第八話 紫紅《ラベンダー》色
「君は?」
「ユリア。あなたの名前は?」
「俺は……アルムスだよ。その蝶は君の友達なのか?」
「友達? うーん、そんな感じかな」
「随分と頭が良いな。俺の言葉が分かってるみたいだったし」
俺がそう言うと、ユリアは目をキョトンとさせた。
そして大笑いしだす。
な、何だよ……
「ふふ、蝶にそんな知恵があるわけないでしょ。私が体を借りてただけよ」
「借りる?」
「高位の呪術師が獣に魂を乗せられるのは有名な話でしょ?」
知らねえよ。というか呪術そのものが分からねえ。
「で、何で俺を呼んだんだ?」
「ちょっと話を聞いてみたいなと思って。どうやってグリフォンに取り入ったの? どんな契約を結んだの?」
「別に契約なんて結んでない。むしろあいつの方から頼んできたんだよ」
俺は自分が転生したことを伏せながらユリアに説明する。
ユリアは意外そうな顔をした。
「へえ……私はロマーノの森に入るとグリフォンに食い殺されるって習ったのだけど。実際、あの森に村を作ろうと試みた人たちに祟りが起こって、疫病が蔓延したらしいし。どうしてあなたたちに対してそんなに優しいのかしら?」
「さあ? でも俺たちだって蜘蛛の巣に蝶が引っかかってたら気まぐれで助けたりするかもしれないだろ?」
領地の話には敢えて触れないようにしよう。
押し寄せてきて、村を乗っ取られたら話にならない。
それに大量にやってきたらグリフォンの奴も気が変わるかもしれないし。
「じゃあ何であなたがリーダーなの?」
「それこそ知らん。俺が相応しいと思ったんだろ」
「ふーん」
ユリアは少し不満げな表情を浮かべる。疑問が晴れてないんだろう。
だがすぐに顔から不満げな表情が消える。そして悪戯っぽそうな表情を浮かべた。
ユリアの右目が薄ら発光した。
「なるほどね。それなら納得かな?」
一体何したんだ?
「次は君から質問していいよ」
「じゃあお前は何なんだ?」
「だからユリアだよ」
それは知ってるわ。
でも教える気なさそうだな。しょうがない。じゃあ……
「呪術について教えて欲しい。一から丁寧に」
「別にいいけど……簡単だよ。魂魄の力で不思議なことを起こすこと。傷や心を癒したり、逆に傷つけたり、災害を予言したり」
「火を起こしたりとかできないのか?」
「出来るよ。でも人の肉体を直接傷つけるような呪術は難しいけどね。私でも大変」
私でもって……
さらっと凄いアピールするんじゃねえよ。
それにしても地味だな。呪術。メ○オとかギガデ○ンみたいな魔法の再現は出来ないのか。
名称が
呪いとか陰湿でジメジメしてるイメージがする。
それにしてもこの娘も呪術師なのか。こんな可愛い顔して人とか呪い殺すのか。
そう言えばグリフォンの奴、今回の飢饉は呪いが原因かもとか言ってたな。
せっかく専門家が居ることだし、聞いてみるか。
「今回の飢饉の原因は何だと思う?」
「呪いでしょ。あんな作物だけピンポイントで狙ってくるのは呪いくらいだからね。人とか動物を殺すのは難しいけど、物を言わない植物を殺すのは比較的楽だしね」
そう言ってユリアは足元に落ちている雑草を引き抜いて見せる。
ユリアが雑草に息を吹きかけると、雑草は黒く変色して枯れてしまった。
「こんな感じ」
「誰がこんなことをしたんだよ。呪われるようなことをしたのか?」
こんな呪いが無ければ子供たちは捨てられることはなかったはずだ。
自然災害なら分からないでもないが、悪意ある人間の行動だと考えるとイライラする。
「誰が? というよりも、どこの国が? のほうが正しいかな。これほど大規模な呪いは個人じゃ無理。百人以上の呪術師が何人もの生贄を使わないと不可能だと思う。被害を受けたのはロマーノの森南部の小国群と、北のドモルガル王とギルベッド王の国。ファルダーム王の国に一切被害がないことを考えれば、黒幕はファルダーム王の国だけど、ファルダーム王は否定してる。私はファルダーム王の国よりさらに北の大国が真の黒幕だと思ってるよ」
○○王とか□□王とかこんがらがってきたな。
~王の国とか面倒くさいから大人しく~国にすればいいのに。
発想が無いのかな?
それともどこか別の大国に遠慮してるのか。それとも王様が変われば国名も変わるみたいなノリなのか。
日本でも大昔は大王が変わるたびに都を移してたらしいし、そんな感覚なのかな。
いや、待てよ?
もしかしたら家名なのかもしれない。いやもしかしなくても家名か。だよな。
「もう聞きたいことは終わり?」
「ああ。終わりだ。もういいか? 明日は畑仕事とかいろいろやらなきゃいけないことがあるんだよ」
こんなところでお話ししている場合じゃない。
「うん。いいよ。ところでさ、今日は満月じゃん? 今度の満月の夜、またここに来てくれないかしら」
「どうして? もう俺の顔を見て用は済んだだろ」
「あなたのことをもっと知りたいのよ」
何だそれ。
もしかして俺、口説かれてるのか?
死んでからモテ期到来!? 出来れば死ぬ前に来て欲しかった……
「俺に何の得がある?」
「こんなに可愛い女の子と仲良くできるんだよ?」
「はっ、笑わせる。十歳くらいの餓鬼が何言ってるんだ」
俺は生憎ロリコンじゃない。
今の俺は十歳だからロリコンにはならないかもしれないが、それを抜きにしてもこんな子供相手に性欲が湧かない。
「じゃあ何が良いのさ」
「呪術を教えてくれるってのはどうだ?」
そう提案すると、ユリアは顔を顰めた。
「呪術なんて男のすることじゃないよ」
「そうなのか?」
「男と女じゃ魂魄の質に違いがあるの。男が呪術を習うのは女が剣術を習うのと同じくらい変なことよ」
へえ……
なるほど。だから子供たちの男女比が半々だったのか。
女の子は呪術が多少使えるから、女だからと言って捨て過ぎれば国家の損失になると。
「でも出来ないことは無いんだよな?」
「そうだけど……」
「じゃあちょっと教えてくれ。護身用に」
実際のところ、呪術には興味がないこともないがそこまで習得したいとは思っていない。
俺が懸念しているのは、俺たちに呪いに対する防御策が一切ないこと。
グリフォンは大丈夫と言ったが、あいつはあれで適当なところがあるので怪しい。
男子には剣道や柔道を教え込んでいるが、どんなに強くても呪いでやられれば話にならない。
ぜひ、女子には呪術を身に付けて貰いたい。
取り敢えずこいつと触れ合って、こいつが信用できるか見極める。
信用できると確信できたら改めて、女子を鍛えて貰うように頼むつもりだ。
……俺を信用させて食糧を奪おうとしている可能性も否定できないから、慎重にやらないとだけどな。
まあ村の位置を特定できているのに襲わないところから考えれば、その可能性は限りなく低いけどね。
「じゃあ次の満月の夜、会いましょう」
「そうだな。じゃあな」
俺はユリアと別れた。
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「ふふ、面白い人だったな」
ユリアはアルムスを思い返す。
自分と同じような子供なのに、どこか大人びた雰囲気を持っていた。
さすがは加護持ちと言うべきか。
「まあ、加護の数は私の方が圧倒的だったけどね」
ユリアは『看破の加護』で見抜いたアルムスの加護を思い返す。
ユリアは満月を見上げる。
「早く国に帰るとしますか。お父様が心配するし」
ユリアは南に向かい、森の中に消えた。
取り敢えず今日の予約投稿は終わりかな……