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第七十八話 外交Ⅰ

 まず手始めに始めなくてはいけないのは、国内の統一である。

 少しばかり派手に粛清をした所為で、その遺恨は残っている。


 俺がやらなくてはいけないのは緊張を解きほぐすことだ。


 とはいえ、アス家親族やロサイス家親族の連中が中心になって動いてくれている。

 元ディベル派も非常に忠実で、中には人質まで寄越してくる奴も居た。


 こっちは時間が解決してくれそうだ。



 俺が手を付けなくてはいけないのは諸外国との外交である。

 我が国に接している国は南のベルベディル王の国と西のエビル王の国。そして東のエクウス王の国(エクウス族)と北のドモルガル王の国。

 見事に四方を囲まれている。


 現在友好的なのはエクウス王の国で、敵対しているのはドモルガル王の国。

 そして関係が少し悪いのがエビル王の国とベルベディル王の国。


 ドモルガル王の国が我が国にとって脅威だったのと同じように、エビル王の国とベルベディル王の国にとってロサイス王の国は大きな脅威だ。


 元々(俺が王位に就く前)ロサイス王の国は人口十七万ほどで、エビル王の国とベルベディル王の国はそれぞれ十万前後。

 これでもかなりの国力差があった。

 だが今までのロサイス王の国は内患外患に悩まされて、碌にその国力を振るうことが出来なかった。


 だがそこに俺という若い新王が誕生した。

 ロサイス王の国の人口は、まだ国勢調査をしていないから正確には分からないが現在は二十三万ほど。

 まあ俺が他国の人口が大まかにしか分からないのと同じように、両国も我が国の人口は大まかにしか分からないだろうが、ドモルガル王の国との戦いの後にその国力は大きく増加したことを想像するのは容易い。


 それに国力は人口や農業収入だけで表せるモノではない。


 エビル王の国は早い段階で製鉄技術を有していて、質でロサイス王の国を上回っていた。

 ベルベディル王の国はキリシア諸都市と近いこともあり、建築技術や政治制度で我が国の上を行く。


 だがその優位は崩れかけている。

 我が国も鉄器を製造出来るようになったし、キリシア人を登用するようにもなった。


 そして何より中央集権体制。


 ロサイス王の国は先の内戦でそれが大きく進んだ。

 軍隊を他の国より数倍の速度で集められる。


 しかも俺は最近急速に成り上がったばかりなので、その人と成りは知られていない。

 両国とも怖くて仕方が無いだろう。


 俺はアデルニア半島を統一するという目標を掲げた以上、この両国を併合、または属国や一豪族に落とすつもりで居る。


 とはいえまだ時期早計。

 暫く戦争はせずに内政に集中したいのだ。


 それに真に恐ろしいのは包囲網を敷かれることである。

 戦略シミュレーションゲームのマルチプレイとかだと、下手に勝ち過ぎて周辺国から袋叩きに会うというのはよくある話。


 歴史とかだと有名なのは信長包囲網や合従策など。


 要するにご近所付き合い超大事。







 まず俺が最初に向かったのはエクウス王の国だ。 

 重要な同盟国と言うのもあるが、丁度良くムツィオから招待状が来たのだ。結婚式の。


 そう、あの野郎もついに結婚するのだ。


 前々回は俺がエクウス王のところに出向いた。その次、即位式の時はエクウス王が来てくれた。

 だから今度は俺がエクウス王のところに向かう。


 同行者はユリア、ライモンド、ロズワード以下護衛。

 その他の面々はお留守番である。




 まず最初に俺が挨拶するのはエクウス王だ。そしてその次に皇太子であるメチルに挨拶をする。

 というかされる。

 身分は俺の方が上なので、相手の方から来るのだ。


 「お久しぶりです。ロサイス王様。おかわりなく」

 「いえいえ、メチル殿もお元気なようで。ところで母君の体調は?」


 俺はわざと三男のレドゥスに聞こえるように言った。

 ちょっとした意地悪と牽制の意味が込められている。


 ぶっちゃけた話、もう俺は王に成ってしまったのでエクウス王に握られた弱みは意味を成さない。

 つまり今は俺の方が優位。


 「ユリア様のおかげで元気になりました。本当に良かった」

 心底嬉しそうに笑うメチル。 

 武芸には優れず、気性は大人しいが優しい皇太子……という噂は本当のようだ。


 彼がエクウス王に成ってくれるならこれからも良き同盟者として、肩を並べることが出来るだろう。

 あんまり有能だと困るしね。




 そして次に挨拶するのが今回の主役であるムツィオだ。


 「よく来てくださった。ロサイス王」

 「まあ、友人の結婚式に行くのは人として当然のことだ」


 俺とムツィオは握手を交わした。

 こいつは多少は空気を読める奴なので、流石に一国の王相手にため口は使わない。それでもかなり乱暴な口調ではあるが。


 「彼女がラケーラ。俺の妻になる女です」

 ムツィオは後ろに控えていた女性を指さす。


 「初めまして。ロサイス王様。前回の時は病気で寝込んでいて……御挨拶出来ませんでした。申し訳ありません」

 「いえいえ、気にしないでください」


 丁寧に頭を下げるラケーラ。

 長い黒髪で、目は穏やかそうな垂目。

 そして胸がデカい。俺が今まで見た中で最大サイズだな。


 テトラを軽巡洋艦、ユリアを重巡洋艦とするとこの人は弩級戦艦だ。大艦巨砲主義万歳。


 まあ胸は好きだが大きさにそこまで執着は無いので、俺としては驚き以上の感情は無いのだが。


 俺はムツィオに耳打ちする。

 「そう言えば逆鱗ってどうなったんだ?」

 「あれは結婚式で渡すんだよ。絶対に喋ってくれるな」


 なるほどね、サプライズというわけですか。


 「結婚式は三日間続く。ぜひ楽しんでください」

 ムツィオは似合わない礼をした。



 さて、次は第三王子のレドゥスか。


 「……お久しぶりです。ロサイス王様」

 「……ええ、レドゥス殿。あなたはお元気そうで……」


 何だこいつ……何でこんなに暗いんだ。

 目が死んでる。非常に近寄りがたい空気を醸し出している。


 何か言ってやろうかと思ったが、レドゥスは一礼して去っていた。

 何なんだよ?







 結婚式は三日に渡って行われた。

 まず初日は宴会。これはエクウス族の氏族同士で友好を深めたりするためにある。今回はその輪に我が国が加わる。


 二日目、仮結婚式。

 仮というのは契りを家族や国民、家臣に誓うからだ。

 神への誓いは別にやる。


 とはいえ一番豪勢な結婚式はこの仮結婚式だ。

 贈り物を新郎新婦に送り、祝いの言葉を述べる。 


 ちなみに贈り物の六割が羊、三割が奴隷、残りの一割が名馬だ。

 流石エクウス族。


 ちなみに我が国はワインやオリーブオイルを差し上げた。

 ワインやオリーブはエクウス族はあまり育てていないので、喜ばれた。


 そして新婦には柘榴石(ガーネット)のネックレス、新郎にはエインズに頼んでおいたドラゴン・ダマスカス鋼の刀剣を渡した。


 だけど柘榴石(ガーネット)のネックレスは失敗だったかも。

 ムツィオがラケーラに渡した逆鱗で出来た装飾品の引き立て役に成ってしまった。でもこれはこれでありかな。


 そして三日目。本当の結婚式。

 要するに神々に結婚を誓う。

 まあ、面白みは無いよ。羊を生贄に捧げて、何人もの呪術師が祈りを捧げて、「神、ご先祖様ありがとう。私たち結婚します。エクウス族のためにこれから頑張ります」みたいなことを言う。


 正直俺からすると退屈だ。だって俺ロサイス王の国の人間でエクウス族の御先祖とか神とか知らないし。

 でもユリアは楽しそうだった。まあ、ユリアが楽しいなら良いさ。





 次の日、俺とユリアは分かれた。

 ユリアは三の妃をもう一度診察するために、俺はエクウス王とメチル王太子と同盟の再確認をするために。


 「ではエクウス王。改めて、ロサイス王の国の新王のアルムス・アス・ロサイスだ。よろしく」

 「うむ、よろしく頼む」


 一先ず握手を交わす。

 そして俺はメチル王太子に視線を合わせる。彼は次代の王なので、この話合いに参加している。

 その方がもしもの時、スムーズに同盟の引継ぎが出来る。



 「まず前回の戦争での兵三百は助かった。改めて礼を言います。期待以上の活躍でした」

 俺は本心からの言葉を言う。

 実際、あの力は素晴らしい。絶対に手放せない。


 「馬に関して言えばアデルニア半島に我が国以上の国は無い。当然のことです。さて……まずは貿易の話でもしますかな?」

 「我が国が欲しいのは羊毛と馬。今まで通りです。後は狼の毛皮や暴竜の牙や鱗などは喜ばれるようですが」


 実際のところ、こちらが唾が出るほど欲しい……というものは無いのだ。

 馬や羊だってロサイス王の国で育てられる。


 俺が欲しいのは軍事力。それだけだ。


 「そうか。こちらも今まで通り小麦とワイン。それと余裕があるならば鉄器を譲って欲しい。ルプス族の連中は我らと同じように鉄器を持って居ない。だから鉄器が有れば有利に運べる」


 ふむ……まあそれくらいなら良いんじゃないかな?

 こちらにその牙が向くのは恐ろしいが……それは今更の話だ。


 援軍を出してくれと頼まれるよりは楽だし。歩兵が主な我が国が遊牧民同士の戦争に出てきて、碌に戦えるとは思えん。


 「分かった。ただあまり多くは回せない。こちらもこっちの軍備が優先ですから」

 「それは分かっている。できる限り、よろしくお願いする。そうだ……ところで……」


 エクウス王は俺の目の前に白い石のようなモノを置く。 

 いや、少しピンク色に色づいてるな。これって……


 「我が領内で掘れた岩塩だ」

 「へえ……」


 うーん、こいつは困るな。

 岩塩の値が下がると我が国の収入も下がる。岩塩はうちの国庫を支える柱の一つだぞ。


 「問題は我々にはこれを効率よく掘る技術が無いということでな。そこで提案だ。技術支援をして貰えないだろうか? 代わりに安く岩塩は譲ろう」


 安く……つまり定価よりは安いんだろう。

 それはこちらにとっても悪くない話だ。キリシア人に高く売れば十分に儲けは出るし、貿易摩擦も解消されるからな。

 でもどうして?


 俺の問いに答えたのは先ほどまで黙っていたメチルだった。

 「我が国の南はルプス族が居ます。奴らの所為で我が国はキリシア人と交易は不可能。そしてキリシア人は態々この国まで仕入れに来ません。ですからロサイス王の国の方々に一任した方が結果的に上手く行くと思いまして。それに我々は商売は苦手なのです」


 筋は通ってるな。

 エクウス族が欲しいのは小麦やワインであって、金貨や銀貨でも無く、ましてや金細工やペルシスガラスなどではない。


 だからロサイス王の国と物々取引をした方が儲かる……という表現はおかしいが望ましい結果になるということか。


 利益も上がるし、特に断る理由も無いかな。というか関係悪化の方が問題だ。


 「なるほど。それはこちらにも利益がある。ええ、支援しましょう。具体的な価格についてですが……」


 その日の会談は真夜中まで続いた。







 「ああ……」

 レドゥスは一人、頭を抱え込んでいた。

 その顔には疲労の色と涙の後がある。


 まるで泣きつかれた赤子のような顔。いや、実際泣きつかれたのだ。彼は。


 何故レドゥスは泣いたのか。その原因はムツィオとラケーラの結婚にある。

 要するに、失恋という奴だ。


 レドゥスのラケーラへの思いの歴史は今から約十年前に遡る。

 その思いの歴史を文章にすると何万字も掛かる割に詰まらないので、割愛させて貰う。


 ちなみにラケーラはレドゥスが自分のことを好いているとは露ほどにも思っていない。

 彼女の視線の先にはムツィオしかいなかったし、そもそもレドゥスとラケーラは碌に会話をしていないのだ。


 ラケーラからすると「レドゥス? ああ、第三王子様ね。それがどうかしたの?」レベルだ。


 では何故レドゥスはラケーラに思いを打ち明けなかったのか? チキンだったから?

 それもある。


 レドゥスは武芸には自信があるが、ここぞという時に一歩踏み出せないのだ。

 優柔不断という言葉が適切かもしれない。


 だがそれだけではない。

 理由は単純。派閥問題だ。


 エクウス族の内部では三つの派閥があった。


 一つは出身身分は低いが、最初に男児を産んだ三の妃とその息子のメチル王太子の派閥。 

 もう一つは出身身分は高く、二番目に男児を産んだがあまり王位継承には興味のなさそうな二の妃とその息子のムツィオの派閥。

 三つ目は出身身分は高いが、最後に男児を産んだ一の妃とその息子のレドゥス王子の派閥。


 レドゥスが七歳くらいの時は一の妃の派閥の方が大きく、レドゥスの族長就任は確実とまで言われていた。


 ところがだ。

 なんと二の妃は三の妃の支援に周ってしまったのである。


 理由は様々だが、二つ上げられる。

 一つは二の妃に権力欲が無く、命を狙われるくらいなら全部三の妃に押し付けてしまおうという魂胆。

 もう一つは二の妃の父親。

 二の妃の父親は大戦士長(将軍に相当する)で、ルプス族という外患が存在する以上くだらないことで国内を割るわけにはいかないという考えを抱いていた。


 故に二の妃の父親はエクウス族の慣習、『先に産まれた男児が後継者となる』に従って三の妃の息子であるメチル王子を立てることにしたのだ。


 そして同盟の証が三の妃の親戚であるラケーラと、ムツィオの婚約である。






 要するにレドゥスに取ってラケーラは政敵の親戚。

 思いを告げるなど出来ないし、結婚などもってのほかだ。


 「ああ……ああ……族長なんてどうでも良いんだよ……」


 レドゥスは族長にどうしても成りたいわけでは無い。

 人並み以上の権力欲はあるので当然成りたいのは本音ではあるが、どちらかと言えばラケーラの方が欲しい。


 一番張り切っているのは息子では無く母親である。まあ、よくある話だ。



 「そんなあなたに素敵な提案!! なんと今なら族長とラケーラ、両方手に入っちゃうよ!!」


 妙にハイテンションの声がレドゥスの耳に入った。

 レドゥスが振り向くと、そこには黒髪の女が居た。


 肌の色からこのあたりの人間……少なくともアデルニア人でないのが分かる。


 女はレドゥスに近づく。


 「止まれ!! おんッ!!」

 レドゥスの口が急に動かなくなる。

 いや、口だけではない。全身が石にでもなってしまったかのように言うことを聞かない。


 女はレドゥスの頬を両手で掴む。


 「ふふ、無駄ですよ。私の呪術に嵌まってしまったからには早々抜け出せません。それにしても呪術師のレベルが低いですね。そんなんだからユリア姫にあっさりと呪いがバレるんですよ」


 女の目とレドゥスの目が合う。

 レドゥスの瞼はピクリとも動いてくれない。目をそらすことも敵わない。


 「さあ、あなたはやるべきです。簡単ですよ。父君を殺し、兄二人を殺す。反抗する奴らは皆殺し。方法は簡単です。私がお教えしましょう。そうすればあなたには族長の地位もラケーラ嬢も両方手に入ります。ね?」


 女は暫くレドゥスにそう語り掛けてから立ち去った。


 後に残されたレドゥスは慌てて当たりを見回す。


 「あれ? 何が起こったんだ? 記憶が無い……」

 レドゥスは暫くキョロキョロと当たりを見回したが、何も変わらない。

 まるで時間が飛んでしまったかのようだ。


 レドゥスは疑問に思いながらも床に就いた。







 「うーん、上出来かな。最短で二か月と言ったところ。それで準備を考えると……やっぱり一年後か。まあ、他の国にも仕掛けないとだしね。何事もコツコツと」


 女は―麻里はスキップを踏みながら草原を歩く。


 彼女が容易に侵入出来たのは空からの侵入のおかげだ。元々エリーは黒色の飛竜なので、目立ちにくいし、風を操れるので風圧で気付かれるということは無い。また内部協力者の存在もある。


 「いやあ、レドゥス君が軟弱野郎で助かるね。普通はあんなに簡単にいかないから」

 呪術を使った催眠。これはなかなか難しい。

 まず本人が嫌がることはやらせられないし、普通は暗示を掛けている最中に気付かれる。


 強引に縛りつけて、何度も繰り返せる状態での洗脳なら容易だが……レドゥスを攫ったら一大事である。


 だが幸運にもレドゥス本人はそういう耐性がほとんどない人物で、同時に精神的にも参っていた。

 そして本人も族長の地位と女を狙っている。


 少しやる気にさせるだけならそこまでの労力は掛からない。


 「問題は私が途中で見つかっちゃうことなんだよねえ……そうだ! ロゼル王国からの客という立場で堂々と侵入すればいいじゃない。レドゥスには相談という形で接触……それが良い!! そうしよう!!」



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