第七十一話 七日戦争Ⅷ
新しい王が王位に就く際に、必ず起こるのが粛清だ。
この粛清は徹底的にやらなくてはならない。
中途半端にやれば恐れさせるという効果は薄れ、逆に恨みを溜めこむことになる。
何故粛清するのかと言えば、それは自身の政権を安定させるため。さらに自分が倒れた後に、まだ若い自分の後継者がちゃんと政治が出来るようにするためである。
だが粛清は必ずしなければいけないというわけでは無い。
例えばユリウス・カエサルは寛容を示し、自分の政敵を殺さなかった。
まあ、彼はその所為で共和主義者の刃に倒れるのだが。
俺はカエサル以上の統治能力を持っていると思うほど自惚れてはいない。
だからディベル派を許すつもりは無い。
さて、問題になるのはどこからどこまでを許すべきかである。
反抗した者を全員殺せば、それは恐怖政治になる。
逆に許し過ぎれば、「この男は最終的に許してくれる」と思われてしまう。
まず許さなくてはいけないのは、俺に恭順の意を示したディベル派。
処刑名簿発表以前に寝返った者の名前は名簿から外している。
形勢が変われば別の勢力に鞍替えするのは豪族ではよくあることだ。彼らにとって一番大切なのは国ではなく、自分の豪族としての身分や領地、家族なのだから。
その辺は理解してやらなくてはならない。
次に名簿発表後に寝返った者たち。
対処に悩んだのはこいつらだ。
云わば蝙蝠野郎共であるこいつらを生かすのは後に禍根を残す。
とはいえ、鞍替えしたと言えば俺がドモルガルとの戦いに勝った直後に鞍替えした連中も同じである。
どっちも蝙蝠であることは変わらない。
問題はどっちがどれだけ悪い蝙蝠かという話だ。
この両者の中で違いは何か?
ハッキリ言ってしまおう。そんなモノは無い。
ただ形勢を見誤っただけで、どちらも本質的に蝙蝠だ。
要するに運が悪かっただけである。
じゃあ許してあげれば? という話になるが、それだと大量のディベル派が生き残ることになる。
裏切り予備軍が国内に大量に居るのは不味い。
さらに言えば、豪族は出来るだけ居ない方が国政もスムーズに運ぶという王としての理由もある。
だから死んでもらう。
ついでに比較的早くこちら側に成った蝙蝠の忠誠を試すための敵に成ってもらう。
蝙蝠たちにディベル派を殺させて、彼らが鳥か獣かどちらかはっきりさせてやるのだ。
流石の蝙蝠も自分の手で元仲間を殺せば、意思もはっきりするだろうし。
さて、女子供を許すべきか。
これもある種の問題である。
俺としては許してあげたい。何の罪もない人間を殺すのは可哀想だし、理不尽である。
しかも赤子は自分で自分の生を決められない。
だが結局殺すことにした。
理由は二つ。まずバルトロとライモンドに説得されたから。
後に禍根を残すことに繋がる。今は子供でも後に大人になる。
家族を殺された恨みは絶対に消えない等々……
なるほどなと思ってしまった。
そしてもう一つ。
身近な例があるからだ。
そうテトラである。
フェルム王は徹底的に殺したが、テトラだけは逃がしてしまった。
そして俺に殺された。
俺もそうならないと何故言いきれる?
結局、俺はこういう結論を出した。
俺は後にこの結論を後悔することになるだろう。いや、今も後悔している。
本当に正しかったのか。
だが……俺が死に、ユリアとテトラが殺され、俺の子供も殺される。
そんな結末を後悔するよりは幾分マシか……そう思った。
新王の勅命がロサイス王の国中を駆け巡った。
一つ 反逆者を処刑せよ
二つ 反逆者の協力者を処刑せよ
三つ 反逆者の首を討ち取った者には平民であっても褒美を与える
四つ 反逆者の家臣は原則処刑だが、反逆者の処刑に協力した者には罪の減刑をする
まず動き出したのはバルトロとライモンド。
二人は別々に行動しながら次々とディベル派の豪族の領地に侵入し、その首を上げていった。
先頭を率いるのはドモルガル戦以後に寝返った元ディベル派の豪族たち。
彼らは処刑名簿が発表される前にアルムスに恭順の意を示したため、ギリギリで許されたのだ。
彼らに先頭を率いらせた理由は一つ。
許されたければ働きを見せろ。
もし彼らが心変わりをするようなら、後ろに控えているバルトロ・ライモンドたちの本隊に潰される。
彼らは生き残るためには元仲間を殺さなくてはいけないのだ。
次に動いたのは勅を受け取ったロンたち。
五百を率いて、先にディベル領に侵入した。
新王は四千の兵を率いながら、その姿を国民に見せつけるように真っ直ぐディベル領に進む。
そして最後に動いたのはディベル派の豪族の家臣たち。
彼らは本当にディベル派豪族たちが処刑されていくのを知ると、すぐに手勢を率いて自分の主人の館を襲った。
実に三分の二以上の豪族たちは己の家臣たちの手によって捕まった。
「お願いです! この子だけは……まだ三つにも成っていないんです!」
一人の女性がバルトロに頼み込む。
額を床に付けて、命乞いをする。
バルトロは酒を飲みながら答える。
「俺も小さな娘が居る身だからな。気持ちはよく分かる。便宜を図ってやりたいな」
そう言ってから酒瓶を投げ捨てる。
そして剣を抜き放つ。
「だけど仕事に私情は挟まない主義なんだわ。新王の命だ。母子そろってあの世に送れとな」
バルトロはそう言って女を切り捨てる。
女は血を吐き、バルトロを睨みつける。
「一体……私たちに何の罪があるというのですか……」
「そうだな。お前さんには反逆者と結婚した罪。子供には……生まれたことそれ自体が罪だな」
そう言ってバルトロは女が抱いていた子供に剣を突き刺す。
幼い命はあっさりと散る。
「地獄に落ちろ……」
女は呪詛を吐きながら、動きを止める。
バルトロは新たな酒を取りだし、飲みながら言う。
「馬鹿、俺程の忠臣が天国以外に行くわけねえだろ」
バルトロは進軍を続ける。
部下の一人がバルトロに駆け寄った。
「将軍! この先の領主が自国領に軍が入るのを拒否しています!」
「ん? この先は……確か中立派か。確か次の反逆者と婚姻関係にあるんだっけ? じゃあ仕方がねえな」
バルトロは酒を飲み干す。
「進軍を続けろ。そしてお前は領主に伝えて来い。死にたくなければ手伝えとな」
「宜しいんですか?」
「反逆者の協力者は同じく処刑だろ?」
領主は軍の侵入を再度拒否。
バルトロによって滅ぼされ、その血は絶やされた。
「拍子抜けだな」
ライモンドは呟く。
目の前には縛られた反逆者。自分の家臣に欺かれて死んだのだ。
もうこれで三度目にして、一度も戦闘をしていない。
まあライモンドはそこまで戦争が得意ではないので、その方が助かるのだが。
ライモンドは縛られている豪族に近づき、その首を刎ねる。
「ライモンド様。御一つお聞きしても宜しいですか?」
「何だ?」
反逆者を裏切った家臣はにやけながら聞く。
「反逆者の妻と娘は……好きにしても宜しいですか?」
「ダメだ。すぐに首にしろ!」
ライモンドが怒鳴ると、家臣は慌てて去っていく。
その後ろ姿を見てライモンドは吐き捨てる。
「ゲスが」
ディベル家の屋敷には二百の兵が立て籠もっていた。
司令官は全員ディベル家の親族。非親族たちは全員裏切ったのだ。
元々、国境を警戒しておくという理由で出兵を拒否したリガルは五百の兵と共に領地の中に引っ込んでいた。
アルムス・アスは敗北すると思っていたのだ。
リガルの計画はアルムス・アスが失敗した後にその尻拭いをするためにディベル派の豪族を集めて、ドモルガル軍を迎え撃つ……というものだ。
最初の二日はアルムス・アスが砦に押し込まれて劣勢だった。
だがいつの間にか、アルムス・アスが大勝利してリガル・ディベルが急いで参戦しようと思った時には講和が成立してしまっていた。
だがそれが幸いして、反逆者討伐の報が届いた時には五百の兵を持っていた。
何とか討伐軍を押しとどめて、その隙に他国に亡命しよう。
そうリガルが計画していた矢先に、三百の兵が寝返ったのだ。
こうしてリガルは逃げる間も無いまま、屋敷に追い込められてしまった。
すぐにアス領から五百の兵が進軍してきて、寝返った三百と合流して八百の大軍となって屋敷を包囲している。
今居る二百もいつ寝返るか分からない。
リガルは針の筵の上で寝ている気分だった。
だが唯一幸運なのは、アルムスが反逆者の親族も全て処刑としたことだ。
そのため、逆にディベル家の結束は大きく固まった。
全員死罪になるのは御免こうむりたいのだ。
「何か展開が急すぎてついて行けない気分ですが……千人隊長、攻め落とさなくて良いんですか?」
「今は囲むだけで十分だよ。無駄に被害が出るしね。リーダー……新王が到着してからだ。本格的に攻め落とすのはね」
ロンはディベル家の屋敷を眺める。
屋敷の中には村長の名前を記した名簿などが存在する。
そういう重要な資料が焼けるのは良くない。それに最後の敵はアルムスのために取っておくべきである。
ロンはそう考えたのだ。
「まあ、俺たちの勝ちは揺るがないさ。ゆっくり行こうじゃないか」
「俺は手柄を立てたいんですけど……」
「別に立てても立てなくてもお前の千人隊長昇格は数年後には叶ってると思うぞ?」
ロンがそう言うと、ヨゼフは目を輝かせた。
「本当ですか!」
「本当、本当。俺が将軍になったらお前は副将だ。お前以上に優秀なのが出てこなければだけど」
「やったー!!」
ヨゼフは大喜びする。
前提条件としてロンが将軍に成らなければならないのだが……
六日目の夜
ジルベルトは考えていた。
どうしたら自分の命が助かるのか。
もう今更遅いのだが、人間どうしても助かりたいものである。自分の命だけは。
ジルベルトはふと思う。
あのアルムスという男に残虐な真似が出来るのか。前の紛争の時もあっさりと平謝りしていた。
もしかしたら今からならば間に合うかもしれない……
そう思ったら話は早い。
ジルベルトは急いで自分を担当している兵士を呼び寄せた。
七日目、日が沈みかけるころ。
俺はようやくディベル領に到着した。
俺は行き行く先で平民へのアピールを念入りに行った。
俺の王位継承を豪族だけでなく平民や奴隷に至るまですべてに伝えるためだ。
特にディベル領の民には念入りに。
何人かのディベル領民は俺に付いてきた。
俺も追い払ったりはしない。彼らも恨みをいろいろと晴らしたいのだろう。気持ちはよく分かる。
「ロン!」
「リーダー……じゃなかった、王様! リガル・ディベルを追い詰めました!」
俺はロンに駆け寄る。
どうやら俺のために最後まで取っておいてくれたらしい。
「別にお前が討ち取っても良かったんだけどな。まあ、良いか」
俺はディベル家の屋敷に向き直る。
俺の横にはロン、旗を持ったグラムとロズワード。
後ろには呪術師を引き連れたソヨンやルルやテトラ、それにユリア。
バルトロとライモンドはまだ到着していない。
だがもう始めていいだろう。
「ディベル家に仕えている兵士の諸君!! 君たちに罪は一切無い。すぐに君たちがディベル家の人間を突き出すならば、私は君たちを許そうと思う!!」
俺がそう叫ぶと、すぐにディベル家の屋敷で騒音が起こる。
早速内乱が始まったらしい。
しばらくしてゆっくりと門が開く。
何人ものディベル家の親族たちが縄で縛られて、運ばれていく。
そして最後に出てきた男……ジルベルトは何故か縄で縛られていなかった。
これは一体……
なるほど。裏切ったのか。俺が到着してから裏切ったのは……ディベル家の親族は皆殺しという勅が出ている以上、俺に直談判でもしない限り助からないと踏んだんだろう。
諦めが悪い奴だな。俺に取り入ろうとして死んだ豪族の話は聞いて居るだろうに。
ジルベルトは俺に駆け寄る。
「新王様! 私はリガルに嫌々仕えて居ました。親戚だから仕方が無いと。ですが奴が反逆したと聞き、もうついていけないと思っていました。だからこうしてディベル家の者たちを縛り、新王様に差し上げます。ですからどうか命だ、っぐあ?」
ジルベルトは自分の胸に生えている剣を不思議そうな顔で見る。
ロズワードが言う。
「すまん。手が滑った」
「お前はいつも手が滑るな。前の難民の時もだ。まあ、不幸な事故だな。仕方が無い。すまんな、ジルベルト」
ジルベルトはバタリと音を立てて、倒れる。
さてと、後は……
俺はリガル・ディベルのところへ歩いていく。
リガル・ディベルは意気消沈したように項垂れている。
まあ、最後まで信頼していた身内に裏切られたのには同情する。
ベルメットの言うことを聞いてればもう少しマシな最後だったかもな。
まあベルメットを除いたのは俺なんだけどね。
「悪いな。俺はお前にはそこまで恨みは抱いていない。お前の所為で俺の家臣は四肢を欠損したが、死んだわけでも無いしな。怒りはあるが、殺すほどでも無い。だが俺はユリアが欲しい。そしてお前もユリアを欲した。そして両者とも譲らなかった。それがこの結果だ。俺はお前が邪魔だから殺す」
俺は剣を振り上げる。
するとリガルが行動を起こした。
額を強く地面に押し付けるようにして、俺に向かって頭を下げる。
俺の鼻が糞尿の臭いを感じ取る。
「お、おねがいじまず……いのぢだけは……」
泣きじゃくりながら命乞いをするリガル。
お前がすべきことは身内の助命嘆願だろう。まったく……
「はあ、興が冷めた……」
俺は剣を下ろす。
こんなのはわざわざ俺が手を下す必要もあるまい。
それに良く考えてみると、今ここで殺してしまうのは勿体無い。
公開処刑にした方が後々良さそうだ。
「取り敢えず、地下牢にでも入れて置け」
俺はそう言ってリガルに背を向ける。
リガルは顔を上げて、何か勘違いしたように叫ぶ。
「あ、ありがとうございます!!」
処刑することは変わらんぞ?
「じゃあユリア。戻ろうか」
俺はユリアに微笑みかけると、ユリアも俺の手を握り返してくる。
間にテトラが入る。
「二人だけは禁止」
「ああ、すまない」
俺は二人の肩を抱いて、その場から去ろうとする。
その時だった。
―クスクスクス―
笑い声が響いた。
それは子供のような声。これは……初めてではない。
そうだ。あの時、轢かれる前に前世で聞いたことのある声だ。
俺しか聞こえてないのか?
キョロキョロと辺りを伺う俺を不思議そうな顔で周りは見る。
いや、俺だけではない。
ユリアも周囲を伺っている。
つまりこの声が聞こえているのは俺とユリアだけ?
―つまらない―
―期待外れだ―
ハッキリと、声が聞こえる。これは俺が思考する言語と同じ……日本語だ!
「アルムス、聞こえる? いま詰まらないって……」
「お前にはアデルニア語で聞こえるんだな……」
『言語の加護』や『神言の加護』と同じ効果だ。
―でも対抗馬には成った。これで良しとしよう。目的は達した―
―合格だね―
子供の……女か男か判別のつかない高い声。
―では没収しようか―
背筋に悪寒が走った。
俺は慌てて後ろを振り返る。
同時に俺の顔に血が掛かる。
血を吹きだしたのは……リガルだ。
リガルの毛穴から血が吹きあがっている。これは一体……
「は、反転……こ、こんなの知らない。い、今まで見えなかったのに……何、え? 何なの?」
ユリアが怯えた表情を見せる。
俺は震えるユリアを抱きしめながら、リガル・ディベルの死体を睨みつけた。
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―リガル・ディベルは全身の穴から血が噴き出す病によって死んだ。これにより、七日戦争は終結した― 『ロマーノ帝国建国記』 (陽青明 著 )より抜粋
妖精さんは愉快でお茶目で悪戯好きです