第五十六話 妖精
準備編です
「控えめに言ってあの男は『大王』の器には見えないんだが……間違っている可能性は無いか?」
ロサイス王はなかなか酷いことを言った。
俺も同感だけど。
実は『大王の加護』ってレア度低いのか?
俺だけ特別じゃないの? というかあんなんでも手に入るの?
少し落ち込むな……
「うん。私の『看破の加護』はほぼ正確だから。アルムスの持っている能力と同じ……自分を支配者と認めた人間の数だけ身体能力が上がる。そして自分を信望している……忠誠心の高い人間に効果が波及して、身体能力が上昇する。同じだよ」
「実は俺たちが分からんだけでリガル・ディベルは大物なのか?」
そうだとすると俺の目は曇っていることになるんだけどな。
「うーん、どうだろ。一応ディベル領の領民はリガルのことを支配者としてそれなりに恐れているみたいだから身体能力は高いと思うよ。ほら、三年くらい前にクマを殺して自慢してたじゃない?」
そうか、支配者として認めさせられれば良いだけど、別に本人の器とか関係ないのか。
そりゃ領民なんて支配者の人格知らないからな。
当たり前か。
「それにしても、どうしてリガル・ディベルなんかにそんな加護が……」
「さあ? でも妖精って気まぐれだからね」
妖精?
「なあユリア。妖精って……あの悪戯好きの妖精か?」
アデルニア半島には妖精という民間伝承がある。
妖精は悪戯好きで、人間にいろんな悪戯をすると。
妙に運が悪い日や、良い日は妖精の仕業。
突然雨が降りだしたら妖精の仕業。
そんな具合だ。
「そうそう。いろいろ調べてみるとそういう説があったの。根拠は笑い声だって。聞いたことない? 子供の笑い声。加護を貰うときにさ」
子供の笑い声か……
分からん。もしかしたらあるかもしれないけど……
俺が加護を持っていることに気付いたのは何年も前だからな。
そんなこと忘れた。
「そっか。アルムスは知らないんだね。私は何度も聞いたことあるよ。アルムスと初めて会った時も少しだけ聞こえたし。人によって聞こえ安さがあるのかな? まあ、とにかく、私は子供の正体は妖精だと思う。妖精と言えば子供のイメージだし」
つまり便宜上妖精と呼んでいるだけか。
そう言えばグリフォン様はよく『小僧ども』とか言ってたな。
子供みたいな存在であることは間違いないようだ。
「妖精って結構えげつないエピソード多いじゃない?」
「確かに……それもそうだけど」
妖精のエピソードはそれこそ星の数ほどある。
全て人間に妖精が悪戯をするという内容だ。
妖精エピソードは四つに分類される。
ほっこりする話、人間が騙されて損するけど、家族との絆など大切なものに気付けたみたいな教訓話。
そして人間が散々な目に合う話。
そして最後……人間が妖精の悪戯で死んだりする話。
具体例を一つ上げよう。
________
昔、昔。一人の男が居た。
その男は村にいた幼馴染が好きで仕方が無かったが、幼馴染は村長の息子と結婚してしまう。
失意にくれていると、妖精が夢に出てきて言った。
明日の夜、森の中に行き、山頂に生えている大木を、日が昇るのと同時に射なさい。
最初こそ男は無視したが、毎日のように夢に出てくる。
あるとき、男は妖精の指示に従ってみることにした。
日出と同時に男は大木を射る。
すると男が射るのと同時にウサギが飛び出してきて、ウサギに矢が刺さった。
以来、男は妖精の指示に従うようになる。
男は妖精の指示のおかげでどんどん豊かになり、同時にモテるようになる。
だが男の心は幼馴染にある。
あるとき、妖精は男に言った。
君の幼馴染は脅されて村長の息子の妻に成った。君は村長の息子を殺すんだ。そしたらすぐに逃げれば良い。裏手の葡萄の木の下には金貨の袋が埋まっている。そのお金があれば逃げられるよ。
男はその指示に従って村長の息子を殺し、目撃者である村長とその妻を殺した。
そして幼馴染に駆け落ちしようと提案した。
だが幼馴染は抵抗した。
男と幼馴染は揉め合い、偶然刃物は幼馴染に刺さって幼馴染は死んでしまう。
男は慌てて逃げ帰り、葡萄の木の下を掘り返す。
袋が出てきた。
だがその中に入っていたのは金貨ではなく、牛の糞だった……
__________
物語はここで終わりだ。
要するに、世の中都合の良い話は無いから騙されるなと言う教訓なのだが……
ここまで酷い必要性はあるのか?
そして何が怖いのかというと、この話で出てくる妖精には何のメリットも無いことである。
つまり妖精は悪戯で人間に人間を殺させたのだ。
「妖精なんて何考えてるか分からないからね。私も何故かモテモテだし」
そう言えばこいつ、加護を沢山持ってるんだったな。
「奴の加護に関してはそこまで警戒しなくても良いだろう。アルムスの加護で十分対抗出来るしな。妖精のことも今はどうでもいい。そもそも仮説だろう?」
ロサイス王はそう言って話を打ち切る。
話が逸れてたな。
「一先ず俺は帰ります。戦略に関してはバルトロたちも含めて後で話しましょう」
「それもそうだ。じゃあ三日後、ここへ来い。誰にも知られないようにな」
俺はロサイス王に一礼してから、その場から去ろうとする。
だがユリアがそれを引き留めた。
「待って! 私も連れてって」
「ん? それは問題があるんじゃないか」
誰にも知られないようにしても、ユリアが宮殿から消えたことはすぐに分かる。
騒ぎになるだろう。
「分かってるけど……テトラには話したいから……」
ユリアはそう言ってロサイス王に目を向ける。
「私が『ユリアは特別な儀式のために宮殿を出ている。場所は王家の秘密で話せない』みたいなことを言っておく。だから好きにしろ」
つまり連れていっても良いってことか。
「全く……馬車を借りていいですか? ロサイス王様」
「ああ。さすがに馬に二人乗りしている姿を見られたら誤魔化せないからな。あと一つだけ」
ロサイス王が俺を呼び留める。
「工作するのは良いが、本格的にリガル・ディベルとはまだ敵対するな。最低でもドモルガル王との戦いが終わるまでは。内戦を起こすのは全ての準備を整えてから、不用意に刺激するな。まあ、それを考えればお前があの時、示談で下手に出てくれたのは助かったな。あの時に全面戦争にまで発展していたら今、この国は存在していなかった」
「分かってますよ。もう一度下げた頭ですからね。暫くは下げ続けるつもりです」
内戦は悲惨だ。どっちが勝ってもマイナスしか残らない。
だから全てを一瞬で終わらせる必要がある。それまでにはリガルに悟られるのは困る。
「さて、到着したが……ユリア、取り敢えずこの袋被っとけ」
俺はユリアの頭に袋を被せる。
これで絶対にばれない。
俺はユリアの手を握り、慎重に馬車から降ろす。
目の部分を開ける暇は無かったので、ユリアが前が見えていないはずだ。
「あ、アルムスさん! どこ行ってたんですか? テトラさんが心配……ユリアさん?」
何故バレた!!
「だって髪の毛出てるし……」
あ、しまった。そう言えば紫紅色の髪の毛の女はユリアくらいしかいないよな。
とはいえ、こいつの髪の毛まで入るほど大きな袋は無かったからな……
「何でユリアさんを?」
「話は後だ。取り敢えず屋敷の中に入れるぞ」
屋敷の使用人のほとんどはユリアの顔なんて見たことないだろうから、多分髪の毛を見られてもユリアだとは分からないだろう。
とはいえ念のためだ。
急がないとな。
誰かに見られる前に、奥の部屋に入ってもらう。
「ということだからじっとしてくれ」
「え、あ! ちょっと……」
俺はユリアを抱きかかえて、全力で走る。
「絵面が人攫いみたいですね」
「うるさい」
「ユリア。私は非常に怒っている」
テトラはユリアに会うと、開幕からそう言った。
俺はテトラとの付き合いはかなり長いが、こいつの感情は非常に分かり難い。
怒っていると自称しているが、普通の人から見ればいつもと変わらない表情だ。
とはいえ、よく見ると眉のあたりがほんの少しだけ動いているのが分かる。
これはテトラが怒っている時、特有の動きである。
十段階中七くらいだな。
だけどテトラって別に二人目良いって言って無かったっけ?
だから俺、ユリアを貰うことにしたんだけど……
「ご、ごめんなさい……」
ユリアは縮こまるようにして謝る。
テトラはそんなユリアをじっと見つめながら言う。
「今、あなたは謝った。それは何に対する謝罪?」
「え? それは……アルムスを奪っちゃうことと第一正妃の身分を奪ってしまうことだけど……」
「別にそれに対しては怒っていない。私は世俗的身分にはそこまで興味は無い」
じゃあ何に怒ってるんだよ。こいつは……
「あなたは私に相談を一つもしなかった。そうしたらもっとアルムスの背中を押してあげることも考えた。それに、悪いと思ってるなら最初に一言断るべき」
「うっ……おっしゃる通りです。ごめんなさい……」
ユリアはテトラに頭を下げて謝った。
テトラは笑みを浮かべる。
「宜しい。許してあげる」
どうやら解決したようだ。
めでたしめでたし。
「でも本当に良いの?」
「うん。だって私はアルムスの一番だから。何があっても私がアルムスと最初に結婚した女であることは不動。それに大事なのは愛だから。身分とかどうでもいい。……まあユリアは気になって仕方が無いようだけど」
「ちょっと! 何その言い方。まるで私は正妃の立場が欲しくて仕方が無いみたいじゃない!!」
何か分からんがまた険悪になったぞ……
取り敢えず止めた方が良さそうだな。
「お前たち。俺のために争わないで……痛! 杖で叩くな!」
テトラは俺の頭をポカポカと杖で叩く。
テトラの杖は木の円盤が何枚も組み合わさっているので、かなり重い……これは木の重さじゃないぞ。
「おい、お前その中に鉄の棒入れてるだろ!」
「ブッブー、正解は……」
テトラは杖の先端部分を握り、捻ってから引っ張る。
黒光りする刃が現れた。
「仕込み刃。カッコいいでしょ?」
「カッコいいのは同感だけど、それで叩かないでくれ。下手したら死ぬから……」
「ねえ、テトラ。それ私のも作ってくれない?」
こうして俺たちは立場は変われど、元の関係に戻った。
俺は信頼できるメンバーを集めた。
ロン、ロズワード、グラム、ソヨン、ルル、イアル、ボロス。
この七人だ。
別にこの七人以外のメンバーを信頼していないというわけではない。
だが情報と言うのは知る人間が増えれば増えるほど流出する可能性が増す。
拷問されて話してしまうという可能性は十分にあるため、大勢には話すことが出来ない。
本当に悪いことだが……
彼らの正面に右からテトラ、俺、ユリアの順番で座る。
全員の視線はユリアに集まっている。
ある程度は勘づいているだろうな……
「単刀直入に言うぞ。ユリアと結婚することになった」
全員の息を飲む音が聞こえた気がした。
静まり返る部屋。
最初に発言したのはロンだった。
「……それはリーダーが……王様になるということで良いんですか?」
「そう言うことになる」
俺がそう答えると、七人が顔を見合わせる。
「「「「「やったー!!」」」」」
ロンとロズワードとグラムとソヨンとルルは手を合わせ、嬉しそうに叫んだ。
イアルとボロスの顔も綻んでいる。
「今まで心配だったんです!! ユリアさんがあのリガルっていう奴と結婚するかもって聞いてたから……それに最近アルムスさんも元気無かったみたいですし! これで安心です」
ソヨンがニコニコと笑いながら祝福してくれた。
そうか……俺はそんなに元気がなさそうに見えていたのか。
心配させちゃったのは悪かったな……
「でもそれは本格的にディベル家と矛を交えるということになりますよね?」
「ああ。そうなるな。だからみんなには迷惑を掛ける。これは……云わば俺とユリアの恋愛事情なんだ。それにみんなを巻き込むのは悪いと思っている。すまない。それと……協力してくれ!!」
俺がそう言うと、七人はニヤリと笑う。
「アルムスさんの都合に振り回されるのは今更じゃないか。水臭い。そんなことをいちいち頼まないで下さいよ」
グラムに続けて、ロズワードも言う。
「あのディベル家は気に入らないと思ってたから。こうなるならあの時、槍で刺しておいた方が良かったかな?」
ロズワードは少し後悔の表情を浮かべる。
いや、あれは英断だったぞ。
全面戦争に成ってたら周辺諸国が介入して収集がつかなくなってたから。
「アルムス様。おめでとうございます。ですが一つだけ確認させてください。テトラ様はどうなりますか?」
ボロスは俺を正面から見つめる。
当然彼としては気になる内容だろうな。
俺はボロスをしっかりと見つめながら、テトラを抱き寄せる。
「テトラが妻であることは変わらない。正妃というわけにはいかないが……決して蔑ろにされるようなことは無いと約束しよう」
「そうですか……付かぬ事をお聞きしました。申し訳ありません」
ボロスはそう言ってから、頭を深く下げた。
興奮も冷めてきたところで、イアルが口を開く。
「ですがアルムス様。アルムス様の即位にはディベル派以外の反発も予測されるのでは? それにディベル派への対応はどうなっているのですか?」
「当然考えてある。まずディベル派以外の反発だが……近い内にドモルガル王の国が侵攻してくる可能性が高い。その際に、最高司令官にして貰う。それで大きな功績を立てればある程度は抑えられるはずだ。それとディベル派への対応だが……内側から崩そうと思う」
「内側ですか?」
「そうだ」
ディベル派は大きい。
まともに戦えば血で血を洗う戦いになるだろう。
負けるとは思わないが、厳しい戦いになる。
俺を支援してくれるのは、テトラの親戚……つまりアス家の親戚だ。
だがアス派は本家が一度途絶えてしまったこともあり、ここ数年で大きく勢力を後退させてしまった。
一方ディベル派は派閥としてはそれなりに纏まっているため、後退したアス派を埋めるように力を伸ばした。
俺が現れたことでアス派も盛り返してはいるが、それでもほど遠い。
鍵を握るのはアス家の親戚でもなく、ディベル家の親戚でも無い豪族だが……
ほとんどはどこの馬の骨か分からない俺よりもディベル家につくだろう。
普段の政争なら俺の味方をしてくれる者も、王位継承権争いとなれば日和を決めるに違いない。
だからできる限り有利に持ち込むために、ディベル派筆頭であるディベル家本家に楔を打ち込む。
「これはロサイス王やライモンドさんに聞いた話だが……ディベル家には二派閥があるらしい。一つはリガルの腹心の部下であるベルメット筆頭の非ディベル家の家臣団。もう一つはジルベルト筆頭のディベル家親戚の家臣団。前者は有能だが、地位はベルメットを除いて低い傾向にある。後者は血筋で選ばれているため、有能な者は少なく、重職についている。そしてリガルは親戚を信用する傾向にあるらしい」
親戚で家臣を固めるというのは悪い手ではない。
血筋ほど信用出来るものは無いし、結束も固まる。
俺だって側近はロンたちで固めているしな。
だが親戚しか重職につけない、信用しないというのは少し問題だ。
親戚たちは家族であることを良いことに失敗を気にしなくなるし、自分の立場に胡坐をかく。
ロンとロズワードとソヨンにやられたジルベルトという男が良い例だ。
普通、あそこまで失敗すれば格下げくらいの処分をくらうものだが、奴は一週間の謹慎で済んでいる。
これは非常に喜ばしいことだ。
敵が無能であることに越したことは無い。
だが一人だけ懸念材料が一つ。
ベルメットという男。
ベルメットは噂に聞くとかなり有能な老人らしい。何でも今のディベル家の勢力がここまで拡大したのはこの老人のおかげだとか。
確かにあの老人からは気迫のようなものを感じだ。
例の目の前で領民を虐殺するという性格の悪い策はベルメットが立てた作戦らしい。
正直なところ、それだけでは本当に有能なのかは分からない。
俺はベルメットという男を知らなすぎる。
だが危険であるということは分かる。
あのベルメットという男を除くことが出来れば、ディベル家は上と下で真っ二つに割れるだろう。
「そういうわけなんだが……上手い手は無いか?」
俺がそう提案すると、みんな黙り込んでしまった。
何だかんだでリガルのベルメットへの信認は厚い。
これを崩すのは並大抵のことではない。
「一応策はあります」
そう言ったのはイアルだった。
おい、本当かよ。
「リガル・ディベルは身内しか信用しない。つまり猜疑心が強い男なのでしょう。それを利用します。ただ……これには下準備と莫大な金が必要です」
「構わない。それで作戦は?」
俺が聞くと、イアルは作戦を語りだした。
一応二章の書き溜めが終わりました
七十四話で終了です。
本格的に話が動くのは六十三話からです