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第六十九話 七日戦争Ⅵ

今日は二話更新です

 三日目早朝。

 ドレス村に駐屯していたブラウスのところにブラウスの街が陥落したという報が届く。

 ブラウスは大急ぎでブラウスの街を取り返しに向かう。


 本来なら本隊であるドモルガル軍と合流するべきである。


 だがブラウスはドモルガル王の国の国境を守る豪族であったため、騎兵攻撃力の高さを知らない。故に敵が五百であるならば十分に倒せると思ったのだ。


 それに自分の屋敷が陥落して、家族が捕虜になっているのに悠長に待ってられないという心境もあった。


 斯くしてブラウスは五百をドレス村の守備に残して、千五百の強行軍でブラウスの街に向かう。







 三日目、ブラウスの街を朝遅く出発したロサイス軍はブラウスの街で鹵獲した荷馬車や馬車に捕虜を詰め込んで出発した。

 乗り換え用の馬も手に入ったので、略奪品の多くを持ち運べる。

 帰りは略奪品満載なので、行軍速度は行きよりは遅いが、それでも歩兵よりも遥かに早い。


 そして昼頃にドモルガル軍の騎兵二百と出くわした。



 「早速戦闘か。良いねえ。俺たちエクウス族の力を見せてやる!!」


 そう叫ぶや否や、エクウス族は勢いよく駆け出した。

 そして弓を取りだして、一斉に射る。


 次々とドモルガル軍の騎兵二百は射貫かれて、その勢いを殺していく。


 エクウス族はドモルガル軍と近づくとすぐに短弓を背中にしまい、剣や槍を取りだして突撃した。

 生まれながらの騎兵であるエクウス族はドモルガル軍を次々に屠っていく。


 エクウス族はアルムスから支給された鞍を使っている。

 生まれながらの騎兵が鞍を使って、槍や剣を振るっているのだから、裸馬に跨るドモルガル軍二百に勝ち目はない。


 あっという間にドモルガル軍の騎兵は壊滅してしまった。

 ちなみにドモルガル軍の死者は百名、捕虜は八十名、逃亡は二十。


 一方エクウス族は死者三名と怪我人五名。


 圧倒的な戦いだった。


 「もう、俺たち要らなくないですか?」

 「おい、言っちゃいけないことを言うな!」


 ロズワードはヴィルガルを黙らせた。


 「さて、事情聴取といこう。まさか二百だけなわけがあるまい」

 ムツィオは捕虜とした敵兵士に訊問をする。


 得られた情報は領主ブラウスが千五百でブラウスの街に向かっているということだ。

 出発したのは早朝だそうだが、ブラウスの街からドレス村までは随分と距離がある。


 おそらく今日中には出会えないだろう。

 こちらは馬車を使っているとはいえ、財宝や捕虜を運んでいるのだ。





 三日目早朝、テリア要塞





 現在、ドモルガル軍の軍事会議は大いに揉めていた。


 即ち撤退すべきであるという意見と、このまま要塞への攻撃を続けるべきだろうという意見だ。

 すでにブラウスの街が陥落した時点で、撤退しなければならないのは目に見えている。


 だが豪族たちもそう簡単には引き下がれない。

 戦争はとにかく金が要るのだ。


 少しも儲けることが出来ていないのに撤退など出来るはずがない。

 このままでは破産の恐れもあるのだ。


 「撤退しよう」


 今までずっと黙っていたカルロがそう発言した。

 一瞬で静まり返る。


 「い、良いんですか!」

 トニーノが震える声でカルロに聞く。

 今撤退すればカルロが王位を得ることは不可能になる。


 「仕方が無いだろう? 今は損害が大きくない内に撤退すべきであると思う。幸いなことに大きな損害はまだ出ていない。ブラウス領から敵を駆逐した後に、もう一度作戦を立て直してからでも遅くはないだろう。このまま泥沼に嵌まるよりは随分マシであると思う」


 主であるカルロが撤退するという。

 トニーノを含めて、将軍たちは黙るしかなかった。


 「分かりました。撤退の準備を始めましょう。私が殿を引き受けます」

 トニーノの言葉を最後に軍事会議は終了した。

 ドモルガル軍は撤退の準備を始めた。





 「敵が撤退の準備を始めているようです」

 「そうか。じゃあこちらも追撃の準備を始めようか」


 ロサイス軍は五百だけを要塞に残し、残り約七千で突撃体勢を取る。

 先頭は精鋭であるアス軍五百の重装歩兵。


 ドモルガル軍が背を向けて撤退を始めるのと同時にロサイス軍は城門を開け放ち、激しい追撃を始めた。


 爆槍や投石器で黒色火薬を投げつけてから、敵の殿に突撃する。

 爆発と同時に幻惑効果のある草の粒子が飛び散り、それを媒体に炎の幻覚が生み出される。


 前回の領土紛争の時は術者がソヨン一人だったが、今回はロサイス王の国の呪術師数人掛かりだ。

 ドモルガル王の国の呪術師も解除に専念しようとするが、ドモルガル軍全体が恐慌状態に陥る方が早かった。


 敗北したことが分かり、士気が落ちていたドモルガル軍の兵士たちは散り散りになって逃走。

 陣形が解けて、そこにロサイス軍が攻撃を加えることで連鎖反応的にドモルガル軍は損害を受ける。


 ドモルガル軍はロサイス軍を振り切り、何とかブラウス領に逃げ帰った時には二万五千あった兵力は二万にまで減っていた。


 ロサイス軍はさらに打撃を加えるためにブラウス領に侵入。

 周辺の村々はドモルガル軍の敗北を知るとすぐに頭を垂れて、降伏した。





 夜


 「どうやら別動隊が敵の騎兵二百を破ったそうだ。圧勝とのこと。明日には敵歩兵を打ち破り、夕方には合流できそうとの報告だ」


 俺がそう言うと、ロサイス軍の豪族たちは沸き返る。

 すぐにでも宴会が始まりそうな雰囲気だ。


 「それにしても敵は戦力を分散させるとか馬鹿なのか?」

 バルトロは顔を顰める。歩兵二千はどう考えてもブラウスの街に向かわせるべきでは無かった。

 ドレス村で撤退して来たドモルガル軍を合流して迎え撃つべきである


 「最初にドレス村に向かった歩兵二千と騎兵二百の指揮官はブラウス―つまりこの土地の豪族だそうだ。なら仕方が無いだろう」


 自分の領地が荒らされていると知れば待っていられない。

 何しろ四倍の戦力差があるのだから、何が何でも倒そうとするだろう。



 一週間戦争は四日目を迎えようとしていた。




 四日目


 ドモルガル軍一万はその日も激しい追撃を受けながら、昼頃には何とかドレス村に到着した。

 そしてドレス村に陣を張る。


 防衛設備はすべてロサイス軍に破壊された後なので、一から作るしかない。



 「全く、ブラウス殿め……どうして出撃してしまったんだ……」

 トニーノはため息をつく。

 ブラウスの街を奪還しに向かうという連絡はトニーノのところにも来ていた。


 だが兵力が大幅に減ってしまった現段階では二千は非常に貴重な兵力だ。

 鷹便を使って至急戻るように命じたが、戻ってくる様子はない。


 「トニーノ様……ドモルガル王様から御返事が来ました……」

 トニーノは三日目の朝にドモルガル王のところに援軍要請を出していたのだ。

 その返答が今帰って来た。


 「そうか。その顔では良くなさそうだな」


 トニーノはドモルガル王からの返事を読む。

 要約すると、助けに行きたいがロゼル王国が侵入しようとしているので下手に動けない。

 至急軍の編成を急いでいる。

 あともう少し、せめて三日は耐えてくれという内容だ。


 「どうしますか? トニーノ殿」

 豪族たちがトニーノに視線を向ける。

 全員顔色が悪い。


 「まずは兵を休ませよう。そしてブラウス殿の千五百が帰るのを待つ。その後、野戦で決着を付ける。兵力は未だにこちらが優っている」


 ドレス村は要塞ではないし、防衛設備も破壊されてしまっている。

 ここで戦うよりも、野戦で蹴りを付けた方が良い。


 「敵は待ってくれますか?」

 「敵も別動隊が到着するまでは動かないだろう。つまりブラウス殿が戻ってくるのが先か、敵の別動隊が戻ってくるのが先かの勝負だ」





一方ロサイス軍


 「サクラ。俺はお前が居るからもしかしたら負けるんじゃないかと心配だったんだぞ。でもお前は大活躍だ。やっぱりお前は不幸馬なんかじゃない。うん」


 俺はサクラと会話する。

 名無しの名前だが、サクラにした。

 由来は馬肉……嘘だよ噛むな。

 毛並が太陽みたいだから日本を連想して、そこからサクラ。ほら、女の子だし。

 ……散り易いは禁止。



 「アルムス。バルトロたちが呼んでいる」

 「分かった。今行こう」


 俺はテトラと共に幕営に戻った。


 「このまま攻撃しますか?」

 「今なら倒せますよ!」


 オルドビスとペルムの二人は興奮した顔で俺に迫る。

 実際、今のロサイス軍は勢いに乗っていた。今なら二倍の兵力差でも勝てるだろう。


 だが油断は禁物だと思う。窮鼠猫を噛むとも言う。

 敵の援軍が来るのは相当先のようだし、暫くは様子を見て良いだろう。


 「取り敢えず別動隊の到着を待とう。今日の夕方には到着するようだし。それに兵たちも連日の追撃戦で疲れている。今日はぐっすりと休ませてやりましょう。酒でも出して」

 「いやあ、流石総大将。良いですね、酒」


 バルトロは酒を飲みながら言う。

 お前は控えろ、馬鹿。






 ロサイス軍別動隊とブラウス率いるドモルガル軍は睨みあっていた。

 時間は正午。


 太陽が両者の頭上で輝いている。


 「私はこの別動隊を率いるライモンドです。あなたの妻、息子、娘含めて全てこちらが預かっています。全員無事です。大人しく返してほしければ投降してください。なんなら我が国の一員になりませんか?」

 「誰が!! 今すぐ戦で取り返してやる!」


 交渉はあっさりと決裂する。

 ライモンドはブラウスの家族の一人を殺そうか悩むが、相手が怒るだけで特に得はなさそうなので止める。


 「さて、どうしますか……」


 本格的な戦は初めてである。

 攻城戦では圧倒的だったり、敵が戦う前から城を明け渡してくれた。


 騎兵二百はエクウス族が全て屠ってくれたので、特に指示も不必要だった。

 だが今度の敵は歩兵二千。そう簡単にはいかなそうである。


 「大丈夫です。俺に考えがあります」

 ロズワードが作戦を話す。

 それは非常に単純明快な戦術だ。


 「いいねえ、悪くない。複雑なことをするよりもそっちの方が楽そうだ」

 ムツィオはニヤリと笑う。


 こうして戦いの火蓋は切って落とされた。

 太陽が見守る元で……





 エクウス族は敵重装歩兵に限界まで近づき、一斉に矢を放つ。

 矢が雨のように重装歩兵に降り注ぐ。


 「蹴散らせ!!」


 ブラウスの命令で重装歩兵がエクウス族に突撃する。

 エクウス族は逃げながら重装歩兵に矢を浴びせる。


 当然のことながら人間は馬に追いつけない。

 強行軍で進んできたツケがここに来て回ってきたのか、すぐに重装歩兵団はスタミナ切れを起こして、動きが弱まり、陣形が乱れる。


 「突撃!!」


 そこへエクウス族が正面に、ロズワードとヴィルガルが右側面に、ライモンドが左側面に突撃する。

 疲弊していた重装歩兵はあっさりと側面に回り込まれることを許してしまい、前と左右から挟まれることになる。


 陣形はあっさりと崩壊し、ドモルガル軍は逃走を開始する。


 「逃がすか!!」


 そこへ激しくロサイス軍の別動隊が追撃を加え、みるみる内に屍の山が出来上がる。


 「さて、ブラウス殿。大人しくしてください。すぐに息子さんに会わせて差し上げますよ」

 ロズワードはブラウスの乗る馬の尻に剣を突き刺す。

 馬は大暴れして、ブラウスは落馬する。


 それをヴィルガルが圧し掛かる形で捉えた。


 「敵将ブラウスを捉えたぞ!!」


 こうしてあっさりとロサイス軍別動隊が勝利した。




 夕方。


 ロサイス軍別動隊がロサイス軍の本隊と合流したのと、ドレス村に立て籠るドモルガル軍がブラウスの敗北を知ったのはほぼ同時期だった。



 「よくやってくれました、ライモンドさん」

 「はは、まあ私は特に何かをしたというわけではありませんが。すべてはムツィオ殿とロズワード殿の頑張りのおかげです」


 ライモンドはにこやかに答える。

 実際のところ、ライモンドはそこまで役に立っていない。強いていうなれば居ること自体がエクウス族への抑止力になったことである。



 「それとこれが戦利品です」


 ライモンドは手に入れた財宝、奴隷(官僚)、呪術師、そしてブラウス一家を見せる。


 ブラウスは苦々しく言った。

 「いいか、俺の息子が必ずお前等の首を刎ねるからな……」

 「それはどうでしょう? あなたたち家族全員を人質に取ればあなたの息子は動けないんじゃないですか?」


 一人二人ならまだしも、家族全員捉えられているのだ。

 家族のことが心配でまともに戦えるかどうか……


 「まあ、兎に角、次の一戦で終わる。明日の戦いに備えよう!!」


 ロサイス軍は歓声を上げた。





 一方ドモルガル軍は葬式のような雰囲気に包まれていた。


 「トニーノ様。脱走者がまた出ました。追いますか?」

 「……追った兵士が居なくなりそうだ。放っておけ」


 次々とドモルガル軍の兵士たちが抜けていく。

 士気は最悪。

 援軍は絶望的。



 「トニーノ様。カルロ様が軍議を開かれるようです。御出席ください」

 「カルロ様が? あの方が提案するとは珍しい……分かった」




 「まず、第一に我が軍の戦力はどれほどだ?」

 「九千ほどです」


 トニーノが答える。


 「敵戦力は?」

 「七千ほどかと」


 トニーノの問いに満足そうにカルロは頷く。そして聞いた。


 「この中で、ロサイス軍に勝てると思う者は居るか? 居たとしたら具体的な案を出せ」

 全員俯いたままだ。

 いくら兵力や武器の質で優っていたとしても、こちらは士気で大きく負けている。

 戦う前からこちらの兵士は逃げ出すのでは無いだろうか?


 開戦した直後に総崩れになる可能性だってある。


 「では降伏しかないな。講和しよう」

 カルロがそう言うと、豪族たちは跳ね起きるようにカルロを見る。


 「カルロ様! このままでは酷く不利な条件を飲まされますぞ! ブラウス領全てが敵の手に渡るかもしれない!!」

 「その通りだね。でも負けたらさらに酷い条件を飲まざるを得ないよ。それに我が国の後ろにはロゼル王国とファルダーム王の国、そしてギルベッド王の国がある。ここで兵力を大きく減らせばもう我が国は必ず滅ぶ。バカな俺でも分かるさ。勝てないんだろう? なら講和だ」


 カルロに反対出来る者は一人も居なかった。





 「アルムス殿。講和の機会を頂き、ありがとうございます」

 「いえ、私も貴国とは仲直りをしたいと思っていますから」


 俺はカルロ王太子に対して出来るだけ友好的に接する。

 格上の国の王太子だしな。


 「まずは……一年間の停戦協定でどうでしょう?」

 ふむ、それはつまり南下政策を断念する意思は無いということか。

 まあ断念するわけにはいかないというのも分かる。


 今ドモルガル軍を討ち破っても一年の停戦協定は変わらないだろう。

 さらに奥まで侵攻すれば別の話だが、こちらは攻城兵器を持ってきていない。


 敵軍が置いてきた攻城兵器を使うという手もあるが、取りに戻るのには時間が掛かる。


 不可能な話だ。


 ここは一年で手を打つべきだ。


 「分かりました。一年の停戦協定で問題ありません。それで賠償についてですが……」

 「ブラウス領のすべてを差し上げましょう。そして賠償金として貴国がこの戦争で使った戦費の三倍を十年掛けてお支払いします」


 いきなりの大盤振る舞いだ。

 だがブラウスの街もすでに陥落させてしまっているしな。適正な賠償だ。

 だが……


 そんなに広い国境は守り切れない。

 おそらくカルロは奪い返せると思ってこの条件を提示してきているのだ。


 「ブラウス領は西半分とブラウスの街周辺で結構です。その代わり、鍛冶師を二十名貰えませんか。鉄を打てる鍛冶師です」

 「……良いでしょう。鍛冶師二十名を貴国に差し上げます」


 これで鉄の大量生産が可能になる。

 まだまだ我が国の鍛冶師は未熟だからな。


 「それと賠償金は二倍で構いませんが、一括払いでお願いしたい。その代わりにブラウス家の方々を全てお返ししましょう」

 「……はあ、分かりました」


 これで踏み倒しは出来ない。

 後は……


 「あと二つ頼みたいことがあります。一つは契約が履行されるまで、あなたやブラウス家の方々には我が国に滞在して貰いたい」

 「当然のことですね。良いでしょう。もう一つは?」

 「もう一つは……」


 俺がその条件を言うとカルロは目を丸くした。


 「うわ、あんた性格最悪だな……」

 「お褒めに預かり光栄です。……まあ、次期王ですから」


チェックメイト(誰のかな?)

次は十九時

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