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第六十話 騎兵Ⅳ

新ヒロインが登場します

 エクウス族の王には三人の妻が居る。


 一の妃、二の妃、三の妃と呼ばれている。


 ムツィオを産んだのは二の妃。

 長男を産んだのは三の妃。

 三男を産んだのは一の妃だ。


 基本的に数字が若い方が家柄的にも本人の立場的にも偉いことになる。


 今回、病気になったのは長男を産んだ三の妃だ。




 「ふむ……」


 ユリアは三の妃を触診する。

 続いて喉を見て、心臓の鼓動を確かめる。


 最後に()で魂をチェックする。


 「治せそうですか?」

 エクウス王は心配そうにユリアの診断を見守る。


 ユリアは頷いた。


 「はい。何とか。治療を行います。……一度皆さんには退室を。秘儀ですから」


 ユリアの言葉を聞き、アルムスやエクウス王を含めた面子がユルトから出る。


 全員が退室するのを確認してからユリアは三の妃に切りだす。


 「あなたは御病気ではありません。これは呪いです。それも非常に巧妙な。即効性はありませんが、徐々に体を蝕む厄介なタイプの呪いです。何か呪いの媒体になるような物を持っていませんか?」

 「呪い……ですか。媒体になるような物なんて……」


 三の妃は必死に思いだす。

 だが呪いの媒体になりそうな物など思いつかない。


 「病を発症する前……その二、三か月前当たりに貰って、今でも大事に取ってある物はありませんか? あなたが普段から使っている物です」

 「そう言われても……」

 「じゃあ一の妃や二の妃から貰った物は?」


 ユリアが三の妃に詰め寄る。


 「このペンダントは二の妃から貰いました。新年のお祝いに。ドモルガル王の国で採れた柘榴石(ガーネット)を使っているそうです」


 三の妃は緑色に輝く宝石が嵌められている。

 ユリアはそれを受け取り、臭いを嗅いだりして確かめる。


 「これは違いますね。他には? 一の妃から貰った祝い品は?」

 「この枕とか?」


 ユリアは枕を受け取り、臭いを嗅ぐ。

 そして顔を顰めた。


 「臭いですね」

 「す、すみません……」

 「いや、そっちじゃなくて呪いの方です。これ、切り裂いても良いですか? あとで縫い直しますから」


 それなりに高価な代物だ。

 切り裂いてしまえば当然元には戻らない。


 「構いません」

 「分かりました」


 ユリアはナイフを取りだし、枕を引き裂く。

 中から羊毛が覗かれる。


 羊毛の中にユリアは手を突っ込み、臭いの原因を引きずりだす。

 出てきたのはムカデの死骸だった。


 「蠱毒か……典型的な呪いですね。でも複数の薬で効果を制御してるみたいですね。匂いも巧妙に隠してある。一応呪い返しをしておきましょう。まあ、死ぬのは呪いを掛けた呪術師で、依頼した人間ではありませんけど」


 ユリアはムカデをポケットにしまう。

 そして薬箱から複数の薬草を取り出し、薬を作る。


 出来た薬を丸めて、保存用の草に丸めた。


 「三十個、一日に一度服用してください。浄化作用がありますから。これで回復すると思います。後はちゃんとご飯を食べて、睡眠を取って体力を付ける。それだけです。呪いに関しては……あなたに一任します」


 後継者問題が泥沼なのはお互い様だ。

 首を突っ込めば面倒なことになる。一先ず三の妃に任せるべきだろう。


 ユリアはそう判断した。






 「ということがあってね」

 「はあ、どこの国も後継者争いは大変だな」

 「本当だよね。うちの国みたいに居ないのも問題だけど、エクウス族みたいに多すぎるのも問題」


 俺とユリアはワインを飲みながら話す。

 重要な話をするからと人払いをしてあるため、敬語を使う必要は無い。


 別にエクウス族の後継者は多いことが問題ではないみたいだけど。

 どちらかと言えば妃の性格が問題が正しい。


 ユリアとテトラ、大丈夫かな?

 他人ごとに聞こえないんだよ。


 「でもさ、普通長男のメチルさんを狙うんじゃねえの? 赤子のうちなら狙いやすそうだけど」

 「それは厳しいと思うよ。だって警護が厳しいもの」


 なるほどね。苦肉の策というわけか。

 それに三の妃にだけ呪いが掛けられていると考えるのも早計か。

 親戚にも呪いを掛けたり、掛ける計画があるのかもしれない。


 「それにエクウス族はロサイス王の国よりも女性の地位が高いらしいよ。母親の発言力が大きいんだって。だからじゃない? 後ろ盾が死ねばやり易いでしょ」

 「確かに。ハイリスク・ハイリターンよりもロ―リスク・ロ―リターンの方が安全だしな」


 俺も慎重な方だから気持ちは分かる。

 でも長期間過ぎないか?


 あ、あんまり強い呪いだとバレてしまうからか。呪いってのは難しいな。

 暗殺には案外向かない。



 「あいつはどうなんだろ。ムツィオ」

 「ああ、アルムスが昨日一夜を共にした人?」

 「言い方が悪いぞ、言い方が。間違っては居ないけどな」


 飲み明かしたのは本当だけど。


 「そう言えば明日、新しい馬貰う約束なんでしょ? それでその後に交渉」

 「ああ、そうだよ。暴竜の鱗や牙の分配も明日だ」


 出来れば早く交渉を終わらせたい。

 ロサイス王の鷹便では今のところ大きな動きは無いという報告だけど。


 「私としては馬は白が良いと思うんだけど」

 「白か……うーん、俺は黒か赤が良いな。その方がカッコイイ」


 それに俺は王子様じゃないからな。

 豪族さまだ。白は似合わない。


 「さて、俺はそろそろ帰って寝るよ」

 「別に泊って行ってもいいよ?」 

 「バカ、大問題になるだろ。こっちの後継者問題に火を付けるのはもっと後だよ」


 俺はユリアを引き寄せて、唇を押し付ける。


 「じゃあ、明日」

 「ええ」







 「じゃあ取り敢えず暴竜の分配から始めようぜ。ま、二等分で文句は無いよな?」

 「ああ。問題は心金と逆鱗だ。どう分ける? 分けようが無いけど」


 心金は竜の心臓部にある特別な金属だ。

 特別な加工法でダマスカス鋼と混ぜ合わせると、ドラゴン・ダマスカス鋼が完成する。


 だがそれを打てるのは砂漠の民のみ。あっても仕方が無い。


 逆鱗は竜の鱗の一枚だけ逆向きに生えている鱗。

 他の鱗と比べて柔らかいので、弱点と言われている。


 色合いが美しいので、装飾品として価値が高い。


 「実は近頃結婚を控えていてな。逆鱗が欲しい。良いか?」 

 ムツィオは逆鱗を指さして言う。


 結婚を控えているのは俺も同じだが……テトラには何も送っていない。

 それなのにユリアに送るのは宜しくない。


 良いだろう。


 「分かった。俺は心金を貰おう」

 エインズさんなら換金するか、加工するかのどちらかをしてくれるだろうし。


 正直暴竜はどうでも良い。

 こいつの牙や爪や鱗は鉄並みに堅いが、加工が難しい。


 鎧にするのには丁度良いけど。


 数を確保出来ない時点で武具としては落第点だ。

 そんなことよりも馬が欲しい。


 あの駄馬の代わりになる馬が。


 「そんなにがっつくなよ。付いてこい。選ばせてやるから」

 「すまんな。代金は……」

 「取らねえよ。元々うちの部下が発見に遅れたのが原因だしな」


 俺はムツィオに馬小屋へ案内される。


 「ところで何か要望はあるか?」

 「そうだな。毛並は赤か黒が良いな。性格は勇敢な奴が良い。前の奴は大人しかったけど逃げたし」


 他にも黒色火薬を使う関係上、逃げ出すような奴は論外だ。


 「勇敢ね……そういうのは大概気性が荒いが、良いのか?」

 「その辺は見てから考えるよ。ダメそうなら別のにする」


 そんな話をしていると、馬小屋に到着する。


 「良い馬だけを集めてきた。左から四頭は繁殖用に去勢していない牡馬。右から七頭は去勢済みだ。好きに選んでくれ」


 俺は左から順番に馬を眺めていく。

 まずは去勢していない馬。


 気性が荒そうだが……こいつらなら吠えられて逃げることはなさそうだ。

 でもな……


 「やめとこう。乗れそうもない」

 と言うか乗せてくれなさそうな顔をしている。


 俺は馬に乗る技術は下手ではないが、上手いわけでも無い。


 落馬して死ぬとか嫌だしな。


 次に右から七頭を見る。

 大人しそうだし、足も早そうだ。


 悪くはないが……


 「うーん、パッとしないな。他のは無いか?」

 「向かいの馬小屋。一応あっちにも用意した」

 俺はムツィオが指さした馬小屋に向かう。


 「ここに居るのが雌馬だ。だがさっきの奴らよりは劣るぞ?」


 ふむ、確かにあそこに居た名馬には数段劣るように見えるな。


 だけど俺が求めているのは足の速い馬じゃない。いざという時逃げない馬だ。


 「少し大きな音を出して良いか?」

 「別に良いけど」


 俺は癇癪玉を取りだす。

 オオカミに襲われた時にお見舞いしてやろうと思っていたのだ。


 思いっきり地面に叩きつける。

 大きな音が鳴り響き、ムツィオが腰を抜かす。


 同時に馬が嘶き、暴れだす。

 落ち着くまで数分を要した。


 「おい、そんなデカい音出すなら最初から言え。ところで成果は出たか?」

 「ああ、こいつにする。驚かなかった」


 俺は赤い馬を指さす。

 色合いも俺好みだ。


 「そいつか……やめといた方が良いぞ。そいつ、顔に黒の斑点の模様有るだろ? 言い伝えだと黒い斑点のある馬は悪霊を呼ぶんだよ。それにそいつの母親はそいつを産んだ直後に死んでるし。最近も馬小屋で火事が起こって、何故かそいつだけ生き残ったし」

 「じゃあ何で入れて置いたんだよ。俺に選ばせるために集めたんじゃねえの?」

 「いや、ネタ枠だよ。分かるだろ?」


 分かんねえよ。お前は高校生か?

 まあ俺と同い年らしいから日本では高校生やってる年齢だけどさ。


 「まあ決めてしまったものは決めてしまったものだ。それに所詮迷信だろ? あと生き残る力が強いと捉えることも出来るしな」


 それに顔で判断されるのは少し可哀想だ。

 でも不吉なのに何で今まで育ててきたんだ? 


 潰してしまえば良いのに。


 「そいつの親が名馬だったんだよ。そいつ自身も結構能力高いしさ。繁殖用で育ててたわけ。まあ、お前が欲しいならやるよ。死んでも文句言うなよ?」


 死んだら言えねえよ。


 「ところで試し乗りするか?」

 「そうだな。相性悪いと問題だし」

 「それが良い。女も馬も乗ってみないと分からないからな。しかもそいつは雌馬だし」


 得意気な顔してるところ悪いけど、全然上手いこと言ってないぞ?







 「悪くないな。うん」


 俺の選んだ不吉馬はなかなか良い走りをしてくれた。

 慣れない鞍と鐙を取り付けても少しも暴れなかったし。


 キモが座ってる。


 「お前の名前どうしよう? まあ、後でいいか。取り敢えず『名無し』で。不吉馬は悪いからな。ん? どうして止まる?」


 突然名無しが止まった。

 なかなか動こうとしない。


 よくよく前を見てみると、生い茂る草の中に黒い塊が動いているのが見える。

 あれは……

 狼じゃねえか。


 何で初乗りで狼に出会うんだよ。こんな真昼間で、エクウス族の首都近くなのに。


 お前、マジで運悪すぎじゃね?


 「まあ良い。癇癪玉があるからな」


 俺は包囲網を縮めてくる狼を目で追いながら、ポケットから癇癪玉を取りだす。


 「ほら、あっち行け」


 癇癪玉を投げつけると、狼は怯えたように逃げていく。

 中には縮こまって、動けなくなる狼も居る。


 こうしてみると可愛いな。


 「さあ、早く逃げようか。何、気にするな。俺の運が悪い所為かもしれないし」


 こうして俺たちは無事にエクウス族の首都に戻った。

 さて、次は外交交渉だ。

人間化はあり得ません

念のため言っておくと、アルムスには獣姦の性癖は無いです


折角なんで『名無し』の名前を募集します

良いのがあったら採用します。なかったら自力で考えます

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