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第五十一話 領土問題Ⅲ

切りが悪いので二話更新にします

 「面倒くさいね……早く帰りたいよ」

 「そう言うな。仕事だぞ」

 「そうそう。ちゃんとお仕事しないと」


 ロンとロズワードとソヨンはディベル領との領境の警備をしていた。


 警備兵は騎兵六十と歩兵百。

 それなりの規模だ。


 これだけの数の警備を動員しているのには理由がある。

 それはリガル・ディベルとの条約だ。


 今後、逃亡者が出た場合そちらの領内で捕まえられるように警備を強化して欲しいと。


 つまり今回は見逃すけど今後は許さねえと言外に言ったのだ。

 アルムスは今のところディベル家と全面的に敵対するつもりは一切ない。


 だからその条件を飲み、警備に当たらせていた。


 「隊長! あっちの方向で難民らしき集団とディベル領の兵士が衝突を起こしています!」

 「そうか。早速向かおう」


 ロンたちは薄く散兵させていた兵士を集め、現場に向かった。




 アス領とディベル領を分ける明確な領境は川だ。

 深いところでも大人の腰ほどの深さの川が流れている。

 一応大雑把に川の東側がアス領で西側がディベル領になる。


 ロンたちは到着して早々、難民に伝えた。

 「領民の勝手な移動は法で禁じられている。大人しくディベル領に帰りなさい!!」


 ロンたちが声を投げかけると、難民たちは肩を落とすように抵抗をやめてしまった。

 領境を跨げばディベル兵は追って来れない。


 だがディベル兵に協力的なアス兵が待ち構えていたなら話は別になる。

 逃亡の失敗は確定だ。


 元々彼らはアス領に逃亡して成功した者たちが居るという噂を聞いて逃げ出したのだ。

 アス領の領主は逃亡者を受け入れてくれると。


 故にショックは大きく、抵抗することなくディベル兵に捕まった。


 本来なら何事も無く、彼らを連れ帰って終わりだ。

 だが今回は違った。




 「おい、あいつらは何をしているんだ!!」

 ロズワードは叫んだ。


 ディベル兵たちは逃亡者たちをロズワードたちの目の前で殺害し始めたのだ。

 それも首を切り落とすなどというやり方ではない。


 殴り、蹴り、骨を折り、散々に痛めつけてから殺す。

 まるでロズワードたちに見せつけるように。


 「おい! あれは子供じゃないか!!」

 ディベル兵たちは子供も容赦なく殺し始めた。

 少しづつ肉を切り落とし、その叫び声がロンの耳に入る。


 「……酷い」

 目の前で女性が輪姦される。

 首を絞められ、面白半分で目を抜き取られ、玩具のように犯される……

 ソヨンは思わずロンの胸に顔を埋める。


 だが顔を埋めても、耳からは悲鳴が入りこむ。

 どんなに耳を塞いでも、その叫び声は隙間から侵入する。


 だが彼らにはどうすることも出来ない。

 何故ならディベル領の向こう側で行われていることだからだ。


 アス兵にそれを咎める権限は存在しない。

 ここにアルムスが居るならそれはまた違った話になったかもしれないが……


 ロズワードは思わず唇を噛む。

 どうすることも出来ない。


 いつまでもここに居ても辛いだけ。

 そう判断して帰ろうとした時だった。


 「助けて!!」

 小さな女の子の悲鳴が耳に入る。

 思わずロズワードは振り返ってしまう。


 小さな女の子が数人の男に組伏せられている。

 年齢は五歳ほどか……初潮すら迎えていないだろう。


 自然とロズワードの手は動いていた。

 ロズワードの手から槍が放たれ、経った今犯そうとしていた男の心臓に突き刺さる。


 それを皮切りにアス兵は次々とディベル兵に襲い掛かり、難民を救出した。







 「引っかかりましたね」

 「さすがベルメットだ!」

 リガルは上機嫌だ。


 要するに武力で奪い取るのが不味いのは最初に手を出す場合だ。

 手を出され、その防衛のために軍を出すのは致し方が無いことだ。


 この後、敵の警備隊を破り進軍。

 岩塩鉱山を確保した後、慌てて使者を送ってくるだろうアルムス・アスと講和。


 そして先制攻撃の件を不問にする代わりに岩塩鉱山の領有権をこちらに譲る。

 ベルメットの予測では鉱山の三分の一は確実に奪える。


 流石に全ての鉱山は不可能だろう。

 岩塩鉱山は莫大な利益を生むのだから。



 とはいえこの策には大きな問題点がある。

 逃亡者を虐殺したという醜聞が広まってしまうことだ。

 いくら逃亡者とはいえ、虐殺するのはやり過ぎだと咎められる。


 ではどうするか?

 殺しても良い罪人なら問題ない。


 ディベル領には税金を何年も滞納している村がいくつかある。ディベル領では税金の数年越しの未払いは死罪だ。


 とはいえ、殺したところで死体が金貨に変わるわけではない。

 ない物は出ないのだから仕方がないとして、許されるのが慣例だ。


 来年の種籾を貸し与え、来年は税金を払えるようにしてやるのだ。


 だが今回は許さないことにした。

 そして殺人や強盗を犯した人間やその家族と一緒にアス領近くに造った牢獄に移送。


 牢獄で散々処刑、処刑と脅した後に監視の兵士の無駄話という形で聞かせてやるのだ。

 アス領に逃げれば助かると。


 後は偶々(・・)監視の兵士が酒盛りして、鍵を閉め忘れる。

 これで作戦は完了。


 要するに罪人が逃げ出そうとしたから殺しただけ。何が悪いと。



 ベルメットとしてはあの重税はやめさせたいが……リガルの親族たちがそれを邪魔するのだ。


 税を減らせば自分たちの収入が減るためだ。

 どうにかして親族を遠ざけたいのだが……リガルは親族を重用しているので上手く行かない。


 「では蹴散らしてくる。ベルメット殿は良いご報告を待ていてくれ」

 その面倒な親族筆頭のジルベルトが言った。


 一応腕っぷしは強く、百人単位の部隊を率いる人材としては優秀だ。

 まあ逆に言えばそれ以上の軍を率いるには向いているとは言えない。


 とはいえ、自分の足で戦場に赴いて敵を倒そうという気概があるだけ他の親族よりはマシである。他の連中は碌に仕事をせず、遊んで暮らしているだけなのだから。


 「必ず勝利をしてください。失敗したら大問題です」

 今回ジルベルトが率いる兵は三百二十。

 一方、敵は百から二百ほど。


 これで負けたら圧政者の他に弱兵の醜聞も生まれてしまう。

 本当はもっと大軍を用意したかったが……あまりたくさんの兵を連れて来たら偶発的軍事衝突では無くなってしまう。

 これくらいが限度だ。


 「ふふ、これだけの兵力差があれば十分よ。聞くに敵将は二十も満たない若造とか。何度も戦場を駆け巡ってきた俺に勝てるわけがない」

 「油断は禁物です。敵はフェルム王を討ち破った連中です」

 「心配しすぎだぞ? ベルメット殿!!」


 ジルベルトは大笑いした。






 「どう責任取るの? ロズワード」

 「おい、俺にばかり責任押し付けるなよ。お前だってやったじゃないか!!」


 ロズワードとロンは責任の押し付け合いをしていた。

 ロンの主張はロズワードが最初にやったから悪い。

 ロズワードの主張はその後にロンが参加したからロンも悪い。


 とはいえ責任の押し付け合いでは事態は悪化するばかりである。


 「てい!」

 「「痛!」」


 ソヨンに杖で頭を殴られた二人は蹲る。


 「やっちゃったものは仕方がないでしょ? 取り敢えずこの人達を安全な場所に連れていくとして……その後よ」


 正論である。


 幸運なことにここから一キロ先にはそれなりの大きさの山があり、そこには小さな村がある。

 ここから目視出来るところにあるので、そこまで歩かせればいい。


 これで難民の問題は取り敢えず先送りされた。

 次は……


 「一応ディベル兵はみんな捕まえるか殺すかしちゃったから情報は伝わっていないはずなんだけどな……」

 ロンたちの目にはディベル軍がしっかりと見えていた。


 数はざっと二百から三百。

 少なく見積もってもロンたちより遥かに多い。


 「俺たちの兵力ってどれくらいだっけ?」

 ロンがロズワードとソヨンに尋ねる。


 「広い領境をカバーするために騎兵が六十と多め。歩兵は百。うち弓兵は十」

 「あとは爆槍が四本。一応お守りとして持ってけってアルムスさんが」


 約三百の敵と当たるには心許ない戦力だ。


 「逃げる?」

 「逃げたらあの人たちを助けた意味が無くなるぞ。それに後ろの村も危ない。それに……」


 ロンは一度言葉を切ってから、敵を見つめる。


 「交渉ってのは戦で勝った方が有利になるんだろ? これで勝てば覆せるんじゃないか?」

 「そうか? なんかそれ、根本的に間違えている気がするぞ?」

 ロズワードは訝しい目でロンを見つめる。

 だがロンは自信満々だ。


 「まあこのまま逃げ帰ったら侵略されちゃうのは本当だし。私たちで食い止めないと」

 ソヨンがロンに賛同を示した。


 ロズワードは、こちらが先制攻撃して、その防衛に来た相手を叩き潰したら余計に問題になるのでは無いだろうか? と思ったが、ロンとソヨンが大丈夫そうな顔をしているのでそれに賛同することにした。


 それに一度助けたのだから最後まで守るのが助けた者の責任でもある。


 「それでそうやって勝つ? こっちは寡兵だけど……」

 「騎兵を使えばいいんじゃない?」


 ロズワードは提案する。

 騎兵の機動力があれば重装歩兵の側面をつくことは十分に可能だ。


 だが……


 「重装歩兵は側面が弱点なのは本当だけどさ……あれ、やろうと思えば多少は対応できるよ?」

 重装歩兵は非常に長い槍を持っているため、方向転換が難しい。

 その状況で側面に同じ数の騎兵がぶつかれば重装歩兵は壊滅するだろう。


 だがロンたちの騎兵は六十で、敵は三百だ。

 そこまでの差があると、返り討ちにされる可能性が高い。


 側面でなく背後から、そして相手が全く対応出来ない状況で襲えば勝てるかもしれないが……

 それは伏兵でも用いない限り不可能である。


 「ねえ、私少し思いついたんだけど良い?」

 ソヨンが作戦を提案する。


 それを聞いたロンとロズワードは言った。


 「「それだ!!」」

書き溜めが大夫進んできました

多分七十二話、三話程度で二章は終わる予定です

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