第六十四話 七日戦争Ⅰ
僕らの七日間戦争の始まり
「トニーノよ。この戦争、勝てると思うか?」
ドモルガル王の国の第一王子、カルロ・ドモルガルは将軍トニーノに尋ねた。
「もちろんです。必ず勝利を齎します」
「そうか。では頼むぞ。全てお前に任せる」
カルロは作戦の指揮を全てトニーノに丸投げした。
カルロは二十歳。
カルロは第一王子だが側室の子供で、お世辞にもその立場は高くない。
だが王に一番の寵愛を受けた姫の子供であり、母親似であるため父親であるドモルガル王からは可愛がられている。
今回の戦争は領土拡張という目的の他に、カルロに功績をつけるという目的もある。
カルロの能力はお世辞にも高いとは言えない。
生まれつき体も強くなく、気質も大人しいので戦争は今回が初陣だ。
では内政能力は高いのか? と聞かれるとそうでもない。
頭もよろしくないのである。
だが唯一救われるのはカルロは自分のことを無能と自覚している無能であることだ。
そこがどっかの誰かとは違う点である。
故に仕事は優秀な部下に丸投げが基本である。
カルロの仕事は酒を飲んで、調度品を眺め、性奴隷とイチャつくだけだ。
そんなカルロを利用しようとしているのがトニーノである。
トニーノはカルロの母親の弟……つまりカルロの叔父に当たる。
元々トニーノの家は大した家柄ではないが、カルロの母親が宮中に上がったことでトニーノは大きな後ろ盾を得た。
本人も非凡な才能を持っていたためあれよあれよと出世をし、ついには一軍を任されるようになったのだ。
トニーノはカルロに重用されている。
理由は二つで、身内だからと純粋にトニーノが有能だからだ。
カルロが王になった暁には大将軍にして貰う約束を取り付けている。
とはいえトニーノはこの程度では安心していない。いつ反故されても可笑しくないからだ。
トニーノは自分の娘をカルロに宛がうつもりでいる。
そうすればさらに縁が強まり、自分の立場は絶対のモノになる。
「何ニヤニヤしているのだ?」
「いえ、申し訳ありません」
トニーノは大将軍に成った後の妄想を慌てて止める。
そして今回の戦略を思いめぐらす。
今回の目的はアス領の奪取である。
アス領さえ奪い取れればロサイス王の宮殿を落とすのは容易い。アス領とロサイス王の宮殿は目と鼻の先だからだ。
余裕があればアス領を落とした後、すぐにロサイス王の宮殿に向かうが……それは難しいと考えている。
ロサイス王の国は人口十七万。
根こそぎ動員すれば一万以上の兵力を集めることが出来るだろう。
そうなればなかなか厳しい。
トニーノの戦略はまずアス領を奪取して講和。
そして講和期間にロサイス王の国の豪族たちを離反させ、ロサイス王の国を亡ぼす。
一度ロサイス王の国の豪族―ディベル派に離反を勧めてみたが、断られた。ドモルガル王の国と結べば確実に勝てるが、そうなれば傀儡の未来しかあり得ない。
自尊心の高いリガル・ディベルからすれば受け入れがたい内容だったのだろう。
だが一度大きく叩けば動く可能性はある。
ロサイス王の国は南アデルニア半島南部では最大の国で、平原も多く、小麦の生産力も高い。
つまりこの国を手に入れた時点で南アデルニア南部の覇権は決まったようなもの。
だからこの国は慎重に落とす必要があるのだ。
この戦争はギルベッド王の国との戦いでもある。
どちらが先に南下を成功させるか、それに尽きる。
「そう言えばロサイス王の国のユリア姫はなかなか美人と聞くな。楽しみだなあ」
カルロは貧乏揺すりしながらぼやく。
「勝てばロサイス王の国の連中は全員奴隷です。だからあなたの物ですよ」
内心では褒美としてユリア姫を貰おうと考えていたトニーノは悔しく思いながらも答える。
アデルニア半島では負けた国の国民を奴隷にするのは一般的だ。
もっとも無条件で奴隷にするわけではない。
抵抗を早期に止めたり、協力した者は奴隷にはしない。
奴隷になるのは負けた側の国民の四割強くらいだ。
そもそも何十万も奴隷にしたところで買い手が居ない。
「そんなに残念そうな顔をするな。代わりにアス領の領主の妻はどうだ? 美人らしいぞ?」
「人妻ですか……」
トニーノは不満そうな顔をする。顔に全て出るのがトニーノの悪いところである。
トニーノは
「ふむ。お前は相変わらずだな。あんな膜どうでも良いだろう」
「いや、大事なのは膜じゃないんですよ。一度でも経験があるというのが問題なんですよ」
そんな下世話な話をしていると、要塞が見えてくる。
報告にあった通り、非常に堅牢な作りだ。
鼠による報告では八千ほどの軍勢が籠城の構えを見せているらしい。
「では暫く進んだら陣を張りましょう。早速、攻撃を仕掛けましょうか」
「うむ。任せたぞ」
ロサイス王の国とドモルガル王の国の間には大きな山脈―アデルニア山脈が横たわっている。
故に大軍が侵攻しにくい。
とはいえ山脈が途切れているところが一つだけある。伝承では大地が揺れたときに裂けたとか、巨人が踏みつぶしたとか、グリフォンと神龍が決闘した時に出来たとか言われている。
そこがアス領とドモルガル王の国とロマーノの森が接する場所。
猫の額ほどの広さの、その平原はテリア平原と言われている。
ドモルガル王の国がロサイス王の国に攻め入る場合、必ずテリア平原を通る。
平原と言っても少しだけ高低差が存在する。
テリア要塞はそんなテリア平原にある小高い丘の上に存在する。
テリア要塞は二枚の壁がある。
まず内側の壁。
木で出来た壁で、前から存在したモノだ。非常に脆い。
大事なのは外側の壁。
新たに建設された石壁だ。
壁は厚さ一メートル、高さは五メートル。
壁の外側には水堀が作られていて、掘りと門の間には跳ね橋が架けられている。
ちなみに門の数は二つ、南門と北門だ。
壁は門の両側が突き出ていて、突き出た部分は城壁ではなく塔のような構造になっている。高さは七メートルほど。
要するに門の周辺に弓による攻撃が集中しやすいようになっているのだ。
そんなテリア要塞の司令部にアルムスは居た。
「こちらの総兵力はロサイス王の国八千とエクウス族三百。合計八千三百」
思ったより豪族たちが兵士を出してくれた。
数は想定よりも多い。だが……
「敵の総兵力二万五千……」
「本腰入れて来たって感じだね」
テトラが報告書を読みながら言う。
さらに鼠からの報告では敵は多くの攻城兵器を持ち込んでいるらしい。
厄介だ。
だが良いことが一つだけある。
「敵が持ち運んできている攻城兵器が多いってことはそれだけ食糧を持ち込めていないということだ。都合が良い」
テリア要塞はアス領とドモルガル王の国の領境にある。
つまりテリア要塞の北側はドモルガル王の国だ。
今は収穫期なのだから、兵糧は小麦を刈り取り次第すぐに戦場に送れば事足りる。
食糧を持ってこなくても輸送は難しくない。つまりほとんどを補給線に頼るつもりなのだろう。
テリア要塞陥落後、ロサイス王の国の深くまで進攻した後はロサイス王の国の小麦を刈り取れば食糧は確保できる。
故に大量の兵糧をわざわざ持ち運びながら行軍する必要性は無い。
その分、攻城兵器を持ってきて短期決戦で砦を落とした方が経済的である。
ギルベッド王の国とか休戦協定を結んだとはいえ、ドモルガル王の国とは依然として仲が悪い。
どちらが南部を早く、多く確保するかの競争もある。
今回はロンたちを千人隊長として配置してある。
彼らにも功績を建てて貰わないと。俺の譜代の家臣が百人隊長止まりなのは問題だ。
「まあ、勝てるさ。三日も耐えれば十分だしな」
俺はにやりと笑った。
後に七日戦争と言われる戦争が始まろうとしていた。
籠城戦一日目
「さて、まずは囲んでしまいますか」
トニーノは全軍に号令を掛け、要塞を包囲させた。
「なあ、トニーノよ。今更聞くのも変だが……この要塞は無視してはダメなのか?」
「厳しいですね。我が軍は二万前後。食糧は三、四日分しか持ち込んでいません。略奪で食糧を確保することは出来ますが、敵が焦土戦術に持ち込んでくる可能性はあります。だから補給路の確保は必須です。となるとこの要塞は落とさなくてはなりません。また、ロサイス王の国の戦力はこの要塞に全て集まっているわけではありません。徴兵でさらにかき集めることも出来ますから。放置すれば挟み撃ちに合う可能性もあります。それに考えたくはないですが……敗北した際、撤退先があると無いとでは違います」
トニーノは丁寧にカルロに説明する。
カルロは納得したようで、満足気に頷いた。
「次はどうするのだ?」
「そうですね……取り敢えず威力偵察をしましょうか。奴隷兵を出します」
トニーノの指示で戦闘奴隷たちが隊列を組む。
彼らはギルベッド王の国との戦争で手に入れた奴隷だ。
千の奴隷が要塞に突撃した。
「まず第一波……首輪と鎖が着いてるな。奴隷ですかね」
ペルムは呟く。
言われてみれば確かに彼らは首輪と鎖を身に付けていた。
また装備も非常に粗末で、腰布一つの者や武器が棍棒だけの兵士もいる。
完全に使い捨てということか。
千の奴隷兵は二手に分かれ、南門と北門のそれぞれに攻撃を開始した。
当然ながら水堀の上は歩けない。
奴隷たちは掘りの中に飛び込み、泳いで城門に迫ろうとする。
装備が粗末なのが幸いして、溺れる者はあまり居ない。
だが……
「いいか。狙う必要は無い。弾幕を張れ」
「はは、いいねえ。訓練の成果を見せてやれ」
グラムとバルトロは弓兵に攻撃命令を出す。
基本的に戦争での弓というのは狙って撃つものでは無い。
大量に弾幕を張るように撃つ。
要するに数撃てば当たるだろうという考えだ。
下手に狙って撃てば相手に隙を与えることになる。
今回の敵は水堀を泳いでいる。
動きがのろいため、当て放題だ。
敵奴隷兵士たちは次々と射貫かれ、水中に沈む。
だが必死になって水堀に橋を架ける。
その上を奴隷兵たちが走り、壁に梯子を掛けて登っていく。
「それにしても粗末な装備だな」
グラムの弓が奴隷兵を貫通する。
奴隷兵たちは上半身裸で、身を守る盾も無い。次々に射貫かれては沈んでいく。
「お、撤退していくね」
バルトロは酒を飲みながら背中を向ける兵士を見る。
バルトロは背中を狙い撃とうとする弓兵を止める。
無駄に矢を消費する必要は無い。
彼らの運命はすでに決まっているのだから。
「はあ、無能どもめ。せめて一人は城壁を登り切ることが出来るとは思ってたが……期待するだけ無駄だったか」
トニーノは戻ってくる奴隷を眺める。
そして弓兵に指示を出す。
「撃ち殺せ」
十秒も経たないうちに、逃げ帰ってきた奴隷は射殺された。
「さて、顔と名前を確認しろ。こいつらの家族は殺す。名前が無かった奴は勇敢にも戦死した戦士。家族を解放してやるように鷹便を出せ」
トニーノは約束は果たす。
例え相手が奴隷でも。
「さて、奴隷兵。君たちの犠牲は忘れない!! というわけで水堀に橋は架かった。進軍開始……あれ?」
トニーノは目を疑った。
なんと水堀に架かった橋がいきなり吹き飛んだのだ。
訳が分からない。
「あ、あれが噂の火の秘薬……ずるいぞ!!」
こうして攻城戦は振り出しに戻った。
七日で全て終わります