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第五十四話 悩み事Ⅰ

今日は二話更新で行こうと思います

 ロサイス王との会談が終わり、部屋を出るとユリアが待ち構えていた。


 「久しぶり。結論は出してくれた?」

 「……済まない。まだ考え中だ。必ず期限までには答えを出す」


 俺はユリアの瞳を真っ直ぐ見つめて答えた。

 ユリアは頬を緩める。


 「そう。お願いね。出来るだけ早く。ところで……少し話をしない?」


 ユリアはそう言って俺の手を引っ張った。





 「お前、俺と密会して良い立場じゃないだろ」

 「でもこうでもしないとあなたと話せないでしょ?」


 俺はユリアに連れ込まれる。

 そこは彼女の私室のようだった。


 ……このまま変な薬飲ませて既成事実作る作戦じゃないよな?


 俺はユリアの部屋を眺める。

 いろいろな調度品や、呪術の道具などが置かれていて、変な薬っぽい臭いがする。


 少ないながらも本も存在した。


 少なくとも現代日本で見られるような女子っぽい部屋ではない。

 もっとも、これがアデルニア半島の姫の標準的部屋なのか、ユリアオンリーなのか……多分後者だろう。


 ちなみにテトラの部屋は試作品の杖が六本、そして杖を作るための材料、魔法陣、魔法陣を書く為の魔石や紙が大量に散らばっている。

 本人曰く整理してあるとのことだが、毎度毎度何かを探している様子を見ると嘘である。


 ふと俺の目に白い花の植物が目に留まる。

 「これはケシか?」

 「よく知ってるね。何かに使った?」

 「使ったことは無い。だけど森の中に生えてるのを見たことがある」


 ちなみにグリフォン様からは薬と教えてもらった。

 ケシには鎮痛作用があるから、薬草としては非常に優秀である。


 幻覚の呪術の媒体としてもよく使われる。黒色火薬に混ぜたのはこれだ。


 ちなみに麻薬としても非常に優秀だ。どれくらい優秀なのかと言うと、眠れる獅子をトリップさせるくらい。


 「こっちは麻の雌株か?」

 「まあね。でも薬としてはケシの方が優秀かな? 幻覚作用も薄いから呪術的にも価値はあんまりないね。まあ娯楽用かな……私は吸いたいとは思わないけど。吸わなくても生きていけるしね」


 要するに大麻だ。

 アデルニア半島……というか西方ではよく吸われている。


 お手軽に栽培できるからと、そこまで中毒性が無いからだろうと思われる。

 他人が吸うのは勝手にしろと思うが、身近な人間には吸って貰いたくない。


 「この花は……綺麗だけど知らないな。これも麻薬?」

 「そうそう!! 東方から伝わった奴なの。キリシア人から聞いたんだけど、幻覚作用がスゴイのよ。アサガオって言うらしいんだけどね。取り敢えず鼠で試してみたんだけど、見てるこっちが怖くなるほどだったわ」


 アサガオで幻覚作用……

 知ってるわ。

 それチョウセンアサガオだわ。

 この世界にもあるんだな。ダチュラ。


 ケシと大麻があるなら当然あるか。

 ユリア……動物で実験するのは勝手だけど、自分の体では絶対に実験しないでくれよ?


 「実はね。人で実験したいと思って……すでに犬で呪術媒体としても優秀なのは分かってるの。だから後は人でデータを取るだけなんだけど……」

 ユリアは俺の手にチョウセンアサガオを握らせる。


 「今度の戦争で使ってみてくれないかな? なんて。粉末にしてばら撒いて呪い掛けるだけだからさ」

 「まあ良いけど……」


 多分ケシよりは効果が高いんだろう。

 領土紛争では幻覚呪術がカギを握ったそうだし、確かめるだけなら問題ない。


 でも風向きが急に変わったら洒落にならないけどな。


 ふと、俺の目に紫紅色の花が飛び込んでくる。

 ユリアの髪色とほとんど同じだ。


 だが花の形からラベンダーでは無い。


 手に取って見ると、甘ったるい匂いがした。

 これは一体……


 「それね、新種の毒草。アデルニア半島で最近採取した奴。これ食べた人が中毒になったって聞いたから育ててるの。数が増えたらどんな効果は実験するつもり。薬草に成るのか毒草に成るのかそれとも麻薬に成るのか……楽しみだと思わない?」


 思いません。


 「うーん、私の感覚が可笑しいのかな? こういうの調べたりしてるとテンション上がって興奮しちゃうんだけど」

 それってごく少量体に入ったりしてるのが原因だったりしないよな?

 ただユリアが変態というだけであってくれ。お願いだから。


 「ねえ、戦争が起きたら試してみてくれない? その後、ケシとの効果の差を教えて欲しい」

 ユリアは急に距離を縮めて言った。

 「まあ、良いよ。それくらいなら」


 俺がそう言うと、ユリアは俺の手を握ってきた。

 「ありがとう。効果はあなたの口から直接聞かせて」

 「言われなくても」



 そう言うとユリアは俺の顔に唇を寄せてくる。

 ……俺はそれを拒むことが出来ず、そのまま受け入れた。


 ユリアはすぐに俺から離れる。

 「頑張ってね」

 「分かってる」


 俺はユリアに別れを告げて、宮殿を後にした。







 「ねえ、アルムス。ユリアとキスしたでしょ?」

 「……すまん」


 俺は素直に謝った。

 だが何故分かるのだろうか? 女の勘ってのは凄いな。


 「別に怒ってない。減るものでも無いし」

 テトラは淡白に言った。 

 テトラとの付き合いは長いが……やっぱり不思議な奴だ。偶に理解できない。


 こういうのは普通怒るものじゃないのか?

 怒ってくれないと俺はズルズルと同じことを繰り返しちゃうぞ。


 「あなたがユリアと結婚するならどっちにせよ子作りするんだからキスくらい関係ない。あなたが結婚しないという選択をするなら、可哀想で哀れなユリアにキスの一つや二つあげても良い。私は度量が広いから」


 俺としてはもう少し嫉妬して欲しい。昔は俺とユリアが良い雰囲気だと邪魔してきたよな?

 どういう風の吹き回しなんだよ。


 「もうアルムスの一番の地位は手に入れたから。今後何があっても私が妻一号であることは不動」


 つまり結婚して余裕が出来たってことか。

 そういうモノなのかね? 


 「ところで……今はどっちに針が振れてる? 結婚、したい? したくない?」

 「六対四でしたいが大きいかな……」


 リガル・ディベルとは今回の件でかなり関係が悪化してしまった。 

 このままだとロサイス王の言う通り、リガルが王に成った後に粛清される未来が十分に考えられる……

 いや、これは言い訳だな。


 ユリアとキスしたり、抱きしめ合ったりするうちにどうしても欲しくなってしまったんだ。

 そう、俺は今言い訳を探してるんだろう。


 「私はあなたが王に成るのは別に良いと思う、多分ロンたちもそう言う」

 「分かってるよ。だから相談出来ないんじゃないか」


 あいつらは絶対に反対しない。むしろ大歓迎するだろう。

 そしてあいつらは俺の幸せの為なら喜んで死んでくれるんだろう。


 だから相談できない。

 俺はあいつらを死なせたくないのだから。


 それに……少しだけ気になることもある。



 「あなたが王様になればたくさんの人を救える。この理由じゃダメ?」

 「過大評価だよ。俺の両手はそんなに広くない」


 俺はそう言ってため息をつく。

 明日で七月に入る。


 ユリアから貰った期限はあと四か月……それまでに……








 「リガル様。ジルベルトを処罰すべきです。このままでは他の家臣たちに示しが付かない!!」

 ベルメットは声高に叫んだ。

 それにリガルが対応する。


 「待て待て、一度敗北しただけだろう。今回は見逃してやれないか?」

 「二倍の戦力が合ったにも関わらず負けたのですぞ? 今回の戦は負けてはならない戦いだった。今回の敗北で中立派だった豪族の大部分がアス派になってしまいました。我々の派閥内でもアス派に転向した者、しようとしている者も多くいます。この責任は取らせなくてはなりません!!」


 現在、全豪族の三分の一がアス派、三分の二がディベル派になってしまっている。

 前々ではアス派は大して纏まっておらず、中にはいつディベル派に寝返っても可笑しくない者やアス派の皮を被っただけの中立派ばかりだったが、今回のアルムス・アスの勝利で一気に結束が固まった。

 アデルニア半島は戦争続きであり、豪族にとって目下の悩みはどうやって自分の利権を守るかだ。


 当然アルムス・アスが法を破ったという事実は確かに存在するが、それは戦争の強さに比べれば大した問題では無かった。

 しかも法を破った理由は虐げられている民を守るという名目である。


 それに比べてリガル・ディベルは民を虐げ、二倍の兵力差がありながら敗北した。

 勝てれば民を虐げたという事実は大した問題にはならなかったが……負けた今では大問題だ。


 現在、リガル・ディベルの王位継承を疑問視する声まで上がっている。


 これは王を目指すリガルにとって大問題だ。


 「だがジルベルトは私のはとこだ。今回は許してやっても良いのではないか?」

 その言葉を聞き、ベルメットは拳を強く握りしめた。


 リガルは親族に非常に甘いのだ。

 大した功績が無い者でも親族ならば簡単に要職を与え、大きな失敗をしても咎めない。


 逆に非親族には厳しく、絶対に要職を与えないし、小さなミスでもすぐに処罰してしまう。


 現在、非親族で要職についているのはベルメットだけであり、非親族の家臣は全員ベルメットの推薦。

 これでは家臣たちに功績を上げようという意欲が出ない。


 ベルメットはどうにかしてリガルが王になる前に親族の勢力を削ぎ落としたいのだ。

 今回は大きな損害だが、逆に利用して陣営を強化すべきだろう。


 ベルメットはそう考えて激しくジルベルトを糾弾しているのだ。

 ジルベルトが失脚した後、その座に非親族の有能な者を据えるつもりだ。


 だがリガルが庇うのではそうも行かない。


 「そもそもだが、あのような作戦を立てたベルメット殿にも問題があるのではないか?」

 親族の家臣がそう発言した。

 その発言に賛同するような声が上がる。


 確かにベルメットの作戦は少々危険で、デメリットも多かった。

 だがあの作戦を立てなければリガルは正々堂々と法を犯していただろう。


 その上で負けていたら笑えないことになっていたに違いない。

 故にベルメットに非は無い。


 だが親族たちにとってそんなことはどうでも良いのだ。


 「まあまあ、今回は痛み分けということにしよう」

 リガルはそう言って親族たちを宥めた。


 いつの間にかベルメットも悪いことになっている。

 リガルには悪気はない。ただ本当に宥めようとして、言葉を選び間違えただけだ。


 だが間違えにも気付かず、それが親族たちに誘導されたからというのにも気付けない。

 ベルメットは心の中で大きなため息をついた。


麻薬回でした

テトラが物理・化学

ユリアが生物

という感じです

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