第五十話 領土問題Ⅱ
今日はクリスマスプレゼントで三話更新です
ご注意ください
書き溜めが残り少ないという問題が発生中
もしかしたら休みを貰うかもしれません
「岩塩か……素晴らしいな」
俺は見つかった鉱山を視察しながら言った。
岩塩は海外に非常に高く売れる。
アデルニア半島は岩塩が豊富なため、そこまで高価ではないが、海外では常に不足しているそうだ。
キリシア諸国もペルシス帝国も人口が多いから塩が必要なのだ。
「いやはや、凄いですね!! 本当に! まさか岩塩が見つかるなんて。ところで岩塩の掘り方ですが効率的な方法があります。それをお教えする代わりに……」
エインズさんが手揉みしながら俺に近寄る。
だがそこにイスメアが割って入った。
「いえ、領主さま。こんな商人の相手をする必要はありません。岩塩の掘り方なら私が知っていますから」
「はは、建築家が採掘方法を? 就職先が無くてアデルニア半島に逃げてきた人間が何を……」
「あなただってタダの商人でしょ。本当は東方との交易がしたかったけど、競争が激しかったからここで塩を仕入れて、売っている。違う?」
二人の間に火花が散る。
「なあ、青明。アデルニア半島で商売している商人は負け組なのか?」
俺が尋ねると、青明は苦笑いした。
「さあ……儲ける金額は東方との取引の方が多いのは本当ですが……でもエインズワース商会ほどの大商会となればあまり変わらないのでは? むしろ競争の少ない商圏にいち早く入りこんで儲けを出したわけですから……勝ち組では無いでしょうか? 塩の貿易は儲かるそうですよ。アデルニア半島からペルシスに塩を持ってくると仕入れ値の十倍の価格で売れるとか」
十倍か。輸送費を考えてもボロ儲けだな。
なるほど。つまり負け組はイスメアだけか。
「イスメア。本当に知っているのか?」
「はい。当然です」
イスメアは胸を張る。
まあ知ってるなら問題ないか。
「というわけでエインズさん。採掘方法に関してはまたの機会で……でも」
俺はエインズさんの耳に顔を近づける。
「出来るだけ御贔屓しますよ」
「それは……ありがとうございます。今度、サービス致しましょう」
俺たちは笑いあう。
「うわ、悪い顔してる……」
ロンがドン引きする。
「でも本当に良いニュースですよね。兄さん!!」
ロズワードがテンションを上げる。
まあ良いニュースなのは本当だけど……
「問題があるんだよな……」
「何の問題ですか?」
ソヨンが首を傾げる。
「たくさんお塩が採れて困ることがあるんですか? 相場が下落するとか? でもそんなに採れるわけ無いですよね」
そりゃ下落するほど掘れるなら問題も相殺されるけど……
流石にそこまで掘れないよ。
「ここは元ディベル領」
テトラが問題を言った。
「今思いだしたのだが、アス領の東部は元々我がディベル家の領土じゃないか?」
リガルは側近のベルメットと、はとこで一番親しい親族のジルベルトを呼び出してそう言った。
「言われてみればあそこはディベル家の物だったな」
「確か……フェルム王に奪われた領土でしたね」
二人は相槌を打つ。
アス領東部。
ここは元々はアス領では無かった。
フェルム王がアス領を奪った後、ディベル領に攻め込んで奪い取った場所だ。
その後、長らくフェルム王の支配を受けていた。
そしてその後、旧フェルム王領がアルムスの手に渡った。
だから今のアス家東部の所有権はディベル家にあると考えることも出来る。
とはいえこれは強引な解釈だ。
領地の所有権は戦と実際に実効支配しているかどうかが全てなのだ。
そう思っていたから誰も領土問題のことを口にしなかった。
だが岩塩の鉱山が見つかったとなればそれは別の話になる。
「フェルム王時代も多くの我が領の民があそこに拉致された」
拉致というよりも逃亡なのだがその辺は言葉のニュアンスの問題だ。
大事なのはアス領東部は元々ディベル領であり、ディベル領の元住民が数多く住んでいるということだ。
「フェルム王の所為で奪い返すことは不可能だったが……今なら行けるのではないか?」
リガルは二人に聞く。
今から五年ほど前、フェルム王はディベル領を攻め、リガルはフェルム王と戦った。
そして大敗した。
どれほどの大敗をしたかというと、リガルが泣きながら脱糞するくらいの敗北だ。
ちなみにリガルはそのことを恥じていて、本人の目の前で糞の話題を出すと殺されるので、リガルの目の前で糞の話題は禁忌だ。
その時、フェルム王はリガルを大笑いしながら不可侵条約の密約を結んだのだ。
フェルム王からすればリガル・ディベルはいつでも倒せる。だが背後を脅かされるのは危険。
リガル・ディベルが兵を起こさなければ、他の
そういう考えからの条約だ。
ついでに国境を接しているのに兵を出さないリガル・ディベルと愉快な仲間たちへのロサイス王の不信感を煽るという目的もあった。
とにかく、リガルはフェルム王に恐れを抱いていた。
ところがフェルム王はあっさり死んでしまった。
今アス領に居るのはグリフォンの息子だか、軍神の息子だとかよく分からない噂があるだけの十代の若造。
奪い返すのは容易に見える。
「よし、抗議しましょうリガル様!! なに、拒んだら攻め込んで奪い取ってやれば良いんですよ。連中は俺たちの領地を不法に占拠しているんですから!!」
ジルベルトは大声を上げて主張する。
少々強引な手だが、岩塩鉱山は非常に魅力的だ。
リガルもその案に乗ろうとするが……
「お待ちください!!」
ベルメットがそれを止めた。
「冷静になってお考え下さい。あれはロサイス王がアルムス・アスに新たに封じた領地。だから我々との関係はすでに切れていると考えることが出来ます。それにあちらにも筋に通った主張がある。実効支配をしているのはアルムス・アスであり、領土紛争を裁くロサイス王は明らかにアルムス・アス贔屓。ここは抗議しない方が良いかと思います。それに武力を用いたらそれこそ信用を失います」
基本的にだが武力紛争というのは最初に手を出した方が悪いという風潮が出来上がる。どんなに正当な理由があってもだ。
領境の村同士が水場を争い、その争いが武力闘争になり領主同士の紛争になり、武力衝突が起こるというのはよくある話だ。
とはいえロサイス王の国の慣習では領土紛争は原則話し合いで、ロサイス王の仲裁で解決することになっている。
武力を用いるのは下策だ。
それに水場争いなら双方両成敗という形になるが、相手の持ってる岩塩鉱山を奪いましたでは両成敗になるのは不可能である。
「それにアルムス・アスと敵対関係になるのは避けるべきだと考えています」
「その理由は?」
リガルはベルメットに聞いた。
彼は滅ぼしてしまえば別にいいじゃんと思っているからだ。
急に成り上がったアルムスへ不満を持つ豪族もそれなりにいるし、自分が負けるはずがないと。
「これから先を見据えるべきです。あなたが王になったら、この国一番の豪族はアルムス・アスになります。友好関係を築いた方が良い。幸運なことにアルムス・アスにはあまり野心が無いようです。我々とも出来るだけ敵対しないようにしているように見える」
「だから顔色を窺えと?」
ジルベルトがベルメットをバカにしたように見る。
ジルベルトは日ごろからベルメットのことを臆病者だと思っている。
だがベルメットはジルベルトを無視してリガルに迫る。
「良いですか? あなた様が王位をお継ぎになられた時、間違いなくこの国は多少乱れます。これは致し方が無いことですが……この隙にアルムス・アスが国内にドモルガル王を招く危険性がある。だからアルムス・アスとは敵対してはなりません。逆に彼を味方に付ければ我々にとって大きなプラスになるでしょう」
リガルは悩む。
リガルとしては一番共感できるのはジルベルトの案だ。
リガルにはアルムス・アスに負けない自信がある。根拠はないが、絶対に勝てるとリガルは確信している。
とはいえ、ベルメットは今まで自分を支えてきてくれた忠臣だし、その能力も認めている。
今までベルメットの言う通りにして間違ったことは無い。
だが……
「奴らは逃亡者を匿った。その時点で敵対的と言えるのではないか?」
「確かにその通りでございますが……」
「俺は奴と仲良くすることは出来ない。奴は敵だ。だから力を削ぎ落としたい。どうにかして岩塩の鉱山を奪い取りたいが……良い案は無いか?」
リガルはそう言い放った。
ベルメットは内心で大きなため息をつく。
政治とは清濁併せ呑むことが大切なのだ。
嫌な相手とも付き合わなくてはならない。
実際、ロサイス王はフェルム王の国に攻められても少しも援軍を出さなかったディベル家を放置している。
今回は逃亡者をたった二百人匿っただけの……ほんの小さなこと。
これくらいで目くじらを立てていては、王に成った後どれくらいの豪族と敵対する羽目になるか……
それに鉱山はそう簡単に奪い取れない。
裁判ではほぼ間違いなく負ける。戦で奪い取ろうとしたら批判されて、最終的に手放さなくてはならなくなる。
とはいえ、リガルは考えを滅多に曲げない。
ここは次善の策を練るべきだろう。
「ロサイス王に提訴した場合、勝率は低いか?」
リガルの問いにベルメットは答える。
「限りなく低いでしょう……敗訴した場合、我らの評判は間違いなく落ちます」
「となるとやはり力で奪い取るしかありませんな」
ジルベルトは意気揚々と言う。
今すぐにでも兵を率いて攻めていきそうだ。
だが……
「それでは我らが違反者になってしまう」
「ではどうするというのだ!!」
ベルメットはその問いに答える。
「最初の一矢を彼らに射させればいいのです」