第五十八話 騎兵Ⅱ
外交が始まります
まず第一の使節がエクウス族に送られた。
まず第一交渉が成立して、小麦・岩塩・ワインと羊毛・馬の交易が始まる。
ロサイス王の国は農業は盛んだが、牧畜はあまり盛んではない。
逆にエクウス族は遊牧で糧を得ているため、小麦などは輸入するしかない。
これはwinwin関係であっさり成立した。
やはりエクウス族の方も交易をしたかったようだ。
友達を作るのは最初の声掛けが大切ということだ。
その後も一月ごとに使節を送る。
十二月、一月、二月、三月、四月。
交易は順調に行われ、多くの利潤を生んだ。
ロサイス王の国とエクウス族の双方の仲が深まった頃、ドモルガル王の国に潜ませていた
六月頃にドモルガル王の国が大規模な軍事行動を起こすらしいと。
どうやら侵略ついでに小麦の刈り取りを狙っているようである。
ロサイス王の国側も防衛体制を整える。
俺もアス領で兵士の徴兵を開始した。
そして五月。七回目の使節が送られる。
今回は交易だけでなく、傭兵としてエクウス族の騎兵を二百人ほど雇いたいという申し出でも一緒だ。むしろこちらが本題なのだが。
エクウス族の方もドモルガル王の国の圧迫を受けているはずなので、悪くない話のはずだ。
当然戦費はこちら持ちだし、給料も払う。
死者が出たらその分、家族に遺族金を払う。
そういう条件だ。
だが流石に軍事行動はあちらも慎重になるようで、考えさせてくれと言う答えが返ってきた。
そして今度はエクウス族の方から使節が送られてくる。
あちらの要求は、トップ同士で話し合いをしようということだった。
要するに同盟を結んで欲しかったら誠意を見せろと。
とはいえロサイス王は出歩けない。
下手に外出すれば、エクウス族のところではなくあの世に行ってしまう。
そこで選ばれたのが……
「おお! 頂上だ。良い景色だね。そう思わない?」
「そうですね。あとそんなに崖の方に行かないでください。落ちたら死にますから」
俺は楽しそうに笑うユリアに言う。
今回、ロサイス王の名代として選ばれたのはユリアだった。
当初はライモンドさんが行く流れだったが、エクウス族の方がユリアが良いと言ってきたのだ。
高名な呪術師として有名なユリア殿に見て貰いたい病人が居ると。
確かにユリアの医者としての能力はピカイチだ。
ロサイス王の病を治すために今まで努力してきたのだから。
もっとも、どんなに頑張ってもロサイス王の病だけは治せないのが皮肉なことだ。
何でもロサイス王は呪術や薬が効きづらい珍しい体質らしい。
まあ、それはともかく……
ロサイス王は大反対した。
可愛い娘を外国に行かせるなど持っての他であると。
まあ罠の可能性もあるわけだから、当然の反応。
だが騎兵が無ければ作戦は成り立たない。
そこで俺が名乗りを上げたのだ。護衛として。
俺はロサイス王の国の中では一番強いと自負している。
俺が居るから安心だとロサイス王を説得したのだ。
それに俺はロサイス王の国を継ぐ予定になっている。ならエクウス族の王様に会って、顔を見せて置いた方が良い。
これからも頼りになるだろうしな。
さて、そんなこんなで俺たち二人(と護衛三十二名。内、俺が連れてきたロズワードとヴィルガル含む十二名。ロサイス王が付けてくれたのは二十名)はアルヴァ山脈を渡っていた。
馬車なんて使えないので、全員馬に乗っている。
そして意外なことにユリアはなかなか馬に乗るのが上手い。
流石は呪術師と言うべきか。
確か山頂で待ち合わせだったはずだが……
「あ、来たみたい」
ユリアが遠くを指さす。
そこには馬に騎乗した三十人ほどの集団が居た。旗のマークからエクウス族だということが分かる。
「おーい!!」
ユリアはエクウス族の集団に手を振る。はしたないからやめて貰えないか? 我が国の沽券に関わるんだけど。
とはいえそんなことはユリアには通じない。
そしてエクウス族の集団を率いている男も男で、手を振り返してきた。
どっちもどっちだ。
体感時間で約五分後。
ようやくエクウス族と合流することが出来た。
先頭に居た男は馬を一歩前に進める。
「私の名はムツィオ・エクウス・スルピキウス。エクウス族、族長の次男です。あなた様がユリア姫で間違いありませんか?」
「はい。私がユリア・ロサイスです。ロサイス王の名代として来ました」
ユリアとの自己紹介を追えると、ムツィオは俺に視線を合わせる。
「あなたは?」
「アルムス・アスです。アス領を治める領主です。今回はユリア様の護衛として同行しています」
「なるほど、なるほど。あなたが有名なグリフォンの息子殿か。アルムスと呼んでも? 代わりに私のことはムツィオで良い」
「別に構いませんが……」
馴れ馴れしい奴だな。おい。
「はは、敬語なんて使わなくて良いさ! 俺は所詮次男だからな!!」
バシバシと背中を叩かれる。
こういうタイプは初めてだな……
「ああ、そうか。じゃあ敬語は使わないことにしよう。あと背中を叩くのはやめてくれ。痛いから」
「おっと、これはすまん、すまん」
ムツィオは俺の背中を叩くのをやめる。
こういうやたらと馴れ馴れしい奴は前世も今世も含めて、接したことが無い。
俺は早々に人間関係について悩むことになった。
「それにしてもユリア殿もアルムスも乗馬がお上手だ。秘訣はその変な器具にあるのかな?」
ムツィオは早々に鞍と鐙に興味を持ち始めた。
ムツィオを含め、エクウス族は全員裸馬に乗っている。
物珍しいのだろう。
「馬の上に乗りやすいように座席を設け、足を掛ける足場を用意する。なるほど、確かに乗りやすそうだし、武器も扱いやすそうだ。その器具の作り方を教えて貰えないだろうか?」
「じゃあ次の使節の時にいくつか持ってこさせましょう。今皆さんに渡すと帰れなくなってしまうので」
ユリアが冗談めかして言う。
鐙と鞍の構造は非常に簡単なので、原始的な物ならすぐに作れる。
どうせ模倣されるなら現物を渡して仲良くなった方が良い。
「でもエクウス族の皆さんから購入した羊毛は素晴らしいですね。我が国の羊毛とは比べ物にもならない」
「はは、我々の主産業ですから。秘訣は運動させて、沢山良質の草を食べさせて伸び伸び育てることですかね。でもロサイス王の国の小麦も素晴らしい。あれほど美味しい小麦は我々では作れない。ぜひ秘訣を教えて貰えないだろうか?」
ロサイス王の国はアデルニア半島の中では温暖で、雨も比較的多く、土地も肥えている。
つまり良質の小麦が収穫できる。
流石に最近農業を学んだばかりの連中に負けるわけない。
「私は農業にはあまり詳しくありませんが……アルムス殿は詳しいですよね?」
ユリアが急に俺に話を振ってきた。
確かに詳しいが……
「アルムス、ぜひ教えてくれ!」
「まあ……構わんが……そちらの農業方法を見ないと一概には言えない。まあ、そうだな。一般的な話からしよう。まず農作物を育てるのに必要な三つの要素だ」
俺はムツィオにざっくりと農業について教える。
「必要なのは水と太陽と土の養分。この三つのうちどれかが欠ければ育たない。水と太陽に関しては天候任せだな。まあ水は川から引っ張って来れるが。人が操作しやすいのは土の養分」
俺の言葉にムツィオは首を捻る。
「養分?」
「農作物にやる飯のようなものだ。良質な羊毛を作るには草をたくさん食べさせなくてはならない。それと同じように良い農作物を作るには養分を大量にやらなければならない。この養分はほとんどの土に含まれているから最初は問題ない。だが問題は枯渇することだ」
俺がそう言うと、ムツィオは何か閃いたようだった。
「なるほど。だから年々収穫が減っているのか。天候は悪くないのに可笑しいと思っていたのだ。それでどうやって養分を元に戻すのだ?」
なかなか理解が早いな。
さてさて、どこまで説明するか。
「まず一般的な方法は畑を休ませること。つまり一年間何も育てないという方法だ。一年で畑に養分がある程度戻る」
「ふむふむ。だがそれだと耕作地を減らさなくてはならないな。それに完全に回復するわけではないのだろう?」
早く次を話せ。
ムツィオの目がそう語っている。
「足りない分は人為的に補ってやれば良い。そうだな……例えば灰を播くとか。あと森から持ってきた土を播くとかな。森の土は養分が大量に詰まっている。あれだけ大きな木がたくさん生えていることから分かると思うが」
俺は周りの木を見回しながら言う。
人間が手を加えていない森なので、無秩序に巨木が先を争うように生えている。
どこかの本で書いてあったな。都会の人間が憧れて思い描くのような森は人間の手が加わった場所だと。
実際の森はもっと恐ろしい場所なのだ。
ロマーノの森のこんな感じだったな。生えている木の種類は若干違うけど。
「ほう、森の土か。今度試してみよう。他にあるか?」
「無いことは無いが……それに関しては同盟締結後に話そう」
羊の糞は肥料になる。
これは黙っておこう。
輪裁式農業に関しては同盟締結後も言うつもりは無い。
取引次第ではあるけど。
「ふふ、意地悪だな。これは父を説得しなければならない理由も増えた」
ムツィオは賛成派なのか。
まあ農業に関しても積極的なようだし、革新派の人間なのだろう。
「エクウス王様はどうして反対をしているのですか?」
「うーん、元々父は保守的な考えの人ですからね。農業も嫌ってますよ。あんな土を引っ掻きまわすような真似は嫌いだって。交易にもあまり賛成とは言い難かったですね。贅沢を憶えれば我々の文化が破壊されると。今回の同盟は外国の事情に巻き込まれるのは嫌だというのが主です。関係ない戦で血を流すのもバカらしいというのもありますね」
話を聞く限りだと、頭が固いわけではなさそうだ。
農業は嫌いなだけで、反対はしていない。交易も賛成ではないだけで、反対ではないと。
利益を確実に産むから、許すという感じだ。
だが同盟は反対。
反対の理由ももっともだ。
説得するのが難しそうだな。
だがリスク以上のリターンを提示すれば問題ない。
交渉の権限があるのはユリアだが、ロサイス王からは実質的にはお前が取り仕切れという命令を受けている。
ユリアの交渉能力は怪しいからな……
「おっと、あと少しで山を抜けるな。山を降りたらすぐにキャンプを張りましょう。良いですか?」
「ええ、そうしましょう。もう夕暮れですしね」
どうやら山を降りたら野営をするようだ。
ようやく休める。
流石に長時間の騎乗は疲れるからな。
山を下りると、広い草原が広がっていた。
灌漑設備が整い、肥料の開発が進めば農業も出来そうだ。
もしかしたら一大穀倉地帯に……なるかどうかは分からないが、絶望的なほど乾燥しているわけでも無いし。
「さあ、早くユルトを建ててしまおう」
エクウス族は巨大なテントを張り始める。
未だに住居は騎馬民族のモノを踏襲しているのか、それとも今だけか。
「エクウス族の家はすべてユルトなのか?」
「まあユルトを使ってる平民は多いな。でも王族や貴族は都に建物としての家や宮殿を持ってるよ。夏と冬の都が有って、季節によって変えるんだよ」
それだと帰ってきた時に家が埃まみれになってそうだけど。
管理する人間を残すのかな?
生粋の遊牧民ではなく、半牧半農って感じだな。
言葉も少し訛ってるがアデルニア語だし。
何だかんだでユルトが建て終わろうとした時、ムツィオの部下が大慌てでやってきた。
「大変です!! 暴竜に接近されました!」
「バカ! あんなデカブツどうやったら見過ごす? 何でちゃんと見張って無かったんだよ!!」
ムツィオが怒鳴り声を上げる。
竜?
「すみません……もう日も暮れてきたから現れないモノだと……」
「ったく仕方ねえな。あいつが走りだすと手が付けられねえからな……」
ムツィオは俺に振り返って尋ねる。
「すまん。こっちの不手際だ。暴竜に接近されちまった。俺たちで食い止めるからユリア様を逃がしてくれないか? ……竜退治に自信があるなら参加してくれた方が嬉しいけど」
どうだろう?
戦ったことは無いけど。
「一応ドラゴン・ダマスカスの剣は持ってるぞ」
「上出来だ。一緒に竜退治と行こうぜ」
アルヴァ人、関西弁にしようかなと思ったけど、面倒くさかったからボツ