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第四十五話 宴会

食器の描写を今までしていなかったことに反省

 バルトロの子供が産まれた。

 その知らせはロサイス王国中の豪族たちにもたらされた。




 「おう! アルムス・アス殿。よく来てくれた!! テトラ殿も」

 「ええ、本日はおめでとうございます。これは祝いの酒です」


 俺は馬車に積んである樽三杯分の酒を指さす。

 護衛として付いてきたロンとロズワードが下働きに指示を出して運び出させる。


 「おお! 酒か。いいねえ、俺好きなんだよ」

 「あまり飲み過ぎないでください。かなり強い酒ですから」


 一応忠告はしておく。

 普段飲んでいる葡萄酒と同じ感覚で飲むと痛い目見るぞと。


 「あなた! こんな日くらいはお酒を控えたらどうですか?」

 女性がバルトロに声を掛けた。手に小さな赤子を抱いている。

 おそらくバルトロの妻だろう。

 「何言ってるんだよ。こんな日だからこそ飲むんだろ?」


 揉め始める二人。

 それにしても奥さん若いな。というか少女じゃん。


 下手したらテトラよりも年齢下だぞ。

 バルトロって確か三十前半だよな。このロリコン野郎め。


 「あなたがアルムス様ですか? いつも夫がお世話になってます」

 「いえいえ、こちらこそ。バルトロ殿にはいつも助けて頂いてばかりで……」


 冷静に考えるとそこまで助けて貰ってないけど、言わぬが花だ。


 「その子が?」

 テトラは女性の抱いている赤子を見て聞く。


 「はい。そうです。抱いてみますか? 女の子です」

 テトラはその問いに小さく頷く。


 テトラはまるで高価な割れ物を扱うように赤子を抱いた。

 暫く抱き、満足したのかテトラはあっさり女性に赤子を返す。


 「じゃあ後で会おう。好きなだけ飲んで食べてくれ」

 バルトロはそう言って別の豪族のところへ向かった。





 「ねえアルムス。最初はやっぱり男の子が良い?」

 「どっちでもいいぞ。別に女でも家督が相続出来ないわけでもないし」


 アデルニア半島では男性相続だが、あくまで伝統的な話だ。

 この世界には呪術師という女性しか成れない職業も有るから、女性の地位はそんなに低くない。


 あくまで難しいというだけだ。


 もっとも、ロサイス王の国とかそこまで大きな相続問題となるとやはり女性相続はいろいろと問題になるようだが。


 「でも男の子の方がいろいろと揉め事も起こらないし……そっちが良い?」

 「まあ面倒事は嫌だしな。そうだな最初は男の子、次は女の子かな?」


 どっちかに偏るのは嫌だな。男ばっかとか女ばっかとか。

 そう言えば性別って男の方に要因があるんだよな?


 まあ今は良いか。

 妊娠の兆候は無いわけだし。


 「まずは宴会だな」

 「今日の目的分かってる?」

 「分かってるよ。出来るだけ仲の良い人を増やす。そうだろ? 前回の結婚式で俺に好印象を持ってそうな人の名前はあらかた覚えておいたし。大丈夫だ」


 ちなみに全員反ディベル親ロサイス王派だった。

 どうしても俺はディベル家と争わなくてはならなそうだ。


 争い事は面倒だな……


 「出来るだけリガル・ディベルとは敵対しないようにしよう。お隣さんだしな」

 「それが良い。別にこちらには争う理由は無いし」


 さて、取り敢えず……


 「食べて飲むか?」






 宴会が始まった。

 抱いた感想を一つ上げるとするならば……


 マナーって無いんだな。


 豪族という身分の高い方々が酒をがぶ飲みし、服で手を拭き、大声で騒ぎ、口に物を入れたまま喋る。

 まあスプーンとかフォークとかそういう食器もないし、手掴みが基本の世界なんだから当たり前と言えば当たり前か。


 「でも服で手を拭くのは無いと思うんだけど」

 「私たちはハンカチで拭こう」


 一応ハンカチは大量に持ってきた。

 でもやっぱり食器ないと不便だな。どうにかして広められないかな?


 「リーダーは気にしすぎだと思う」

 「うん。うん」

 ロンとロズワードはまあ……気にならないなら良いよ。

 他の連中も同じようなものだしね。


 「アルムス殿!! フェルム王を討った時のお話しを聞かせて貰えませんか?」

 「ええ、構いませんよ」


 これで実に五度目である。

 ロサイス王の国の豪族は相当フェルム王に手痛くやられていたようで、みんなフェルム王の死に際を聞きたがる。


 別に話したくないわけではないが……さすがに何度も同じことを話していると飽きる。

 というかこんなことで親睦が深まっているのだろうか?


 それと問題がもう一つ。


 「アルムス殿。実はうちの娘があなたのお話を聞きたいと。どうか聞かせてやっては下さいませんか」

 「アルムス様!!」


 どうやら俺にはモテ期が来ているらしい。


 理由として考えられるのは三つ。

 一つ目はテトラ以外妻が居ないこと。

 二つ目はテトラが跡継ぎの男の子をまだ産んでいないこと。

 そして三つ目、俺には豪族の親戚が一人も居ないこと。


 だから今、俺と親戚になることが出来れば大きなリターンになる。

 特にディベル家に取り入ることに失敗した豪族たちは必死になっているのだ。


 話を聞かせる分は良いんだけど……

 結婚はね。

 テトラと結婚したばかりですぐに二人目の妻を迎えましたとかあり得ないし、取り消しが利かない。

 結局俺に取り入ってる豪族は余裕が無い連中なわけで、大した力は無い。


 まあ若い女性が一定以上俺に近づくと、テトラが睨みつけて退散させてくれるから良いんだけど……


 「もう少し愛想よくしてくれ」

 「別に問題ない。あんな小さな豪族、適当に追い払えばいい。それに私はアルムスが二番目を娶ることに関してはそこまで反対しない。ただどうせするなら力のある家として」


 二番目も良いね……

 相変わらず淡白な奴だ。


 個人的にはもう少し嫉妬してくれた方が嬉しいんだけど。


 そう思っていると、少し周囲が慌ただしくなる。

 「ん? 何だ?」

 「ああ……リガル・ディベル殿が来たようです」


 俺に擦り寄ってきた豪族はあからさまにテンションを下げる。

 そんなに嫌いか?


 人ごみを掻き分けるようにリガル・ディベルはやってきた。

 背は俺よりも一回り高く、筋肉質。


 年は三十後半程。


 後ろにずらずらと人を従えている。リガル・ディベルの影響下にある豪族たちだろう。


 「アルムス・アス殿、お久しぶりですね。結婚式以来です。テトラ殿も相変わらずお綺麗で」

 「はい。リガル殿もお元気そうで何よりです」


 俺とリガル・ディベルに周りの視線が集まる。


 「お互い、この国を支えていきましょう」

 「ええ、有事の時には頼りにしています」

 リガル・ディベルが手を差し出してくる。

 俺はその手を取り、握り締める。


 握手が終わるとあっという間に彼は去っていった。

 例の水晶の装飾に関して何も言われなくて良かった……


 「嫌ですね。あんな風に取り巻きを引き連れて……」

 「あはは」

 俺は適当に流す。


 「ねえ、リーダー。あいつら、俺たちに殺気向けてきてたけど気付いた?」

 「当たり前だ。あれくらい分かる。それでお前たちも対抗して殺気だして、逆に連中をビビらせたのも分かったぞ」

 「だってあいつら兄さんを敵視してるらしいし……」


 だからと言って張り合わないでほしい。

 揉め事は面倒だ。出来れば穏便な関係で居たいんだよ。




 俺がロンとロズワードに説教していると、再び会場が騒めく。

 あれは……


 「ロサイス王家の皆様か……」

 ユリアを筆頭としたロサイス王の親族たちがやってくる。


 バルトロは大豪族とは言えないが……まああれだけの功績を残したんだから来るのは当然か。


 まずユリアはバルトロに声を掛ける。

 ブランデーでベロンベロンになっているバルトロも、ユリアが来た途端背筋を伸ばして対応している。

 あいつ、やれば出来る子なんだな。


 バルトロとの話が終わると、ユリアは真っ直ぐ俺の方に歩いてきた。


 「こんばんは。アルムス・アス殿」

 「ええ、こんばんは。ユリア姫」


 俺が答えると、ユリアは手を差し伸べてきた。

 俺はその手を取り、握手する。


 「これからもよろしくお願いしますね」

 ユリアは俺の元から去っていき、リガル・ディベルのところへ歩いていく。


 「ふむ」

 俺の手に手紙が残された。




 「何かさっきからリガルさん俺のこと睨んでないか? やっぱりお前が分解した水晶の件がばれたんじゃ……」

 「違う。彼が怒っているのはユリアが真っ先にあなたに挨拶したから」


 テトラは首を振って否定する。

 なるほど。


 ホストであるバルトロに一番最初に挨拶するのは当然として、二番目に誰に挨拶するか。

 そこが重要なのか。


 「こんにちは。あなたがアルムス殿でよろしいですか?」

 大柄な男性に声を掛けられた。

 えっと……この人は……


 「ライモンド・ロサイス。ユリアの叔父」

 テトラが耳打ちして教えてくれた。


 そうそう、ライモンドさんだった。思いだしたぞ。

 結婚式の時に居たよな。


 「はい、そうです。お久しぶりです」

 取り敢えず握手を交わす。

 ライモンドさんはニコニコしている。


 よし、名前が分からなかったことはバレていないようだ。安心、安心。


 「少し向こうで話しませんか?」

 「ええ、構いませんよ」


 俺たち二人は宴会会場から一度離れた。




 「この酒。とても強いですね。普段の酒は物足りなくて……出来れば売ってもらえませんか?」

 「ええ。構いませんよ。支払いは小麦か塩、キリシア通貨でお願いできますか?」

 「ええ。分かってます。我が領にはなかなか大きな塩の鉱山がありまして。ここで採れる塩がなかなか上質でして……」


 俺たちは世間話を始める。

 具体的には自分たちの領の特産物とか、裁判への対応とか。


 ありがたいにはありがたいんだけど……そんな話をするためにこんな場所に呼びつけたのか?


 俺がそう思っていると、ライモンドさんは突然切りだした。


 「アルムス殿。ロサイス王様の命が残り僅かというのはご存じですね?」

 「ええ。御病気だとは聞いていますが……」


 正直あの狸がくたばるとは思えないんだよな……


 「もって三年。もしかしたら今年中にも崩御してしまうかもしれない」

 ライモンドさんはそう言いながら酒を飲む。


 それを俺に言ってどうするんだよ……


 「あなたは次の王はどうすべきだと思う?」

 「思うんですが……普通にあなたが王として立てばいいのでは無いのですか? わざわざユリア姫が婿を迎える必要性が分かりません」


 婿を王に立てるよりも、王の弟が次の王に成るのが自然じゃないのか?


 「それはよく議論しました。ですが、それでは王族同士で継承権争いが発生する恐れがあるんですよ。私以外にもロサイス王様の兄弟は三人居る。そして私も含めて全員子供が居る。私が王に立つと他の兄弟たちが不平を漏らすのだろう。家族で憎みあったり、疑い合うのは嫌でしょう? 一番丸く収まるのはユリア姫が婿を迎えて我々が立てること。それならば皆、文句は無いと言っている」


 確かに兄弟が継ぐっていう前例を作ると他の兄弟が狙いだすよな。

 王族もいろいろ大変だ。


 「で、婿には誰が相応しいと思う?」

 「……普通に考えるとリガル・ディベル殿に成るのではないですか? 現在、一番力の大きい豪族でしょう?」


 俺がそう答えると、ライモンドさんは肩を竦めた。


 「確かに力ではあのリガル・ディベルが上。ですが……あの男の領地経営は酷いと聞く。よく民が他の領地に逃げてきて問題になっているようだ。それに戦でもフェルム王に何度も手痛くやられていたようだし。何より……」


 ライモンドさんは俺を真っ直ぐ見つめる。


 「あの男は三人の女と結婚しているが、今は妻は一人しか居ない。奴は事故死だと言っているが……本当かどうか。それに領内の見た目の良い女に乱暴を働いているとか。そんな男に私の可愛い姪を任せることが出来るでしょうか?」


 俺が何も答えないで居ると、ライモンドさんは再び酒を飲む。

 そしてコップを空にしてから俺を再び見つめる。


 「厄介なのはリガル・ディベルの取り巻きや家臣、親戚。なかなか良い血筋の者が揃っていましてね。王になった後、我々王族を蔑ろにする可能性がある」


 ライモンドさんは俺の肩を叩き、去り際に言った。


 「誰か、リガル・ディベルに対抗出来るほどの領地を持ち、国を任せられるだけの能力があり、ユリア姫を任せられるほど優しく、親戚が少なくて我々王族が蔑ろにされないような理想の婿は居ないだろうか? 見つけたら教えて下さい」


 ライモンドさんは一人去っていった。

ライモンド「教えてくれ」チラッチラ

アルムス(こいつ、あからさまだな……)

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