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第五十九話 騎兵Ⅲ

 あれが暴竜……ティラノサウルスじゃねえか。

 いや、ティラノサウルスよりは小さいか?


 「暴竜は二足種の肉食竜。鱗の堅さは鉄と同じくらいだ。まあ隙間を狙えば案外何とかなるけどな。イケるか?」

 「まあ、これを使えばバターみたいなものだ」


 俺はドラゴン・ダマスカスの剣を引き抜く。

 ようやく役に立つときが来た。


 殿をするのは俺とムツィオの二名。

 逃げる時間を稼ぐだけとのことだから、大人数は要らない。それに数が少ない方に向かっていく傾向があるらしく、その方がユリアは安全とのことだ。


 守らなくてはならないのはユリアだから、ユリアに大人数を割くのは当然だ。

 その理論だと俺はユリアに付いて居なくてはいけないが……

 ドラゴンを相手にして帰って来た兵士の上半身が無かったりしたら気分が悪い。

 俺は加護も持ってるし、剣もある。最悪死なないだろう。

 加護は身体能力上昇系だと誤魔化せば良い。それだけなら知られたところで少しも痛くない。


 俺は何とかする自信があるし、竜とやらを近くでお目にかかりたいという興味もある。

 それに竜相手に尻尾撒いて逃げたと貶されそうだ。どっかの誰かに。


 まあ馬より足は遅いらしいので、全力で逃げれば何とかなる。

 今はもう薄暗い。このトカゲは夜目は効かないらしいから逃げられる確率も高い。


 ムツィオ曰く、普通夕暮れには暴竜は出歩かないし集団の人間を襲うこともないのだという。

 故にユリアたちが新たな暴竜の群れに襲われるというクリティカルなことは発生しないとか。まあロズワードには全力で守れと伝えてある。大丈夫だ。

 あいつなら大丈夫。


 ちなみに今回の暴竜は偶々飯にありつけなくて飢えているだけの様子だそうだ。


 「まあ、殺せるなら狙っていくけどな。さあ、行こう!!」


 俺たち二人は暴竜に向かって馬を走らせた。

 暴竜も真っ直ぐ俺たちのところに向かってくる。


 狙いを俺たちに定めたようだ。好都合。


 俺たちはユリアたちが向かった方向とは別の方向に逃げる。


 「さて、おちょくってやるか」

 ムツィオは後ろ向きに矢を放つ。

 矢は暴竜の鱗に阻まれて刺さらないが、衝撃は痛いようで暴竜の足の進みが鈍る。


 器用だな、全く。


 「■■■■!!!


 暴竜が口を大きく開けて咆哮を上げる。 

 五月蠅いだけで、俺自身に対した効果は無いが……


 「おい! 暴れるな!!」


 俺の馬が大暴れしだした。これでは前に進まない。

 馬が大きく体を反らしたため。俺は振り落されてしまう。


 「騅!!」


 逃げやがった、騅の奴。俺がお前にその名前を付けた願いを踏みにじりやがって。あの駄馬め。       

 勝手に暴竜の餌になってしまえ!!  


 まあ現状では俺が餌に成りそうなのだが。


 「おいおい、どうすんよ。二人乗りは……まあ追いつかれるな。仕方ない。ここで倒すか」

 「すまん。苦労を掛けるな……」

 「良いって、良いって。今度良い馬紹介してやるよ」


 何か彼女に振られて慰められているみたいだな。


 「さて、クソトカゲ。俺は今すこぶる機嫌が悪い。三枚に下ろしてやるよ!!」


 俺は一気に暴竜に肉薄する。

 暴竜は俺に向かって口を開け、噛みつこうとするがそんな鈍い攻撃は当たらない。


 俺は暴竜の足元に潜り込もうとする。

 だがなかなか潜り込ませてくれない。


 何度も何度も暴竜は俺に向かって口を開け、噛みつこうとしてくる。

 腕を振るい、俺を目掛けて爪を振り落とす。


 「おっと!」

 俺は慌てて剣で防ぐ。金属と金属がぶつかるような音が草原に響き渡る。


 俺は足を踏ん張り、爪をはじき返す。

 暴竜は怒りの咆哮を上げる。アデルニア語に訳すとすれば、「何で人間の癖にこんなに力が強いんだよ」と言ったところか。


 「援護する!!」


 ムツィオは暴竜の周りを馬で掛けながら、弓を射る。

 ブスッ、ブスッと音を立てて矢が暴竜に突き刺さる。


 さっきは突き刺さらなかったのにどうして今回は……


 そして気付く。

 あいつが矢を射るたびに、風が吹くのだ。

 これは後で問い詰めないとな。


 さて……


 俺はムツィオの援護のおかげで暴竜の足元に潜り込むことに成功する。

 暴竜はムツィオに夢中で俺に気付いていない。


 「さあ、転べ!!」


 俺は暴竜の腱を剣で斬り裂く。鮮血が吹きあがり、俺の体が真っ赤に染まる。

 血が吹きあがり、暴竜の体が大きく傾く。


 俺は転がりながら急いで暴竜の下から脱する。

 俺が抜け出すのと同時に、暴竜は音を立てて崩れ落ちる。


 「さあ、もう一本だ」

 俺は動き回る足に注意しながら、もう一本の足の腱を斬る。

 これで起き上がることは出来まい。


 「流石アルムス。その身体能力、後で説明してくれ。で、止めはどうする?」

 「ほっとけば死ぬだろ。後で死体を回収しよう。ところで……二人乗りさせてくれないか?」

 「良いぞ」


 俺はムツィオの馬に乗せて貰うことでユリアたちのところに合流した。






 「アルムス! 大丈夫……って血まみれじゃん! どこか怪我したの?」

 「これは暴竜の血だから大丈夫ですよ」


 そう言う俺の言葉を信じてないのか、心配だからか、ユリアは俺の体をペタペタ触って触診する。


 「ここ、怪我してる」

 「そんな擦り傷怪我の内に入りませんよ」


 あの駄馬に振り落された時に出来た傷だ。

 今度で会ったら馬刺しにしてやろう。


 「ところであの竜はどうなりましたか? ご主人様」

 ヴィルガルが聞いてきたので答える。


 「腱を切り裂いてきたから動けないよ。明日、死体を確認する予定だ」 


 もう暗いしな。

 竜は出てこなくても狼は出てくる。


 正直、竜一匹よりも狼の群れの方が厄介だ。


 「気軽に言いますね……普通、暴竜を倒すには十人は必要なんですけど」

 ヴィルガルが何かをボソボソと呟く。


 「じゃあさっき張ったユルトのところに戻りましょう。ユリア殿」

 ムツィオの提案により、俺たちは元のキャンプ地に戻った。






 「さて、アルムス。今夜は一緒に寝ようぜ」

 「……まあ良いけど。言葉は選べよ」


 何か変な目で見られた。

 ユリアも居るんだからやめて貰いたい。


 「つまみは俺が用意しよう。酒は宜しく」

 「分かったよ」


 俺は今回の交易品の中から出来るだけ良い酒を選ぶ。

 外交に必要なのだから経費だ、経費。問題ない。


 「さあ、我らの友情に乾杯!!」

 「乾杯!!」


 友人に成った覚えは無いけど良いか。

 ノリが大切だからな、ノリが。


 「さて……お前さんのイカれた身体能力に関する説明をしてくれ。噂じゃクマを殺せるとか聞いていたが、お前のはクマどころじゃない。実は人じゃねえだろ」

 「まあ軽くなら話してやろう。お前が矢を射る時に吹いた不自然な風の説明をしてくれればだけどな」


 俺がそう言うと、やっぱり気付いていたかとムツィオは笑い、そして話し始めた。


 「あれは加護だよ。俺は風を自由に操れる。『風精霊の加護』と名付けている」


 また加護か。

 妖精の所為なのね。


 つまりあの矢は風で威力を上げた矢なのか。なかなか便利そうだな。


 「それで、お前の身体能力は? 言っておくけどな、普通の人間なら最初の暴竜の一撃で喰われてるよ。どんな反射神経してればあれを避けられるんだって話だ。腱を削ぎ落とすのも技術が要る。あのトカゲは棒立ちしてるわけじゃない。常に足を動かしてるんだし。極め付きは爪を防いだとき。あいつは馬を吹き飛ばすくらいの腕力があるんだぞ?」


 まるで俺が人外の化け物のような言い方を……まあ強ち間違いじゃないけど。


 「俺も加護だよ、加護。『狩人の加護』って言うんだ。身体能力の上昇だよ」

 俺は嘘を言う。

 エインズさんに加護の話をした時、『狩人の加護』という身体能力上昇系の加護があると教えて貰ったのだ。


 別に騙したことへの罪悪感は無い。

 あっちも事実とは少し違うことを言っているだろうからな。



 「さて、俺としてはエクウス族と同盟を結びたい。そのために協力してくれないか?」

 「別に構わねえよ。金を払ってくれるんだろう? 俺たちは貧しい。だから収入が増えるのは大歓迎なのさ。毎年、少しでも羊の育ちが悪いと子を捨てるか、売るかしないといけない程貧窮している奴らも居るくらいだ。それに肉やチーズよりも穀物の方が長期間保存できる。だけどな、やっぱり他国のために血を流すのを嫌がるのは居るのさ。そこを何とかして貰わないと。あとドモルガル王の国とも敵対することになるし。それに穀物や塩だけだと命を掛ける代償としてはな……」


 ムツィオは酒を飲みながら言う。

 俺は考えてきた案をムツィオに話す。


 「要するにお前たちだけが血を流すのが問題なんだろう? 俺たちロサイス王の国もエクウス族が危機に陥った時に助けよう。これじゃダメか?」


 俺の言葉にムツィオは目を見開く。


 「いや、それなら文句は出ない。ルプス族に俺たちも脅かされているからな。ロサイス王の国は俺たちからすれば強国だ。大きな力になる。問題はドモルガル王の国が俺たちの真似をしてルプス族と同盟を結ぶことだが……アルムスたちも一緒に戦ってくれるなら、大丈夫だろう。でもそんな条件良いのか?」

 「ああ。ロサイス王様から交渉の全権は貰っている」


 片道同盟ではなく、相互同盟なら文句は出にくい。

 抑止力にもなるから、悪くない提案だ。


 ロサイス王様にはすでに許可を取っているし、よほど問題のある条約では無ければ自由に結んで良いと言われている。


 「でもロサイス王様は御病気だろ? 次のロサイス王が盟約を守ってくれるかどうか……」

 「それに関しても問題ない。次の王候補の許可は貰っている。誰かは言えないけどな」


 まあ、俺なんだけどね。


 「ふむ、それなら何とか。後は報酬と人数と人選次第か。まあ指揮官は俺で良いだろう。俺は賛成派筆頭だし。あ、そうそう、略奪はオッケーか?」

 「作戦に支障が無い程度には。でも心配しなくて良い。略奪に丁度良い場所は用意してある」


 騎馬民族にとって、戦争とは略奪だ。

 略奪の無い戦争などない。と言うか略奪のために戦争をやる民族だ。


 止めてもやるだろう。なら許可した上で場所を指定した方が良い。


 「ふーん、つまり戦場はロサイス王の国じゃなくてドモルガル王の国か。随分と自信があるんだな。それに場所指定か。儲かるんだろうな?」

 「ああ、儲かるぞ。農村から小麦を略奪したりする何てバカらしくなるほどな」


 俺は酒を飲みながら答える。

 俺たちもそこ(・・)で儲ける予定だし。


 「よし、後はユリア殿次第だな。ユリア殿が義母殿の病気を治してくれるかどうかだ」

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