第五十五話 悩み事Ⅱ
sekkyooooo
のお時間です
二話更新です
あっという間に時が過ぎて、十一月になってしまった。
イスメアに任せていた要塞も完成し、兵士も十分に使えるレベルに育っている。
荒れていた農地の修復も終了し、現在では三分の一ほどの村で輪裁式農法を始めている。
残りの三分の二は少し説得に手間取って入るが……成果が出れば納得してくれるだろう。
紙の生産体制と岩塩の開発設備も整い、量産を始めている
エインズさんを含めてキリシア商人たちが紙や岩塩を大量に買っていってくれているので、アス領の懐は暖かい。
借金の返済も苦労することはなさそうだ。
……やはり岩塩の三分の二には未練があるけど。
さて問題は……期限が後三日にまで迫っていることである。
「どうしたら良いと思いますかね?」
「それを俺に聞くか?」
バルトロは怪訝そうな顔をした。
「自分の部下に相談すればいいじゃないか」
「あいつらは俺が王に成る可能性があるなら大賛成するに決まってるので……参考にならないんですよ」
どうせ聞く前から分かっている。
それにあいつらは俺の、お前らが傷つくのが心配という思いを全く理解しないだろう。
それにあいつらに相談するのは少しだけ懸念事項がある。
そこでバルトロである。
ロサイス王に聞いたところ、事情を知っている数少ない家臣らしい。
人生経験もいろいろと豊富そうなので、一応聞いておこうと思ったのだ。
「お前さんの事情はロサイス王様から聞いているから知ってるけどな。俺はロサイス王派だし、アス派だから当然大賛成……だけどまあ、お前さんの意思で決めた方が良いぞ」
それが決められないんだよな……
「確か戦が起こるのを心配してるんだっけ? まあ確かに高確率で戦は起こるだろうけど……必ず起こると決まったわけではないじゃないか。お前さんが上手くやれば戦は起こらんかもしれないぞ」
確かに。
必ず戦が起こるというお告げがあったわけではない。
あくまで可能性の話だ。
俺が上手にリガル・ディベルを納得させるか、無力化させれば出来るかもしれない。
だがそれは非常に骨が折れるだろう。
アス派は現在全豪族の中で三分の一。
つまり三分の二が敵に回るのである。
それに三分の一が確実に俺の味方をしてくれるかどうかはかなり怪しいところでもある。
俺だったら日和を決める。
それにドモルガル王の国は南進の野心を隠していない。
あの国は確実に混乱に乗じて攻め入ってくるだろう。
「ダメだ……決められない」
俺は頭を抱えた。
「まあ後悔しないようにすることだな」
バルトロはもう言うことはないとでも言うように立ち上がった。
深い森の奥。
ロマーノの森の最深部、禁忌の森と呼ばれる場所。
所謂グリフォンの領地。
そこにあるグリフォンの巣穴……グリフォン曰く城の中に俺は居た。
「なるほど……つまりお前はユリアというあの
「大体合ってますが……もう少しオブラートに言ってくれませんか? 交尾って……せめて結婚とか。それとあなたの言い方だと俺がまるで猿か犬の雌に恋して悩んでるみたいに聞こえるんですが……」
雌とか毛並みとか群れとかボスとか……
もう少し言い方があるだろう。
女とか髪色とか国とか王とかさ。
「これは『神言の加護』の翻訳が悪いからだ。そもそも他の動物もお前ら人間も同じモノで出来ていて同じように魂を宿しているのにわざわざ言葉を分ける必要性が分からん。それに我からすれば犬も猿も人も然して変わらん」
そりゃ半分鷹で半分ライオンの神扱いされる獣からすれば変わらないかもしれないけどさ……
「お前はユリアという雌と交尾したいのだろう?」
「まあ交尾という言い方は気になりますが……そうなります」
それがそう答えると、グリフォンは鼻を鳴らす。
「ならそうすれば良い。何の問題がある?」
「だから戦争が起こるじゃないですか。もしかしたらロンたちも死ぬかもしれない」
俺がそう答えると、グリフォンは目を大きく開く。
何故か不機嫌そうだ。
「ロンたちがお前に協力するかどうかは奴ら自身の意思だ。お前が関与することではない。群れ同士の内紛をお前が気にする理由は分からん。勝てば良いだけの話だろう。それとも負けそうなのか?」
「いえ……多分最終的には勝てると思いますが……」
アス領の人口は三万。ロサイス王の直轄地は七万。合わせて十万。
他の豪族たちの領地の人口は約七万。
最終的には勝てるだろう。
だが多くの人死が出る。
「昔、あなたは私に同族を殺して何も思わない人間は異常者と言いませんでしたか?」
「ああ。言ったな。人間という生き物は群れの中で生きる生き物。群れの構成員が自分の仲間を殺して罪悪感を抱かないのは問題だ。それでは群れの中の法を守りにくくなる。異常者は群れでは生きられない。それは人間が生きていく上では致命的だろう。だがお前は違う」
「……何が違うんでしょう?」
グリフォンは言う。
「お前は支配者だ。法を敷く側だ。お前は群れる存在ではなく、群れを動かす存在だ。お前は群れのルールから外れている存在。故に異常であろうとなかろうとどうでも良い。むしろ異常者であるべきだ。そうでなければ群れを外敵から守れない。お前は支配者になったのだから、群れに最大の結果を残すべきだろう。そのためには如何なる犠牲も気にしてはいけない。分かるか?」
「……」
グリフォンは「それにだ」と言い、付け加える。
「人死? 何が問題だ? お前とは何の関わりの無い他人であろう。それに今までお前は自分の生き残る、子供たちを守るという都合で殺してきただろう。今更関係ないではないか」
「命が掛かってる問題と、俺の欲望を同列に語ることは出来ないと思いますが……」
「同じことだ。殺すという意味ではな」
グリフォンは鼻で笑った。
そして俺を真っ直ぐ見つめる。
「良いか。もし、してはいけないことがあるならそもそも出来ないはずだ。だが神は我らに同族を自分の欲望のために殺めて良いという選択肢を与えた。ならしても良いのだ。ライオンは群れを奪った後に前の支配者の子供を殺す。魚なんぞ自分の子供であることを忘れて産んだ側から子を食うぞ。そしてその行為を天が罰したことはあるか? 無いであろう。ならしても良いのだ」
グリフォンは淡々と語る。
「我らにはどんなことをしても良い権利が……自由が与えられている。目の前の理不尽に反抗するのも自由であるし、受け入れるのも自由である。この
グリフォンは俺を諭すように見つめる。
「怖がるな。覚悟を持て。お前を非難する権利を持つ者など居ない。この世にあるのはすべて勝者と敗者のみ。勝ち続ければいい。お前のしたいようにすれば良い。我はしたいようにした。大昔は面白半分に牛の群れを海に突き落としたり、山を吹き飛ばしたり、人間を食い殺したりした。それの何が悪い。いいか、力に義務などない。あるのは権利のみ。お前はお前のエゴを突き通せ。女が欲しいなら奪い取れ。領土が欲しいなら奪いとれ。金が欲しいなら奪い取れ。平和が欲しいなら奪い取れ。悪いのは自分の物を自分の力で守れず、強い者を庇護者として選べなかった者だ」
グリフォンの俺への説教は終わらない。
「人の生は我よりも短い。やり直しは利かん。なら後悔しないようにすべきだ。無関係の人間を巻き込んだという後悔は一瞬のことだが、雌を逃した後悔は死ぬまで続くぞ」
「それは……」
確かにそれ嫌だな。
ユリアがリガル・ディベルに奪われるのを考えるのは……考えただけでも反吐が出る。
「右側の天秤にボスの地位と雌との交尾を乗せたとしよう。お前が左側の天秤に乗せるべきなのは無関係の人間の命ではない。無関係の人間を巻き込んで殺したことへの後悔と雌を他の雄に取られたことへの後悔だ。さて、どちらに傾く? まあお前の中では答えはすでに出て良そうだが」
「……」
俺は目を閉じて考える。
ユリアの姿を思い浮かべる。
ユリアの笑顔や、肢体。楽しかった思い出。どれも手放したくないモノばかりだ。
そして目を開けた。
「ありがとうございます。グリフォン様。結論が出ました。行ってきます」
「ああ、行ってこい。後悔しないようにしろ」
俺は走り出した。
グリフォンの領地から出るには一日掛かる。
森を抜けたら馬でロサイス王の宮殿に向かってもギリギリの時間だ。
急がなければ。
「ギリギリだな。それで結論は出たか?」
真夜中だというのにロサイス王はすぐに対応してくれた。
ロサイス王も早く俺の結論を聞きたいのだろう。
そしてロサイス王の右手側にはユリアが、左手側にはライモンドさんが居る。
「まず一つ。結論を出すために五か月も貴重な時間を浪費してしまった。申し訳ありません。そして時間を下さりありがとうございます。その上で図々しいお願いであると分かっていますが……」
俺はロサイス王に深く頭を下げて言う。
「ユリア姫を私に下さい」
そしてすぐにユリアに向き直る。
ユリアは目を見開き、口に手を当てて驚いていた。
「君を俺の物にする。構わないな?」
「はい!!」
そう言ってユリアは俺に抱き付いてきた。
俺の体が後ろに倒れる。
こいつ、結構重いな……
「アルムス!!!」
ユリアは桜色の唇を俺に押し付けようとしてくる。
俺はそれを手で制する。
「おい、そう言うのは後にしてくれないか……」
ロサイス王とライモンドさんに凝視されてるんだけどな。
ユリアは俺に言われてようやく気付いた様子で、すぐに離れた。
顔が真っ赤だ。
「続けなくて宜しかったので?」
「見守っててやったぞ」
二人はニヤニヤしながら言う。
この二人、流石兄弟だな。性格が悪い。
俺は起き上がり、床に座りなおす。
俺が真面目な顔をしているのを見て、ロサイス王も真面目な顔になる。
「二つ聞かせてくれ。俺が拒否したらどうした?」
「強引にユリアを誘拐しました。後はドモルガル王と組んでこの国を滅ぼします」
俺が真顔で言うと、ロサイス王は顔を引き攣らせた。
そしてユリアは顔を赤らめる。
「冗談でもだが断ると言わなくて良かった。では二つ目。急に気が変わった理由について聞かせて貰っても良いか?」
「理由ですか……いや、俺は最初からユリアが欲しかったんです。だから王に成っても良かった。それに王という身分も……今考えれば悪くないと思ってたと思います。王という権力があれば多くの人を助けられる。ロンたちにも報いることが出来る。でも……覚悟が無かった」
いろいろと理由を付けた。
人死にが出るとか、仲間が傷つくとか。
でも違う。俺は怖がってただけだ。大きすぎる権力に。
豪族に成ってから周りが俺を見る目が変わった。今の自分は指先一つで領民を殺せる。あのリガル・ディベルのように。
王に成ればそれ以上の権力が手に入ってしまう。それが自分が変わってしまうようで怖かった。
ただ怖かった。
要するに優柔不断の覚悟足らずの臆病者だったわけだ。正直、リガルの方がマシだったかもしれない。
それに『大王の加護』という存在も怖い。
アレが俺の中の何かを塗り替えているような気がしてたまらない。
だけどいつまでも逃げ回っているわけにはいかないだろう。
このままでは間違いなく後悔する。だから権力にも向き合わなければならないし、この『大王の加護』にも向き合って、割り切らなければならない。
そのための一歩としてユリアを貰う。
権力をただ己のために使う。
ユリアという一人の女を手に入れるために、ディベル家に連なる者を皆殺しにする。
これはケジメだ。
権力に振り回され、怯えるのはもうやめる。
このままでは仲間もテトラも全てをあの糞野郎に奪われてしまう。
だからやられる前にやる。
そして権力を乗りこなして見せよう。
「はあ、随分と難しく考える奴だな。で、そんなお前の一歩の背中を押したのは誰だ?」
「人じゃないです」
「グリフォンか。まあ、良い。お前が王に成ってくれるなら俺としては良いのだが。ついでに聞くが……お前は王に成って何かしたいことはあるか?」
したいこと。
贅沢は嫌いではないが、大好きというわけでも無い。女もテトラとユリアが居ればもう十分。
強いていうなれば……
「アデルニア半島の統一とかどうですか?」
平和で力で奪い取る。そう言ったよな。グリフォン様。
「さて、問題は発表と結婚式と即位のタイミングだ。お前としては希望はあるか」
「全て一気に終わらせてしまった方が都合が良いですね。二日以内で済ませてしまいましょう」
普通、結婚式というのは発表してから数か月後にやることが多い。
豪族も土産の準備など、しなくてはならないからだ。
まあ、俺とテトラは相続の関係で戦争が終わった後、すぐに済ませてしまったが。
「二日だとリガル・ディベルも兵を上げる暇が無さそうだな。即位の後にすぐ軍を集めて、即位式に出席しなかった豪族を全て滅ぼせばいい。そういう考えか?」
「まあ大体そんな感じです。修正するならあらかじめ兵を集めてからの発表ですが」
血生臭い結婚式になりそうだ。
「時期は今すぐか? 私としては私が生きている内にお前に譲ってしまいたい。安心して死ねないからな。その方がお前も安心出来るだろ?」
「私もロサイス王様……お義父様が生きているうちの方が都合が良いです。ですが時期に関しては……」
「功績が無いから厳しい。そう言いたいか?」
俺は頷く。
俺は領主に成ってから目に見えるような功績を上げていない。
今の段階で王位を継ぐのは無理がある。出来れば大きな功績を上げた後が望ましい。
「それに私は内乱をすぐに鎮圧して、国内を早くまとめてしまいたい。そのためには……ディベル派を全員一遍に
王位を継承した後に戦ってやる義理は無い。最初から勝負を付けてしまえばいいのだ。
「そうか。まあ私もお前の功績に関しては少し悩んでいたからな。……実は良い話があるんだが、聞くか?」
「何でしょうか?」
「近い内にドモルガル王の国がこの国に攻めてくる。お前に全軍指揮権をやるから打ち破れ」
それのどこが良い話なんだよ……まあ功績を作るという意味ならベストかもしれないが……
少し難易度、高くないか?
「予想される敵軍は一万五千前後。我が国が出せるのは四千から五千ほどだ」
「フェルム王の時はそんなに兵を出せなかった記憶がありますが……大丈夫なんですか?」
あの時は外交工作で散々だった。
今回も外交工作をされる可能性は十分にあるし、ディベル派の豪族の力は借りれないんじゃないか?
俺が総大将に成るなら尚更。
「問題無い。我が国がドモルガル王の国に侵略されたら次はエビル王の国やベルベディル王の国だからな。両国とは攻め込まないと確約が取れている。それに今回は敵が攻めてくると分かっているから、兵も集めやすい。うちの直轄地だけで五千は集まる。お前は八百を常備軍として持ってるのだろう? あと千二百ほど徴兵でかき集めろ」
千二百か……
出来るか出来ないかと言われたら出来るけど。
別に募兵制と徴兵制を両立させてはならないという道理は無いし、そんなことも言っていない。
食糧と武器はこちらが用意すると言えば、大きな反発も無く集められるだろう。
「これで七千だ。豪族から期待できるのは五百ほどだな。つまり七千五百。厳しいが……やるしかあるまい。自信はあるか?」
「……作戦次第ですね。ところでお義父様は騎兵をどれくらい有していますか? 私は百ですが」
「組織しようと思ったことはある。だが大した数は育成できないからな。騎兵を百作るよりも重装歩兵三百を作る方が楽だし、費用も掛からん。一応、領内の警備のために五十ほど持っているが」
うーん、少ないな。難しいな。
相手が騎兵を持ってるかにもよるんだけど。
「ドモルガル王の国はロゼル王国と接している。ロゼル王国はガリア人の国。かなりの規模の騎兵を有している。それに対抗するためにドモルガル王は騎兵を国内に残しておくと思うぞ」
つまり連れてくる数は少ない、もしくは居ないということか。
それなら作戦の立てようはあるかな。
「一先ず、この話は後にしましょう」
「そうだな。問題は工作だ。何をするつもりだ?」
俺はリガル・ディベルへの工作の説明をする。
ロサイス王の顔に笑みが浮かぶ。
「なるほどな。お前も性格が悪いな」
「まだ具体的な方法は決めていませんけどね。他にも私の派閥を増やしていく必要があります。その辺は……」
「当然協力する。お前の王位継承の件を知っている人間は私を中心とするロサイス家、そしてバルトロを含む信用の於ける豪族だ。他の奴らには話すな。部下に話すのも注意しろ」
情報が漏れると不利になるからな……
仕方が無い。
「あのさ……リガル・ディベルへの工作だけど……一つだけ言わなきゃいけないこと有ると言うか……」
ユリアが手を上げて言った。
自然と視線が俺の腕に引っ付いているユリアに集中する。
なんか俺も見られているみたいな気分になるな。
「あの……加護の話なんだけど……取り敢えずアルムス、話して良い?」
「別に良いよ。というか俺から話すよ」
俺はロサイス王とライモンドさんの二人に自分の加護について説明をする。
二人とも驚いた表情を浮かべた。
「加護か……私が見たのはユリア含めてこれで五人目だな」
「それにしても随分と有用性の高い加護を持ってますね」
そう言われると照れるな。
何しろグリフォン様には散々、効果がショッパイとディスられたわけだし。
「で、本題なんだけどね……実は……」
ユリアは少し困惑した表情を浮かべて言った。
「リガル・ディベルも『大王の加護』持ってるんだよね……」
え?
マジで?
グリフォン様、若い頃はずいぶんとヤンチャをしました。というか今でもしています。
ここから始まります
今までヘイトを溜めまくって申し訳ありませんでした
もう少し上手い書き方が合っただろうと猛省しています
正直なところ、ここまで荒れるとは思ってませんでした
冷静に考えると皆さんがスカッとする展開を期待しているところをいつまでもグズグズとしているのは良くなかったですね
とはいえ吐いてしまったものは元に戻せないので……
もう折り返し地点です
準備回を何話か挟んでから、一気に決着が付きます
ラストは七十三話くらいかと
次の更新は新年辺りにしようかなと思ってます