第四十九話 領土問題Ⅰ
今日はクリスマスなので三回更新です
ご注意を
「これが国境の要塞ですか?」
「ああ。やっぱりキリシアと違うか?」
アルムスがイスメアに聞くと、彼女は頷く。
「はい。キリシアでは国境はすべて石の要塞で固められています。国内の関所は木製だったりしますが……」
つまりわが国の要塞はキリシアの関所並なのか……
「というかどうして石で固めないんですか?」
「まあ、技術が無いからだな。石を積んで造るには数学の知識が必要だし、石を適切な大きさに切り出すにも技術が要るだろ。それにそれを運ぶのもそれなりに重労働だ」
とはいえ、木製の国境はここだけだ。
ここの要塞は約二十年前に造られたもので、それ以来修理はされても改築はされていなかった。
改築計画が立てられたことはあるが、その後すぐにフェルム王にアス領は奪われてしまった。
フェルム王にはこの要塞を改築する余裕が無かった。それにフェルム王はドモルガル王と友好的な関係を築いていたため、要塞を改築する必要性も無かった。
だから今まで放置されてたが……ロサイス王の国の手に戻った以上、改修しないわけにはいかんだろう。
「やっぱり石造じゃないと問題があると思います」
「そうだな……とはいえ石材になる石はこの領じゃ採れないからな」
ついでに切り出す技術も無い。
石を積むのはイスメアに指導してもらうとしても、材料が無ければ話にならない。
「石材ってどこで採れるんだっけ?」
「確かディベル領がこの国一番の石材の生産地」
テトラが言う。
ディベル領かよ……
どうしよう。頼もうかな?
でもあの人と交渉したくないな……
「……一番の生産地というだけで、別にあそこでしか採れないわけじゃない。ロサイス王の直轄地からでも採れると思う」
「何だ。最初に言ってくれよ。ビビッタじゃないか」
合わない相手は徹底的に避けたほうがいいからな。
中途半端に関わると余計に関係が悪化する。
「石材は俺がロサイス王に注文する。イスメア。設計は出来るか?」
俺がイスメアに聞くと、彼女は頷く。
「はい、大丈夫です。大分昔に設計したやつを少し弄るだけで設計出来ますよ」
「どれくらいで完成する?」
「材料の見積もりも含めて大体一週間ほどで完成します」
イスメアは自身満々に胸を張った。
「どういう設計にするつもりですか?」
青明はイスメアに尋ねた。
「うん。特に変更するつもりは無いわ。アルムス様は早く修理を終わらせて欲しいみたいだし。取り敢えず今の要塞を木材で補強。その周りに石で出来た壁を築く。これくらいならアデルニア半島の技術力でも出来るでしょ?」
イスメアは要塞を見回り、何かをメモしながら言う。
「それだけですか?」
少し青明が残念そうに言うと、イスメアは苦笑した。
「今はという話よ。その後、石壁を中心に少しずつ改築していくの。要塞だから全部破壊して建て直すっていうわけには行かないでしょ?」
「それもそうですね。はは、すみません。変なことを聞きましたね」
青明は照れ笑いをする。
「取り敢えずこの仕事は必ずやり遂げるわ。そうやって功績を積み重ねるの。その後はアス家の屋敷。手を加えたくて仕方が無いわ。無駄がたくさんあるもの。そうやって気に入られて、いつかはこの国お抱えの建築士になるの。それでこの国中の建築に携わって……」
そこまで言ってイスメアはため息をつく。
「どうしました?」
「これで終わりなのよね……ロサイス王の国は小国だから、大きな物は建てられないし。この国が大きくなってくれればいいんだけど……王様は死にそうだし、後釜は有能でもないらしいし。心配だわ」
イスメアが言うと、青明はイスメアを慰めるように肩を叩く。
「あなたは技術者じゃないですか。国が滅んでも死刑になることは無いですよ。……ドモルガル王の国でもあなたは活躍できると思いますよ? この要塞を設計したのがあなただと分かればね。まあこの要塞を設計に大成功したらの話ですけど」
青明が冗談めかして言うと、イスメアは青明の頭を叩いた。
「滅多なこと言わないでよ!! 首にされたらどうするの?」
イスメアは怒った口調で、しかし笑いながら言う。
彼女が好きなのは自分を雇ってくれる国で、別にロサイス王の国でもアス家でもアルムスでも無い。
「うん。でもやる気出てきた。初仕事だもんね。これで成功すればロサイス王から直接声が掛かる可能性もあるし。もしかしたらロゼル王の国からも……よし、頑張ろう!!」
イスメアは気合を入れた。
宣言通り、イスメアは一週間で設計を終え、俺に必要な材料と労働力を示した。
自分で自分のことを優秀と言っているだけあって、さすがだ。
「というわけで石材を購入させてください」
「なるほど。構わんぞ。国防のためだからな」
ロサイス王は快く引き受けてくれた。
「ところでリガル・ディベルには頼まなかったのか? お前の領の隣だし、石材も良質だぞ?」
「やめてくださいよ」
ロサイス王はニヤニヤと笑う。
意地が悪い。
「ところでディベル領との領境は固めなくていいのか?」
「……俺はまだ王位を継ぐと結論を出していませんよ」
俺が苦言を言うと、ロサイス王は笑う。
「どっちにせよお前とリガル・ディベルは戦をする羽目になるぞ? あいつが王位を継いだあと、目障りなのは誰だ? まあその場合は直轄地との領境にも砦を築かなくてはならなくなるがな」
「俺を焦らせるつもりですか? そう簡単にはいきませんよ」
リガル・ディベルが王に成った後、俺を廃する可能性は非常に低い。
何故なら俺はドモルガル王との国境線を任されているからだ。
ディベル領もドモルガル王と国境線を接しているが……地形的理由から激戦地は俺のアス領だ。
俺がドモルガル王に寝返ることがあれば、ロサイス王の国の防衛ラインは大きく後退する。
リガル・ディベルも王に成って早々厄介な問題は引き起こしたくないだろう。
それによく考えると決めたのだ。
じっくりと腰を据えて、期限ぎりぎりまで悩みぬくつもりだ。
「ところでイスメアを俺のところに寄越したのはどうしてですか?」
ロサイス王の目は節穴ではない。それにロサイス王はキリシア語も話せる。
イスメアを追い返す理由が見当たらない。
「俺のところに居てはリガル・ディベルとの国境線の要塞の設計が出来ないだろ? それにもうすぐ死ぬ俺のところよりもお前のところが良い」
確かにロサイス王お抱えの設計士がそんなことをすればロサイス家とディベル家が完全に決裂することになるが……
「そんなに俺に王位を継いで欲しいんですか?」
「ああ。欲しいな。可愛い娘には幸せな結婚をして欲しい。それにあの小僧を俺の息子にしたくない。あれを息子にするくらいならフェルムの小僧を息子にした方が遥かにマシだな」
そこまで言うか……
「それについてはよく考えて結論を出させて頂きます」
俺はロサイス王に頭を下げて、その場を後にした。
俺が屋敷に戻ると、どういうわけかテトラを筆頭とした面々が俺を待ち構えていた。
「何だ? 何があった」
「難民が来た。ディベル領から」
また面倒事か……
といか難民は毎回絶妙なタイミングで面倒事を運び込んでくれるな。
「何人だ? ディベル家はなんて言ってる? 返せって言ってるのか?」
「人数は二百人。まだ連絡はきていない」
二百人も消えて気づかないってことは無いだろうな……
近いうちに返せと連絡が来るだろうけど。
「まず難民が来たことは誰が知ってる?」
「ここにいるメンバーと一部の兵士だけ。ちょうどロンがクマを退治しに領境の森に居たときに遭遇したから情報は秘匿されてる」
つまり上手くいけば知らぬ存ぜぬで済ませそうだぞ。
そもそも逃げ出すのは重罪だ。しかも同じ国に逃げるのだから成功率は低い。
そのリスク込みで逃げ出したのだから相当酷い統治だったのだろう。
噂にも酷いと聞くしな。
まあ取り敢えず……
「難民の代表を呼んでくれ。話がしたい」
「お前が難民の代表か?」
「はい。そうです。どうか私たちを受け入れて貰えないでしょうか?」
「まずどのような環境での逃亡か、話してくれ」
しょうもない理由なら追い返すつもりだ。
まず税金についてまとめるとざっとこんな感じになる。
・小麦三割
・地税
・布
・特産物
・労役
・兵役
・結婚税
・死亡税
・葬式税
・初夜税
なんかすごいな。
よくこれだけの税金を考えたものだ。俺だったら徴収が面倒くさすぎる。
実はリガル、働き者なのか?
というか死亡税と葬式税別なんだな。
初夜税と結婚税も。
うん、いろいろと凄い。
こりゃあ逃げ出す理由も分かるな。
「他にもディベル家の親戚が乱暴を働くんです」
何でもレイプ、強盗は当たり前。
気まぐれに人を殺しに来ることもあるとか。
小説でも聞かないレベルの統治だな。
本当にすごいな。
さて、ここまで酷いと盛ってるんじゃないかと疑ってしまうが……
俺は代表者に少し待つように言い、退室する。
そしてテトラとイアルとボロスを呼んだ。
三人に代表者の言い分を話し、聞く。
「相当酷いそうだけど、あの話は本当か?」
するとテトラが頷いた。
「他の人にもそれとなく聞いたけど大体真実。初夜税が払えなくて犯されたと泣いてる人は居た」
イアルも同じように頷く。
「私も税金について聞きましたが……相当搾り取られているのは本当のようですよ。子供を定期的に売っているとか」
なるほどね……
俺がボロスに視線を移すと、彼は頷いた。
「私もディベル領の酷さはよく聞きます。昔のラゴウ様の統治時代にもよく難民が来ていましたから。それにフェルム王の時代にもこの領に逃げてくることがありました」
つまりフェルム地獄よりもリガル・ディベル地獄の方が恐ろしいということか……
上には上が居るもんだ。
「でも流石に強姦や殺人は盛ってるみたい。どうする?」
テトラが聞いてきた。
そうだな……匿ってやりたい。というかこれを見捨てるのは人間としてダメだろう。
そんな酷いところに送り返せば全員生きてるか分からないからな。
でもどうやって誤魔化すか……
ロサイス王の国では領民の移動には領主の許可が必要だからな。
この場合、法律的に悪いのは俺になる。
悪法も法とはよく言ったもので、このままだと俺は犯罪者にされてしまうが……
さて、さて……
そうだな。遠くに隠せば知らぬ存ぜぬで通せるか。
幸運なことに裁判をするロサイス王は俺贔屓だし。
だがリガル・ディベルの調査が及ばない場所なんて……
あるな。丁度いいところが。
「じゃあ前の村に送ろう。あそこに送る住民は集まってなかったろ? あそこなら絶対にばれない」
あそこには三十人しか人が居ない。
二百人は養える広さがあるのにだ。
非常に勿体無い。
難民二百人をあそこにぶち込んでしまおう。
元の三十人も難民同士、通じ合うところがあるだろうから仲良くなれるだろう。
新入りメンバーに苦心した俺たちの気持ちを味わって貰おう。
少し定員オーバーだが、しばらくは食糧支援をして上げればいい。
あそこは隠すには打って付けだ。
昔に張った結界がまだ数多く残ってるし、俺たちにとってはあの森は庭。
呪術師が乗った犬が侵入してもすぐに始末できる。
それにあの村の存在を知る豪族は非常に少ないし、そもそもあそこが俺の領地であると知っている豪族も少ない。
盲点なはずだ。
「決まりですね。深夜にこっそり移動させましょう」
「じゃあ今日の夜、急いで済ませてくれ」
「これはこれはディベル殿……お上がりください。簡単なお食事をお出しします」
俺は丁重にリガル・ディベルをお迎えする。
出来るだけ好感度を稼いでおくつもりだ。
まずは食事を出し、リガルの腹を満たしてしまう。
腹が膨れていれば攻撃性も和らぐだろう。
さて、食事が済んだところで……
「ディベル殿。今回はどのようなご用件ですか?」
まあご用件は分かってるんだけどね。
逃亡者だろ?
「アス殿。実は我が領の領民が逃亡してな。この領に逃亡している可能性が高い。ご存じ無いだろうか?」
その質問に俺は答える。
「申し訳無い。心辺りが無い。急いで調査させましょう」
俺がそう答えると、リガルは眉を上げた。
難民の行先はうちの領かドモルガル王の国かのどちらかだからな。
まあ距離的に考えると一番可能性が高いのはうちのアス領。
バレバレの嘘だが……ドモルガル王のところに逃亡した可能性は低いとはいえあり得ないわけではないし、証拠が掴めなければどうということは無い。
証拠に成りそうな難民の匂いや足跡の類はすべて呪術師たちに命じて消してある。
完全犯罪だ。
とはいえ相手は納得してないらしい。
そりゃそうだ。
「なるほど。ところでアルムス・アス殿。この国の法では領民を移動させるには両領主の承諾が必要なのだが……知っておられますか?」
「ええ、当然。それが何か?」
やっぱり俺を疑ってるな。
でも証拠無いから。
その後もリガルには何度も同じようなことを聞かれたが、全て知らぬ存ぜぬで通した。
「クソ!! 白を切りおって!」
リガルは椅子を蹴り飛ばし、剣を抜き放って床や壁を切りつける。
そうやって辺り散らしてストレスを解消した後、側近のベルメットと一番親しい親族であり親友でもあるジルベルトを呼び寄せた。
「今回の件、どう思う」
まずジルベルトが発言した。
「間違いなく、アス領へ逃亡したと考えられます。……私が担当していた村でしたから。あそこから逃げるならアス領以外は考えられません」
当然ドモルガル王の国へ行くことは不可能ではない。
だがドモルガル王の国へ行くには数日掛かる。
一夜で逃げるというのは不可能だ。
「ですが決定的証拠が無い以上、訴えても我らが敗北するだけでしょう。どうやらアルムス・アスは匂いや足跡などの証拠を完全に抹消したようですし」
それにロサイス王は明らかにアルムス贔屓だ。
裁判では不利。敗訴は間違いない。
「ですが釘を刺すことは出来ました。次は無いでしょう」
流石にアルムスも何度も同じことは出来まい。
それがベルメットの結論だ。
「つまり泣き寝入りか……今に見ていろ。アルムス・アス……」
この事件の一週間後、アス領東部、アス領とディベル領の領境近くで大規模な岩塩鉱山が見つかったという報告がロサイス王の国中を駆け巡った。
クリスマスは何の日かと聞いて、答えられる日本人はどれだけいるのだろうか?
大部分が『サンタさんの日』or『キリストの誕生日』と答えそう
ちなみに正解は『キリストの誕生を祝う日』です。誕生日は不明ですから