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第七十五話 各国の思惑

急遽地図を入れました

挿絵(By みてみん)

 ドモルガル王の国




 ドモルガル王の国でカルロ・ドモルガルの王太子の地位の剥奪が決定した。

 それに伴い、トニーノを中心とするカルロ派の左遷が決定する。


 また、今回の戦争で敗北の要因の一つとなったブラウス家。

 まず家長であるブラウスの処刑が決定する。


 ブラウス家は長男により相続が決定される。

 ブラウスの街を戦わずに開いてしまったルネ・ブラウスとカルロ王子の処遇について未定である。



 ドモルガル王の国は今回の戦争で大きく国力を落とすこととなった。

 ロゼル王国とロサイス王の国に領土を奪われ、四十五万を越えていた人口は三十五万にまで落ち込んだ。

 唯一幸運なことは削られたのはすべて国境の豪族の領地であったということか。

 ドモルガル家自体には大きな損失は無い。


 もっとも、領土を守れなかったということでその求心力は急速に衰えているが。



 そんなドモルガル王の国には大きな火種が生まれようとしていた。

 即ち王位継承権問題である。


 本来なら王太子であるカルロが就くことで、丸く収まったところだが、カルロが失脚したことで再び燃焼し始めたのだ。


 戦いは第二王子であるパックス・ドモルガルと第三王子のアルド・ドモルガル。

 そのどちらの背後にも大きな豪族が居るため、争いは必須であった。



 ファルダーム王の国



 「わははは、ドモルガルが逝ったぞ!! 祝杯だ!!」

 「笑っていられませんぞ。王よ。これでまたロゼル王国の力が強まった」


 側近は酒を飲むファルダーム王に苦言を呈する。


 「はは、お主は堅いのう。良いか、何事もプラスに考えるのだ。それに良いことが一つあるだろ。ギルベッド王の国だ」

 「……確かに今回のロゼル王国の拡大でギルベッド王の国とロゼル王国が接することになりましたが……」


 それはつまりロゼル王国の矛先がファルダーム、ドモルガルの二か国だけだったのが、ギルベッドも加わり三か国に増えたということ。

 それだけ抑止力が働くことになり、ロゼル王国も軍事行動を取りにくくなったということ。


 「それにギルベッドの南下政策もこれで止まるだろう。まあ、ゾルディアスに妨害されて元々失敗しそうだったようだが。ふふ、抜け駆けするからそうなるのだ」

 「ですがロゼル王国の侵入を根本的に止める術はありませんよね?」


 側近がそう聞くと、ファルダーム王は不敵に笑う。


 「ふふ……」

 「ま、まさか……」

 「祝杯だ!!」

 「やっぱりそうですか……」


 元々ファルダーム王の国は南をギルベッド王の国に阻まれている。

 領土拡大は不可能。


 今あるモノで何とかするしかないのだ。

 内政に力を入れて、国を富ませ、兵を鍛錬して、豪族との連携を強化して、砦を築く。

 それが現在ファルダーム王の国が唯一採れる最善の策である。


 だがこの戦略は正解であったようで、暫くの間ロゼル王国を阻み続けるのだった……




 ギルベッド王の国




 「ええい、ゾルディアスめ……」

 ギルベッド王は悔しそうに拳を椅子に叩きつける。


 ギルベッド王の国の南下政策は順調に進んでいた。

 ギルベッド王の国が攻めていたのは通称未統一領域と呼ばれる、小国家群だからだ。


 大きくても人口一万前後。

 平均数千程度の国々はギルベッド王の国に対して抵抗できずに征服されていった。


 だがゾルディアス王の国が横やりを入れた。

 未統一領域の国々と同盟を結んだのだ。


 これによりギルベッド王の国の南進は止まってしまった。

 さらに悪いことにロゼル王国と国境を接してしまうことになる。


 ギルベッド王の国は大急ぎで国境を固めなくてはいけない羽目になったのだ。


 「諦めて堪るか。兵をさらに集めろ。ロゼル王国が本格的に侵攻を始める前に国力を底上げせねばならない」


 ギルベッド王の野望は続く。




 ゾルディアス王の国



 この国は建国から五百年の歴史をもつ七王国の一つだ。

 領土は広いが、国土は山がちで、人口はそこまで多くない。


 「いいか、何としてでもギルベッドの南下を防ぐのだ。未統一領域がかの国に侵略されれば、次は我が国だ。我が国は天然の要塞だが、外堀を埋められては陥落は免れない」


 ゾルディアス王は積極的に未統一領域の国々に支援をして、ギルベッド王の国から守っていた。

 当然タダで支援しているわけではない。


 未統一領域の国々からは穀物を安価な値段で購入している。

 ゾルディアス王の国は穀物が多く取れないため、非常に助かっているというわけだ。


 「王よ。カルヌ王の国から特使が届いて居ます」

 「ん? 一体何なんだ」




 カルヌ王の国



 この国は所謂七王国ではない。

 二百年ほど前に、一小国家から大きく成長した新興国だ。


 ポフェニア人やキリシア人の移民も多く、その技術力はアデルニア半島の国々の中では非常に高い。


 カルヌ王の国の現在の目標は未統一領域の統一である。


 つまりギルベッド王の国のような直接の武力侵攻も、ゾルディアス王の国のような同盟関係も非常に目障りなのだ。


 「ゾルディアスには南には手を出すなと伝えて置いた。これで未統一領域南部にはゾルディアスの影響は及ばないだろう。まあ、奴が守ればの話だがな」


 カルヌ王はペルシス製のワイングラスで、キリシア製の椅子に座りながら、ポフェニア産のイチジクを食べながら、アデルニア産のワインを飲む。


 「それで調略は進んでいるか?」

 「はい。三つの国が我が国との同盟を承諾しました」

 「よし。ではその三国には私の娘をやろう。最近、十四に成った娘が三、四人ほどいただろ?」


 カルヌ王には何十人もの側室や妾が居るため、子供の数など碌に把握出来ていない。


 「分かりました。結婚の準備を進めておきます」

 「頼んだぞ」


 カルヌ王は知らない。自分の国の地下で面倒なモノが目を覚ましつつあるということを。




 エビル王の国



 エビル王の国はゾルディアス王の国とロサイス王の国の間に位置する国だ。

 所謂七王国の一つである。


 「なあ、お前はどう思う?」

 「どう……とは?」


 エビル王は不愉快そうに眉を顰める。


 「ロサイスの新王だ」

 「ああ、あの……そうですね、精悍な若者かと」

 「お前はバカか? そう言うことではない。あの小僧が我が国にとって有害か、無害かの話をしているのだ」


 エビル王は不機嫌そうに言う。

 エビル王は基本的に常に不機嫌なので、側近たちも特に緊張するということは無い。


 「御心配なら婚姻関係でも結ばれたらどうです?」

 「婚姻な……」


 エビル王は少し考え込んでから、首を横に振る。


 「やめて置け。断られる。そうしたら俺の面子が潰れる」

 「そうでしょうか?」

 「当たり前だ。あの男はロサイス王家の血を引いているわけではない。その状態で我が国の姫でも迎えてみろ。我が国に内政干渉される可能性、不審がる豪族や王族、そして今居る妻との関係悪化……まあ百害あって一利無しだな。我が国と結んだところであの国に益はあるまい」


 ロサイス王の国は比較的豊かだ。

 エビル王の国はゾルディアス王の国ほどではないが、山がちで平原は少ない。

 つまりそれだけ穀物が採れない。


 「まあ友好的に接しておけば良かろう。まずはあの小僧の性格から見極めんとな。拡大志向か、それとも内政志向か……」




 ベルベディアル王の国



 「実に問題だ」

 「ロサイス王の国のことですか?」


 側近の言葉にベルベディル王は頷く。


 「ああ。ついにロサイス王の国が中央集権化を成し遂げた。つまりあの国は一枚岩と成ったのだ。しかも紙などと言う産業で、積極的にキリシアと交易している。実に問題だ……」


 隣国の強大化。

 それは阻止しなければならない懸念事項だ。


 間違いなくロサイス王の国は領土を拡大しようとする。

 ドモルガル王の国の一件で自信を付け、軍事的挑戦に出る可能性は非常に高い。


 まず第一に攻められるのはベルベディル王の国だろう。

 ベルベディル王の国は平原が多く、穀物もよく採れる。


 それだけ豊かということで、それだけ旨みがあるということ。


 「何とかして弱体化出来ないだろうか……」

 「一つ、提案がありますが……」


 側近の言葉にベルベディル王は耳を傾ける。


 「何だ?」

 「それはですね……」





 レザド


 レザドはキリシア人の都市国家の一つ、クラリスの植民都市だ。

 だがクラリスから直接の統治を受けているわけではない。


 属国に近い関係だ。


 レザドは有力商人により自治が行われている。

 本日の議題は、ロサイス王の国に誕生した新王についてだ。



 「エインズさん。我々にもロサイス王を紹介して貰いたい。誰にでも商売の権利はあるべきだ。当然あなたに優先権があるのは分かっているが……」

 「そうですね。私ばかり独占するのも悪いでしょう。それに私だけでは商品を用意できない。そこで提案ですが……」


 エインズはニヤリと笑ってから言う。


 「ロサイス王の国との同盟を結ぶべきかと」

 「同盟……ですか……」


 今までレザドを含めて、キリシア人の都市国家は異民族と同盟を組んだことは無い。

 それは自分たちが優秀な人種であるという思いと、他民族の力を借りなくとも十分に強いからだ。


 「当然皆さんの蛮族と組むのは嫌だという気持ちも分かります。ですが最近ペルシス帝国に大きな動きが見えるとか。もし本国とペルシスが交戦状態に陥ったら、当然我らを支援している余裕はなくなる。そんな時にポフェニアや他のアデルニア人の国に攻められたら? 危険でしょう。我々は支援者を得る必要があると思います」


 エインズの言っていることはもっともである。

 だがそもそもキリシア人は王政というモノに嫌悪感がある。


 キリシア人は共和制を好む民族で、絶対的な王や独裁者にアレルギーを持っているのだ。

 それにロサイス王の国が異民族であることは変わらない。


 「実はですね、ロサイス王の妻の一人がキリシア人とのハーフなんですよ」

 エインズはカードを切る。

 議会にどよめきが走る。


 「そこでですね……どうでしょう? 我々の力でその方の―テトラ様の子を王太子にするというのは。そしてその王太子に我々クラリスの有力者の娘を嫁がせる」


 議員たちの視線がエインズに集中する。


 「それに新王はキリシア語を操れる人材を欲しているそうです。ふふ、我々がその需要を満たしてあげましょう。商人として。そうすれば数十年後には……」


 エインズはニヤリと笑う。


 「ロサイス王の国は我々キリシア人の国に成ります」






 「上々な反応だった」

 エインズは家に入るとコートを奴隷に押し付ける。

 可決は出来なかったが、思っていたよりも反応が良い。


 クラリスの植民都市であるレザドの議員はみんな守銭奴だ。

 儲かると分かればすぐに賛成するだろう。


 そして椅子に座り、紙を取りだす。

 それはテトラの母、ヘレンの調査結果だ。



 アデルニア半島にはゲヘナというキリシア人の植民都市がある。

 ゲヘナはアルトという都市国家の植民都市だ。


 そのゲヘナを支配しているのはアルトの名門貴族出身の僭主アブラアム。

 ゲヘナはアルトの支配から完全に独立していて、実質的にアブラアムの王国と化している。


 そのアブラアムの娘の中にヘレンという女が居たのだ。

 今から二十年ほど前にアブラアムが僭主と成ったことに反発して家出して以来、行方不明となっていた。 


 調べてみると二十年前にヘレンとラドウは出会っているらしかった。


 呪術を使えば、テトラとアブラアムが血縁関係にあるかどうか調べることは可能だ。

 もしテトラがアブラアムの孫であったなら、テトラの子を王太子にするのは容易になる。


 だが……


 「はあ……問題はゲヘナの人間であるということだ」


 エインズは元々アルトの住民だが、今はクラリス―レザドの議員である。

 アブラアムとの血縁関係が明らかになれば、ロサイス王の国は自然とゲヘナとの結びつきが強くなってしまう。


 それでは意味が無い。


 「取り敢えず、これは保管しておこう」

 エインズは大切そうに引き出しに書類をしまった。



 「おーい、エインズ! 今帰った」

 門が開く。

 兄のニコラオスだ。


 「ああ、兄さん。お帰りなさい」

 「なあ、エインズ。……働き口は無いか?」


 開口一番にそう言った。

 ニコラオスはレザドに移住する際に、奴隷や土地を全て売り払ってしまったので財産はたくさんある。

 だが流石に無職なのが心配になったらしい。


 「そうだね……兄さんに商売は出来ないだろうし……」

 エインズは少し考えてから言う。


 「じゃあロサイス王のところに行ってみれば? もしかしたら兄さんの豊富な知識が役に立つかもよ」


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