第八十話 治水
今夜は二話更新です
「まずは軍制改革かな……」
「何か変えるところある?」
ユリアが聞いてきた。
「まあ、大きくは変えないさ。募兵制と徴兵制の二つを両立させようと思う。募兵は千。四百が重装歩兵、四百が騎兵、二百が弓兵かな? 常備軍は金は掛かるけど、必要だろう?」
特に騎兵は徴兵では集めようがない。
常に訓練を続けなくてはならない
それに俺の命令一つで動く常備軍があった方が便利だしな。
常備軍はロンとロズワードとグラムの三人に率いさせるつもりだ。
「それ以外は徴兵で集めよう。全軍を常備軍にするのは無理があるし、数も集まらないからな」
戦は数だ。
当然質も大事だが、ある程度の質さえ維持出来れば後は数が物を言う。
「あとはドモルガル王の国から得た鍛冶師。彼らを働かせて鉄を製造する」
ちなみにたたら製鉄が主流だ。
鉄は武器に優先して回す。
武器が全て鉄製に代われば、次は農具に回す。
だが武器の鉄製化はほとんど完了している。
何故か?
ドモルガル軍がプレゼントしてくれたからである。
敗走するときに武器を放り出して逃げてくれたおかげで、鉄製武器は全軍に行き渡っている。
まあ軍隊に関してはこの辺で良いだろう。
あまり変えすぎると、混乱が生じる。
「現段階でまず俺がしなくてはいけないことは……」
宮殿造りか。
俺は手始めにライモンドを中心とする王族たちを集めた。
俺は婿という立場なため、彼らを立てながら政治をしなければならないのだ。
まあ俺は経験不足なところもあるし、実際助けてくれるのは嬉しいので文句は無いのだが。
「首都を新しく移したいと思う。どうだろう?」
俺は単刀直入に聞いてみた。
ロサイス家の者たちは一瞬ざわついたが、ライモンドが前に進み出てきて言った。
「それはどのような理由からでしょうか? 現在の宮殿に不足が?」
「問題点がいくつかある」
俺はそう言ってから現在の首都の問題点を指摘した。
「まずロマーノの森に隣接していること。今までは森を通過して来るような敵は居ないと考えられていたから、森によって背後を守ることが出来た。だがフェルム王の例もあったし、前回の戦争で俺は大々的に森を使った。森の中を行軍されると敵の姿が分からない。これは問題だろ」
半分くらい俺の所為だな。別に後悔はしていないけど。
「次の問題点。今は表面化していないが、これから表面化する可能性がある」
まず城壁が老朽化している。
現在の首都はお義父さんの爺さん……つまり俺から数えて三つ前のロサイス王、ユリアの曾爺さんの代に造られた物だ。
目的はドモルガル王との戦線を前に引き上げるためだ。
侵攻された際にすぐに出撃出来るし、王の指示もすぐに届く。そういう利点がある。
ここで一つ疑問が生まれる。フェルム王が出現した時に何故首都を移転しなかったのか。
フェルム王の首都(アス領の館)から首都まで距離がほとんどない。しかも先代は病気で碌に指示が出せない。
ここは下げるべきである。軍事戦略上は。
ただ政治が絡む。
首都を移転すれば逃げ腰に見えて、豪族からの求心力を失ってしまう恐れがあった。
それに財政的にもそんなに余裕が無かったというのがある。
そんなこんなで今の首都はここにあるわけだ。
さて話を戻そう。
二つ目の問題。それは広さだ。
この首都はあまり広いとは言えない。いや、アデルニア半島基準では標準クラスだが、俺としては不満なのだ。
「中央集権のためには官僚と常備軍の創設。そして紙や鉄などの重要産業を集約させる必要があるのは分かるな?」
「はい。それについては理解しておりますし、我々も全力でお支えします。ですがそれと首都移転に何の関わりが?」
「常備軍は千。妻一人、子供四人と仮定すると六千人の人口が首都に集まることになる。同様に官僚や紙職人、鍛冶師の家族も首都に集まるのは分かるな? 首都に富が集まればその富を目当てに人がさらに集まる。そして彼らが子を産み、その子がさらに子を産む……と繰り返していけば人が溢れだすのは時間の問題だ」
俺の予測では約三十年で首都は土地が足りなくなる。
人でごった返せば渋滞が発生して、経済に影響を齎す。
「それに衛生面も悪くなる。糞尿の処理が追いつかなくなるのは目に見えている。飲み水も現在の川でも一杯一杯。人口が増えれば川が干上がってしまうぞ。それに住宅が密集すれば火事が起こった際に大打撃だ」
「なるほど……それは御もっともです。ではどこに首都を?」
俺は彼らの前に地図を広げて見せる。
そして三本の川が交わっている場所を指さした。
一本はロマーノの森から、もう一本は旧アス領から、もう一本は旧ディベル領から流れている。
建築資材はロマーノの森と旧ディベル領から水運を利用して運ぶ。
都で消費される食べ物も旧アス領と旧ディベル領から運び込む。
飲み水も川から得られるし、生活用水も川に流せばいい。
都を置く上ではここが最上だろう。
「王様! ここは……」
「水害だろ?」
俺はライモンドの言葉を封じる。
ライモンドは頷いた。
そう、俺が指定した場所は昔から水害による被害が酷い場所だ。
ロサイス王の国の川は碌に治水されて居ない。
だから雨が降ればすぐに水が溢れだすし、大雨が降れば川の流れが数十メートル変わってしまうのもザラだ。
冬は雨で、春は山からの雪解け水で毎回この場所は水浸しになる。
三本の川から水が流れ込む場所だからな。
よって……
「まずは治水から始めようと思う」
「ち、治水ですか! そんな費用は……ありますね」
そう、ある。
まずは岩塩鉱山。
ロサイス王の国には三つの岩塩鉱山がある。
一つはライモンドが私有する鉱山。
もう一つは現在の宮殿の近くにある鉱山。
そして最後にアス領で見つかった鉱山。
つまり二つの鉱山を俺は持っていることになる。しかもアス領の鉱山は他の二つよりもずっと規模が大きい。
次は紙。
俺が王に成ったことで、紙の生産は国家規模で始まった。
今は臨時で集めた人間ではなく、職人を集めて、育成しながら生産を続けている。
そして前回の戦争……最近は一週間戦争と巷で言われている戦争で得た収益とブラウスの街。
略奪で得た資金、賠償金で得た資金。
そして
治水をやるには十分な資金がある。
今まではロサイス王自身が病気であったことと、資金不足で大規模な治水は出来なかった。
小規模程度ならちょいちょいやっていたようだが。
「取り敢えず首都建設予定地の周辺すべてに治水を施す。豪族たちには人夫を頼む。当然人夫の食費はこちらが全てを出す。これで文句は出ないだろう」
つまり金は要らねえから人を寄越せと俺は言いたいのだ。
「ロサイス王様。治水工事には反対はありません。水害が減れば民も安心するでしょうし、灌漑設備が整えば収穫も数倍に増えるでしょうから。ですがそのような大規模な工事の設計が出来る人間は居るのですか? ロサイス王様はキリシア人の建築家を御雇いになられていることは知っています。ですが治水は建築とは違う。あのキリシア人に出来ますか?」
「問題無い。もう一人、キリシア人を雇ってある。天文学や地学に通じている学者だ。その学者と建築家の二人掛りなら十分に達成できる」
俺は自信満々に言った。
「ではもう一つ、防衛線はどうするのですか? ご存じの通り、今の首都はドモルガル王の国を意識したモノです。領土が増え、国境線が北に上がった以上、首都は北に上げるべきでは? この位置は逆に南に下がってしまっています」
「それもそうだ。だが私はドモルガル王の国は今や大した脅威では無いと考えている。今恐れるべきは周辺国に包囲網を作られること。ならば首都は出来るだけ国の中央に持ってきた方が良い。それに私は舗装された道路を国境線まで作るつもりだ。治水と平行してな。それなら十分に対応できる」
あと駅も必要だな。
早馬で情報の伝達速度を上げるのだ。
成功すれば今以上に迅速に対応できるようになる。
「そうですか……なら問題ありません」
ライモンドはあっさりと引き下がった。
こうして治水工事が決まった。
「どうだ? イスメア。自分の主人が王に成った気分は」
「……そうですね、鶏の卵を温めたら竜が産まれたみたいな?」
「分かるようで、分からない例えですね」
青明が横から口を挟んだ。
「いやあ、でも素晴らしい鎮圧でした。私は行く先で様々な内紛を見たり聞いたりしたことがありますが、ここまで鮮やかに治めたのはロサイス王様くらいです。本にしても宜しいですか?」
「構わんぞ。勝手にしろ。でもあんまり誇張するな」
昔の歴史書って適当だからな。
ゼロ一個多いだろ? っていうのばっかりだし。
目撃者A[すごい大軍でした!」
記録者A[なるほど……じゃあ百万にしとこ」
見たいな感覚だろうしな。
「ところで私を呼び出したのは?」
「まあ単刀直入に言うと、都を作るから設計しろという話だ。青明、お前の知識も期待している」
今から他の国に行って都を見学する暇なんて無いからな。この二人が頼りだ。
特に青明は緋帝国やペルシス帝国の都を見て来ている。
「本当ですか!! 私に都を!!」
イスメアが身を乗り出す。
まあ、建築家としたら最高の名誉だろうな。
「お前だけじゃないぞ? 一応他にもキリシア人を呼ぶつもりだ。お前の設計が採用されるかどうかはお前の能力次第だ」
でもイスメアの能力の高さは十分に分かっている。
彼女以上の建築家はそうは居まい。
「だが俺が予定している場所は昔から水害が酷くてな」
俺はイスメアに地図を渡して、予定地を指さす。
「うわ……これは……見るからにスゴい場所ですね」
イスメアは顔を顰めた。
「だから都の建築の前に治水をしなければならない。出来るか? この辺り周辺に」
俺の言葉にイスメアは顔を曇らせた。
「小規模な川なら出来ます。ですがここまで大規模になると……治水は下手をすれば余計に水害が悪化しますから。専門の知識が必要になります。それと呪術師ですね」
「なるほどな。つまり地学者が必要になると」
呪術師はテトラが居るから良いけど。
困ったな……どっかに職を探している地学者居ないかな。
「王様、エインズ殿が面会を求めています」
衛兵が俺にそう告げた。
何なんだ? 借金は返したはずだけど。
「エインズが? 通せ」
俺がそう言うと、エインズが入室した。
エインズは一度座りなおし、深々と頭を下げてから改めてあいさつした。
そして話しを切り出す。
「実はですね、地学者が居るんですよ!!」
「どういうことだ? お前は予知能力でも持ってんの?」
「持ってません。地学者を紹介しようと思っていたら丁度良く、皆さんがそのことで話していらっしゃったので」
流石はエインズ。お前の商会は地学者も取り扱っているのか。
タイミングが良いな。
「私の兄です」
「……お前、実の兄を奴隷に貶めたのか……」
人間として最低だぞ。
「違います! 奴隷ではありません。ちゃんとした人です。変人ですが。どうか会ってみてやってくださいませんか?」
「うーん、そうだな。じゃあ会ってみるか」
しばらくすると、エインズが男を連れてきた。
男はニコラオスと名乗った。
何だろう、凄い偏屈な雰囲気を感じる。
「キリシアの学者で、ニコラオスと言います。専門は天文学ですが、数学、地学、物理学と何でも出来ます」
「ああ! アルトの変人! 学者ウザいランキング一位のニコラオス!!」
イスメアはニコラオスを指さした。
「おい! 誰が変人だ!!」
お前の弟もお前のこと変人って言ってたよ。
だがウザいランキング一位なのか? というかそんなランキングあるんだな。
「こいつ、凄いウザいんですよ。何かに付けて地球は周ってる、地球は周ってるって連呼するんです。朝、挨拶替わりに周ってる、学会でも真っ先に周ってる。その癖、碌な証拠を出さないんですよ。挙句の果てには迫害とか被害妄想。悲劇の学者気取りですか? 迫害されてんのはお前の考えじゃなくて、お前自身だ。ウザいんだよ。っと私の友人もしょっちゅう愚痴ってましたね」
「だからこっちの方が計算が正しいと言っているだろうが!!」
「何か数字が抜けてるんでしょ? じゃあ年周視差発見して見せろ!!」
「じゃあお前も星の逆行運動を説明しろ!!」
だから王の御前だからな?
まあ、良いけどさ。元気が良いのはね。
それにしてもネットのレスバトルみたいになってきたな。キリシア人ってこんなのばっかなのか?
どうやら天動説と地動説の争いしてるみたいだな。
どっちなんだろう?
取り敢えずこの星が丸いのは確定だ。それは船を見れば分かる。
だけど太陽の周り周ってるのか、太陽が周ってるのか分からんな。
この世界には呪術だとか妖精だとか加護とかグリフォンとか居るんだから、太陽が周ってても驚かん。
天文学とか分かんねえし。
「どっちでも良いが、治水は出来るのか?」
「はい。出来ます。川の動きに関してはそれなりに自信が」
ほう……なら良いけど。
「じゃあイスメア、青明、ニコラオス、そしてテトラ。お前たち四人に治水を命じる。まあ、会議が終わってからだけどな。下調べしておいてくれ」
「ハ!!」
実際、治水ってどんくらい期間掛かるんだろ
まあ川にも因るし、範囲によっても違うんだろうけどさ