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第六話 狩猟と狩りと採集

 俺から十メートル先に木の板が立ててある。

 俺はその板を睨みながら、弓を引く。

 矢を引き絞り、狙いを澄まし、放つ。


 矢は見事に板の横を通過して森の中へ消えた。


 ……


 「リーダー下手くそ。これで十回目だよ」

 「う、うるせえよ! じゃあお前出来るのか!!」

 俺は弓をロン君に押し付けた。


 弓というのはすごく難しいのだ。

 弦が固いからかなり力を入れないと引き絞れない。

 力を入れないと狙いもぶれる。


 俺が下手くそなんじゃなくて、弓が難しいんだよ!


 ロン君は矢を引き絞り、狙いを澄ませる。

 そして放つ。


 矢は板のすぐ手前の地面にめり込んだ。


 「ロン君も出来ないのか。これじゃあ狩猟が出来ないじゃないか。どうしよう。困った」

 「そんな嬉しそうな顔で言うなよ! 大人げないぞ!!」

 「俺、子供だよ?」

 「精神は大人なんだろ!!」

 五月蠅い奴だ。精神は肉体に引っ張られるものなんだよ!!


 俺とロン君が言い合いをしていると、グラム君が俺たちから弓を奪った。

 そして無言で引き絞り、放つ。

 矢は見事に板に命中した。


 「嘘だろ!!」

 「グラムができるなんて可笑しい!!」

 「そ、そんなこと言われても……」

 まぐれだ。まぐれに違いない。

 見るからに運動音痴そうなグラム君が矢を命中させるなんてあるはずがない。


 「もう一回やってみて」

 「う、うん」

 グラム君は頷き、再び矢を構える。

 矢はあっさり板に命中した。


 これはまぐれじゃないみたいだな……


 「俺でさえかなり硬く感じる弓の弦をあっさり引き絞り、そして俺が掠りもさせられなかった板にあっさり命中させる……実は君、運動神経良いの?」

 「え? う、うん……多分……」

 多分って何なんだよ。もっと自信持てよ。


 「コツを教えてくれ」

 「えっと……弓や腕じゃなくて、背中で引くんだよ」

 背中で引く?

 取り敢えずグラムに手取り、足取り、教えてもらう。


 そうしたら簡単に引き絞ることができた。

 当たらなかったけど。


 まあいい。狩猟はグラム君に任せよう。


 「この三年が過ぎたらグリフォンの支援は無くなる。そうすると肉が食べれなくなる。俺たちが肉を食えるかどうかは君の腕前に懸かっている。頑張ってくれ!」

 俺はそう言ってグラム君の肩を叩いた。

 グラム君は緊張した顔で頷く。


 「でも弓って一つしかないよな? グラムだけじゃ厳しくね。もっと貰ってこないと」

 「まあまあ、慌てるな。俺も考えてある。取り敢えずこれを見て欲しい」

 「なにこれ? 袋?」

 「投石器だよ」

 グリフォンの奴は俺たちのためにウサギなんかを捕まえてきてくれる。その皮を剥ぎ取って作ったのだ。

 構造は簡単だが、結構苦労した。


 「こうやって使う」

 俺は投石器に石をセットして、大きく腕を振る。

 石はかなり遠くまで飛んでいった。


 「訓練すれば鳥くらいは落とせるようになるかもしれない。それに何より作るのが簡単だ。すでに三つ出来てる。手伝ってくれれば全員分、あっという間に用意できる」

 子供たちが自分にもやらせてくれとせがんできた。

 いやー、モテる男は辛いな。


 


___________



 「よし、釣れた!! どうだ! 結構大きく……」

 俺はロン君の足元を見る。

 そこには俺が今釣った魚よりも大きい魚が五匹……


 「何なんだよ!」

 「リーダーが凄く下手くそなだけだよ。すごく」

 「二回も言うな!!」

 俺の心が持たない。


 「釣り竿が二本しかないから一本はリーダーじゃなくて別の奴が持った方がいいよな」

 ぐぬぬぬぬ

 正論だ……


 でも、釣りじゃそんなにお腹は満たせないし。

 そんなに重要じゃないし。

 悔しくなんてないんだから!


 「しょうがない、じゃあソヨンちゃんにでもあげよう。二人でラブラブ釣りデートでもしてればいい」

 「な! 何言ってるんだよリーダー! 俺とソヨンはそんなんじゃ」

 顔を真っ赤にするロン君。

 よし、勝った。


 俺は優越感に浸った。


__________


 「この草は食べれる。あの木の実はそのまま食べれば腹を下すが、水に漬ければ毒素が抜ける」

 「さすがグリフォン様。ところでグリフォン様は肉以外も食べるんですか?」

 「当たり前だ。我もたまには草を食べたくなる時があるのでな」

 さすがグリフォン。

 ヘルシーだな。

 というか上半身は鳥なんだから木の実を食べても何も可笑しくないな。

 いや、鳥は鳥でも猛禽類だから可笑しいか。


 そう言えばこいつ、哺乳類と鳥類、どっちに分類されるんだ?

 どうでもいいか。


 「お主はどうしてこんなことを聞いてくる? 農業をするのでは無かったのか?」

 「農業は自然環境の変化に厳しいので。それに俺自身、そこまで農業に詳しいわけではありません。失敗する可能性もある。だから保険として」


 あの子供たちが捨てられたのは飢饉が起きたからだ。

 俺たちの畑で同様のことが起こらないという確信はない。


 「うむ、そうか。では我はそろそろ領地へ戻るぞ。眠いのでな」

 グリフォンはそう言って羽ばたいた。

 グリフォンはあっという間に飛び去ってしまう。


 「俺もそろそろ戻るかな」

 俺は村に帰ろうとした時だった。

 叫び声が上がった。


 これはロズワード君の声!!


 俺は走り出した。

 護身用として持ってきた鉄剣の柄を握る。


 どんな動物も顔は弱い。

 顔を殴れば驚いて退散してくれるだろう。

 もし怒り狂ってくるようなら……ロズワード君だけを逃がそう。どうせ無くなるはずだった命なのだから。


 走っていると、声が複数風に乗って聞こえてきた。

 「おい、動くなクソガキ!」

 「やめろ!! 俺なんか攫ってもしょうがないぞ。俺は親に捨てられたんだ! 俺の親はお前に食糧なんて渡さない!!」

 「バカだな! そんなことは知ってるんだよ。鉄剣をたくさん持ってるんだろ?」


 相手は人か!

 クソ、鉄剣を見せびらかしたのは失策だったか。


 でもオオカミやクマよりは弱そうだ。

 俺は少しだけ安心する。


 孤児院の院長から習った剣道が役に立つ時が来た。


 俺の視界に男とロズワード君が入る。良かった。ロズワ―ド君は無事だ。そして男も一人。

 しかも男の背後を取ることができている。


 俺は投石器を取り出す。男の背中で守られているので、ロズワード君に当たることはない。安心して投げられる。


 投石器から放たれた石は見事に男の頭にヒット。

 「痛ってえ!」

 男はロズワード君を放して、頭を抱えた。


 「ロズワード君!! 今のうちに!」

 俺がそう言うと、ロズワード君は俺の方へ走ってきた。


 さあ、早く逃げないとな。


________


 「待て! クソガキ!!」

 不味いな、追いつかれる。


 そもそも子供の足と大人の足では勝負にならない。

 どんどん距離が詰められていく。


 「ロズワード君はそのまま逃げろ! ここは俺が食い止める」

 「で、でも……」

 「早くしろ!!」

 俺が怒鳴ると、ロズワード君は一目散に逃げ出した。それでいい。


 「お、仲間を先に行かせてお前が時間を稼ぐってことか? 泣けるねえ。それにしてもお前、結構可愛い顔してるじゃん」

 男は木の棒を手に、ニヤニヤ笑う。

 木の棒といってもかなり太い。殴られたら場所によっては即死だ。


 「一つ聞かせてくれ。お前の目的は?」

 「お前らから鉄剣をせしめることだよ」

 「その後は?」 

 「その剣を食糧に変える。畑仕事なんかしたくねえんだよ。そして奴隷を手に入れる。まあお前が居るから予定は変更だけどな」

 「そうか、それは安心した」

 「安心?」

 「お前が馬鹿でクズということにだ!」


 俺は鉄剣を引き抜き、一気に男に肉薄した。

 男は木の棒で防御しようとするが、遅い。

 俺の鉄剣は木の棒ごと男の肉を切り裂いた。


 「ぎゃあああああ!!」

 「死ね!!」

 俺はもう一度剣を振り上げ、心臓に突き刺した。

 鮮血が吹きあがった。


________


 「良かった。油断してくれて」

 戦いでものを言うのはまず体格だ。背が高い方が相手を見下ろせて有利だし、巨体の方が力が出る。

 俺とこいつの戦力差は剣道の技術や武器の質を考慮しても離れていた。

 だがこいつは油断してくれた。


 素人同士なら一度肉薄してしまえば変わらない。

 実際、殺人事件を起こした殺人犯は武道の達人でも何でもない。

 刺した者勝ちだ。


 「仕方がなかった。このまま放っておけば俺の尻が犯されていた。剣が奪われれば飢える可能性もある。それに村の場所が知れて、大人が大勢来る可能性もある。ここで殺す必要があった。仕方がなかった」


 俺は自分を正当化する。正しかった。こうする以外、道は無かったと。


 そして死体を見下ろす。

 直後、猛烈な吐き気が込み上げてきた。


 俺は吐いた。

 胃の中の物をぶちまけた。


 別にこいつに同情しているわけではない。こんなクズ、死んで当然だ。

 ただ慣れないことをしたから気持ちが悪いのだ。


 「リーダー!! 大丈夫!!」 

 ロン君の声が耳に聞こえる。

 鉄剣を持った子供たちが目の前に居た。


 ロズワード君も元気そうだ。


 「大丈夫だ。俺は無事だよ」

 そう言いきった直後、気絶した。


___________


 俺は両親の顔を知らない。


 俺の保護者は孤児院の先生たちだ。


 時折、親に会いたいと泣き叫ぶ子供を見て、寂しい気持ちになったことがある。

 俺は会いたいと思うことが無いからだ。 


 俺の親はどうして俺を捨てたのだろうか?


 経済的に育てられなかったのか。

 それとも母親が未成年だったのか。

 レイプされて出来た子供だったのか。


 どちらにせよ、俺が男を殺したのと同じように自分に言い訳しながら俺を捨てたのだろう。

 結局、カエルの子はカエルだったわけだ。



_______


 「う……ここはどこだ?」

 「!!! アルムスが目を覚ました!!」

 テトラちゃんの大声が耳に入ってきた。

 何なんだよ、うるせえな。もう少し寝かせろ。


 ガタガタと物音を立てながら子供たちが俺に集まってくる。

 「何だよ。そんなに慌てて」

 「リーダーは三日も寝込んでたんだよ」

 三日?

 何でそんなに寝込んで……


 ああ、そうか。人を殺したんだっけ。

 それで俺は気絶したのか。


 思いだしても吐き気は込み上げてこない。

 三日、寝込んだことで精神が回復したのかもな。


 「兄さん! 大丈夫?」

 ロズワード君が俺の顔を覗き込んできた。

 兄さんか……いい響きだな。


 「大丈夫だよ。心配かけてすまなかったな」

 俺はロズワード君の頭を撫でた。


 ロズワード君は泣きながら俺の胸に飛び込んでくる。

 「心配したんだよ! 俺の所為で兄さんが死んじゃうかもって思って……それで!!」

 「すまなかったな。ちょっと慣れないことをして疲れただけだから。今日からまた働けるよ」


 俺はロズワード君の頭を撫で続ける。


 できれば父さんと呼ばれたいなあ……


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