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第六十六話 七日戦争Ⅲ

お馬さんぱねえという話

 「いやー、良く寝た。素晴らしい朝だ。まあ敵は全く寝れてないでしょうけどね」

 「お前は性格が悪いな。トニーノ。で、お前の見込みではどれくらいで落とせそうだ?」

 「まあ、敵の疲労を考えると一週間後には落ちてると思いますよ。もって二週間ですね。兵士と攻城兵器と兵糧は後から補給すればいいわけですしね。いや、敵はアホだな~ 補給の見込みもないのに籠城戦なんて」


 カルロとトニーノは幕営を出る。

 夜からずっと攻撃を続けているテリア城塞。

 敵はさぞかし疲れているだろう。


 「さあ、今日も元気出していきましょう!!」





 籠城戦二日目





 「クソ、眠いな……」

 グラムは欠伸をする。


 「昨日は寝かせてくれなかったからな」


 昨晩、ロンとグラムの読み通りドモルガル軍は夜襲を仕掛けてきた。

 と言っても城壁への攻撃はほとんどなく、敵はこちらの矢が届かないところで太鼓を鳴らして大声で喚いてただけだ。


 とはいえ対応しないわけにはいかず、昨晩はほとんど眠れなかったのだ。

 対応策として、兵士を二つに分けて昼と夜で交代することにしたのだが……それでも敵軍に攻められている状況でぐっすり眠れるわけがない。



 「ああ、もう。矢の精度が落ちてるな……」

 グラムは部下の放つ矢の軌道を見てため息をつく。


 だが致し方がないことだ。睡眠不足で集中力が落ちている。


 だが矢の命中率が下がればそれだけ上ってくる兵士も増える。

 それだけ歩兵にも負担を掛ける。


 当然歩兵たちも睡眠不足は変わらない。


 「ああ、もう!! イライラするな! 火炎筒持ってこい。あれだ焼き払うぞ」

 ついにロンが火炎筒の投入を決める。

 次々に敵兵士が燃えていく。


 だが火炎筒は十秒しか持たない。

 すぐに燃料の補給が必要なので、その隙をつくように敵は上がってくる。

 敵の攻勢が弱まる気配はない。


 「クソ、だがここが踏ん張りどころだ。目指せ、将軍!!」

 ヨゼフが欲望を口走りながら剣を振るう。その活躍は他の百人隊長よりも華々しい。


 「俺も負けてられないな」

 ロンは右手に槍を、左手に剣を持つ。


 「さて、血祭りに上げてやるよ」






 ロサイス軍の投石機やバリスタが唸りを上げて黒色火薬を飛ばす。

 攻城塔に命中するが……一撃では壊れない。


 四発当たりようやく崩れた。


 「水を染み込ませて対火性を上げている……いろいろ補強されてるみたいだし。火の秘薬があれば楽勝だと思ったんだけどな」

 バルトロはため息をつく。


 敵の攻城塔には所々鉄で補強がされていた。

 表面は完全に獣の皮で覆われ、水がしたたり落ちているのがよく分かる。


 何より面倒なのは攻城塔に掛かっている結界。

 どうやら一つの攻城塔に三人の呪術師がついて、結界を構築して守っているようだ。


 「おい、呪術師を呼んで来い。破壊しないと埒が明かねえ」

 「了解、今破壊する」


 そう言って現れたのはテトラだ。

 テトラが杖を振るうと、攻城塔から光の粒子のようなものが飛び散る。


 結界が破壊されたのだ。

 そこに爆弾が集中する。攻城塔は破壊された。


 「さすが!! 一発なんてすごいじゃないですか、テトラ殿。でもここは敵兵士も上がってきているので危ないです……危ない!!」


 丁度城壁を上がった兵士は突然飛び上がり、テトラに襲い掛かったのだ。

 だがテトラは冷静に杖を振るう。


 鮮血が飛び散り、敵兵士の首が宙を舞う。


 「え……仕込み刃ですか?」

 「そう。カッコいいでしょ?」


 テトラの杖の先端についていた鞘が外れ、刃が姿を現わしていた。

 鉄製であることは見て取れる。


 「もしかして剣術の心得とか?」

 「当然。アルムスに習った」

 「さ、さすがっすね……。頼りにしてます」

 「了解」


 テトラは親指を突きだした。








 「おい、ロン!! 水堀に橋を掛けられた!! 破城鎚が来る! 早く爆槍で爆破してくれ!!」

 「ちょっと待て! 今忙しいんだよ!!」


 ロンは大慌てで周辺の敵を切り裂きながら部下に指示を出し、破城鎚の爆破を命じた。

 すぐに破城鎚に向かって爆槍が向かう。


 だが破城鎚は耐えきって見せた。

 破城鎚は鉄製の屋根に覆われていたからだ。


 さらにその屋根には何十もの結界と呪石が練り込んであったようで、その衝撃は下にいる兵士にはほとんど伝わらなかった。


 「鉄製の屋根だと? ふざけんなよ!! ええと、足元だ!! 橋をぶっ壊せ」


 ロンの命令通りに爆槍が投げられ、橋に見事に命中する。

 橋はあっさり破壊され、破城鎚は水堀の中に沈んだ。


 一安心である。

 だが……


 「破城鎚……まだまだたくさんあるじゃないか……」

 ずらりと並ぶ破城鎚を見て、ロンは泣きそうになった。


 爆槍の在庫はそれなりにあるが……

 限度は存在する。


 今回は火炎筒に数を取られてしまっていることも大きい。


 「尽きたらどうしよう……」



 さらに攻城塔の攻撃も激しさを増す。

 時折敵の投石機により、こちらのバリスタや投石機も破壊されてしまう。


 「よし、結界解除した。早く火の秘薬を!」

 ルルの指示でバリスタから爆槍が放たれ、攻城塔に命中する。

 攻城塔が崩れて、乗っていた弓兵も地面に落下する。


 そこに弓兵の矢が集中する。

 出来るだけ弓兵を中心に削る方針なのだ。弓兵が死ねばこちらもやり易くなる。





 午前の戦いは所々ロサイス軍が劣勢を見せながらも、全体的な戦況では優勢だった。




 「ふむ」

 アルムスは一通の手紙を読んでいた。

 鷹便で届けられた手紙だ。アルムスの頬が緩んでいるところから、朗報であることが分かる。


 「バルトロ殿、ペルム殿、オルドビス殿を呼んできてくれ」

 アルムスはテトラに命じる。

 すぐに三人が呼び出された。


 「何でしょう。総大将?」

 「作戦の第一段階が成功した。大成功のようだ。敵は全く気付いていない」


 アルムスの言葉に、三人も頬を緩ませる。


 「この調子なら今日の夜には第二報が届きそうですね。総大将」

 「ああ、第二段階まで成功したら俺たちの勝利は確実だ」




 一方、三時間ほど遅れてカルロとトニーノのところにも鷹便が入った。

 こちらは凶報である。


 「ド、ドレス村が陥落しただと!!」


 トニーノの元に、補給基地であるドレス村がロサイス軍の騎兵五百に奇襲されて陥落したという報が届いたのだ。


 トニーノの手が震える。それはつまり補給線を断たれたことを意味した。

 だがトニーノは出来るだけ心を落ち着かせる。


 敵は騎兵らしい。問題はどこから湧いて出てきたのかということだが、恐らくはロマーノの森を越えてきたのだろう。そこ以外の侵入経路は考えられない。


 トニーノからすればあんな森を越えるなんてあり得ない。あそこへ下手に踏み入れればグリフォンの祟りがあると言われているし、そもそも自分たちは小さいころから「良い子にしないとグリフォンが食べにくるぞ」と教わって育ってきたのだ。


 よく兵士が従ったものだ。そう言えば今回の総大将はグリフォンの息子だと聞いていた。ただの噂だと思い、森周辺への見張りは手薄のままだった。完全に自分のミスだ。


 だが一つ気がかりなのはどうしてドレス村がこうも簡単に落ちたのか。

 あそこには三百の兵を駐屯させていたし、強固な要塞も築いてあった。それなりの備えはしてあったのだ。

 今回の戦争は補給線が重要になるため、万一が無いようにトニーノはドレス村の防御はしっかりと施した。

 五百と三百の兵力差ならば、陥落には最低でも三日は掛かってもおかしくない。



 それに五百の騎兵というのも可笑しい。ロサイス王の国は精々百五十前後の騎兵しか持っていなかったはずだ。

 何かがおかしい。


 トニーノはすぐに豪族やその他将軍、千人隊長たちを呼び寄せて退却するか否か、会議を開いた。


 結論はすぐに出た。否である。


 補給路が一時的とはいえ断たれた以上、安全を考えて退却するのが兵法では常識である。

 だがこの戦争には政治が絡む。故に退却するという選択肢は採れない。採ってはならない。

 今回の戦争に参加している豪族たちはほとんどがカルロ派だ。

 カルロの王位継承が掛かるこの戦争はそう簡単に引けないのである。


 この戦での敗北は豪族たちの今後を決める。

 カルロでは無い次代の王が自分たちを厚遇してくれる可能性は限りなく無に近い。

 いや、領土を保障してくれるだけマシ。何人かの弱小豪族は間違いなく取り潰される。


 少なくとも自分たちならそうする。


 自分と家族の命、領土、財産、名誉。

 すべてが撤退により崩れ去る可能性がある以上、たかが後方の補給基地(・・・・・・・・・・)のために撤退は出来ない。


 採れる選択肢は一つ。すぐにドレス村を奪い返し、補給路を再構築する。

 敵は寡兵で地の利はこちら。

 十分に勝算はある。



 「大丈夫だ。軽歩兵を二千と騎兵を二百送ろう。ああ……騎兵がいればあっという間なのに。ドモルガル王はロゼル王国を怖がるばかりで少ししか貸してくれなかったからな……」



 敵は騎兵とはいえ、こちらが送るのは歩兵二千と騎兵二百。四・四倍の戦力差。間違いなくドレス村は取り戻せる。

 そもそも騎兵は籠城戦では役に立たないし、ロサイス王の国の騎兵などたかが知れている。


 おそらく平原で決着を付けようとしてくるだろうが……一応こちらも騎兵二百がある。

 十分対抗できるし、アデルニア半島に於ける戦の決め手は重装歩兵。

 敵にはそれが無い。


 今回の戦争はちょっとやそっとのことでは引き返せない。

 何しろ自分の出世……ではなくカルロの王位とドモルガル王の国の覇権が掛かっているのだから。




 その日の午後は午前と戦況は大して変わらなかった。

 ただロサイス軍の千人隊長以上の者たちだけは少しだけ浮かれていて、ドモルガル王の国の千人隊長以上の者たちは落ち込んでいたと記しておく。




 そして夜の戦い。



 「相変わらず五月蠅いよな……」

 「本当ですね。千人隊長。ところで昼の俺の戦いぶりは見ましたか?」

 「うん、見た見た。あとイライラするから黙ってくれ。眠いんだよ」


 ロンとヨゼフは敵軍を睨む。

 敵は太鼓を鳴らしたり、大声を上げたりするだけで攻める様子はない。


 だが敵に囲まれているという状況は本当に精神が疲弊する。


 「籠城戦は大変だな。食糧が足りてる分、マシだけどね」

 これで長期戦になったら地獄だろう。


 もっとも、長期戦にはならない予定だが。


 「ところで俺は作戦を知らないんですけど。どんな作戦ですか、千人隊長!」

 「言うわけないだろ。百人隊長に。まあ、明日には分かると……」


 ロンの瞳に一匹の梟が映る。

 梟はロンの肩の上に止まった。


 「ソヨンか?」

 梟は静かに頷く。


 梟は五、六匹注文したが、乗りこなせている呪術師はソヨンしか居ない。

 元々魂乗せを行うには何年もかけて信頼を作らなくてはいけないのだが……ソヨンは魂乗せには天賦の才が有るようで、あっさりと乗りこなして見せた。


 ロンは梟の足に括りつけられている手紙を取り外す。


 「じゃあ気を付けろよ。まあ、真夜中だからそう簡単には見つからないだろうけど」


 梟は闇夜に溶け込むように飛び去っていった。



 「千人隊長、何ですか? それは」

 「まだ開けてないけど。良い報告だと思うよ」


 ロンはそう言って、手紙をアルムスのところに持っていった。






 俺はソヨンが持って来てくれた手紙を読む。

 読み終わった後、それを慎重に折りたたんでポケットにしまった。



 「よし、俺たちの勝利は確定した。明日は……多分追撃戦だな」


 俺は頬が緩むのを感じる。

 ようやく面倒な籠城戦は終わりだ。



 「ロン。他の将軍たちに連絡しろ。守りから攻めに転じると」

 「了解です!!」


 ロンは駆けていく。

 その様子を見てバルトロは笑う。


 「マジで成功するとはね。敵に連絡が届くのは明日の朝か。敵さん驚くだろうな」

 「だな。恨みを晴らしてやろう。酒でも飲むか?」

 「良いねえ」







 「いやあ、良い朝だね。うん。敵は眠くて仕方が無いだろうけど。さあ、カルロ様。今日も元気に攻城戦をしましょうか」

 「そうだな。トニーノ。俺は早く帰りたいよ。正直ね。一週間も待ちきれないな」


 二人は爽やかな朝を迎えた。


 二人が服装を整えるのと同時に、兵士が全速力で駆けてきた。


 「何だ? そんなに急いで」

 「大変です!! ブラウスの街が陥落しました!」

 「いやいや、下手なジョークはよせよ!」


 ブラウスの街とは、アス領と隣接するドモルガル王の国の豪族の屋敷のある場所だ。

 ブラウス家はドモルガル王の国の中でも五指に入るほどの家で、カルロ派筆頭である。

 カルロ派=ブラウス派と言っても良い。


 ハハハ、トニーノは笑い、兵士の顔色を確かめる。 

 冗談じゃなさそうだ。


 「えっと……マジで? というかその情報が正しいと、後背地は全て敵に奪われたことにならない?」


 爽やかではない朝に代わった。



『チェック』です


ブラウス領ってのはロサイス王の国で言うところのアス領みたいなポジションのところです

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