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第四十七話 兵士

 「うーん、思ったより兵士が集まったな」

 俺は募兵に応じてくれた兵士たちを眺める。


 現在はテスト中だ。

 なんと定員五百三十人に七百人も集まったのだ。


 正直驚いている。

 フェルム王の元で何年も戦争していたから戦争には嫌気がさしていると思ってたんだけどな。

 どうやら違うらしい。


 長い間徴兵されて、軍という環境に慣れ切ってしまっていたら主人であるフェルム王が死んだ。

 そしたら故郷に帰れと言われて、帰ってみれば自分の畑は奪われてしまった後。


 どうしようかと考えていたらこの応募……

 というパターンが多いようだ。


 二番目は純粋に農業なんかやってらんねえ、給料貰えるなら俺は軍に行く!!

 三番目は出世して偉くなってやる!!


 という感じだ。


 正直定員割れすると思ってたから意外であるが、考えてみるとこんなものなのかもしれない。

 アデルニア半島で戦争は嵐と同じくらいには身近な存在なのだ。


 試験もなかなか競争が激しそうだ。

 というのも元々軍に居た連中が志願しているのだ。


 陣形なども分かっているようなので、純粋に体力や年齢での選定になる。


 俺が計画しているアス軍の編成は重装歩兵五百、弓兵二百、騎兵百。

 騎兵はすでに確保する当てがあるので、欲しいのは重装歩兵と弓兵だ。


 とはいえ試験はボロスとロンとグラムに任せて置けば良い。


 「ねえ、リーダー。八百人も兵士を雇う余裕ってあるんですか? フェルム王は重税してようやくだったと聞いてますよ? しかも徴兵じゃなくて雇うんですよね。財政とか大丈夫?」

 「余裕とは言い難いが、税政的に苦しくはないぞ?」

 「どうして?」


 まあ気になるよな。

 じゃあテトラ。説明宜しく。


 「任された。ロン、フェルム王が大変だった理由は分かる?」

 「えっと……アス領が貧しかったからとか? でもそれだとリーダーと変わらないよね? ……分からない」

 「まずは一つ。補助金。ロサイス王の国には外国と面していない領主も居る。彼らは兵を養う必要は無い。その代り、ロサイス王の国に小麦を一定領支払う義務がある。その小麦は国境の豪族に公平に分配される。だからフェルム王程苦しくない」

 「なるほど……でも八百人はそれでも苦しいと思うけど」


 そんなロンにテトラは紙を見せる。

 紙はすでに量産体制が採られている。


 未亡人だけでなく、専用の人材や小金が欲しい農民を集めての大量生産だ。


 「二つ目はこれ。アス領の収入の六割は紙。この紙をキリシア商人に売る。キリシア商人からは紙の対価として、キリシアの金細工、ペルシスのガラス食器、東方の香辛料を払ってもらう。これをロサイス王の国の豪族やアデルニア人商人に売る。対価は小麦か塩。こうして我が領は八百人分の給料を稼いでいる」

 「なるほど……」


 どうやらロンは納得したようだった。

 ちなみに顧客の中には間違いなくドモルガル王の国の豪族も多く居る。

 本人じゃないし、ドモルガル王の国の人間だとは名乗らなかったが……


 まあ敵でも支払ってくれるなら客だ。高級品はどう転んでも軍事力にはならないから、いくら売っても問題ない。というか売って相手の小麦を奪い尽くしてやる気概だ。


 ちなみに付け加えるなら、村長による横領も無くなったという理由もある。

 こちらは微々たるモノであるが……


 さて、ロンも納得してくれたようだしロズワードのところに行こう。

 今日の本題だ。







 「ロズワード」

 「何ですか?」

 「実は今日、エインズさんから馬百と戦闘奴隷五十人が届く予定だ」


 流石のエインズさんも馬をいきなり三百用意するのは厳しいらしい。

 だが短期間で百も用意できていることに俺は驚いている。


 「それが?」

 「お前に騎兵の指揮を任せたいんだよ。つまり戦闘奴隷五十人、面倒を見てやって欲しい」

 「どうして俺に? ボロスさんとかの方が経験は豊富じゃないですか?」


 俺はロズワードの質問に答える。

 「まず、ボロスには騎兵を指揮した経験が無い。だからお前とスタートは同じだ。そして俺の知ってる中で一番馬に乗るのが上手いのがお前。それにお前はリアと仲良いだろ?」


 俺がそう言うとロズワードは顔を赤らめた。

 「だからゲルマニス人の奴隷にもウケが良いと思ってね。折角だから結婚してくれればなお嬉しいね。あと、お前がゲルマニス語を片言話せるという点も大きい」


 言語の加護は返品しちゃったからな。

 コミュニケーションはリアとロズワード頼りになる。


 「分かりました。頑張ってみます!」

 ロズワードは大きく頷いた。





 エインズさんが馬と奴隷を連れてきたのはそれから数時間後のことだった。

 「お確かめください。馬、百頭です」

 「ありがとうございます。一つ聞いてもいいですか? どうやってこんな短時間で?」

 「元々三十頭の在庫がありましてね。それに丁度他のキリシア人商人が馬を持ち込んでいたので、そこから五十。あとの二十頭はアデルニア半島内の遊牧を営んでいる小国家群から少しづつ買い入れました」


 へえ……案外集まるものなんだな。

 それにしても……そうか、遊牧が主な収入源の連中も当然居るよな。


 早くコンタクトを取って、そこから仕入れるようにしよう。

 エインズさんから購入してばっかだと費用が嵩む。


 「で、彼らが戦闘奴隷です。出来るだけ質が良さそうな物を選んできましたよ」

 そういうエインズさんの口調は完全に物を売るようだった。

 実際、そういう感覚なんだろう。


 俺は目の前の奴隷を見る。

 まず目に付くのが身長。アデルニア人の平均よりもかなり大きい。

 黒髪と栗毛が大部分を占めるが、中には金髪青目も居る。


 「俺がアルムス。お前らの主人だ。よろしく」

 俺が奴隷に向かって言い、それをリアがゲルマニス語に訳す。

 奴隷は俺に向かって何かを言った。


 「取り敢えず腹が減ったから飯をくれ……と言ってます」

 リアが不安そうな顔で俺を見上げて言った。

 これ、訳して良かったのかな……という表情だ。


 俺は奴隷たちを見る。

 腹減ったと言ったのは、三十代後半ほどの年齢の金髪のゲルマニス人。

 筋肉質の体で所々に傷がある。


 一番目立つのは耳の辺りから顎まで真っ直ぐ伸びる傷跡だ。


 俺を見てニヤニヤと笑っている。

 とはいえ、全員がこいつのように不遜な態度というわけではない。


 むしろ、何言ってくれてんだよこいつみたいな表情で金髪男を睨んでいるゲルマニス人奴隷が多い。


 「いいぞ。飯を用意してやれ。ついでに風呂も特別に沸かしてやるから汚れを落とせ……と伝えてくれ」

 俺はリアに言い、リアはそれを奴隷に伝えた。

 金髪男の目が見開かれた。





 食事が終わり、小綺麗な服に着替えた奴隷たちに向かってロズワードは言った。


 「俺はロズワードだ。領主さまからお前たちの管理を任された。お前たちの仕事は騎兵として戦うことだ。功績を上げれば奴隷から解放してやる。小遣いもやろう」


 ロズワードはつっかえつっかえながらも、ゲルマニス語でそう言った。

 発音も可笑しく、リアに手伝って貰いながらとはいえ、ゲルマニス語で話しかけてきた。


 それはゲルマニス人たちには衝撃だった。

 普通、奴隷の言葉に合わせる主人なんてそうは居ないからだ。


 「本当か~ちゃんと働いたら奴隷から解放なんてよくある文句じゃないか。絶対嘘だろ」

 へらへらと笑いながら金髪男が言う。

 ロズワードは少しだけムッとなりながらも、聞く。


 「お前の名前は?」

 「ヴィルガルだ。ゴシュジン様。物に名前を聞くなんて酔興だねえ」


 またしてもへらへらと笑う。


 「お前はどうしたら信じる?」

 「うーん、そうだねえ。実際に解放された人間を見てみないと……」

 「私ですよ」


 リアがヴィルガルの言葉を遮る。

 「私は解放して貰いました」


 その言葉を聞き、ヴィルガルは思わず押し黙る。

 彼はリアのことを通訳用の奴隷だと思っていたのだ。


 言われてみれば奴隷にしては清潔な服を着ているし、首輪も付けていない。

 解放奴隷であるのは明らかだ。


 もっともリアが解放されたのは功績ではなく、ロズワードの恋路を応援する目的のアルムスの御節介が主な理由だが、細かいことは気にしてはいけない。



 「で、従う気になったか?」

 ロズワードの言葉にヴィルガルは首を横に振る。


 「俺はさ、自分よりも弱い奴に従うのは嫌いなのよ。だから御免だね」

 「じゃあ俺がお前より強いことを証明すればお前は俺に従うか?」


 ロズワードがそう言うと、ヴィルガルはニヤリと笑う。

 「そりゃ勿論。馬上勝負をしようぜ、ゴシュジン様。でも俺が勝った場合のメリットが無いよな……じゃあ勝ったら俺を解放してくれよ。当然受けてくれるよな? まさか負けるのが怖いからなんてことは無いよな?」

 「ああ。良いよ。お前が勝ったら解放してやるよ。その代り負けたら服従しろ」


 こうして馬上勝負が行われることになった。






 「なあ、エインズさん。思ったんだがゲルマニス人って遊牧民族なのか?」

 俺は決闘の準備をし始めるロズワードと金色を眺めながら聞く。

 もしそうならロズワードに勝ち目は無い気がするが。


 「いえ、ゲルマニス人自体は農耕と狩猟で生計を立てている者が多いです。ただ彼らの生活領域は遊牧民族の領域と接しているので、騎馬技術を習うことが多いんですよ。それにゲルマニス地方は森もありますが、広い平原もあります。良馬が育つんです」

 なるほどね。

 つまり生粋の騎兵じゃないってことか。


 じゃあ十分ロズワードにも勝ち目はあるな。


 「何だこれは?」

 ヴィルガルは馬に取り付けられた鐙を見て何か言った。

 それをすかさずリアが訳す。


 「鐙という道具で、それに足を掛けることで馬の上で安定しやすくなる。俺が使ってるのにお前が使わないのはフェアじゃないだろ?」

 ロズワードがそう言うと、ヴィルガルは鼻で笑った。


 「そりゃどうも。ゴジュジン様。だけど取り外させて貰う。使ったことのない慣れない道具なんて使えねえ」

 リアがすかさず訳してくれる。


 まあ悪い判断じゃない。鐙があった方が安定するのは事実だが、使い慣れない補助具を使って失敗したら目も当てられないから。


 両者とも馬に跨り、準備が整う。

 二人とも鎧を身に纏っている。実戦形式だ。


 だが死なれたら困るので、二人とも木の棒の先端に布を何重に巻いた安全武器を使用して貰う。

 まあこれでも当たり所が悪ければ死ぬんだけどな。


 「じゃあルール確認。まず頭は禁止。それ以外はどこを殴っても良し。降参するか落馬した方が敗北。では……始め!!」


 俺が手を叩いて号令を掛けると、二頭の馬が走りだした。

 二人の棒が交錯する。


 勝負は一瞬でついた。

 ロズワードが馬の上から金色を弾き落としたのだ。


 まあロズワードって槍があればクマとバトル出来る男だし、鐙有りなら当然の結果と言える。

 金色は悔しそうな顔でロズワードを見上げた。


 ロズワードは馬から降りて、金色に手を差し伸べる。

 「ほら、起きろ」

 「……ありがとうございます」


 金色はロズワードの助けを借りて起きあがった。

 ロズワードは得意気な顔で金色に言う。


 「で、俺を認めるか?」

 「……分かりました。認めましょう。ご主人様」


 金色は悔しそうに顔を歪めながらそう言った。

 取り敢えず解決したようだ。良かった良かった。


 「ところでそのご主人様はやめろ。お前のご主人様は領主様だからな。俺のことは……そうだな、隊長で良い」

 「分かりました。隊長。これからよろしくお願いします」


 金色はロズワードに頭を下げた。


 「後で俺の家の掃除な」

 「え? いや、俺戦奴だし……」

 「だって服従するって言ったじゃん。男に二言は無いよな?」


 ロズワードの言葉に金色は深いため息をついた。


 さて、これで騎兵も揃ったし万全だな。

アルムス「こんな奴にご主人様言われても嬉しくない」

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