呪術師に成れば毎月年金が貰えて、麻薬類も安く購入が出来るなどいろいろと特典が付く。


 その代わりに国から招集が掛かればすぐに応じなければならない。


 今まで国に仕えて居なかった呪術師も一定数いるはずだ。

 そう言った呪術師を雇用するための法律だ。




 次に呪術院。

 分かりやすく言うと国営の呪術研究所だ。

 研究費用は国が出し、所属する呪術師には高い給金を支払う。


 呪術師は自由に研究を行っても良い。ただしある程度の国の意向に従うことが大前提だが。



 次に呪術師養成学校。

 今までは呪術師に成るには他の呪術師に師事して修行しなくてはいけなかった。

 だがこれでは多くの呪術師を育成できないし、国も数を把握出来ない。


 そこで国営の学校を作る。

 年に一度、八歳以上の女児を宮殿に集める。

 そして一か月間呪術を教えて、才能があるかどうか確かめる。


 ユリア曰く、よほどの遅咲きでもない限り一月あれば才能の有無は分かるらしい。

 後は才能のある子供本人と親に掛け合って、呪術師に成るかどうか聞く。


 親の引っ越し費用はある程度国が負担するし、親が引っ越せないというなら寮で生活出来る。

 授業料は当然無料。


 ちなみに授業をするのは国家呪術師。給料は払う。


 費用は掛かるが、投資だと思えば安い金額だ。

 そもそも才能のある呪術師自体が少ないから、生徒数は多くて百人前後に成るのでは無いだろうか?




 最後に魔術院。

 これはテトラの希望だ。

 要するに魔術を研究する機関だ。ちなみにテトラ曰く、魔法陣は設計するだけなら呪術師で無くても出来るらしい。

 と言うよりも数学などの才能の方が必要だとか。


 今のところ構成員はテトラ一人である。

 増えるかどうかは謎だ。何分新しい分野なので、どうすれば育成出来るか分からない。


 まあ呪術師養成学校では数学も教える予定なので、魔術に興味を持つ人間も現れるだろう。

 その辺はテトラの勧誘努力次第だ。



 あと、何かよく分からないけど分野分けするらしい。 

 呪術を呪術(呪い専門)・薬術(薬専門)・聖術(抗呪い専門)・霊術(魂関連専門)・魔術(魔術専門)の五分野に分けるとか。


 今まで学問で一纏まりだったのを国語算数理科社会に分けるようなものだ。

 正直俺にはあまり違いが分からない。


 この辺はユリアとテトラに丸投げのつもりだ。


 ちなみにこの分野分け理論に従うと、ソヨンは霊術、ルルは呪術、テトラは魔術が得意になる。

 ユリアは魔術を除く全分野余裕だが、特に薬術と聖術が得意らしい。




 「随分といろいろやるな」

 「全て一遍にやるつもりはありませんよ。まずは免許制度と国家呪術師と呪術院からです」


 本格的に実行に移せるのは最短で二月後になるかな。


 「それと偽呪術師の取り締まりはどうする?」

 「常備軍を使います。通報を受けたらすぐに捕縛に向かわせるつもりです」


 ちなみに発見者には金貨一枚。

 こぞって通報するだろう。



 「その法は豪族の領地にも適応させるつもりか?」

 「そのつもりです。偽呪術師対策は豪族にも必要でしょう?」


 そこまで文句は出ないはずだ。

 国家呪術師制度には少し不満が出そうだが、国に取られたくなければそれ以上の条件を提示すれば良いだけの話だ。


 そこは今までと変わらない。


 ただし、学校は直轄地だけでやるつもりだ。

 流石に反発が予想される。


 「この法律の味噌はすべての呪術師の情報を国が一括管理すること。そうだな?」

 「ええ、そうです」


 情報は大事だからな。

 取り敢えず情報と人材の中央集権化から始めようかと考えている。


 「まあ、この程度の法律なら十分豪族会議を通るだろう。俺からも口添えをしておく。頑張れよ」

 「よろしくお願いします」




 一週間後に開かれた豪族会議で、無事に全ての法律の成立が決定した。




 法律が施行されてから二か月が過ぎたころ。


 「呪術師様。呪術師様の御薬を毎日飲ませていますが、なかなか治りません」

 女が老婆に尋ねる。

 この女には病気の子供が居るのだ。


 「しょうがないだろう? そんなにすぐに効くものじゃないさ」

 老婆の問いに女は不審そうな顔をする。


 「もう二か月も経っています。いつ効果が出るんですか?」

 「何だい? あたしを疑っているのかい?」

 老婆が強きに言うと、女は首を振る。

 この村周辺には呪術師はこの老婆しか居ないのだ。


 「大丈夫だよ。すぐに良くなるさ。じゃああたしは家に戻るよ」

 老婆はそう言って立ち去って行った。




 「はは、馬鹿だねえ。あれは小麦を丸めただけの団子だよ。薬なんかじゃない。治るわけないさ」

 老婆は腹を抱えて笑う。


 老婆は同じような手口でここ周辺の村々から大量の小麦や塩、酒を巻き上げているのだ。

 宮殿周辺は腕の立つ呪術師がたくさんいるが。ここはド田舎。


 老婆が偽呪術師であると見破る力を持つ呪術師は居ない。

 周辺の村は老婆にすがるしか無いのだ。


 それに呪術を生で見たことがある人間は案外少ない。

 国の需要を満たせるだけの呪術師は居ないのだ。



 「ごめんください!!」

 玄関を誰かがノックした。

 老婆がドアを開けると、若い女が立っていた。後ろには何人もの兵士が控えている。


 「私は国家呪術師のルルと申します。あなたには詐欺の疑いが掛かっています。呪術免許を提示して下さい」

 老婆は眉を顰めた。

 呪術免許など知らない。


 「何だい? それは」

 「あれ? もしかして聞いていませんか? 最近、呪術師はすべて免許が無ければ呪術を行使してはならないという法律が出来上がったんですが」

 「知らないよ。そんなの」


 実際、老婆はそんな法律は知らなかった。

 ロサイス王の国の官僚の数はまだまだ少ないため、抜け落ちてしまう村は多いのだ。


 「これはすみません。こちらの不手際ですね。では今から確認しましょう。すぐに終わりますから」


 ルルは笑顔で老婆に呪術を披露するように迫る。

 老婆は困惑する。なぜなら老婆は呪術など碌に出来ないからである。


 「良いかい、呪術師ってのは気軽に……」

 「そう言うのどうでも良いので。早くしてください」


 ルルはそう言って家の中に押し入る。兵士もずらずらと家の中に強引に入っていく。


 「ちょっと、何勝手に触ってるんだい?」

 「いえ、すみません。この壺の中に入ってる薬? というか小麦団子はあなたが薬として売っている薬と同じモノですね?」


 笑顔で迫るルル。

 後ずさる老婆。


 「ちなみに偽呪術師は鞭打ち十に財産の没収です。さらに言いますと自供しないと鞭打ち十が二十に代わります」


 老婆はあっさりと告白した。




 老婆に騙されていつまでも病気が治らなかった子供はルルの処方された薬のおかげで二週間で完治したことを記しておく。



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